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36.南菊ヶ浜公園にて。男たちの話

 ───南菊ヶ浜公園。


 菊城高校の南、海の見渡せるこの公園には少しの雑木林と街灯やベンチなどが整備されており、夕暮れも美しく見えることからカップルなどの憩いの場としても知られている。

 だが日も完全に暮れて、少し肌寒ささえ感じる今となっては多くの人を見つけることはできない。

 そんな中を、手にふたつ、自販機で買った缶コーヒーを持ってベンチへと急ぐ。

 先生のことは遠藤に任せて別の場所で見てもらってるので、こいつは俺と坂下の分だ。まったく、何で俺が男に奢らなきゃならないのか。

 などと考えていたらベンチに座っている坂下が見えてきた。薄暗い街灯に照らされた中でもはっきりとその美貌が解る。嫌になるほどの美少年だなこいつは。


「おら、飲めよ」


 そう言いながら一つを坂下に放り投げる。


「すまな……うっ、マキシマムコーヒー。何でよりにもよってこんな砂糖の塊みたいな頭のおかしいもの買ってくるんだよ」

「うるせぇ。奢られたものは黙って飲めよ。相変わらず生意気な後輩だな。疲れてるんだろ。そういう時は甘いものが良いんだよ」


 そう言いながら隣に座って蓋を開けて飲む。飲んだ瞬間に虫歯になりそうなほどの強烈な甘みを感じる。コールドでも飲むのがきついのにホットだとなおひどい。

 ……失敗したかな。


「何て顔で飲んでるんだよ。まったく、変わってるなあんた……」


 そう言いながらも少し呆れたように笑って、そして俺に続いて一口を飲む。ふぅと、小さく息を吐いて缶を持ったまま俯いた。

 そのままどちらも言葉を発することもなく時間だけが過ぎる。

 遠くに見える電話ボックスの灯りとと、少しだけ生き残った虫たちが電灯の周りを飛び回る。秋の虫たちのちりちりと言う声が響き渡っている。


「……色々と聞きたいことはあるけど、まず、その、助けてもらって」


 先に口を開いたのは坂下の方だった。


「先生も、あんたも、何であんな場所にいたのか。あんたは何であんなことが出来るのか。あの爆発は何だったのか。一体何がどうなってるのかとか何で遠藤先輩が来たのかとか解らないことばっかりだけど……」


 そう言うともう一口顔をしかめながらもコーヒーを飲んでこちらに向き直る。嫌になるほど整った顔のその瞳が真っ直ぐに俺の目を見つめる。


「理由は解らないけどあんたが俺のことを助けてくれたことだけは解る。それに関してだけは、その、助かったって言うか、礼を言いたいって言うか……」


 小さな声で座ったままではあったもののそう言って俺に頭を下げた。


「ん、そっか。まあ俺には俺の思惑があってのことだったのだけど、そう言うことなら礼は受け入れよう。でも一体何であんな連中とつるむことになったんだよ」

「それは色々あったんだよ。半年前までは良かったんだけどな……」


 そう言うとどこか自嘲するような微笑みを浮かべる。


「色々ってなんだよ。まあ時間はあるから最初っから話してみ?」

「実は、俺の両親って駆け落ちしてて親類とかと縁を切っているらしいんだけど。でも母方のおじいちゃんだけはたまに連絡を取ってたみたいだけど……」

「へぇ……」


 そら中々複雑な家庭環境だ。

「ところが今年の6月に事故にあって。親父が死んで、母親が意識不明になってまだ意識戻ってなくて。それで俺は一人きりになっだんだよ……」

「それは、なんと言った物か……」


 遠藤と言いこいつと言い中々ハードな家庭環境だな。まあだがそんなこともあるだろう。


「一応貯金がまだあったから病院の方に任せてあとは一人でって思ってたけど、そうして家にいるときに親父の弟を名乗る男が訪ねてきたんだ」

「つまり叔父が?」

「ああ。それで子供一人だと大変だから叔父さんと一緒に過ごそうって言われて。そう言うの良く解らなかったけど、大人の人の言うことだしって」

「言う通りにしたと。その叔父とは面識は?」

「なかったけど、でも相談できる大人の人もいなかったし名乗った名字も坂下だったし大した荷物もなかったし家賃を払い続けるのも大変だったしで、引き払って叔父の家に行ったんだよ」

「へぇ」


 何ともきな臭い話だなこれは。


「その叔父はどんな仕事を?」

「解らない……最初のうちは昼間はスーツを着てどこかへ行ってたけど、だんだん昼間から家にいて酒を飲むようになって暴力を振るわれるようにもなって、そしてある日帰ってこなくなって……」

