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シリーズ・クレラオース

受付嬢たちの年越し

作者: 毎日居留守


 年跨ぎ。それは王都クリミアに住むすべての人々にとって特別な日。

 今宵に限り、身分という小難しいものは早々に床についてしまい、無礼講といういたずら小僧が真夜中の都を駆け回る。


 道という道に所狭し置かれたのは、全ての状況を混沌へといざなう悪魔の飲み物、振る舞い酒。いい匂いを漂わせ食欲を誘い、脂肪という名の堕落を体に覚えさせる罪な祝い料理。そして極めつけは楽団が奏でる享楽の音楽、それに合わせて誘惑のダンスで惑わせる邪神の巫女たち。

 これらの費用は、全て普段はケチな王宮から負担されているという陰謀の香り。


 しかし周りはそのことに気付いている様子はない。ただ楽しそうに、飲み食い歌う。欲望のままに貪る。

だが、そんな中、彼女だけは叫ぶ。美しい銀の髪を振り乱し、叫ぶ。


「つまり、国を挙げて私たちを堕落させようという恐ろしい日なのよ年越しは!!!!」

「串焼きとミード(※1)を手に持って言ってても説得力ないわよ?」

「知らない!私こんな楽しいこと知らない!堕落しちゃう!!」

「…なんだか弾けていますね、クレオ先輩。」

「知り合ってから毎年こんな状態なのよねこの子。」

「え?毎年一緒に過ごしているんですか?」

「…やめて、そんな目で見ないで。」


 冒険者ギルドは二日前から休みである。というのも、冒険者はこの時期依頼を受けたがらない。なのでギルドを開けていても人が来ない、そうすると諸々の費用が無駄になってしまうので休もうということらしい。

 その代わり、年末が来るまで死ぬほど忙しい。人によっては寝る暇がないぐらい忙しくなる。


「まあ、今年からはビビちゃんも一緒でしょ?」

「えーと…まあ、多分?」

「というか、逃がさないわよ。」

「ヒッ!ネリア先輩!目が怖いです!!」

「だ、ダメよ私!ここでやめないと明日が辛く…あ!おじさん!そのガレットちょうだい!」


 そういう訳で、今まで死ぬほど働いた憂さ晴らしもかねて、三人は夜の喧騒に繰り出していた。



「聞け!民衆よ!我らが真実の教えを!!」


 三人が怪訝そうな顔をして、思わず足を止める。その声は、陽気な雰囲気であるこの場所とは、あまりにも場違いな威圧のこもった声であったから。


「三人の女神がこの世界を神に託されたなど幻想だ!大地の神は二人の邪神によって殺されたのだ!そして、この世界を守る女神は!真の女神であるエール様ただお一人なのである!」

「おー、過激な物言いね。」

「なんですか?あの人たち?」

「あれは風の女神エールだけを崇めている集団よ。」


 この世界には一人の神と三人の女神がいるとされている。全ての始まり、大地の神[クスィラ]。その娘たち、[ヴァッサー][フエゴ]そして[エール]。

 長女の[ヴァッサー]は水と寒さ、そして秩序を。次女の[フエゴ]は火と熱さ、そして想いを。三女の[エール]は風と災害、そして自由を。それぞれがそれぞれを司り、世界をバランスよく回しているのだ。


 しかし、目の前で演説している集団はエールだけを信望しているらしく、厳しい表情をしたまま必死に周囲へと訴えかけている。

 周りの目は、なんというか生暖かい。明らかに面白がって酒のつまみにしている人までいる。


 興味を無くしてしまった三人は再び歩き出す。


「はー、そんな人たちもいるんですね。」

「過激派ってやつね。よくやるわよ本当に。」

「ネリアさんは女神ってどう思います?」

「私はどうでもいいわね、そんなことより目の前の魔物をぶっ殺せ!ってやつよ。」

「あはは、ネリア先輩らしいですね。」


 真ん中で芝居がかった口調で喋るネリアに、二人から笑い声が上がる。


「そういうクレオは?女神様についてどう思うの?」

「私?私は…関わりたくないかなー。」

「関わりたくない…ですか?」

「うん、だって変な逸話とかも多いし。」

「「ああー。」」


 納得したところで沈黙、そして顔を見合わせて大笑い。タイプの異なる美女たちの楽しそうな姿に老若男女問わず見惚れているが、三人は気づく様子はない。気づけるようならこんな風に三人で年越しを過ごしているなんてことにないであろうが。


「はー、お腹痛い。」

「ふふふ、こういう年越しもいいですね。」

「おー、ビビちゃんも楽しんでくれてるならよかった!さ、乾杯しよ?」

「あら?堕落しちゃっていいの?」

「いいんです、私は悪魔と陰謀に屈しました。」

「何に乾杯します?」

「はい!寂しい私たちに!」

「…あんた、それ本気でいいの?」

「まあ、先輩たちらしいですね。」

「だから、ビビちゃんも逃がさないわよ?」

「最近、強かになってきたよねビビちゃん。」

「どこかのお二人に鍛えられましたからね。」


 女三人よればなんとやら。こうして、年越しの王都は騒がしくも穏やかな時間が過ぎてゆく。

願わくは、来年もこんな穏やかに過ごしたい。そんな想いをこっそりと女神たちに祈る三人であった。








「あれ?クレラオースさんじゃないですか?」

「ん?あ、ダルシムさんのところの研修兵くん。」

「はい!お久しぶりです!…なんだか今日は雰囲気違いますね?」

「ぬっふっふー、完全にオフモードだしね。それに両手に花を抱えているから気合入れちゃった!」

「おや?お連れの方がいらっしゃったのですね。初めまして、ファルと申します。」


 そこにいたのは爽やかな笑顔を浮かべる銀縁メガネの青年だった。町人にしては生地がいい服を着ており、髪も小ざっぱりしていて清潔感がにじみ出ている。裕福な生まれのお手本のような好青年だ。

そんな突然現れた好青年に、クレオ以外の二人は困惑しつつ、取りあえず頭を下げる。


「じゃあ、僕はこれで。お邪魔しました。」

「うん、また朝練の時にでもゆっくり話そうね!」


 二人に気をつかったらしく、すぐにいなくなるイケメン。そして親し気に見送るクレオ。


「…ギルティ。」

「アウトですね。」

「えっ?」


 振り返れば、目が座った二人がいた。


「さ、行こうかビビちゃん。クレオなんて放っておいて。」

「ですね。それじゃあクレオ先輩。よいお年を。」

「えっ?えっ?ちょっと待ってよ二人とも!!」


 女の友情とは、儚いものであった。




※1 ハチミツを醸して作るお酒、あんまり甘くないらしい。

   作者は飲んだことないので、飲んだことある人は味の感想を書かなくてはいけない(真顔←


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