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パパと娘⁸のらぶらぶライフ ~うまれたときからアイしてるっ!~  作者: カンサー・プロジェクト
第二章 家族の一歩 ~父娘+恋人のステップアップ~
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第五話 父娘のひめごとデートライフ ~前編~

「お待たせしました」


 晴れた土曜のお昼時。待ち合わせ場所の俺の元へやってきたのは、白のブラウスと水色のスカート姿の女性。眼鏡がよく似合っており、理知的な印象で、美しい。思わず胸が高鳴る。


「お父さん、ごめんなさい。遅くなってしまって」


 それは、高校三年生の長女、理沙だった。


「俺も今来たところだよ」


 待ち合わせ時間より十分以上前だし、午前は高校の特別講座に出ていた理沙が、休みの俺より遅くなるのは当然だ。


「でも、絶対お父さんより早く来たかったのに」


「俺だって理沙より早く来たかったよ。じゃあ行こうか」


 今日はふたりきりのデート。家族そろっての時間も大事だが、ふたりの時間も同じくらい大事にしている。恋人なのだから。行き先は美術館。ちょうど“家族”がテーマの展覧会をしている。


「似合ってるな。そんな服あったんだ」


「はいっ! 最近買って、着るのは今日が初めてです」


「すごいよ。本当にきれいだ」


「いえ、そんなことは――」


「いや本当に、走ってきたとき、ドキドキしたよ」


「もう……そこまで言われると、ダメです……」


 綺麗なイチョウの並木道を歩きつつ、そんなやり取りをする。服を褒めるのは苦手だが、素直に感想を伝えると理沙がはにかみ喜ぶので、いい気になってついやり過ぎてしまう。


「ママ、ハト。ハトいたぁ…」


「そうだね、たくさん飛んでるね」


「えさ、やるー」


 ……道中、小さな女の子が母親に手を引かれながら、進行方向の逆へ行こうと身をよじっていた。


「あっ、可愛い……!」


 保育士を目指すほど子ども好きな理沙は、その微笑ましい様子を愛おしげに見つめる。


「ふふっ、昔を思い出しますね、お父さん。あっ、ハトさん、飛んで行っちゃった」


 俺にとっては、それほど昔でもないんだけどな。


-


 タイミングがよかったらしく、美術館は混んではいなかった。鑑賞中は作品に集中しがちで、ふたりの口数は多くはない。とはいえ、温かな油絵やコミカルな版画等、数々の作品を見ているうちに、自然と感嘆の声や笑みがこぼれる。


「この赤ちゃん、優結ちゃんみたい♪」


「理沙も昔はこんなだったよ」


「おばあさんの寝顔、すっごく気持ちよさそう……」


「隣の子の寝顔も、おばあさんにそっくりだな……」


ときどき感想を言い合い、何気ないやり取りに幸せを感じつつ、じっくりと展覧会を楽しんだ。


-


 帰路について間もなく。人気(ひとけ)のない建物の陰にさしかかると、今日の感想を話していた理沙の歩みが止まり、様子が変わった。


「お父さん、あの……少し、いいですか」


 すぐに察する。俺も同じ気持ちだからだ。理沙はかなり限界のはずだ。館内では展覧会に集中しており気にならなかったが、あれだけの時間ふたりが近くにいて何もしない、ということは普段ではあり得ない。そのことに、お互い気付いていた。


「うん。よく我慢したな」


 そう言って肩を抱いた瞬間、理沙にくちびるを塞がれた。こちらが動く隙もないほどに貪られる。この一年ほどでよくわかったが、理沙は相当にキスが好きで、激しい。家にいると常にキスをせがまれるし、一度にかける時間もかなり長い。今回も、俺の息が続かなくなる。……理沙は肺活量が多いのだろうか。

 何度か短い息継ぎを挟むが、それで追いつく勢いではなく、どんどん苦しくなってきた。とうとう、理沙の肩を三回叩く。理沙がつい加減を忘れてしまうと言うので、相談して決めた合図だ。五秒後、俺は解放され、深く呼吸する。理沙は顔を赤らめ、申し訳なさそうにしているが、上目づかいで見上げるその表情は、まだまだ多くのものを求めている。

 俺は覚悟を決めて頷き、第二ラウンドを開始した。この激しい愛を受け入れることは、理沙の気持ちに応えられず、長年寂しい思いをさせてしまっていた俺の義務だ。そして、何よりの喜びでもある。




