最終話 未来はきっと
「ふぅ」
娘たちをお風呂から上げてからも、服を着せたり髪を乾かしたりするごとに騒ぎが起きたが、楽しくもどたばたなバスタイムを何とか終えることができた。
五女の巴から上の娘は、二階にそれぞれ一人部屋を持っており、そこで寝る。
しかし、明日は土曜日。まだそれぞれの部屋を行き来しつつ、わいわい楽しんでいるようだ。
「優結~食べちゃうぞ~!」
「ちがう。ゆいがたべるほう!」
二階から、翔子と優結の遊ぶ声が聞こえる。
六女の華弥から下の幼稚園組は、三人まとめて一階に子ども部屋をあてがっているが、寝るときは妻と俺の部屋に来て、五人でくっついて寝る。
しばらくしたら呼んできて寝かしつけなければならない。
俺たちと入れ替わりでお風呂に入った凛と妻の沙織も、今は二階にいて、ふたりで何か話しているようだ。
今、一階のリビングにいるのは俺ひとり。
ひとりで座るととても大きく感じる食卓で、軽く晩酌をする。
聞こえるのは、二階で遊ぶ娘たちの声、それから長女の理沙がシャワーを浴びる音。
夕食時はあれだけにぎやかだったリビングも、今は静かだ。
「優結、それは食べちゃダメだよ!」
……いや、そうでもないな。
翔子の声がここからもよく聞こえた。
「愛もクリームいる? お姉ちゃんがぬってあげるよ♪」
今のは美貴だな。
娘たちの声を聞きながら、手酌で飲む。
俺も二階に参加すればさぞ歓迎されるだろうが、今はここで飲んでいたい。
娘と過ごす時間は何より大事だが、ひとりで娘のことを思う時間もいいものだ。
それに、ここで話したい相手もいる。
「ふふっ、みんな楽しそうですね、お父さん♪」
脱衣場の扉が開き、湯上りの理沙が現れた。
「理沙」
思わず息を呑む。
ピンク地のパジャマを着て、濡れた髪をタオルでふいている姿は、見慣れたものであったが、いつ見てもどきりとしてしまう。
「今日もいいお湯。みんなが……お父さんが入った後だからですね」
俺の隣に座る理沙。
わずかに濡れた眼鏡を拭く。
柔らかく甘いにおいがした。
「理沙、今日も色々ありがとう。遅くなってしまったね。家事はお母さんとお父さんでも何とかできるし、妹たちだって手伝えるから、気にしなくていいんだよ」
理沙とゆっくり話すには、こんなときが一番いい。
この機会に、日頃の感謝と愛情をできるだけ伝えたい。
「ダメです! 私にさせてください……」
思いのほか強い反応が返ってきた。
「本当は、今はお母さんがしていることも全部したいくらいなんですから。私の一番の楽しみを取らないで……というのは、じょう談ですけれど。好きなんです。だって、私がアイロンをかけた服、作った料理、洗った食器が、みんなの――お父さんの一部になるんですよ? それよりうれしいことなんて、ないです。それに、お父さんが思っているよりずっと、翔子ちゃんたちも色々としてくれていますよ。油断していたら、私のすることがなくなってしまうくらいです!」
言いながら俺に身体を預ける。
その言葉に偽りがないことの何よりの証拠に、とても活き活きとした表情をしている。
小学六年生になってもお父さん子で、お母さんとも仲良しな、出来すぎた長女。
家族に縛られ過ぎないでほしいけれど、その気持ちには応えたい。喜ばせたい。
だから、抱きしめる。
「ありがとう」
「ひゃ……っ!」
腕の中にすっぽり収まる、華奢で小さく、柔らかい身体。
我が家では一番のお姉さんだし、同年代の中でも発育がいいほうらしいが、それでもその身体は年相応に幼気だった。
「理沙のおかげでいつも助かっているよ。これからも甘えさせてもらうな」
ごほうびだ。理沙の首にかかったタオルで、水気の残る髪をふいてやる。
「お、お父さん……!」
俺を見上げる理沙が、口をぱくぱくと動かす。
……ちょっと大胆過ぎたか。こんなことをしてしまったのは、リラックスしてるせいか、それとも、ふたりきりだからか。
すぐに解放してあげたほうがいいかなと思った、そのとき。
「…………んっ」
俺の首に小さな手が回され、視界を理沙が覆った。
くちびるが、接近する。
俺のくちびるへまっすぐに向かうその蕾は、接触の直前で魔球のように反れ、俺の頬に吸い込まれた。
とっさの方向転換。それは、俺と理沙、どちらの動きだったろうか。
