4.樋渡美鶴
───次の日。
昼休み、ぼんやり弁当を食べながら小波を見て今後のことを考える。
小波はと言うと、一年教室から来た多仲さんと、同じクラスで幼馴染の陽山が両方が作ってきてしまったという弁当を三人で食べてる。
いつものように一年生のマスコットと我がクラスの元気印から同時に言い寄られてる小波の光景をクラスの男子共は苦々しげに見ているのだが。
俺も彼らとは違った意味でその光景を苦々しげに見ている。
状況はあまり良くない。今は九月十五日
好感度は90/100以上で十月の半ばに入ると好感モードから恋愛モードに入ってしまうのだが。
今の段階で陽山は既に入ってる上に多仲さんもリーチがかかっている様な物だ。陽山が入ってる以上他の女子が恋愛モードの入るのは避けねばならないのだが。
だがさらに土方先輩も危ないし、林原先輩だって安全圏ではない。
物部が登場していないことと、遠藤の好感度が安全圏なのが救いなのだが。
それ以外は状況はかなり悪いと言っていい。
全く小波の奴、節操なく女を口説きやがって。こっちの気も知らずに。死ね! 死んでしまえ! 爆発しろ!
「あれ、すごい顔して小波を見てるわね。男の嫉妬はみっともないよ?」
「ん? ああ、樋渡か」
見上げるとそこには片頬だけ上げて少しだけやや意地が悪そうな笑みを浮かべ俺の方を見下ろす樋渡美鶴の姿が。
腕を組んで俺を見下ろすその様子は相変わらず男前で様になっている。
「くくく、そんなに苦々しい顔で小波の方みてどうしたのよ。モテてるのがやっぱり妬ましいの?」
そう人が悪そうに笑いを噛み殺しながら俺に聞いてくる樋渡。相変わらず男前な口調だぜ。
「そんなんじゃねーよ。こっちの気も知らずに。俺にだって色々あんだよ」
「へぇ、言うじゃんか。じゃあさ、その色々ある話を聞きたいからお昼ご飯一緒していいかな?」
そう言いながら手に持った弁当箱をくいっと持ち上げる樋渡。
「ああ、別に構ないけど。何さ、いつも一緒に食ってるオナゴ共どうしたんだ?」
「いやちょっとね。今日はみんな学食みたいで。一緒にって誘われたけどたまには孤独なひとり飯の山田の相手をしてあげようと思ってさ」
「ハァ、大きなお世話って言えば大きなお世話だけど。話し相手くらいにはなるぜ」
「ふふふ、素直じゃない。まあじゃあご一緒させてもらうけど」
そう言いながら隣にある机を引っ張ってきて俺の机にくっつけて飯を食べ始める樋渡。
「じゃあいただきまーす。って、そう言えば山田の弁当美味しそうだね。お母さんが作ってくれてるの?」
「ああ。そうだな」
「へぇー、シンプルだけど美味しそう。いいお弁当じゃん」
「うん。本当に毎日こんな弁当作ってくれて。感謝してもしきれないよ」
「へー。 親に感謝してますコメント? 大人じゃん」
「そうでもない。当然のことさ」
そう。家族の温もりを知らなかった時に比べれば、無条件に愛情を注いでくれる親の存在がどれだけありがたい物かってのは身に沁みて感じる。
「ふーん。あのさ、山田」
「何だよ」
「山田、変わったよね」
「そ、そうか?」
「うん、変わったよ。正確には数ヶ月前から、急に空気が変わった」
数ヶ月前。俺が俺の記憶を持った頃か。
樋渡、こいつ滅茶苦茶鋭いな。危ない危ない。
「そうかな。別に何もないが。気のせいじゃないか?」
「うーん、とてもそうは思えないんだけど……」
そう言いながら考え込むようにうつむく樋渡。全く、勘が良すぎるだろう。
お、そうだ。この勘が良い樋渡に相談してみるっていうのはいいかもしれない。
「あのさ樋渡」
「なんだい?」
「えー……っと、なんと言ったものか。そのアレなんだけど」
そう言いながら小波たちの方を指差す。
「あー、小波のことね」
「うん。そのことについて樋渡はどう思う?」
「どう思うって?」
「いや。まあ色々あるけど二股はやっぱり良くないじゃん」
「それはそうだけど。何、やっぱり友人がモテてるからって妬んでるの?」