---




 はっ、はっ、はっ、はっ、はぁっ、はぁっ、はっ、はぁっ――。

 はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――。


 熱を帯びた二つの呼吸が重なる。荒い俺のものとは違い、翔子の呼吸は安定していて綺麗だ。まだまだ余裕ということか。対抗心が芽生え、ペースを速める。額から汗が伝い、首筋を滑った。魅惑的に揺れるポニーテールを見つめつつ、強いて体を動かす。

 そのとき、翔子が振り返った。


「そろそろ休憩にしよっか」


「はぁっ……まだ、いける……!」


「だーめ。ムリしちゃ意味ないんだから。ほら、そこの公園」


 俺はおとなしく従い、速度を落とし、やがて翔子と並んだ。実のところ、かなり辛くなってきていたから、休憩はありがたい。ジョギングコースに最適な橋の終端に差し掛かる。橋の下には川が流れ、陽光にきらめていた。

 翔子と付き合ってから、俺は前より健康的になった。適度に運動できるからだ。翔子ひとりなら、もっと速く、遠く、どこまでも走っていけるだろう。しかし、俺を置き去りにしないようスピードを調節し、ときどき様子を見て、距離が開き過ぎそうになると、声を掛け微笑んでくれる。そんな翔子のおかげで、苦にならず運動を続けられている。父専属にしておくにはもったいないくらいの、名インストラクターだ。


「ふー、今日は特別暑いな」


「そうだねー。とーちゃんもボクも汗だく。……よかった、ここはちょっと涼しい!」


 公園の端、木陰になったベンチ付近は、風が通って心地よかった。タオルで汗を拭きつつ、自販機でそれぞれ飲み物を買う。


「とーちゃん、すごい頑張ってるよね。ボクについてこれるなんて、相当だよ!」


「それは翔子が合わせてくれているからだよ。ふぅ、実際、ふぅっ、結構きつい……」


「それでも、すごいよ。始めたときは、すぐリタイアすると思ってたのに。どんどんたくましくなってるもん……」


 俺の隣のベンチへ座り、寄り掛かってくる翔子。このジョギングは、「付き合ったのはいいケド、ボクらのデートって何をしたらいいか分かんないね」と言う翔子と相談していくうちに、いつしか習慣になったものだ。高校二年生の陸上部の脚にはなかなかついていけないが、爽快感があって楽しい。


「とーちゃんがいっしょだと、ボクもつい張り切っちゃうよ。でも、とーちゃんはすぐムリするから、目が離せないんだ……」


「かたじけない。いつもありがとう」


「にひひっ」


 汗に濡れたポニーテールを撫でると、笑って抱きついてきた。公園で遊ぶ声が聞こえるが、ここは死角になっている。ふたりの汗が混じり合い……どちらからともなく、くちびるを奪い合っていた。やや塩気のあるキスは、翔子らしい味だ。どちらのものかわからない汗が、ふたりの服の中へ滑り落ちていく。


「……びしょびしょになっちゃったね」


 翔子が俺のウェアを引っ張ると、湯気が彼女の顎を炙った。


「ふたりのにおいがする」


「帰ったらシャワーだな」


「……すぐにじゃなくてもいいケド」


 部活帰りの日などは、俺が帰る前に軽くシャワーを浴びていることも多く、案外綺麗好きな翔子だが、俺とのジョギングのときはまた別らしい。


「……じゃあ、いこっか」


 翔子がランニングパンツの尻を叩きながら立ち上がる。


「ああ」


 水分と愛情の補給を十分に済ませると、俺にも元気が戻ってきた。もう少し走ってから、家へと折り返すことになるだろう。距離から考えて――ゴールまでにあと二回は、給水の機会がありそうだ。




---




 薄暗い部屋の中、円筒形の水槽がいくつも並び、幻想的な光をぼんやりと放っている。照らされた凛の白い横顔は、いつもと違う表情を見せていた。


「すごい。不思議……」


 幻惑的にゆらめくイソギンチャクに見入る凛。夢中になると、人の語彙は乏しくなるものだ。


「何か宇宙っぽいよな」


「うん……」


 色とりどりの海の生き物たちに囲まれた空間を、手をつなぎ、ふたりでゆっくりと歩く。今日の凛の服装は、白と黒を基調としたオシャレなもので、どこかペンギンを思わせる。首元にはイルカのブローチも付けていた。高校一年生になった彼女によく似合う。