「滅茶苦茶だな。誰か相談できる人はいなかったのか?」

「こんなこと相談できる相手なんているかよ。母親も意識戻らないし、唯一連絡取ってたって祖父も俺が連絡先を知ってる訳じゃないし」

「なるほどね」


 今高校生な俺が言うのも変だが、過去に高校生くらいの年齢のことを思い返してみれば、確かに判断力なんてものはその程度だったかもしれない。


「訳が解らずにいるうちにあの男が、さっきの事務所であんたが痛めつけてた男がうちに訪ねてきて叔父に借金があること。いないならばそれを同じ家に住んでいる俺が返さなくてはならないって言ってきてさ。そして金額を聞いて無理だって言ったら、代わりにそれならアルバイトを紹介してやるからそれで返せって言われて」

「でもそんなの返す必要ないだろ」

「そう思ったけど脅されて、怖くて、それなら言うこと聞いちゃったほうが簡単かなって……」

「そっかぁ」


 酷い話だ。いくつもの悪意が重なりに重なって坂下の今のこの現状は作られている。そもそも坂下の叔父を名乗る男。こいつが本当の叔父かどうかも怪しい。

 どこかからか坂下の境遇を嗅ぎ付けた屑が付け入って食い物にした可能性すらある。そう言った情報と言うのは裏で普通にやり取りされることがあるのだ。

 支離滅裂に感じるかもしれないが、アメリカ人のエリート軍人のふりをした日本人の小男の詐欺師に何人もの女性が騙されて大金を巻き上げられたと言う事件だってある。

 人の悪意は悪意を呼ぶのだ。そして奴らはそう言った悪意に弱い立場の人たちを見つけるのがうまい。

 不幸にあって孤独な、相談できる相手もいない美貌の少年。利用価値はいくらでもある。となれば奴らのような人間からすると絶好の鴨にみえたことであろう。


「仕事は簡単で、渡されたものを持って待ち合わせ場所に行って、お金を受け取るだけ。でもやっぱりあれヤバい薬なんじゃないかって……」

「そりゃそうだろうな。パクられても大丈夫なように使われただけだ」

「うん。だから俺、やっぱり警察に出頭するべきかなって」

「は? 何でだよ?」

「だって知らなかったとは言え犯罪の片棒を担いでいた訳だし。いや、俺、どこかできづいてた。ヤバいことしてるって。知らない振りして続けてた。なら今からでも」

「辞めとけ馬鹿馬鹿しい。坂下が出頭したところで誰も幸せにならない。もちろん馬鹿どもは捕まらないし、せいぜい坂下が退学になって終わるだけだ。それに坂下は被害者だ。勘違いするな」

「でもっ、俺解ってたんだ! 俺のせいで、渡す相手が、同じ人がだんだん痩せて行って、人相も変わっていって」

「それは薬を売る奴とやる奴が悪い。悪意に付け込まれて何をしてるか解らないまま使われてた子供が責任を感じることじゃない」

「子供子供ってあんただってそう年変わらないだろうに! それにっ、悪いことをしていたんだ。いつか捕まるかもしれないなら!」

「それは無いから安心しろ。あれだけ脅しておけば大丈夫だろうしまた何かあったら今度は跡形残さず粉々にしてやる」


 そうだ。今の俺にはそれが出来る。考えてみれば無制限にロケットランチャーを撃てるようなものなのだ。ゾンビゲームの隠し武器も真っ青な状態なんだからたいていのことは何とかできるだろう。


「それに奴らも脛に傷を持つ身だ。お前を使ってたことの証拠をみすみす残してるとも思えない」

「だって、それでも俺がやっていたことが無くなるわけじゃない。俺の行動であの人たちがああなったんだって思うと……」

「ああもう面倒くせぇ!」


 そう言うと俺は缶コーヒーを放り投げて坂下の襟首をつかんで立ち上がる。

 どんな性格してるんだよコイツは! こじらせすぎだろ!