「そういうのじゃないんだけど。まあ、良い結果が出るようになんとかしなくちゃとは思うかなみたいな」
「ふーん、なるほどね。そっか、小波かぁ……」
そう言いながら小波の方を見る樋渡。
小波はと言うと多仲さんと陽山が作ったものをきゃいきゃい言いながら三人で食べたりしている。おめでたいことで。
「最近凄いよね。具体的には四月か五月くらい? それをちょっと過ぎた辺りからモテモテと言うか何と言うか……」
まあそうだな。めきめきメモリーズ2。略してめきメモ2が確か二年のそれくらいの時期から始まるのだ。
それが関係しているってのはあるかもしれない。
「まず陽山と多仲さんの二人でしょ? それから生徒会長の土方先輩と仲が良いって噂もあるし、あの林原先輩と親しげに話してるのも見たことあるし」
「そうだな」
「それからこないだ遠藤と話したんだけど」
「遠藤? 隣のクラスの遠藤火凛?」
「そうそう。遠藤とは長い付き合いなんだけど、遠藤が小波について聞いてきたんだよね」
「えっ、そうなの?」
「うん。遠藤が男のことを聞いてくるなんて初めてだから驚いたね」
「そうか。遠藤もか。マズイな……」
遠藤の好感度はまだ安全圏だが。数字程安心して考えてもいられないのかもしれない。
「マズイって……どうして? 山田は遠藤が好きなの?」
「いや、あんま話したこともないしそんなことはないけどね」
「そうかな。何しろ相手は「学年のマドンナ」こと遠藤火凛だ。見た目があれだけの美人なら好きだーとかそういうのだってあるんじゃない?」
「ハァ、そうなのあるもんかね。恋愛ってのはそれとちょっち違う気がするんだけどね」
そう、恋愛感情ってのは本当に面倒な感情だ。
昂っている時は、それのためなら命も捨てれるってほどに心の多くを占めて来やがる。
おかげでそれ以外のことが手につかなくなったり、面倒事を抱え込んだり。
結局俺だってその恋愛を拗れさせて最後は刺されて殺されて。そうなるんじゃないかって思いながらもその結末を避けられなかった。
恋愛なんてそんな病気みたいな厄介な感情なのだ。病気ならかからないに越したことはない。
だが、それでも。
まるで郵便屋がドアを鳴らすように。図々しい新聞の勧誘のように。
恋は突然扉を開けてやってくるのだ。
それは一目惚れとか頭の先で浮ついて好きになるようなものではなく。
もっと強引な、そして強烈な感情なのだ。
なんとなく好きになるとかそんな甘いものではない。
「……あのさ山田」
「なんだ?」
「やっぱり山田変わったねよ。前はそんな暗い目をするようなことなかったよ」
「暗い目って。どんな目だよそりゃ。俺は別にそんな変な目をしてないぜ?」
「いーや、してたね。やっぱりさ。山田私に話してないだけでなんかあったんじゃない?」
「……いや、何もないから」
本当に勘が鋭いな樋渡は。油断も隙もない。
「それより樋渡。小波についてなんだけど」
「ああ、小波ね。うーん。そりゃ小波はそこそこイケメンだと思うけどさ。確かにここ最近のモテ具合は変だよね」
「やっぱりそう思うのか」
「そりゃそうだよ。学校を代表するような美人五人といい関係になってればそりゃあね」
「うん。まー、そうだよな」
「私は陽山に小波とうまくいかせるための相談受けてるし、陽山とだけくっついて欲しいんだけどさ。ただそれがうまくいくかどうか。何しろ最近の小波は異常だから」
「異常って言うと?」
「陽山と遠藤とは小波について話したんだけど、彼女たちの小波に対する執着、っていうか興味の持ち方がちょっと異常な感じがするんだよね」
「それは小波が異常なんじゃなくて陽山と遠藤が変なんじゃないか?」
「いや、そうじゃないんだ。私も陽山や遠藤、それに多仲ちゃんや先輩方が小波と話してるところを見てると何か彼女らに異常な力が働いているような気がしちゃうんだよね」
「異常な力?」
「そう。異常な引力とも言えるかな。小波の話の内容は平々凡々なものなんだけど、そのひとつひとつで彼女らのテンションや心があからさまに上下するのを傍から見て取れる」
