38.過ちの理由
何故今その言葉を口にしたくなったのかは解らない。それでも、その言葉と心から思ってしまったことが重なったから、そうしないといけない気がしたんだ。
俺のその言葉を聞いた遠藤は大きく目を見開いて信じられないようなものを見たように酷く驚いた表情で固まる。
そして彼女の瞳が濡れて、揺れたように感じたその瞬間。
「……ぐっ!」
何かを堪えるように俯いたと思ったっ瞬間視界から消えるとわずかな衝撃と共に視界が回転して気が付けば天井を見ていた。
遠藤の奴また俺に足をかけて倒しやがったのか!
「いって! 何するんだよ遠藤!」
そう言って上半身だけを起こして文句を言うも遠藤は後ろを向いてこちらを見ようともしない。
突然の出来事に俺以外の皆も驚愕の表情で遠藤を見つめている。
「うるさいバカ! 信じられない。こんな、みんなの前で山田君に……なんて」
「何言ってるんだよ?」
「いいから黙って待ちなさい!」
そう言うと後ろを向いたまま何かをがさがさと動いて、そして少しの間の後にこちらに振り返ってしゃがみこんで倒れている俺と目線を合わせる。
「……山田君、聞きたいことがあるわ」
わずかに目と耳が赤くなっている珍しい表情で酷く不満そうに俺に尋ねる。
「なんだよ」
「山田君の今の言葉、あれは何なの? あれも山田君が夢で見たことと何かが関係あるって言ったりする?」
「ああ、あると言えばあるような気もするけど。でも今だから、そう思ったから言わなくちゃならないって気がして、それで気が付いたら口にしてた訳で」
「ふぅん、少し気に食わないところがなくもないけど、それならまあ良いわ」
そう言うとふんと鼻息も荒く立ち上がる遠藤。
「なっ、どういうことだよ。何で遠藤先輩はいきなりコイツのこと転ばしたんだよ!」
いきりたって尋ねる坂下。
「色々とあるのよ色々と」
「そうですか。まあ色々あるならしかたないですね」
遠藤に対しては特に反論もなさそうな藍崎。コイツ口は悪いけど相変わらずチョロいな。
「それにしても遠藤先輩は山田先輩に対して酷く怒ってるように見えました。と言うことはやっぱり山田先輩の言うことは出鱈目ということでいいのでしょうか?」
だが不審そうな目を隠しもせず俺を見下しながらそう尋ねる藍崎。
「そうとは言っていないわ。むしろ私は山田君の言うことを信じる。私は彼の立てた作戦に賛成するし坂下君もそうした方がいいと思うわ」
「なっ、なんでそうなるんだよ!」
遠藤はいきり立つ坂下に一瞥をくれると特に答えることもなく俺の方へと振り返り、そして見下しながら話しかける。
「とにかく私はあなたの言葉の有効性を信じる。でもそれでもまだ問題がなくなった訳じゃない。山田君言ってたじゃない。さっきのふざけた言葉は多仲さんが傷ついてたり弱ってる時に言わなくてはならないって」
「ああ」
「じゃあその殺し文句を有効活用するには彼女を傷つけたり弱らせたりする必要があるってことじゃない。どうすればいいのよ」
「それなんだよなぁ……」
そう言いながらパンパンとズボンをはたきながら立ち上がって考える。
「手段を選ばなければ方法はいくらでもあるけど」
「言ってみなさいよ」
「いやほら、適当に帰り道で拉致して監禁して脅してやるとかさぁ」
「……先輩。捕まりたいんですか?」
そう溢れる敵意を隠そうともせずにこちらを睨んでくる藍崎。坂下も似たような目をしているし、遠藤と樋渡は呆れた表情でこちらを見ている。
「って、そんなことする訳ないだろ。じょ、冗談だって!」
半分くらいは。
「直接的な手段に出るのは悪手以外の何物でもないし、さすがに後に心の傷が残るような傷つけ方をするわけにはいかない。となると取れる手段は限られてくる」
「そうよね。だからその方法はどうするの」
「今考えてるんだよ。つまり直接彼女に手を出さずに、後に残らず、それで心を責めるような方法。できれば彼女の今の状況を変える切っ掛けになるようなものだとより良い」
「そんな都合の良い方法があるのなら苦労はしないのだけど、何かアイデアはない?」
そうみんなに問いかけるも皆うんうんと考えてはいるが特に有効な方法は思いつかないでいる。
あ、待てよ。一つ思いついたのだが。
直接彼女に危害を加えず、なおかつ彼女に今の自分を鑑みてもらって、小波のような奴を好きでいることの無意味さを知ってもらって、自分の行動を変えてもらえるようになる行動。
「一つ思いついたんだけど、こんなのはどうだろうか」
そう言うと皆がこちらに注目をする。
「どんな方法よ」
「人は自らの愚かさ、自らの過ちに気付いた時に酷く動揺して、傷つく。そう気づいてもらうものをみせればいいんだ。つまりだな……」
