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7.二十九歳。処女。

 俺を呼び止めたままの姿で、その笑顔のまま固まる里見先生。

 氷点下まで冷え切った空気。交叉する視線。


 ど、どうしたものか……。

 いつまでこのままでいればいいのかと考えるほどに時間が経った。その時に。


「山田くん。この後生徒指導室に来なさい」


 笑顔のまま里見先生はそう言った。

 笑顔なのは、いいのだけど……。


 目が全く笑ってない。それどころかこめかみに青筋が浮いている。

 妙齢の美人が笑顔でブチギレてるってのはなかなかにレアな光景だ。

 しかし美人が怒るとこれほど迫力があるとは。

 気づけば俺は。


「はい」


 その迫力に押されて素直に返事をしていた。いや、はいじゃないが。




 と言う訳で、生徒指導室。

 里見先生と向かい合って座る俺。

 あの、無言のまま笑顔で睨んで来るのやめてもらえませんかね。怖いんですけど。

 それにさ。


「あのー、そもそもなんで僕ここに呼ばれたんですかね。何も悪いことしてませんが」


 そう思ったままのことを言ったのだが。

 先生は笑顔のままピクリと頬を引きつらせて。

 そして。


「何もしてない……ね。そうかしらね。とりあえず山田くんは女性にいきなり処女とかそういうこと言うのはセクハラになるって知らないのかな?」

「セクハラ? 先生にですか?」

「ええそうよ。例えその女性が処女じゃなかったとしても、いい年して処女だなんて吹聴するのはとても失礼なことなのよ?」

「え! でも先生処女ですよね?」


 あ、またつい本音が。


「なんでそうなるのよおおおお!」


 そう言いながらバンと大きな音がするほどに机に拳を叩きつける先生。


「いや、だって先生怒ってるじゃないですか」

「それがなんだって言うのよ!」

「いや、怒ってるならそうなのかなって。だってハゲてない人にハゲって言っても怒らないしデブじゃない人にデブって言っても怒らないじゃないですか」

「だから何よ!」

「だから、その、なんていうか処女じゃない人には処女って言ってもそんなに怒らないと思うんですよね」


 それが例え三十路に近い独身女性でもだ。


「えっ、で、でも。そんなこと。そ、それに私は怒ってなんてないわよおおおお!」

「いや、今滅茶苦茶怒ってるじゃないですか!」

「はっ!」


 そう言って口元を抑える先生。

 いや、なんか解りやすい人だなこの人。


「そ、そそそそれは。ま、まあいいわ。それよりも山田くん!」

「はい」

「わ、私はね? 別に処女なんかじゃないのよ? そりゃあ今は彼氏はいないけど全然そんなことは、な、ないんだからね?」

「そうですか」

「ええそれはもう。もうモテちゃってモテちゃって私の身体を過ぎ去って行ったはりうっどすたーがそれはもう星の数ほど……」


 別にどっちでもいいのだが。しかし噛みすぎだし混乱して訳の分からんことを言っているし。それに過ぎ去っちゃいかんでしょ。


「それでね。私が処女ってのは全然違う話なんだけど。そ、そのね? 一応確認の為だけで深い意味は全く無いんだけどね?」

「はぁ」

「その、わ、私が処女って誰からそんなデタラメを聞いたのかな? 同僚にだって言ってないはずなんだけど……」


 言ってないとか。やっぱり処女じゃないか。

 しかしなんと説明したものか。実は俺はギャルゲーの登場人物で。

 先生もそうだから公式情報で解るんです……とは言えんよなぁ流石に。

 頭おかしくなったと思われるだろう。


「で、誰から聞いたのかな?」

「別に誰からも聞いてないです。なんとなくです」

「なんとなく? そんな話があるわけないじゃない!」

「いや、本当に。なんとなく思って口に出しちゃっただけなんです! 確証があるわけでもないです!」

「確証も無いって……」

「とにかく誰にも言わないから大丈夫です。いいじゃないですか処女で。純潔を守る貞淑な女性って素敵だと思います!」

「だから違うって。どおしてそうなるのよおおおおお!」

「解りました! じゃあもう先生は処女じゃないです。千人切り目前のすごい人です!」

「なんで言うことがそう極端なの! そんなんじゃないから!」


 そこまで言うと先生は大きくため息をついて俺の方に向き直った。


「ハァ、自分のクラスにこんな問題児が居たとは思わなかったわ。山田くんには一度女性に対する接し方を一から叩き込む必要がありそうね……」

「それは遠慮します」

「遠慮させません。却下。ふぅ、どうしたものか……」


 そう言うと何やら考え込みながらブツブツと独り言を言う先生。

 はぁ、なんでこんなことに。説教長いの嫌だなぁ。

 そう思ってた時……。


「まだ学校に残っている生徒の皆さん。下校時間です。速やかに部活動などを終了して下校してください」


 放送でそんな助けの声が聞こえてきた。


「むぅ……下校時間か。それならしょうがないわね。なら今日はここまでね」

「そうですか!」


 助かった!


「でもまだ聞きたいことがあるからまだ少し話しましょう。とりあえず荷物、は持ってきてるわね。一緒に校門出るところまで行きましょう」


 助かってなかった!


 こうしてこの後学校を出るまで里見先生にグチグチと説教をされ続けることになるのであった。

 全くよく口が周る。記憶の中の俺の人生が終わったのも29だったか。元同い年だった俺が言うのもなんだが年をとるってのはやなことだねぇ。


 しかしまあ。遡って原因を考えてみればすべては俺の不用意な一言から始まった訳だし。

 そう言う意味では口は災いの元とはよく言ったもので。

 自業自得だから仕方ないね。



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