まばゆいばかりの光の先へ
「本当に、こんな日が来るなんてな……」
「分かっていたことじゃない」
チャペルの控室。目の前の光景に見惚れ呆然とする俺に、ドレスアップした沙織が言う。
「でも、いざ迎えてみると……不思議な気分だ」
気を抜くとすぐに滲んでしまう視界を占めているのは、ウェディングドレス姿の理沙。今日の主役だ。現在、大学一年生。十九歳を前に、結婚する。目が合うと、ベールの下で微笑んだ。本当に美しく、立派な、自慢の娘。この娘の伴侶となる者は、世界一の幸せ者だ。幸福と感傷に浸りかけた俺に、沙織が問う。
「嬉しくないの?」
「嬉しいさ、もちろん」
「泣くのは早いよ、とーちゃん!」
と、元気な声がした。
「理沙姉さんだけでなく、私たちにとっても、今日は大事な日なんだから」
「見て見て! こんなにステキなドレスを着られて幸せ……! くるんっ☆」
他の娘たちも、準備ができたようだ。翔子、凛、美貴……皆、ウェディングドレスを着ている。
「裾を踏まぬよう、気を付けねば……普段から白衣を……引きずり慣れているのが……生きそうだな……」
さらに巴。小さな体で、長いスカートを引き連れている。
「とうとう、ここまで来ました……! 華弥は、華弥は……っ!」
「華弥ちゃん、泣くのは後で、パパの胸でしましょう」
涙ぐむ華弥の背中を、愛がさする。
「白くてきれいでおいしそうだからって、優結たちを食べちゃダメよ、パパ?」
優結は裾をつまんでみせながら、笑顔でウインクする。今年中学生になった華弥も、小学生の愛と優結も、ウェディングドレスだ。
現在、結婚できる年齢は男女ともに十八歳からとなっているため、本日結婚するのは理沙だけだが、その妹たちも純白の美しい衣に身を包んでいる。ウェディングドレス姿の八人の娘が一堂に会するこの空間は、輝かしさの密度が凄まじく、美や尊さといった概念が質量を持って迫ってくるように感じられる。父でなくとも目が眩むことだろう。生涯忘れ得ぬ、目と心に焼き付く光景だ。
「私はそろそろ移動するわ。あとは主役たちにお任せね」
気が遠くなりかけていた俺は、沙織の声で我に返る。
そして、理沙は俺に手を差し伸べた。
「それでは行きましょうか、お父さん」
俺の目を見つめて、言う。
「そして――あなた」
「うん、行こう」
二度目でも着慣れないタキシードの襟を正して、理沙と腕を組む。扉が開いた。
理沙は、新婦として。俺は、新婦の父――そして、新郎として。ふたりで腕を組み、ヴァージンロードを進んで行く。
今日は、理沙と俺の結婚式だ。
列席者は、親戚等のほか、娘たちの友人も多い。史上初の実の親子同士による結婚として、世間からもやや注目されているようだが、こちらの希望通り、マスコミは入っていない。
拍手に迎えられつつ、これまでの日々に思いを馳せる――。
これまで、親子で結婚することが、公的に認められることはなかった。しかし、世論の変化や、何より娘たちの努力のおかげで、この日を迎えられた。
例えば、巴が続けていた研究の成果により、近親婚における問題点とされていたこと――遺伝的なもの等――は、全て容易な解決策が確立された。「研究所」の影響力もあり、このことは瞬く間に世間に広まった。
美貴の活躍も大きい。アイドル活動の中で父――面映ゆいことに俺だ――への想いをアピールし続け、その知名度は高まっていった。
他の娘たちも協力し合い、日に影に行動し――とうとう法的に、親子婚を含む近親婚が認められるに至った。これに先駆けて同性婚も認められており、理沙の友人である百合奈さんと一葉さんや、美貴のファンのヒカルさんとマユさんらが喜んでいた。
簡単ではなかった。この結婚は、誰にとっても初めてのことであるので、手続きは煩雑で、スムーズにはいかなかった。もし、新制度に穴があり、悪用できるようでは困るので、極めて慎重に進められた。しかし、その面倒な手続きの一つ一つが、娘との絆を確かめる行為のようにも感じられ、嬉しかった。
また、男女問わず重婚も可能となった。沙織とは夫婦のまま、俺は理沙と結婚する。さらに翔子、凛、美貴、巴、華弥、愛、優結と婚約中だ。こうして、娘たちとの、秘密を抱えた生活は終わりを告げた。最早、何も隠すものはない。
娘たちは成し遂げた。俺が不可能と思っていたことを。驚くほど早く。
――理沙と俺の後に、翔子らが続く。美貴が友人に投げキッスをし、優結は笑顔で手を振っている。式は粛々と進む。理沙も緊張しているに違いないが、とてもしっかりしており、その姿に俺のほうが支えられた。本番では理沙のフォローをする心積もりだったが、その必要はなかった。
