第五話 一家団らん≒大騒ぎ
目の前には、できたてのオムライス。
新鮮なサラダ。
温かなスープ。
オムライスは、ふわふわとろとろした卵から湯気を立ち昇らせており、食欲をそそる。
さらにその鮮やかな黄色の上には、ケチャップ文字で、“だいすき♡”と書かれている。
華弥のリクエストを受けた理沙が、先ほど目の前で書いてくれたものだ。
内心で嬉しさと恥ずかしさが拮抗しそうになるが、自らを奮い立たせて、嬉しさを勝利させる。
好意を素直に喜べなければ、この娘たちと暮らしていくことは大変だ。
また、俺のオムライスのすぐ横、同じお皿の上には、もう一つ、やや小さいオムライスが並んでいる。
そこにケチャップで書かれている文字は、“ぶた!”。
……かなり読みにくいけれど。
さらにその文字の横に書かれている、ぐちゃっとしたものは、ブタの顔らしい。
初見では分かりにくいものの、よく見るとブタの複雑な表情が浮かんでくる、味わい深い作品だ。
「パパ、これいいでしょ!」
にゅっ、と俺の視界に入ってきたのは、ミニオムライスの主・優結。
お姉さんの凛といっしょに書いた文字と絵に、ご満悦の様子。
「可愛くって、おいしそうだなぁ!」
「そうでしょ~!」
そんな優結が座るのは、俺の膝の上。
今日はここで食べるらしい。
我が家の食卓では、それぞれの座る場所を特に定めていない。
そのおかげで、毎日、色んな席の配置を楽しめるのだが、優結は俺の膝に乗っかることが多い。
若干食べづらくはあるが、優結の体温と重みと柔らかさを感じられるのは、何にも代えがたい心地よさがある。
何より優結が喜んでくれるので、乗せないわけにはいかない。
「それでは、食べましょうか」
沙織の声に続いて、みんなで“いただきます”を言ってから、一斉に食べ始めた。
「うまい、うまい……っ!」
おいしすぎるオムライスに感動した俺は、思わず声を漏らす。
沙織の作るオムライスは、今まで数え切れないほど食べているが、いつもため息が出るほどのおいしさだ。
娘たちも半ば無意識に、おいしい、おいしいと口々に言っている。
「ふふっ、よかった。理沙もがんばってくれたものね♪」
「いえっ、そんな、今日は、本当に簡単なお手伝いをしただけで――」
「そのお手伝いをがんばってくれたから、助かったわ♪」
沙織は嬉しそうに娘をほめるが、当の理沙は謙遜している。
これは、俺も続かないとな。
「本当においしいよ。ママも理沙もありがとう」
「あ、ありがとうございますっ! でも、私なんてまだまだで……! お母さんに追いつくには、もっともっとがんばらないとっ!」
「理沙はもう十分すぎるくらいだよ」
「いえいえ!」
理沙はこんなときでも謙虚で真面目だ。
それがいいところではあるが、父親の俺に対して、もう少し楽にしてくれてもいい気がする。
「そうね、理沙はお料理も、他の家事も、すっごく上手。けれど、確かに――私に追いつくには、まだまだ遠いかも♪」
「はいっ! がんばりますっ!!」
いたずらっぽく言う母に対し、瞳をメラメラと燃え上がらせながら答える理沙。
熱気で眼鏡がやや曇っている。
なるほど。
意外に理沙は、ちょっと挑発されたほうが、やる気が出るのか。
娘との接し方を見ても、やはり妻には敵わないなと感じた。
「理沙姉さんのシュギョーもジュンチョーなのね。でも美貴だって、他のコトじゃ負けてないわ!」
「うむ……。各自……得意分野を伸ばし……包囲網を……形成すべし……。逃げ道を断てば……必勝……♪」
よく分からない会話をしている美貴と巴も、食事を楽しんでいるようだ。
