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消えた虹

 次の日の朝。

 逆さ虹の森に住む動物たちは大騒ぎしていました。


「に、虹がないなんて……な、何か悪いことが起きたにちがいないよ」


 くまは巣穴からそっと空の様子をうかがいます。

 上には青い空が広がっているばかり。いつもはそこにあったはずの虹がなくなっています。


「大変よ! くまさん、起きてる!?」


 きつねがあわててくまの巣穴にやってきました。


「お、起きてるよ。ど、どうして──」

「虹が消えたの!」


 きつねは驚いているせいか、くまの話を聞いていないようです。


「し、信じられないよね。今までに虹が消えたことなんてなかったのに」

「本当よ、ありえないわよね」


 いつの間に来ていたのか、こまどりも会話に入ってきました。


「わたくし、あの西の二匹が怪しいと思うのだけれど。だってそんなことするの、あの方たちだけよ?」

「そんな、そうやって決めつけるのはよくないと思うけど……でも、わたしもあの二匹はちょっと疑っちゃうな」


 こまどりときつねはそんな会話を交わします。


「そ、それって、へびさんとあらいぐまさんのこと?」

「えぇ。虹を消すなんてこと、あの二人がやったとしか考えられないじゃない?」

「こ、こまどりさんがそう言うならきっとそうなんじゃないかな」


 こまどりの声に気圧(けお)されて、くまはゆっくりとうなずきました。うなずいた拍子にくまの鼻先がこまどりの翼にあたります。こまどりがあまりにも力強く羽ばたいていたせいで、二匹の距離はとても近くなっていたのです。


「あ、あら、ごめんなさいね。ちょっと取り乱したみたい」


 こまどりは少し声量を落として謝ると、


「ともかく、ね」


 と話を続けました。


「一度、お話をうかがいに行くべきよ。今すぐ行きましょう!」

「そうね、虹がないとなんだか心配だもの。わたしも行くよ」


 きつねもこまどりの熱い語りぶりに賛成し、川にむかって飛びはじめたこまどりにゆっくりとついていきます。

 きつねとこまどりの話に置いていかれたくまは、戸惑ったように二匹を見つめました。


「ぼ、ぼくはここで待ってる、よ……?」

「何言ってるのよ、くまさんも行かなきゃ。これはわたくしたち、逆さ虹の森に住むもの全ての問題なのよ?」


 くまの小さな呟きに気が付いたようで、こまどりがくるり、とまわって戻ってきます。


「そ、そうだよね。ごめん、こまどりさん。ぼくも行く」


 こまどり、きつね、くまの三匹は川に向かっていきました。



 西側に住むあの二匹も、虹が消えたことに大騒ぎしていました。


「あらいぐまさん、おはようございます」


 へびは、虹が消えたことをあらいぐまに伝えるためにあらいぐまを起こそうとしていましたが、なかなか起きようとしません。へびの瞳は寝床にころがるあらいぐまをひたと見すえています。


「あらいぐまさん、大事件なんです。今までに聞いたことのないようなできごとが起きているんです」

 

 へびの呼びかける声は冷静ですが、少し震えていました。


「なに、本当に虹が消えたとかか? まぁ、そんなこと──」

「まさにそうですよ、あらいぐまさん。今朝、森の虹がなくなっていました」


 あらいぐまはびくり、と体を一度ふるわせると寝床から跳ね起きました。あたりを見回してへびの姿を見つけると、鋭くへびを見つめます。その瞳にはさっきまであったであろう眠気はいっさい感じられません。


「そりゃあ……まずいぜ。お前、本気(マジ)で言ってるか?」

「疑わしい話なのは重々承知ですよ、自らご覧になるのが一番かと」

「言われずとも、な」


 あらいぐまはへびを連れ立って巣から外へ出ました。

 今日は良いお天気のようで、太陽の光が明るく降り注いでいます。あらいぐまはその光の筋を逆にたどるようにして空を見上げました。そこに広がるのは青。雲一つ、いえ虹一つさえありません。

 あらいぐまは一瞬言葉を失いました。そして、


「おいおい、こりゃあ誰がやったんだ」


 と小さく、呻くように声を漏らします。それに対して


「まぁ、森の内部の動物と考えた方が自然です。逆さ虹の森に入るのは難しいですから」


 とへびは答えました。


「お前はやらないだろうし、俺もやってない。それに賢者様がそんなことをするようには思えないよなぁ?」

「だとすると、答えは一つです」


 あらいぐまとへびは目を合わせてうなずきました。


「東のやつらだな」


 あらいぐまの顔に獰猛(どうもう)な笑みが浮かびます。


「あいつら、固まってこそこそしやがってよ。なーんかあやしいと思ってたぜ、俺は。でもここまできたらもう戻れねぇよ」


 激しく何かが擦れ合う音がしました。あらいぐまの爪が木の皮を切り裂きます。


「とっちめてやる」


 あらいぐまとへびは東に向かって猛然(もうぜん)と進んでいきました。



***


 川に唯一かかっている橋、おんぼろ橋。この橋が作られたのは遠い昔のことで、森の東と西をつなぐ手段はおんぼろ橋しかないというのに、渡るのに苦労するほどぼろぼろになっていました。


 東側からのんびりとした足音と、羽ばたきの音が聞こえてきます。


「ね、ねぇ、こまどりさん。橋に着いたらどうするつもりなの?」

「決まってるわよ、大声であいつらを呼んで、虹を取り戻すように言うのよ──ほら、着いたわ」


 一方、西側から聞こえてくるのは誰か暴れまわっているかのような、どどどど、という物音です。


「あらいぐまさん、ぶつかりますよ」


 へびの忠告を聞き入れずにひたすらまっすぐに駆けていたあらいぐまは、激しい音を立てて木にぶつかりました。


「だから言ったじゃないですか……」

「いてーな、なんでこんなところに木なんかあるんだよ」


 あらいぐまはいらいらとぼやきます。


「あ、へびさんとあらいぐまさん!」


 二匹の姿を東の岸から見つけたのか、きつねがそう叫びました。


「あら、ちょうどいいわね。わたくしたち、あなた方にお話があるのよ」


 こまどりも声を張り上げます。


「おぅ、めずらしい。俺もお前らに話があってきたんだ。な?」

「はい、大事なお話が」


 あらいぐまはうなるように返し、へびが同意しました。


「虹を消したのは」

「虹を消したのって」


 あらいぐまとこまどりの声が重なり、二匹は目を丸くしました。


「お前らだろう?」

「違うわよ、あなた方が消したのでしょう!?」



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