オオカミ
順調に森のなかを進んできたりすたち一行でしたが、あるところでその歩みを止めていました。
「あらいぐまさん、どうかしたのかしら?」
こまどりが歌うように問いかけます。動物たちが止まっていたのは、急にあらいぐまが立ち止まって動こうとしなくなったからでした。
「い、いや。何でもねぇよ……」
あらいぐまはそう言いながらも前に進もうとしません。
「じゃあ、どうしたんだ?」
りすがあらいぐまより少し先の場所から訊ねました。
彼らの歩く順番は、前からりす、あらいぐま、へび、きつね、こまどり、くま、のようになっていました。今進んでいるのは細い道で、後ろから見るとりすの姿はあらいぐまに隠されています。
りすがもっと先に行ってしまったかと思っていたくまやきつねは、りすの声が聞こえたことに一安心しました。
「そ、そうだよ。さ、さっきはぼくのことを馬鹿にしてたのに」
「いやぁ、さっきは悪かったなぁ、くま」
あらいぐまの返事はどこか上の空のようにも聞こえます。
「……オオカミですか?」
話を静かに聞いていたへびがそう言いました。
「う、うるさい」
へびはじっくりとあらいぐまの顔を眺めるとおもむろに口を開きます。
「みなさん、オオカミが近くにいるみたいですよ」
「おい、なんで言うんだよ?」
「だって、みなさんもオオカミがいると困るでしょうから」
焦るあらいぐまですが、へびは涼しい顔をしています。
「うん、それは確かに困るな。ここで、オオカミに勝てるかもしれないっていうのは一匹だけだ。……あらいぐま君にとってもオオカミは天敵だろう?」
「あ、あぁ。そうだよ、悪かったな」
「僕は別に君を責めてはいないさ。ただ、そういう重要なことはもっと早く言ってくれないと」
あらいぐまはばつが悪そうに顔をしかめました。
普段は横暴な態度ばかりとっているあらいぐまでしたが、一つだけ苦手なものがありました。それがオオカミです。昔、あらいぐまはオオカミに食べられかけたことがあり、その日からオオカミのことをひどくおびえていました。おかげで離れた場所からでもオオカミの匂いが分かるくらいに。
「でも、僕たちには大きな味方がいる。そう、くま君だ!」
「え、え? ぼく?」
りすは面食らっているくまに対してこう言いました。
「君にはオオカミに勝てる力があるんだよ。正確に言えば、オオカミを圧倒できるほどの、ね。だから、ここからは君の出番さ」
「ま、待って……どういうこと? ぼく、弱いし何にも出来ないよ?」
「オオカミの天敵は君なんだよ。だから、弱くても大丈夫。君の姿を見るだけで、オオカミは逃げ去っていくから」
「ほ、本当に?」
語りかけてくるりすに、くまは疑わしそうな目を向けます。
「本当だって。この僕が言うことを信じてみなよ。君ならできるって」
りすは自信たっぷりの表情を浮かべますが、くまの疑いのまなざしは消えません。くまは困ったようにりすを見つめると、
「も、もし、オオカミが近くなったら、考えてみるよ」
とだけ言いました。
朝はあんなに良い天気だったはずの空に、雲が増えてきています。
「お、オオカミがぼくを怖がることなんて、あるのかなぁ……」
くまは暗くなりはじめた空を見上げて言いました。
「どうなんだろうね、わたしには分からないな。わたしは、くまさんがやりたくないならやらなくても良いと思うよ」
きつねはくまを励まします。こんなことを言ったら怒られちゃうかもしれないけどね、ときつねは曖昧に微笑んでみせました。
「そ、そうかな……ありがとう」
きつねの助言を得たくまは少し吹っ切れたような顔をしました。
それからまた少し歩いたあと。
がさがさ、と何かがうごめく音が聞こえてきました。どうやら物音は動物たちの向かっている先で鳴っているようです。
とたんに顔を青ざめたのはあらいぐまでした。
「こりゃあ、オオカミだ。まっすぐこのまま行ったらぶちあたるぜ?」
低くつぶやいた声に動物たちは顔を見合わせます。
「そうみたいだね、あらいぐま君。さて、引き返そうか?」
「い、いや──」
りすの提案に異議を唱えた動物がいました。そう、くまです。
「ぼ、ぼくが行ってくるよ。ま、もしオオカミが逃げなかったら、そしたら全力で逃げるね。ぼく、こ、こう見えて足速いから」
「でも……くまさん、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫じゃないかもしれないけど。ぼく、みんなの役に立ってみたいから」
不安そうなきつねの声にもくまはそう答えてみせました。
「本当に? 今日はあなたに無理をさせてばかりだから、倒れないようにしてちょうだいよ」
「た、倒れたらごめん」
列の最後尾にいたくまはゆっくりと他の動物たちを抜かしていきます。
「意気地あるんだかねぇんだか、よく分かんねぇ奴だな……。俺のためにもせいぜい頑張れよ?」
最後にそう言ったのはあらいぐまでした。
「が、頑張れるかわかんないけど……ありがとう」
とうとうくまは列の先頭になりました。ゆっくりと前へ進み、だんだんと物音は近くなってきていました。くまは目をつぶらないように精一杯目を見開いて、恐怖に耐えるかのように歯を食いしばっていました。
「ううぅ……ぐるる」
知らず知らずのうちにくまの口からはうなり声が漏れていました。
がさっ。
くまがうなった次の瞬間、これまでで一番大きい物音がしました。
「うわぁ!」
くまの叫びが森に響きわたります。