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逆さ虹の森

 あるところに不思議な森がありました。虹が逆さにかかっているその森は「逆さ虹の森」と呼ばれていました。逆さ虹の森は人間のなかでも有名でしたが、木がさかんに生い茂った森に人間はおとずれることはできず、動物たちの住みかになっていました。

 森には大きな川が流れていて、東側と西側の二つに分けられていました。


 東側に住むのはこまどり、きつね、そしてくまの三匹です。


「ねぇ、こまどりさん。お願いがあるの」


 彼らは大きなぶなの木の下でよくおしゃべりをしていました。と言いましても、お昼寝が好きなくまはずっと寝ていたので、おしゃべりをしていたのはこまどりときつねの二匹です。


「なにかしら、きつねさん」

「くまさんのために、歌ってほしいの。元気と勇気がでるような歌を」


 きつねはひそひそと、くまを起こさないようにささやきました。くまはそんな二人の様子にも気づかず、木の根もとで眠りこけています。


「ほら、くまさんって怖がりなところがあるでしょう? 自分でも気にしてるみたいでね。だから、くまさんを元気づけられるような歌をお願いしたいの」

「分かったわ。歌作りからはじめるから時間はかかるけれど……素敵な歌を用意しておくわね」

「ありがとう」


 こまどりは自信に満ちあふれた笑顔を浮かべました。こまどりは歌が上手いことで有名で、本人もそれを何よりも誇っていました。


 森には穏やかな木漏れ日が差し込みます。


「それにしても、きつねさんって優しいわよね」


 こまどりが呟きました。こまどりの声は高く、小さくてもたやすく耳に入ります。


「え? どうして?」


 きつねは細い目を丸くして訊ねました。


「あっ……き、聞こえてたのね。他人のために誰かにお願いするって、すごいことだと思って。ただ、それだけよ」

「うーん、よく分からないけど。ありがとう」


 こまどりは早口でまくしたてると慌てて飛んでいってしまいました。


「こまどりさんの方が優しいと思うのはわたしだけかなぁ、ねぇくまさん?」

「わ、うわぁ、なに!? だれなの、助けて!」


 きつねの問いかけに目を覚ましたのか、くまが手足をばたつかせます。


「わたし、きつねだよ。くまさん、おちついて」

「だれだっ……あ、あぁ、きつねさんか。びっくりしたよ」

「びっくりしたのはわたしだよ。あなたが暴れると危ないから、気をつけてって言ったじゃない」


 きつねの小言にくまは小さくなってうなだれました。


「ご、ごめんよ、きつねさん。ぼく、てっきり知らない人かと思っちゃった。あ、あれ、こまどりさんは?」

「こまどりさんはね──」

「──も、もしかしてへびさんに食べられたとかっ!?」


 大声で叫んだくまを見てきつねは思わずくすり、と笑みをこぼしました。


「いいえ、ちょっと出かけただけ。そうやってすぐ悪い方向に考えるの、良くないくせだよ」

「あ、あぁ、ごめん。分かってるんだけど、つい」


 くまはさらに小さくなります。

 そんなくまに、きつねはそっぽを向いて肩を震わせていました。




 一方、西側にはへびとあらいぐまが暮らしていました。こまどりを食べてしまうかもしれないへびと、暴れんぼうなあらいぐまは、東側の動物たちにひどく嫌われていました。


 彼らは倒れた木のうろの中でよく話しこんでいました。うす暗いうろの中ではささやき声が続いています。


「次の作戦はどうします?」


 へびの木の葉がこすれた音のような声でたずねました。


「うるさい、決まったら教える」


 あらいぐまはへびの問いにいらいらと木の皮をひっかきます。


「お前はこまどりのたまごが食べたいんだよな?」

「私は鳥のたまごが食べたいだけで、こまどりさんのじゃなくても良いんですよ。むしろこまどりさんとは仲良くしたいんですけどね、ただこの森にはこまどりさんしか──」

「うるさい」

「……すみません」


 あらいぐまはさらに深く木の皮を傷つけます。

 あらいぐまには分かっていました。本当はへびは東側の動物たちと仲良くしたいのに、へびの性質と性格のせいでそれができずにいる、ということを。

 

 へびの主な食料は鳥と鳥のたまごでした。自分を食料にされるかもしれないこまどりにとって、へびは天敵です。

 さらに、へびはなぜかとっても食いしんぼうでした。本来ならへびは年に二、三回ほどしか食事をしなくて良いのですが、このへびは季節が変わるたびに鳥のたまごを必要としていました。逆さ虹の森ではたまごはあまり手に入らないため、へびは常にお腹をすかせていました。そう、鳥を見かけるだけで舌なめずりしてしまうほどに。

 そして、もう一つ。へびはあらいぐまのことが心配でした。乱暴なあらいぐまは東側の動物たちにひどく––––天敵であるはずのへびよりも––––嫌われていましたから。


 そんな理由をあらいぐまは知っていましたが、気付かないふりをしていました。


「作戦、決まりました?」

「あぁ」


 木のうろでの作戦会議は進んでいきます。


「珍しい、いつもよりも速いですね」

「今日は頭が冴えてる気がするからな」

「……明日は森の虹が消えるんじゃないですか?」


 あらいぐまににらまれたへびはシューシューと笑い声をもらします。


 長い沈黙のあと、あらいぐまは宣言しました。


「作戦はこうだ。明日、こまどりの巣を探しに行く」

「その後は?」

「着いたら考える予定だ」


 へびはいつも通りなあらいぐまの様子にほっとしました。ちょうど、あらいぐまがいつもより静かで、本当に虹が消えてしまうのではないかと考えはじめたところだったのです。

 穴からは、虹が立派に輝いているのが見えていました。



***


「森のみんなが仲良くなれますように」


 その晩、とある池に一つのどんぐりが投げ込まれました。

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