「ねえ、あの……父さん。深海カフェだって」


「ああ、ちょっと寄るか。凛の好きそうなのがあるな」


「私はいいから。父さんはどうなのよ」


「……冷たいものでも食べたいな」


 聞き慣れた凛の声。でも、俺を呼ぶ声は、年々柔らかくなっていた。凛がこんなに優しく、父さん、と呼んでくれるなんて。あらためて意識すると、少し目が潤む。前はもっぱら、あんた、とか呼ばれていた。それはそれで嬉しいものがあったが、凛は気にしているらしい。


「あの頃は、父さん、って呼びたくなかったの。そう呼んだら……ただの父さんになっちゃうもの。それじゃイヤだったのよ……」


「好きに呼んでくれていいよ。なんて呼んだって、ふたりが父娘ということと……付き合っていることは、変わらないからな」


「ええ、そうね……父さん」


 そんな会話は、つい最近のものだ。今でも凛は、俺の呼び方を迷うことがあるようだが、俺としてはどう呼ばれても嬉しく、下僕とか犬とか呼ばれてみたい気持ちもある。

 そして、凛は今、目の前でソーダ味のソフトクリームをおいしそうになめていた。夢中になるあまり、鼻にライトブルーのものを少し付けている。――それを、(ついば)んでやった。


「うん、おいしい」


 凛でなくとも恥ずかしがりそうだが、この席は他のお客さんたちの死角になっているのでいいだろう。


「もう、勝手に食べないでよ。お返しに、そっちのもらうから。……うん、おいしい」


 凛にやり返された。豪快に、俺の塩ミルクソフトをかじる。すまし顔でも、今日のデートをしっかり楽しんでいるようだ。照れ屋な凛も、人目を気にせず済むときは、たびたびこうした表情を見せてくれる。


-


 ――ばっしゃーんっ!

 ふたりして、盛大に水をかぶった。目の前でイルカが跳ねたのだ。


「きゃあっ!? ――あははははっ!」


 あまりのことに、思わず笑い声を挙げる凛。珍しいほどのはしゃぎようだが、それも当然だろう。前から楽しみにしていた、今日のデートのハイライト。水族館で一番の人気者のイルカ、ソラオくんのショーなのだ。しかも、最前列の特等席。


「えええっ、すごいすごいすごい……可愛い……」


 イワトビペンギンたちも登場して目の前を通過すると、その興奮は最高潮。小声ながら、テンションの高さが伝わる。その後、凛がイルカからボールをパスされるというサプライズもありつつ、大盛況のうちにショーは幕を閉じた。


「あぁ、楽しかった……!」


 水族館を出て家路につく。周囲に人気はない。


「凛は昔からペンギンが好きだったもんな。特に、大きいのが」


「コウテイペンギンね、今日はいなかったけれど。イワトビちゃんも好きよ」


「なんで好きなんだっけ。コウテイペンギン」


「……似てるからよ。……好きな人に」


「じゃあ、イルカは?」


「父さんも、知ってるでしょ」


 不機嫌そうな声で言った凛は、にやりと笑い――立ち止まって背伸びをし、俺にキスをした。その首元で光るブローチは、昔プレゼントした、この水族館のお土産……今も凛の部屋で大事にされている、イルカのぬいぐるみによく似ていた。


「ん、ん……父さん……」


 これまでの凛との日々が頭によぎり、胸がいっぱいになる。こちらからも、凛のくちびるを求めた。


「あっ、ん……パパぁ……」


 少し、激しすぎたか。余裕がなくなると、俺のことをパパと呼ぶのは、幼い頃から変わらない。




---




「わー、おいしそう! みてみてダーリンっ」


 俺と指を固く絡ませた美貴が、パティスリーのウィンドウをのぞき込み、伊達眼鏡越しの瞳をキラキラと輝かせた。


「オレンジチョコか、いいな。買って帰ろうか」


「んー、もうちょっと見てからにしよ!」


 中学三年生の現役アイドルは、「オフ用の地味めなコーデ」でも、洗練された可愛さを振りまいている。今日は学校もアイドル活動も、俺の仕事も休みなので、ふたりで一日、街でショッピングの予定だ。

