1、聖なる黒
「レクター、早く起きてよ。遅れるよ。」
朝から強い太陽の光が照りつけ地面を焦がす。窓の外に見える葉はみな深い緑色、その葉を揺らす風も湿り気を含んでおり、じんわりと体温が上がるのを感じる。
季節は夏。生命の活気に溢れる季節だ。
「嫌だ。暑い。」
いつも通りの時間に起き、自分の支度を整えてから定位置である寝床でいつまでも寝ている獣を起こす少年。ライラック・カルバン。
この春15歳になった彼は自らが通う学び舎に向かうべく、相棒を起こしていた。
「そんなこと言ってたら朝ごはん食べられないよ。」
その言葉にピクリと獣のとがった耳が動く。そしてゆらゆらと黒く長い尻尾が揺れるのは、どうしようか悩んでいる証拠だ。もっとも、揺れた時点でライラックに軍配は上がったも同然だった。
「ライ、すぐ行くから朝飯確保しとけよ。いつものな。」
「はいはい、全くもう。」
そう言ってライラックが部屋を出て行くと、のそっと体を起こして寝床を出る獣。体は大型犬より少し小さく、とがった耳と揺れる尻尾、それに背中に生える翼はどれも漆黒。前足には鋭い爪があり、欠伸をした口の中には同じく鋭い牙が見える。
獣の名はレクター。聖獣と呼ばれる獣達の中でも最も希少で強力な種族の1つ、グリフォンである。と言っても今は生活しやすくするため、体は通常の何倍も小さい。
そんな聖なる獣は、朝食にありつくためにグッと体を伸ばすと窓から食堂に続く渡り廊下へと降り立った。
「ライ、おはよ。レクターは?」
「おはよロダン。また寝坊だよ。」
食堂では、ライラックが自分の分とレクターの分をお盆に乗せ席を確保していた。
ここは国立大学と呼ばれる、騎士と魔術師の学校。入学するとまず2年は両方の基礎などを学ぶ。その後、騎士科と魔術科に別れそれぞれ必要な単位を習得すると卒業できるのだ。
ライラックは3年目、魔術科に進んで3ヶ月程経過している。
「相変わらずだなー。うちのザックも変わらないけど。」
「使い魔って普通は必要な時に呼ぶんだもんね。普段から出てると疲れるのかも。」
「いや、あいつら聖獣だから。魔力いらねーから。」
使い魔、と呼ばれるのはいわゆる契約した獣のことである。国立大学では、魔術科に入ってすぐに使い魔召喚と呼ばれる儀式を行う。これは魔法陣に術者の血を垂らし、魔力を注ぐことで聖獣などを召喚し、互いが納得すれば契約が結ばれるのだ。
通常の使い魔は術者の魔力によって活動するため、必要時以外は召喚されていない。しかし、レクターなどの聖獣と呼ばれる獣たちは、自ら行動できるため常時召喚していることも珍しくない。もっとも、聖獣自体がとても希少な存在なので、大学内で使い魔を見ることは珍しいことなのだが。