繊細な指に見惚れつつ指輪交換を終え――誓いのキスへ。お互い、思いのほか勢いよくくちびるをぶつけ合ってしまった。照れて、うまくできないだろうと思っていたが、杞憂だった。理沙を前にすると、司会に促されるまでもなく、自然と口づけていた。……少し、キスが長かったようだ。司会の声で我に返り、誓いの署名をする。
最後は、ブーケトス。満面の笑みの理沙が、背向けから高く投げ上げる。拍手と歓声が沸いた。ブーケを手にしたのは、理沙の幼馴染、百合奈さん。驚いた様子で、隣の一葉さんを見る。ふたりは、小学生時代、理沙とともに図書委員をしていた。一葉さんは顔を赤らめ、笑顔で頷く。近いうちに、新しい幸せの始まりを見られるかもしれない。そう思って、理沙と目を見交わした。
-
披露宴会場では、新郎新婦の馴れ初め紹介ムービーが流れている。
ふたりの出会いは病院。沙織のおなかから産まれたばかりの理沙を、俺が抱き上げた。赤ん坊の理沙が元気に泣き、はいはいして、歩き出し、幼稚園へ通い、やがて入学式の日を迎える。小学校、中学校、高校――友人に恵まれながら卒業していき、この春、大学生になった。現在、保育士を目指して頑張っている。写真とナレーションで語られる理沙の歴史が、すなわち馴れ初めだ。
理沙はある日突然大人になり、娘から恋人になり、妻になるわけではない。沙織のおなかの中にいた頃から今に至るまで、全てが地続きの理沙だ。そのことをあらためて意識する。
プロポーズは俺からした。前代未聞の決断だが、勇気を振り絞る必要はなかった。お互いの気持ちはずっと揺るぎないものであったし、沙織や娘たちの暗躍により、プロポーズをする以外の選択肢はあらかじめ完全に封じられていた。
後々知ったことだが、プロポーズの遥か以前――法的に結婚が認められる前から、俺と八人の娘たちが結婚する前提で、あらゆる物事が動いていたようだ。気付かなかったのは俺ばかり。母娘の団結は強く、協力し合えばどんなことでもできるんだと思い知った。
ムービーが終わると理沙とともにナイフを握り、ケーキ入刀を行う。ケーキを一切れ理沙に食べさせ、理沙も俺に食べさせてくれる。その後、俺は七人の婚約者にも一人ずつケーキを与えた。ケーキを詰め込んだ優結の頬を愛が拭き、感極まった華弥の涙を凛が拭き、大きなイチゴが口に入りきらなかった巴を翔子が助ける。美貴は理沙を促して共にポーズを取り、来賓の方々へシャッターチャンスを提供する。
来賓の方々と歓談し、披露宴が進む。皆、俺たち家族の選択を受け入れ、祝福してくれていることがとても嬉しい。華弥の幼稚園時代からの友人である瑠璃華さんと聖菜さんのカップルが、幸せそうなドレス姿の華弥を羨み、次は自分たちの番だと意気込んでいる。
やがて、スピーチの時間がやってきた。
あらためて来賓の方々を見渡し、感謝の言葉を述べる。そして、理沙への想いを語った。
「沙織のお腹の中に、理沙が息づいた日からずっと、理沙の幸せを願ってきました。理沙が幸せになるならば、それがどんなものであったとしても、理沙の選んだ道を応援しようと思ってきました。そして、理沙は――私といつまでも共にある道を望み、選んでくれました。私の想像を超えるほどに、父である私を、深く愛してくれました。私も、理沙を愛しています。絶対に、幸せにします。最愛の娘であり、妻である理沙を、生涯愛し続けます」
続いて、理沙が話す。花嫁から親への手紙に代えて。
「――私は、産まれたときから、父のことが好きでした。物心がつく前からずっと、優しく撫でてくれる手や、あたたかな声に、恋をしていたのだと思います。その想いは、成長するにつれ、大きくなっていきました。けれど、父は父。この想いは、胸にしまっておかなければいけない。親子としていっしょにいられるだけで、このうえない幸せなのだから。そう自分に言い聞かせていた頃もありました。それが、今こうして……私の願いどおりに、結ばれることができるなんて……それも、こんなにたくさんの方から、祝福していただいて――」
理沙の声が、次第に涙混じりとなる。
「本当に、幸せです……! どんなことでも、叶うのだと……叶えられる未来があるのだと、知りました。世界はこんなに……希望があって、優しいんですね……。この幸せは、母と妹たちと、皆様のおかげです……! これから父とともに、この幸せを大事にして、繋げていきます」
声を詰まらせながらも、俺の妻は、堂々と話し終えた。そして、マイクは、婚約者たちへと渡っていく。
