りす
東側と西側の動物たちの意見はなかなか噛み合いそうにありません。
「あなた方でなかったら、いったい誰が虹を消すと?」
こまどりのかん高い声が響きます。
「だから、お前らがやったんだろうが!?」
あらいぐまが橋を蹴りました。
この橋は古い古いおんぼろ橋です。少しの衝撃だったのにもかかわらず、橋は大きく揺れています。
「まぁまぁ、君たち」
川を挟んで言い争っていた動物たちのもとにそんな声が届きました。
「戦うのはやめたまえ」
動物たちは声がした方をいっせいに向きました。彼らの視線はおんぼろ橋の中央に集まっています。
「りすさん!」
真っ先に叫んだのはきつねでした。
ゆらゆらと揺れる橋の真ん中に、りすが堂々と立っていました。
このりすは東側、西側のどちらにも住んでいません。好きなときに、好きなところにいて自由に暮らしていました。また、りすは森に関する知識や知恵が豊富だったので、逆さ虹の森の中では賢者として扱われていました。
「おい、りすさんよぉ、聞いてくれよ」
森の暴れんぼうであるあらいぐまでさえもりすのことを尊敬していて、りすのことだけは「りすさん」と呼んでいます。
「何が起きているかは全部知っているさ、あらいぐまくん。だから、大丈夫」
りすはあらいぐまの方を向いて静かにそう伝えると、にやり、と笑ってみせました。
「君たちが争っているのは森にいつもかかっていた逆さ虹が消えてしまったからだ──実は、こういう例は僕にも伝わってない。けれどね、役に立ちそうな話ならいくつか知っているんだよ」
りすの声は決して大きくはないのによく響き、すっと動物たちの耳に飛び込んできます。
「どんぐり池と、根っこ広場の話は知ってるかい?」
「あ……」
「おや、くまくん。聞いたことがあるかな?」
くまのあげた小さな声にりすが反応しました。くまは恥ずかしそうにしながらもゆっくりと答えます。
「お、おかあさんから、どんぐり池のお話なら聞いたことあるよ。た、確か、池にどんぐりを投げてお願いごとをすると、叶うって」
「その通り。それに、なんとこの話は本当なんだ。僕が試してみたからね」
「それでは、その池に願い事をすれば……」
「へびさん、ご名答! ちょうどここに一つ、余っていた僕のどんぐりがあるんだ。どんぐり池は川の上流にあってそこまで距離もないからさ、今から行けば日暮れまでには戻ってこられるよ」
りすは動物たちにどんぐりを見せびらかしました。ようやく解決策を見つけだした動物たちにとって、どんぐりは光り輝いて見えます。他の動物と同じようにぼぉっとどんぐりを見つめていましたきつねでしたが、ふと何かに気付いたかのように首を傾げました。
「あれ、根っこ広場は?」
どうやらきつねはりすの説明していなかった「根っこ広場」のことが気になったようです。
「あぁ、根っこ広場はどんぐり池のすぐそばにある広場なんだ。ここは、君たちが行きたかったら行けば良いし、行きたくなかったら行かなくても良いよ」
「あら、どんな場所なのかしら?」
「聞きたいかい? まぁ、こんな話をしたら聞きたくなるよね」
りすはいたずらっぽい笑みを浮かべました。りすは賢者でありながらも、よくこういった子供っぽい表情をするのです。
「根っこ広場は文字通り、木の根っこがたくさん飛び出している広場なんだ。そして、根っこ広場に関する面白い話があってね。そこで嘘をつくと根っこにつかまってしまう、らしいんだ」
「おい、今の状況にちょうど良い場所じゃねぇか。行かない訳ねぇよなぁ?」
りすの話に真っ先に飛びついたのはあらいぐまでした。らんらんと目を輝かせていてます。
「そうねぇ、誰が犯人なのか一発で分かるのよね」
「わたくしも賛成です」
こまどりとへびもあらいぐまにうなずきました。
しかし、きつねとくまは
「わたしは、みんながやるって言うのならやるけれど。あんまりやりたくないかな」
「ぼ、ぼくも……。気付かないうちに嘘ついちゃうかもしれないし、そしたら根っこにつかまっちゃうなんて、みんなは怖くないの?」
とあまり気が乗らないようです。
「そんなこと言ってたら虹を消した犯人だと思われちゃうわよ? 大丈夫よ、あなた方なら」
困ったようにうつむいている二匹にこまどりが声をかけました。
「ずっと一緒にいたわたくしを信用しないの? くまさんもきつねさんもひどいわね。なぁんて、これこそ嘘だけれど。犯人をつきとめましょうよ!」
強い口調のこまどりに二匹はこくん、とうなずきました。
「別にすごい嫌だってわけでもないし、こまどりさんがそう言うのなら行くよ」
「こ、怖いけど、一人の方が怖いから……」
動物たちの様子をぐるり、と確認したりすは満足げな表情を浮かべています。
「じゃあ、決定みたいだね。これから全員で、どんぐり池と根っこ広場に向かおう」
逆さ虹の森に住む動物たちの意見が一つにまとまりました。