そうして俺は作戦を説明したのだが、それを聞いた皆は何故か酷くげんなりとした表情をしていた。
───その日の夜。
俺は自分の部屋でコーヒーを飲みながらふんふんと鼻歌を歌って三郎ノートと自称しているノートに今度の日曜日の計画を綿密にまとめていた。
結局俺の提案した作戦は代案を誰も出せなかったことにより承諾された。なので今は当日のタイムテーブルも含めて細かい計画を立てているのだ。
俺と樋渡と遠藤は少し早めにその果樹園に行って準備をしておく。少し遅れて坂下と多仲さんと藍崎が来て、そして作戦を決行すると言う算段だ。
目を閉じて多仲について集中をすれば 多仲柚江 83/100 と言う数値が浮かんできた。小波の奴が何をしたのか知らないがまた上がっている。
ここまで上がってしまった好感度から考えてあまり残された日数が無い。そんな中で今回のような切っ掛けを手に入れることが出来たのは僥倖だった。
殺し文句についてだが、多仲さんは高感度や内部パラメータは確かフラグとして関係していなかったと記憶している。
ただ彼女が傷ついたり弱ったりすると言うのは数個の固定イベントでしか起こらない状況なので必然的に使いどころが決まっていて最初から使用するなどと言うことが出来ないようになっているだけなのだ。
なので同じ心理状況にさえ持っていくことが出来れば効果として発現すると言うことは十分にあり得ると思っている。
問題は小波ではなく坂下が同じことを言って効果があるのかということだが、そればかりは試してみないと何とも言えない。
だがやらなければ可能性はゼロなんだから、やることを止める理由はない。
それに本来小波が言うはずだった言葉を坂下が口にすると言うこと。その不条理、世界にとっての不合理がこの世界に対して何らかの力を働きかける可能性だってある。さすがに坂下が口にしたことで小波への好感度があがるとは想像できない。だけどそれは確かに彼女にとって力のある言葉なのだ。ならば何かが起こることだって考えられる。
例えば遠藤の時のように。ありえるはずだったことが少しの状況の変化によって大きく変わって行って、彼女たちが運命から逃れられるようになる可能性だってあるのだ。
俺はそこに賭けることが出来ればと思っている。もしそれが可能ならば、多仲さんだけじゃなくて、林原エリカや土方のどかの運命だって変えることが出来るかもしれない。
酷く楽観的な考えだったが、俺は可能性の糸口をみつけたことで緩んだ口元を隠すことも出来ずにうへへへへと笑いながら三郎ノートを欠き続けていたのだった。
「さーーぶーーろーーーー!」
「うわっ!」
気が付いたらほわほわと暖かな風呂上がりの空気を纏いながらマグカップに紅茶を持った母さん、つまり冬花さんがすぐ後ろに立っていた。慌ててノートをバタンと閉じる。
「三郎? あれ何隠したの。あ、エッチな本読んでたんでしょ!」
「んなわけないだろ! てか息子に何を言ってるんだよ。俺今そんな本読んでないし! 全然ないし!」
「ほんとにぃ~?」
そう言いながらすんすんと鼻をならす冬花さん。年齢を考えてないピンクのかわいらしいパジャマを着ているのだがそれが驚くほど似合っている。
ふわふわの髪と風呂上りのつやつやとした肌。暖かな空気。我が母親ながらとてもいい歳に行ってるとは思えない。
……この人本当に俺生んだんだよな。計算が合わないと言うか年齢不詳と言うか普通にかわいらしい感じを今でも保っているのでたまに信じられなくなるのだが。
「んー、どうやらえっちな本じゃなかったみたいね。つまらないの。それだったら今何隠したの?」
「え? ああこれ。ただの日記だよ。人に見せるようなものじゃないから」
そう言いながらバサバサとノートを振る。
「ふーん。そっかぁ。お年頃なのになぁ」
「何言ってるんだよ……それより何の用なのさいきなり」
「あー、ガス勿体ないからお風呂入っちゃってってこと」
「解ったすぐ入るよ」
「うん。それからね、お母さん日曜日に町内会の遠足でちょっと遠出するからお昼ご飯作れない。ごめんね」
「日曜日? それなら大丈夫用事あって外行ってるから」
「そっかぁ。ごめんね。朝ごはんは作っておくから」
「良いって良いって。気にしないで。楽しんで行ってきなよ」
「ありがとー。もーいい子だなぁ」
そう言いながらもばさなばさと頭を撫でてくる冬花さんを振り払いながらも、まあこんな扱いも嫌じゃないと感慨にふける。
───思えば、最大の失敗はここで冬花さんの行先を聞いていなかったことだったのだが。
めきめき&お色気パートまで達しませんでした。次回は多分両方。最低お色気までは行く予定です。すみませんでした。
ただ明日20時間以上の移動があるのでそれまでに書ければ明日投稿します。無理なら明後日以降です。