「うぬぼれんじゃねぇ! お前にそんな力がある訳ないだろ! お前は利用されたんだよ! 仮にお前がいなくてもその役目は別の誰かがやってた!」

「でもその結果の責任の一部は俺に……」

「まだ16のガキが何言ってやがるんだ。坂下はまだそういう責任を感じる年齢じゃないし、置かれた立場からしても感じるべきでもないんだよ! 普通には想像できないような不幸にあって、そしてそれを食い物にする悪意に晒されて。お前は被害者なんだよ!」


 そう目を見つめて怒鳴ると悔しそうにこちらを睨み返してくる坂下。そう。俺は、お前のそんな風にクソ生意気で、そして自分を失わないところが凄いと思った。だから助けたんだ。


「でもお前はただの被害者じゃない。俺は見てたぞお前が奴に対して今のことを続けたくないって言うところを。自分を害する自分より強い力を持った奴を前にして、心を折らずに自分の信じることを貫こうとする。それは誰にでも出来ることじゃない!」


 こちらを睨み返す坂下の瞳が僅かに潤むのを感じる。だがここで思っていることを伝えたいと思う。


「確かに相談できずに流されてしまったかもしれない。そんななかでもお前は正しくあろうとしていた。そう思えることは凄いことだと思うから胸を張れ!」


 そう言うと襟を掴んでいた手を放して肩に置く。潤んだ瞳がこちらを真っ直ぐに見てくる。


「酷い目に沢山あったんだよな。辛かったよな。でもよく頑張った。偉かったぞ。お前は悪くない。俺が認める」

「……ぐっ!」


 呻き声と共に坂下の目から堪え切れ無かったものが溢れだして、整った顔がくしゃりと歪む。そしてそれを隠すように俯いて、俺の胸に顔を埋めてきた。

 男に胸を貸す趣味ないのだが。くそめんどくさいが俺が泣かした以上突き飛ばす訳にもいかないのでしょうがなく背中をさすってやる。

 胸元の服が熱く濡れる。

 

「ほんと、不幸が沢山あったんだ。しゃあないしゃあない。お前は悪くないから気にすんな」

「……最低だ。あんた」


 そう言うと坂下はぐっと強く俺の胸元の服を握りしめてゴシゴシと目元を拭いて、一歩はなれる。

 目が赤く腫れているが、その負けん気の強そうな瞳でこちらを睨みかえしてくる。


「高校生にもなってあんたみたいなのに泣かされるとは思ってなかった。男の後輩泣かせて楽しいのかよ」

「楽しい訳ないだろバカ。勝手に泣いといて何言ってやがんだ」

「ハッ、良くいうよ」


 そう言うと一歩後ずさって悔しそうにこちらを見る。


「正直解らな過ぎてキモいんだよあんた。意味不明なこと言って柚江に近づくわ、あの遠藤火凛と仲良くしてるわ、会ったこともない俺のことを知っているし、爆発があったと思ったら事務所には突然現れるし、やたらめったら強いし、マジもんの奴らよりやべぇ雰囲気の時あるし、目を見てると変な感じがするし、ほんと存在が謎すぎてキモいキモすぎる!」


 調子が出てきたのかいつものクソ生意気さが戻っている。しかし酷い言いようだ。もうちょっと大人しくしてる方が丁度いいのだが


「だけど」


 そんなことを考えてると、その生意気な瞳をすこし伏せる。


「あんたがその、俺のことを、その、色んな意味で助けてくれたのは事実だ。色んな意味で本当に救われたと思ってる。それに対しては返しきれないほど恩を感じている。だから!」


 そう言うと自分の胸をバンと音を立てて叩いてもう一度こちらを見上げた。


「正直解らないことだらけだし聞きたいことも山ほどあるけど、それよりまずは俺に恩を返させろ。俺に何かをさせろ!」


 そう叫ぶと近づいてきて俺の襟を両手でつかんで、その身長差のあるところからまだ赤く腫れた、でもとんでもなく整った顔で俺を睨みあげる。


「あんたが俺に望むことを何でもやってやる。あんたに俺の全部をやる。だから頼む! 俺にしてほしいことを何でも言え!」


 相変わらずにクソ生意気にそう言いながら、背が低いくせに俺をカツアゲするようにそんなことを言いやがった。

 やったぜ。これで目的が果たせる。ならばさっさと多仲柚江を口説き落とすのに協力してもらおうかと内心ほくそ笑んでいたのだが。



「あら、随分情熱的な告白。山田君。男の子も行ける口だったのね」


 そんなふざけたことを言いながら少し離れたところから愉快そうに歩いてくる遠藤と、少し顔を紅らめながらその後ろを歩いてくる先生の姿を見て頭を抱えるのであった。



更新に関して、長らく、とんでもなく長くあけていたのに暖かいお言葉をいただいて感謝しております。

色々なことがあって大変だったのですが、お声をかけて頂けるということはとても嬉しいことですね。

お返事できなくてすみません。感想欄に関しては色々と本当にありがとうございます。

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