「次女の翔子です。ずっと理沙姉さんを見てきて、“これは絶対にとーちゃんと結婚しなくちゃいけない!”と小さい頃から思っていました。何とかならないかな、と思っていたら、本当に何とかなって、こんなに幸せな日を迎えることができました! ボ……私もすぐに追いつくから、待っててね、父さん、姉さん!」
「三女の凛です。私も、二人が結ばれることをずっと願っていました。ですが、少し前まで、それは夢物語のように思われて……素直になれなかったこともありました。でも、現実は、夢よりももっと素晴らしいものでした! 幸せ過ぎて、自分の頬をつまみたいくらいですが……この素晴らしい現実と向き合って、私たちはしっかり……幸せにならなければいけません。父なら、きっと……理沙姉さんを……幸せにしてくれると、思います……っ!」
「四女の美貴です。私は、愛より強いものはないと思いますっ! 本当に愛して、愛のために動くなら、全部必ずうまくいきます。この家族は、このふたりは、こんなにも愛が強いんだから、最高に素敵な家庭を築けますよ! 皆さんも、どうか愛を信じて、幸せになってくださいね!」
「五女の巴です。この日が来ることは、データの上では……ずっと前から分かっていました。全て予測通り……。でも、いざ迎えると、感無量……です。誰もがより自由に……幸せになれる……新時代の始まり……かもしれません。私たちも姉に続いて……幸せを掴んでいくので……皆さんも……是非どうぞ。私からは以上です」
「六女の、華弥ですっ! ふたりは本当にお似合いで……今、とっても幸せです♡ この幸せな気持ちを、ずっと持っていたいです。皆さんも、お家へ持って帰って――ずっと大事にしてくださいっ!」
「七女の愛です。理沙姉さんには、昔からずっとお世話をしてもらっていています。今もです♪ 結婚したら、私たちのことばかり構えなくなると思うので――私ももっとしっかりして、少しでも家族を支えていこうと思います!」
「八女の優結です~っ! 理沙姉さんとお父さんが幸せそうでうれしいです! みなさんも幸せそうで、もっとうれしいです! ありがとうございます! おいしいお料理もまだあるから、たくさん食べていってくださいねっ!」
翔子は緊張していたようだが、落ち着いて立派にスピーチをした。
凛は感情が高ぶっており、緊張どころではなさそうだったが、泣き崩れる前に話し終えることができた。
ステージ慣れしている美貴は、ウインクやポージングも交え余裕の様子。
巴は堂々としているように見えて、実際は一番緊張していたかもしれない。
式の始まる前から泣きかけていた華弥は、今や満面の笑みで楽しそうだ。
愛は幼いながらとてもしっかりしており、スピーチ通りの意気込みを感じる。
そして、優結の元気と微笑ましさで、会場はさらに和んだようだ。
みんなそれぞれ頼もしい。
スピーチの途中、沙織と目が合い、娘たちへの熱い思いを乗せた視線を交わし合った。
そして、我々家族を包む万雷の拍手に促され、あらためて八人の娘――一人の妻、七人の婚約者とキスをした。
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晴れた休日の午前。心地よい夏風のそよぎを感じながら、二階のバルコニーで理沙を抱く。背中から胸元へ腕を回し髪のにおいをかぐと、理沙も身を預けた。
「天気がいいな」
「洗濯物が乾きそうでよかった」
「実習は来週からだっけ?」
「うん。子どもたちに会えるのが楽しみ。いっぱい遊んであげるの……♪」
頬をすり寄せ、じゃれついてくる理沙にやり返しつつ、穏やかなひとときを楽しむ。休学した時期もあったが、大学での保育士修行は順調のようだ。理沙との結婚式から一年。沙織と理沙、二人の妻との結婚生活にも慣れてきた。翔子と入籍する日も、間近に迫っている。
――おぎゃあっ!
そのとき、隣の部屋から元気な声が聞こえた。
「姫がお呼びだ」
「まずは、あの子と遊んであげなきゃ」
手をつなぎ、笑い合って、声の元へ向かった。
【家族のウワサ】
仲良し家族としてご近所でも有名らしい。
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最後までお読みいただきありがとうございました!
本作はこれにて完結いたしますが、あなたと娘たちの人生はこれからも続いていきます。
娘たちへのメッセージや祝電は、感想欄にて随時受け付けております。
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