 人の行き交う大通り。俺ひとりであれば容易に埋没できるが、美貴がいるとどうしても目立つ。手をつなぎ密着して歩く、中年男性と華やかな美少女。父娘にしては親密すぎる様子を注目されはしないか。時々感じる視線を気にする俺とは違い、美貴は堂々としたものだ。さすが、アイドルとして場数を踏んでいるだけのことはある。自信に満ちたその姿は実に頼もしく、勇気付けられる。


「あっ、これ巴が好きなやつ」


 美貴が立ち止まり、クレーンゲームの景品を見る。ケースの中にはまるまるとしたぬいぐるみが鎮座し、とぼけた目で俺たちを見ていた。

 ――そのとき。隣の店の角に立っている二人組の女の子と目が合った気がした。


「え、え、え、ホントにいる……! ふたりで……!」


「声かけたら?」


「で、で、でも……」


 ふたりは俺たち、というか、おそらく美貴を見て、何か話している。美貴より一つか二つほど年下のようだが、ファンだろうか。


「あの子たち――」


 美貴も気付き、


「こんにちワオワオー! ひかっちと、まゆゆんじゃない!」


 眼鏡をずらして、気さくに声をかける。


「……はい、そうです。せっかくのデートをお邪魔してしまって、すみません」


「あの、どうもです……。み、美貴さん、覚えててくれてたなんて……!」


「もちろん覚えてるよー! 何度も会いに来てくれてるもん! ありがとうねっ!」


「い、いえ、そんな……」


 やはり美貴のファンのようなので、俺は外そうかな、と思っていると――。


「美貴さんのお父さん、ですよね? はじめまして。私がマユで、こっちがヒカルです」


「は、はじめまして……!」


 ふたりしてぺこりと頭を下げ、挨拶してくれた。こちらこそ、と俺も返す。ショートボブのしっかりした子がマユさん、アンダーツインテールのあわあわしている子がヒカルさんらしい。


「美貴さんのお父さん――実は、お願いがあって」


「マユちゃん!」


「ヒカル。言っとかないと、一生後悔するよ」


「うん……分かった。マユちゃん、言うね」


 少し緊張する。美貴はファンの前でも、父である俺を好きだと公言しているし、俺もごく短時間ながらゲストとしてステージに上がらされたことがある。そんな俺に、美貴のファンとして、不満のひとつもあるのだろうか。


「お父さん、いきなりすみません。とってもご迷惑なお願いかもしれませんが、その……サインをくださいませんかっ!」


 ……これは予想外だ。


「ス、ステージで、お見かけしてから……お父さんのこと、優しそうで、素敵だなって思っていたんです。私たち、どんなときもまっすぐ頑張る美貴さんが大好きなのはもちろんですけど……美貴さんがこんなに素敵なのは、その気持ちを受け止めてくれている優しいお父さんがいるからだって思うんです。私も勇気をもらいました……!」


「ヒカルと私は付き合ってるんですが、ずっと誰にも言えなかったんです。でも、美貴さんのステージと、そこに出てくれたお父さんを見て、親にも、友だちにも、言えるようになりました。こんなふたりでもいいんだって。特にヒカルは、美貴さんのお父さんにサインがほしいって、七夕にお願いしてたくらいなんですよ」


「美貴さんには、イベントで会えるけど……お父さんには、なかなか会えないから。偶然お見かけして、運命だって思ったんです……!」


「ダーリンったら、美貴より人気じゃない! すごいわっ♪」


「俺なんかのサインでよければ、喜んでするよ」


「えっと、じゃあここに!」


 ヒカルさんが手帳を広げ、マユさんがサインペンを差し出してくれる。俺はサインの練習などしていないので……ごく普通に名前を書いた。


「美貴もついでに、サインしちゃおっかな~♪」


「つ、ついでだなんて! ありがとうございますっ!!」


 美貴はふたりの手帳にさらさらとサインする。俺とは大違いのクオリティだ。

 マユさんは、俺のはさすがにいらないか、と思ったが。


「ぜひ、お願いします。ヒカルとおそろいがいいので」


 そう言って笑った。


「本っ当にありがとうございました! おふたりをずっと応援してます~っ!」


 涙すら浮かべ感謝し、手を振るヒカルさんは、マユさんに背中をさすられていた。俺たちも手を振り返しながら、その場を後にする。


「応援だって、ダーリン」


「ああ、がんばらないとな」


「何をがんばるの?」


「……デートとか、色々」


「つまり――こういうコトよねっ♪」


 美貴は小さな口から八重歯をのぞかせ、俺のくちびるへ飛び付いた。

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