第七話 キスの嵐とパンツ選び
デレッデッデーデデッ♪
「負けたか……」
「なんで華弥がこんなに強いんだよーう!」
意外な結果に、巴と翔子も悔しがる。
「ダーリン、美貴からにげないでよ!」
「いや、そりゃ逃げるよ!」
美貴はゲームのルールを忘れたのかってくらい、俺ばかり追っていたな。
おかげで、トラップとかにハメやすかった。
愛しい娘といえど、勝負で手加減はしない!
「じゃ、負けたボクらは、バツゲームだね」
「そうね……。しり文字なんてどうかしら? おしりで自分の名前を書くのっ♪」
「それ、ゆいやる!」
「じゃあ、愛も!」
しゅばっと手を挙げる優結と、それに付き合う愛。
美貴の提案になぜか乗っかってきた二人が、適当におしりを振りだした。
「なんだか、はずかしいよ……。華弥は、やらない……!」
華弥は顔を覆っている。
「それか、負けた三人は、バツとして、とーちゃんにちゅーするっていうのはどう?」
「えー? それじゃバツゲームにならないじゃない! それに、バツだなんて……ダーリンにシツレイだわ!」
「だったら、それぞれ、したくないコトをしたらいいんじゃない? ボクは、とーちゃんに、ちゅーしたくないから――いっぱいちゅーしよっと♪」
「そっか! 美貴もよく考えたら、今日はあんまり、ダーリンにキスしたくないカモ♡ でも、バツゲームなら仕方ないわね♪」
「ふむ……そうきたか……。私も今日は……風向きとか……宇宙線とかの……関係で……キスできない日……。だが、バツゲームなので……やむを得ずする……♡」
意見が一致したらしい三人は、俺にまとわりつき、頬や耳や額や首や腕や指に、何度何度もキスをした。
「負けた側が、自分で罰ゲーム決めるんだね……?」
それって何でもありじゃない?
そもそもキスできないとか、したくないと言いつつ、夕食前にもしてるよね?
……内心で、そう突っ込みつつ。
俺はキスの嵐に身を任せた。
人は、大いなる自然の力の前では無力。
子どもだって、自然の一部のようなものだ。
されるがままになるのも、時には必要なこと。
「ちゅっ、ちゅぅ……!」
「むちゅっ……ちゅぅんっ……♡」
「ん……はむ……んっ……」
今夜だけで何回キスするんだという気もするが、娘たちにとって、キスはいくらでも、しなければならないものらしい。
絶え間ないキスの僅かな隙をついて、俺もキスを返していく。
こちらからもアクションしないと、娘たちはむくれてしまうだろう。
「うわぁ……すごい……!」
そんな俺たちの様子を、華弥は目を輝かせながら見ている。
「そうだ、ボクたちに勝ったんだから、華弥にもごほうびがないとね」
「愛と優結も、がんばってダーリンをおうえんしたもんねっ!」
「さあ……お好きにどうぞ……」
「いいの!? ねえさまたち、ありがとう!」
「「よっしゃ♡」」
姉たちに促されるとすぐに、華弥と、体をくねらせていた愛、優結は、ソファ上の俺へダイブしてきた。
敗者の罰ゲームと勝者のごほうびって、同じ内容なんだ――。
子どもの発想の面白さを、あらためて感じつつ――
俺は再び、キスの嵐の只中へ。
「ん……んちゅ……」
「むちゃ、むちゃ……ちゅぱぁっ!」
「じゅるぅん……べろぉ……!」
小さなくちびるや舌が、俺の顔を撫でていく。
その音を聞きながら、俺はおとなしく解放の時を待った。
しかし、嵐は簡単には通り過ぎてくれない。
「そういえば今夜はまだ、凛姉さんからは、ダーリンにキスしてないよね?」
「えっ? そ、そうだけれど……それが……?」
またもや美貴が凛へ切り込み、新たな嵐を起こそうとする。
「それはいけない……。こういうことは……大事よ……」
「じゃ、お次は凛の番だね!」
「えぇ……。何でそうなるのよ……」
巴と翔子も煽る。
「そもそも凛姉さんが勝てたのって、ダーリンのおかげなんだし。お礼のキスくらい、しなきゃいけないんじゃない?」
俺が優結に鼻をかじられている内に、話が進んでいく。
「そんな決まりは、ないと思うけれど……。本当にするの……?」
凛は遠慮がちに、俺をちらちらと見る。
意外にも空気を察したのか、優結たちも俺を解放した。
「凛がキスしてくれるなら、嬉しいな」
夕食前のやり取りから学習した俺は、凛を受け入れるように手を広げた。
「……分かった……。お礼だから、仕方ないわね……?」
凛は下を向きながら俺へ近付き、耳まで真っ赤にして、小声で何かつぶやきながら――
ゆっくりと俺の頬へ、キスをした。
凛の緊張が痛いほどに伝わってきて、こっちまで恥ずかしくなってくる。
その勇気に応えるつもりで、俺も今夜二度目のキスを、凛のなめらかな頬へ捧げた。
「ありがと、凛」
凛は、俺と一度も目を合わせず、口元に手の甲を当てている。
「おおおぉ……っ!」
張り詰めたムードに当てられたオーディエンスから、ざわめきが起きた。
親子の軽いスキンシップのはずだが、何だか妙な空気が漂っている気がする……。
「こんなやり方もあるのね……! 美貴にはないテクだわ! 凛姉さん、やっぱりすごい……!」
「何か色っぽいよね!」
「闇雲に……攻めるのではなく……あえて溜めを作り……威力を高める策か……」
「華弥も、ドキドキしちゃいます……!」
「みんなが言うから、しただけなのにぃ……。そ、そんなのじゃないから~っ!」
惜しみない称賛に耐えられなくなった凛は、黒髪の軌跡を残し、どこかへ去って行ってしまった。
……ちょっと可哀想かな?