俺は、がっつき気味に夕食を食べつつ、家族で囲む円卓を見回す。
長女の理沙。次女の翔子。三女の凛。四女の美貴。五女の巴。六女の華弥。七女の愛。八女にして末っ子の優結。八姉妹の母にして俺の妻、沙織。
そこに俺を加えた十人が、この家の住人だ。
「とーちゃん、聞いてよ! 今日はボク、サッカーで一ゲームに四点も入れたんだよ!」
「それ、昨日も言ってなかった?」
「ちがうよ凛! 昨日のはバスケで、取ったのは三十点!」
大切な家族と過ごす、楽しい時間。
翔子と凛の会話を聞きながら、この幸せを噛みしめる。
「パパ、あーんっ!」
優結の掲げるスプーンが、浸りかけていた俺を、現実へ引き戻した。
優結は、俺にオムライスを食べさせてくれるようだ。
「はい、あーん♪」
「うぶ」
優結が口中へ突っこんできたスプーンを、やや苦労しつつ受け止める。
「パパ、おいしー?」
「もがっ、おひしい」
「よっしゃ♪」
パパへのご飯食べさせミッションが成功し、満足げな優結。
そんな優結のやわらかほっぺに、ご飯粒を発見した。
俺は人差し指で、周囲に付いているケチャップごとご飯粒をすくう。
「優結、ほっぺに付いてたよ」
ぱくぅっ!
優結の前に指を差し出すと、即座に第二関節あたりまでを口に含まれた。
俺と優結の左隣に座り、ウサギの絵が描かれたオムライスを咀嚼していた華弥は、そんな俺たちを見ており――。
「あ、お父さまも……。じっとしてて……」
言うが早いか、俺に寄りかかって背伸びをし――俺の頬を舐めた。
小さな舌の感触がこそばゆい。
「お父さまのケチャップ、なめちゃった……♡ おいし……♪」
どうやら、優結に食べさせてもらったとき、俺の頬にもケチャップが付いていたようだ。
「華弥、ありがとう」
お礼に、そのなめらかな髪を指で軽くすいてやると、華弥は笑顔でちょっと跳ねた。
「あ……えと……私……」
自分のお皿と俺を交互にちらちら見ている理沙が、視界に入った。
どうしたのかと思う間もなく――。
俺と理沙の間に座っている美貴が、素早くお皿の端のケチャップを指ですくい、自分と理沙の頬に付けた。
「ああっ、ダーリンっ! 美貴も理沙姉さんも、ほっぺにケチャップ付いちゃったぁ~っ! ダーリンのお口で、取ってほしいな……♡」
理沙の腕を引きつつ、俺にしなだれかかってくる。
どうしたものか……。
娘のリクエストには応えてあげたいが、これは収拾がつかなくなる予感がするぞ。
「とーちゃん、ボクもやっちゃったっ!」
「愛もよ~」
思う間に、翔子と愛の、鼻の頭やほっぺたにも、ご飯や卵がくっついていた。
「私は……そんなはしたない食べ方しないわ……?」
さらに凛までもが、口元に大きな米粒を付けてこっちを見ている。
どうしたんだ凛!
いつもはそんな調子じゃないだろ!
周りに流されるな……!
「ふむ……。今から便乗しても……分が悪いか……。更なるインパクトを……求めるならば……リスクがあまりにも――」
巴のつぶやきも不穏だ。
助けを求めて沙織を見る。
「あらあら」
沙織は、随分のんきな様子で笑っていた。
この程度の騒ぎは大したことないと思っているようだ。
そのくちびるにわざとらしく付いたケチャップは、見なかったことにする。
結局。
パパにしてほしいことがあるなら、夕食後にいくらでもしてあげるから、まずは行儀よくきれいに食べなさい、とみんなに言い聞かせ――。
にぎやかすぎる夕食の時間は、何とか無事終わった。
【四女・美貴のウワサ 1】
「ユメをかなえる第一歩は、くり返し言いつづけるコト☆」というアドバイスを雑誌で見てから、“パパ”が“ダーリン”になったらしい。