かつての英雄、よばれた『勇者』
小高い丘の上に立つ一本木。その木陰にて、黒伍譲二は足を止めた。
膝に手をついて、上体を支えながら肩で息をする。心臓は張り裂けそうなほどに大きく脈打っており、そうして送り出される血液の熱は自身を内から焼くかのようだ。
その熱を放射せんと、滝のような汗が一気に噴き出す。顔を伝った雫が、地面しか映っていない視界の中へと侵入してくる。それを見ているうちに、彼は眼が熱くなってくるのを感じた。
(――どうして、こうなった・・・・・・)
弱々しく、呟く。そして思う。
(何だって自分は、こんなとこにいるんだろう?)
彼は『神に選ばれ、召喚された』はずだった。
しかしふたを開けてみれば、どうだろう。
この時代、この世界において、『勇者』なる存在は特に必要とされていなかった。
ではなぜ召喚されたのか?
とある宗教団体が、自分達の権威を高めるための『勇者』を欲したからだった。
そんなことを知るよしもなく、言われるままに旅に出て、力を手に入れようとした。
思えばそれも、彼らからすれば「上手くいけばラッキー」程度のことに過ぎなかったのだろう。もし力を得て一端の戦力たり得るなら儲けものというところか。
まぁ、結局大した戦力になることはできなかった。故にこそ、こんなところにいるのだ。
敵には相手にされず、味方であるはずの連中にも見放され、独り戦場を離脱したのだ……
少しでも体を休めようと、幹にもたれかかり、腰を下ろす。ふと、自分が走ってきた方を見やる。耳につく自分の呼吸音を抑えるように意識すると、まだかすかに戦場の喧騒が聞こえてくる。
その地平の向こうに、小さな点が現れた。徐々に大きくなっていくそれは、紅い玉となり、人の頭となり、人型となった。
近づいてくる人物に驚き、身を起こす。やがて目の前に現れた彼に、譲二は苦い表情を浮かべた。
燃えるような紅い髪、澄み渡るような青い眼の彼が、口角を上げて対峙してきた。
「ようジョージ、こんなところにいたのか」
「……トールキン・アンバース……!!」
呟く声もまた、苦々しげだった。
剣術を学ぼうとした際に、同じ相手に師事して以来、旅のほとんどを共にした相手。
この男の存在は、今の譲二にとって一番解せないものであった。
「なんでだ、なんでお前は……!?」
呻くように漏れる、言葉にならない疑問。
『勇者』として、いや、『勇者』であろうとして、何かしらの力を手に入れようとして、自分の居場所を見つけようとして。
しかし結果として、何ものにもなれず、これといった力もつけられず、自分の居場所もなくなってしまった。今現在、ジョージはただの半端者でしかなかった。
一方、この男はどうだ。
出会った当初から【見習い徒弟の達人】などという異名を持ち、見境なくあらゆる人物に教えを請うてきた。器用貧乏の極みであり、ジョージより多くの経験値や技を持つかもしれないが、その分ジョージよりもはるかに半端者であるはずなのだ。
そんなトールキンはしかし、その器用貧乏の極みを「多様かつ多彩で柔軟な手数」と認められ、一端の戦士として集団の中で活躍している。
「なんだってんだよ……俺とお前で、何が違うってんだ。同じ半端者のはずなのに!!」
「確かに俺は半端者だ。だがそれは、どの力にもこだわってるわけじゃないだけで、どの道からも逃げちゃいない。そして戦いの中で、剣でいくべきと思ったときに剣を使い、魔術が要ると思ったら魔術を使う。そうやって適宜使うものを変えているだけだ」
トールキンが眼力を強める。
「お前は違う。剣が駄目だから魔法にする。魔法が駄目だから銃に行く……お前が学ぶ力を変えていったのは、単なる逃げだ」
返す言葉もなく、ただ歯ぎしりするだけのジョージ。そんな空気を振り払うように、聖剣と呼ばれた剣を構える。
「・・・・・・俺は、勇者だ。勇者なんだ!!」
「だから何だ!!」
自分に言い聞かせるように、叫びながらトールキンに飛びかかっていくジョージ。それをただ一言で切り捨て、赤髪の男は己の得物で剣を弾く。剣と同じ色をしたバトルアックス。その輝くような光に目を取られた瞬間、ジョージはトールキンに蹴り飛ばされた。
砂を噛みながら立ち上がったところに、トールキンの言葉が突き刺さる。
「勇者だから強いんじゃねぇ。強いから、そして勇気を持つからこその勇者なんだよ。勇者なら見せてみろよ、テメェの強さってやつを!!」
意味を成さない叫び声を上げ、ジョージはトールキンへと立ち向かう。
見届ける者もなく、さしたる意味もなく。ただ意地と虚勢によってたつ戦闘が、始まった。