「そりゃー、まあさ。話の内容で機嫌が良くなったり悪くなったりはするだろうよ」
「いや、そうじゃないんだ。もっとこう。あからさまなんだよ。機嫌が良くなるとまるでハートが飛び交ってるような程にあからさまに表情が変わるんだ」
「ハートが飛び交うねぇ……」
よく意味が解らん。
「それにまあ陽山は元々小波のことが好きだったから仕方ないけど、他の女子、例えば遠藤は男のことなんてまるで興味を持つような奴じゃなかったしそれに」
「それに……?」
「あの鉄仮面の遠藤が小波の質問一つ一つに一喜一憂してるんだよ。これはもう異常なことだよ。アイツはそういう奴じゃないんだよ」
「そうなのか?」
ゲーム内では普段お嬢様然としてるものの仲良くなるとツンデレと言うか素が出るという、元祖ではないがテンプレ化されたツンデレキャラだった気がするが。
「そうそう。つまらない話しには表面的には聞いてるふりして内心では心底馬鹿にするっていう。そういう女狐みたいな女なんだよ遠藤は」
「そうだったのか……」
まあ確かに仲良くなったらそういう辛辣な面出てたな。でもそこが素顔を見せてくれるってことで人気あったらしいし。
「でもそれはさ、小波の話が面白かったって可能性はないか?」
「面白いって? その日の天気とか得意な教科とか趣味の話が? 私その直前まで遠藤と話してたから小波との話も聞こえたけど全く平凡な話だったね」
「でもほら、小波はイケメンだし」
「あの程度のイケメンでどうこうなる女じゃないよ遠藤は。でもその遠藤があれだけテンションを上下させるとか。正直私は何が起きたか解らなかったね」
「そんなにか」
「うん。あの様子はまるで、その、なんて言うか。催眠術。いや、違うな。もっと強烈な、呪いとかそう言った類のモノに感じたね」
「呪いって……」
「うん。そう。あっ、なんかごめん。私オカルトって言うかトンデモなことを言ってる気がする」
「いや、そうでもないさ。ちなみに樋渡から見てその「呪い」のような物は遠藤、陽山、多仲さん、土方先輩、林原先輩以外で感じたことあるか?」
「それが不思議なことなんだけど、小波が話してる時にそう言った不思議な感じを覚えるのはその五人だけなんだよね。だからこそまるで呪いのように感じちゃう訳で」
「そうか……」
トンデモ話に聞こえるが。ゲームのことを知ってるとある程度説得力を持つ話ではある。
なるほど。呪いね。世界による強制力と考えればあながちハズレでもないだろう。
樋渡は特別に勘が良いうえに、武芸十八般に通じるほどのある種の「道」の達人でもある。そう言った不思議な違和感のようなものを感じとることができるのかもしれない。
「アハハハ、ごめん。なんか私色々変なこと言っちゃった気がする。あまり気にしないでよ」
「いや、変なことだなんて思ってないから。それより聞きたいんだけど」
「ん? 何かな?」
「樋渡はさ、小波から、その、なんて言うか例の五人が感じてしまっているような不思議な魅力っていうか引力って言うか。その呪いみたいな物を感じたことある?」
「うーん、それは特にないかな。そりゃある程度イケメンだとは思うけどさ。それ以外にはちょっと変わってるだけの普通のクラスメートかな」
「なるほど……」
「それに前髪長過ぎだし」
切っちゃえばいいのにさー鬱陶しい。などとボヤく樋渡を見ながらも考えてみる。つまり、樋渡は小波にその「呪い」の様な引力で惹かれることは無いと。
やはりゲームの中では攻略不可なキャラだったことが関係しているのだろうか。
元々疑っていた訳でもないが。やはりゲームシステムの部分とこの世界の組成は大きく関係があるらしい。それこそ人の心を決めてしまうほどに。
何にせよ今の話でゲームと世界のシンクロについて更に深く知ることが出来た気がする。これは樋渡に感謝だな。
「あっ、変な話しばっかりしてたからもう昼休みの時間がないよ。急がなきゃ。山田も急ぎなよ」
「ああ、ありがと」
そう言いながら俺たちは急いで飯をかっこむのだった。