しかし、どうフォローすればいいんだろう。
「みんな、おふろが、わきましたよー」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
――丁度いいタイミングで、理沙からおふろの合図があった。
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「はい、お父さんの分♪」
ゲームを片付けていると、理沙が俺の着替えを持ってきてくれた。
他の娘たちは、それぞれの部屋へ引っ込んでいる。
「ありがとう。いつも本当に気が利くなあ」
「えへへっ♪」
頭を撫でると、理沙は嬉しそうに、体をすり寄せてくる。
控えめでしっかり者の理沙が、こうして甘えてくれると嬉しくなるなぁ。
――そのとき。
「パパ、どれがいい~?」
「どれすき~?」
どたたたた……と、にぎやかな足音とともに、愛と優結がリビングへ戻ってきた。
それぞれパンツを三枚ずつ持っている。
「自分が好きなのをはいたらいいよ」
「だーめっ! ちゃんとパパがすきなのえらんで!」
「えらべっ!」
二人とも引き下がらず、各々カラフルなパンツを押し付けてきた。
ほぼ毎日、はくパンツを選ばされるのだが、これがなかなかに困る。
どういうチョイスをすれば正解なのか、まるで分からない。
いや、きっと、正解も間違いもないのだろう……。
かといって、いい加減な対応をすると――。
「ちゃんとみて~!」
――と、怒られてしまうのだ。
結局、適当にローテーションで選んであげるのだが、いつどれをはいていたか、正確に覚えているわけでもない。
「ゆいのはね! おはなとー、いちごとー、ぶた……じゃなくて、ぱんだ!」
「愛のは、りんご、くまさん、おほしさま! きっらり~んっ☆」
二人してご丁寧にも、一枚一枚広げ、表裏しっかり見せてくれる。
多くは内ゴムタイプで、フリルやリボンが付いているものもある。
「じゃあ優結はパンダ、愛はおほしさまのをはこうか」
こういう選択はスピード第一。
フィーリングで、何となく二人がはきたそうなものを選んだ。
「はーい! ぱんださん、よろしく~♪」
「パパは、おほしさまのぱんつが、すきなのね! 愛のマホウが、つよくなりそうだからかしら♡」
無事、二人のお気に召したようだ。
はかなかったのは、後でまた畳み直さないとな……。
「あ、あの、華弥は……」
ようやく愛と優結がおとなしくなり、また部屋へ引っ込んだところで、いつの間にか華弥もそばに来ていた。
やはり自分のパンツを三枚手にしている。
……珍しい。
華弥は、いつもは自分でパンツを選んでいるのだが。
「えと、華弥は……きいろいおはなのと、ウサギさんのと、ピンクのハートのを、もってきました……!」
震える声で言いながら、パンツを差し出す。
華弥はちょっと恥ずかしがり屋だ。
妹の優結や愛はもちろん、もしかしたら次女の翔子以上に恥じらいを持っているかもしれない。
そんな華弥にとって、この行動はなかなか大胆なのではないだろうか。
先ほどの凛のように、耳まで真っ赤にしている。
きっと、愛たちを見て真似したくなったのだろうが、無理があったかな?
「華弥は、自分が好きなのを選んでいいよ。愛と優結のお姉さんだし、自分で選べるもんね!」
俺は、華弥の頭を撫でながらそう言った。
柔らかな髪が指に心地よい。
羞恥心が芽生えている上に、自分で自分のことができるなら、そうしたほうがいいだろう。
「は、はい……そうします……」
安心するかと思った華弥は、しかし、どこか残念そう。
また接し方を間違えたか?
考えてみれば華弥は、恥ずかしさを我慢してまで、俺にパンツを選ばせてくれたのだ。
それを無視するのは、かえって華弥に悪いのかも……?
「じゃあ、ぱんつ、しまってきますね……」
寂しげな背中を見せて去ろうとする華弥を見た瞬間、俺の記憶がスパークした。
夕食のとき、華弥のオムライスには、ウサギが描かれていなかったか……?
「華弥、待って! やっぱりお父さんは、ウサギさんのパンツをはいてほしいな!」
「…………! はいっ、そうしますねっ!」
俺が言うと、華弥は顔をぱぁっと輝かせた。
何とか華弥が喜ぶ対応をしてあげられたようだ。
やはり華弥の中では、密かにウサギさんブームが来ているのかもしれない。
「お父さまが、えらんでくれたぱんつ……♡ うふふっ……♪」
華弥は愛おしそうに、可愛いウサギがプリントされたパンツを抱きしめている。
パンツを選ぶだけで、ここまで喜んでくれるなんて。
娘とのコミュニケーションは、実に奥が深い。
「華弥ちゃんたち、うれしそうでよかったですね♪」
一部始終を見ていた理沙が、微笑みながら言う。
「うん。でも、こういうとき、どうしたらいいか。いつも難しいよ」
「お父さんの好きなようにしたらいいと思います。それが一番、みんな喜びますよ♪」
「そうは言ってもなぁ――」
娘のパンツを選ぶのに、好きも嫌いもないんだけど。
そんなことを思いながら、理沙と少し言葉を交わす。
――すると。
「パパ~、どっちのパジャマがすき~?」
「すっき~っ?」
また愛と優結がやってきた。
それから、さらに数度のやり取りを経て。
俺はようやく、華弥、愛、優結の三人を、お風呂場へとご案内できた。
【六女・華弥のウワサ 1】
動物や女の子の絵を描くときは、「このこも、きっと、お父さまが好きなんだ……。華弥といっしょ……♡」とよく思っているらしい。