「お父さん、私は……お父さんのためになることを、何でもしたい。ずっとおそばにいたい……。そう思っています。お父さんはいつも私たちに、自分の好きなように生きなさいって言うけれど。今のままが、こうしてお父さんに甘えていられる時間が、一生、ずっと、一番好き……だと思います」
パジャマ越しに理沙の体温を感じる。
「妹もみんな、同じ気持ちなんですよ。巴ちゃんなんて、パパと結婚できる方法を探すって言っていま♪ そのための資料だ、って色んなものを集めているんです。英語の本とか、海外のお人形とか。巴ちゃんなら、本当にできそうな気がしますね」
「いつものあれか……」
巴はよく、「世界は変わる……」「常識は……私たちが作る……」等と言って、そのための“研究”をしている。
“資料”として集めているのは、何に使うのか分からないものばかりだが、俺では読めない難しい本を読み込んでいたり、小学一年生にしては具体的なビジョンを持っていたり、確かに侮れない。
そんな巴の様子を思い出すと、微笑ましくなってつい笑ってしまった。
「巴ちゃんは本気なんですよ! 笑ったら絶対にだめです」
「そうだね。巴が可愛いなあと思ったんだ。理沙も応援してあげていて、いいお姉さんだね」
「えへへ、もちろんです♪ 巴ちゃんも大好きだもん。妹たちはみんな、私と同じ、お父さんの娘だから。大好き……♡」
嬉しそうな理沙の髪に触れ、頭を撫でる。
「もし、そうなったら。巴ちゃんが言うような世界になったら。お父さんも、うれしいですか? お父さんも、私たちのこと、好きですか……?」
「もちろんだよ。世界一大好きだ」
もう一度、理沙を抱きしめる。
可愛い、無邪気な言葉だ。
理沙がどういうつもりなのか、その気持ちの全ては分からないけれど。今はこれでいいと思った。
娘が俺のことを好きで、当然俺も、娘が大好き。それより大事なことはない。
……もし、そうなったら。
理沙の言う、その先のことを考えようとすると、思考が止まってしまう。
でも、これから長く頭から離れない言葉になりそうだと思った。
「と~ちゃ~んっ! 可愛いお客さんをつれてきたよーっ♪」
翔子が巴、華弥、愛、優結を引きつれ下りてきた。
「まだ……食べられる……」
巴はねぼけている。
もう寝る時間だ。
「翔子、みんなをつれてきてくれてありがとう。そろそろおやすみしようね」
「「「えぇ~っ!」」」
三人が残念そうな声を上げる。
その三人とは翔子、愛、優結だ。
翔子……妹たちを寝かせるのではなく、まだ遊ぶつもりだったんだな……。
「巴も、歯はさっき磨いたから、二階でおやみなさい」
「そう……ここは十階……そして、するめ……」
重体だな。だっこして部屋まで運ぶしかない。
「お父さん、私も巴ちゃんと二階へ行きますね」
理沙が俺から身を離そうとする。
俺はその前に耳元へこっそり口づけ、ささやいた。
「お願い」
「はいっ!」
理沙はぱぁっと顔を輝かせ、二階へ向かう。
「巴は軽いなぁ~っ!」
遊ぶのをあきらめたらしい翔子が、巴を抱えてすでに階段を上っていた。
「じゃあ、おやすみしようね」
「はい、お父さま♪」
「しかたないわねぇ!」
「やっほー!」
華弥たち三人の返事はよい。
ほどなく沙織も下りてきて、五人でベッドに潜り込む。
人生で一番幸せな時間。
子どもの成長はあっという間だ。
こんな日々がいつまで続くか分からない。
でも、未来には未来の、また違った幸せがきっとある。
――この子たちは、これからどうなっていくのかな。
考えるまでもなく、時間はすぐに経つだろう。
【家族のウワサ】
仲良し家族としてご近所でも有名らしい。
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つくってあそべる画像メーカー「Picrew」様の「あの子がこっちを見ている」で、本作に登場する八姉妹の画像を作成しました。活動報告に公開中です。
該当ページのアドレスを以下に掲載していますので、ご興味のある方はご覧ください。
記事名:「あの子がこっちを見ている」で八姉妹の画像を作成しました!
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