9.事件
樋渡と二人で連れ添って教室まで来たのだが、教室の中は何やら騒がしい。
二人で顔を見合わせたあとに教師の方へと入ると、奥の方の窓際の席の辺りに人だかりが出来てる。
中心にいるのは陽山と……小波か?
そう言えば小波の席はあの辺りだったな。一体何があったのやら。
適当に誰かに聞いてみるか。
「おいそこを行く伊藤君。あの人だかり一体どうしたのさ」
とりあえず、クラスで一番背の高い伊藤君に聞いてみた。
「ん? ああ、山田か。あれさ、なんか小波の机に結構強烈な嫌がらせされてたみたいだよ?」
「嫌がらせ? 小波の机に?」
「ああ。なんやら机の中に虫の死骸入れられてよく解らん泥みたいな汚物ぶちまけられた上にマジックでいたずら書きまでされてたらしいぜ」
なんと!
まさかそんなことが!
「はあああああ?」
あまりの事に隣で聞いていた樋渡も驚きの声をあげる。そりゃそうだろう。あまりにも滅茶苦茶すぎる。
今までの平和だった日常からは考えられないほどに出鱈目な出来事なのだから。
樋渡も慌てた様子で伊藤君の方へと詰め寄る。
「誰がそんな突拍子もないことを!」
「いや、それがよく解らないんだけど。そりゃあ俺らも小波が可愛い子独占してるのにちょっとは嫌な気分なったりしたけどさ。それにしてもやることが陰湿すぎるよなぁ」
「全く。なんて酷いことを。信じられない……」
「そうだな」
全くその通りだ。本当に信じられない。「なぜ今」こんなことが起きたのかが。
正確に言えば、俺はこの話を知っている。「めきメモ2」のイベントの一環として見たことがあるからだ。
そう言う意味では話としては知っているし、嫌がらせの内容自体には驚きは無い。
だが、問題はどうして「このタイミングで」この嫌がらせが起きたかということだ。
このイベントは「めきメモ2」の中では見るのが難しい非常に珍しいイベントで、好感度を上げにくい遠藤火凛の好感度を一気に上げる固定イベントなのだ。
条件はあるキャラの好感度が高く、尚且つ遠藤の好感度が低い場合にのみに起こる物で。
更にシビアな条件が有り、その状態で九月始めからの一定期間に小波がクラスで三番目くらいに可愛いと言われてる小林さんと仲良くなるイベントを経てこのイベントは発生する。
どうやら二股以上の場合のヤンデレルートでは好感度を上げる機会が少なく難しい調整が必要とされる遠藤を含む二股ルートへ進むための救済イベントらしいのだが。
ゲーム内でヤンデレ展開を見たい場合は助かるイベントでも、それが現実で起こるとなると話は別だ。冗談じゃない。
そして何より奇妙なのは、小波は特別に小林さんと仲良くなっている様子はないのだ。
ならばどうしてこんな出来事が起こった?
目を離してる隙に仲良くなったとか?
いや、それは考えづらい。小波と小林さん会話はかなり長く続くものだったし、こんなことが起きないように出来るだけ小波のことは注視している。
ならば学校外で仲良くなったとか?
いや、それも考えられないか。
そもそもめきメモ2でもイベントの中心は学校内で起こるものだし、あのイベントだってそうだった。
ならばどうして……。
「クソが、所詮ゲームはゲームだったということか」
思わず自分の浅はかさと迂闊さを呪う言葉が口から溢れる。
「ん、山田? 何か言った?」
「あっ、い、いや。何でもない」
「そうか。それより今は小波と陽山がいたずら書きを消そうとしてる見たいだけど私たちも手伝った方が良いと思うのだけど」
「そうだな。行くか」
「ああ。しかし誰がこんな酷いことを……」
「まったくだな」
全くだと言ったが、実は俺は誰が犯人かを知っている。
それは遠藤では無いとあるヒロインなのだが。
そもそもこの嫌がらせはそのある程度以上に好感度が高い状態になったそのヒロインが、小林と小波との仲を嫉妬して起こすイベントなのだ。
目的はと言うと、まずそのヒロインは嫌がらせを小林ではなく小波にして、ヤンデレらしくその嫌がらせを小林がやったことにするのだ。
すると小波は小林のことが嫌いになり、更にどういう訳かクラスで小林に対するいじめまで始まるのだ。
その結果ゲームの中では小林は精神を病んで不登校になり、後に自殺までしてしまう。
そして、何故か小林と微妙に仲が良かった隣のクラスの遠藤火凛がその真相究明に乗り出すのだ。
その後主人公、つまり小波と遠藤は二人して真実を調べる過程で、喧嘩しながらも絆を深めていって結果遠藤の好感度が大幅にあがると言うからくりなのだが。
……やっぱりこの展開は無理があるよなぁ。
そもそも遠藤が関わると全体的に話が変な感じになっていくから嫌なのだ。
実はそれには理由があって、遠藤が関係する部分は個性的な別のシナリオライターが違うからと言うことらしいのだが……。
まぁゲームの話はどうでも良いから話を戻すとして。
解らないのは、今回は全く事情が違うと言うことだ。
そもそも小林と小波は仲良くなっている様子が無い。ならば何故彼女はこんな嫌がらせをする必要があったのか。
ええぃ、考えても仕方ない。とりあえず小波に話を聞いてみよう。
そう思い二人で小波の方へと行ったのだが……。
「おい小波、酷いなこれは。誰が一体こんなことをしたんだ?」
「ああ、山田。と……樋渡か。全く、冗談じゃないぜ」
そう言うなり目を逸してしまう小波。
ん? 何故目を逸した。
「……何て酷いことを。なぁ小波、誰がやったか解ったのか?」
樋渡も心配そうに小波に声をかけた。のだが……。
「美鶴ちゃん。よく平然とそんなことを言えるよね」
突然となりからそんな声が聞こえてくる。。
その言葉を発したのは、小波の机を雑巾で必死に拭いている陽山だった。
「陽山。それはどう言う意味さ」
「どう言う意味もこういう意味も。しらばっくれる気?」
「いや、全く意味が解らないのだけど……」
「ハァ……あくまでとぼけるつもりだったらハッキリ言ってあげる。今回こんな酷いことしたの、美鶴ちゃんでしょ」
「は?」
は?
「「はあああああああぁぁぁああああああっ!?」」
思わぬ衝撃発言に俺と樋渡の二人の声がハモる。
樋渡が犯人? そんな馬鹿な? どっから樋渡が出てきた!
どゆこと? 一体どゆこと?