表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

36.0 南菊ヶ浜公園にて。女たちの話

 これは知ることはなかった、そして知っているかもしれない話。


 ───南菊ヶ浜公園。


 海を見渡せる菊城高校からさらに海辺に近い公園。

 すでに日が暮れて暗くなってきたこの時間。山田君に言って先生をベンチに寝かしてもらって、その後身体の様子も見るからと男達を遠ざけて先生と二人きりになる。

 まあ身体の様子を見る必要なんて本当はないのは解りきっているのだけど、方便と言うやつだ。

 山田君は山田君で坂下君に何か話したいことがあるようなので二人で離れたところに行って話し込んでいるらしい。さて、こちらも女同士の話を始めさせてもらいましょう。


「……さて先生? いつまで狸寝入りをしているつもりです? そんなに山田君のお姫様抱っこは寝心地が良かったですか?」


 わずかな嫌味を込めてそう言うと目をつぶっていたはずの先生の眉間がピクリと動いて、そしてゆっくりと目を開けた。


「良く気付いたわね。私が目が覚めているってことに」

「近くで見てれば気づきますよそりゃ。誰かさんはすっかり騙されていたみたいですけど」

「そうね。本当に単純な人。あんなに思い切ったことが出来るのに、あんなに私が知らない顔があるのに、それなのにたまに驚くほど純粋で、馬鹿な人で……」

「へぇ……」


 思ったより良く見ている。やっぱり他の人とは少し違う。この人が彼のためになるのなら、私は彼の意志だって無視する覚悟がある。


「ねぇ先生。上から目線みたいで失礼に感じるかもしれないけど私、先生のことは結構買ってるんですよ。だから、今から先生にこれからのことを決めてほしいんです。その前に、何があったか私に教えてくれません?」


 軽く暗示の魔法をかけながらも、言葉としてはすべての本音を言う。魔法だって血液を用いる強力な従属ではなく、目線と魔力による相手の本音をより引き出すためだけの軽いものに留めた。


「遠藤さん?」

「ええ。そうです。そのまま、あったことと、思ったことを話してください」

「そうね。今日いつものように見回りをしていたら……」


 見回りをしていたら裏路地のゴミ箱の裏でアンパンを食べている山田君を見つけた。彼なりに張り込みのつもりだったのだろうがアンパンは必要ないだろう何やってるんだか本当に……。

 だがきっと問い詰めたら彼は馬鹿みたいな顔をしながら何を言ってるんだ遠藤。張り込みにアンパンは必要に決まってるだろ? ととぼけたいつもの顔で言ってくれるんだ。

 何故だか彼の行動が想像できる、その事実が理由もなく私の心を躍らせる。だがそんな私の感情とは関係なく先生の話は続く。

 山田君に問い詰めていたら学校の生徒。つまり坂下君ね。彼が堅気には見えない男と一緒に歩いて事務所に入っていくところを目撃してしまったと。

 どうしようかと慌てる先生を後目に山田君は見張りを殴り倒して中にいた男も絞め落として奥へ進んで行ったって。山田君は何やってるのさすがにハッスルしすぎでしょそれは。

 そして奥の部屋にたどり着いた時に坂下君の弱みに男が付け込んで悪い仕事をさせていて、さらに薬を打たれそうになって犯されそうになったと。まああれだけ綺麗な顔してれば男でもそういうことがあるのね。

 それを見てどうしても我慢できなくなって先生は飛び込んで行ったと。本当に無茶苦茶ね。やっぱり先生は先生でかなりおかしいわよ。生徒思いの教師だとは思っていたけどここまで後先考えずに行動する人だったとは。おかしい人の周りにはおかしい人が集まるものなのね。

 男が先生の方に歩いてこようとした瞬間に目の前が真っ白になって衝撃で倒れて気を失ってしまった。ここで山田君が右手を硬質化して部屋の中でぶっぱなした訳か。

 気が付いたら山田君が拳銃を手にして男を脅していて、坂下君の件を解決していたと。なるほどなるほどねぇ……。


「それで、先生は何で目が覚めたことを秘密にしていたんですか?」

「それは……」


 そう言うとどこか辛そうに先生は口ごもる。


「それは?」

「怖かったのよ。山田君が、私の知っている山田君と違いすぎて。拳銃を手にしてためらいなく男を痛めつけながら脅していたの。普段の山田君とあまりにもつながらなくて、怖かったの……」

「へぇ、そんなことで?」

「ええそうよ! あなたは知らないかもしれないけど、本当に、本当に怖かった。他人にあんな暴力をふるうことにためらいがない人を、私は知らない。色んな不良や暴力事件を起こす生徒はいたけど、彼があんな、本当にそれを日常にしているような躊躇いのなさを持っているなんて、それを普段の山田君と結びつけることが出来なくて怖かったのよ!」

「それで恐怖にすくんで見て見ぬふりをしたと」


 それは中々につまらない話だ。やはり山田君のご希望通りに記憶を消してしまおうか。


「そう。でもそれだけじゃないわ。いつもと全く別人のような表情で、まるで今まで何度もこんなことをしてきたかのように手馴れていて、それでも彼のしていることは、暴力だけど、全て坂下君のためなのよ。そして彼の目もいつもと同じで……」

「目が?」


 少し興味をひかれる話が出てきた。


「ええそう。樋渡さんの時もそう。今回もそう。彼はめちゃくちゃだし暴力を平気で他人に振るうような極端な行動をするけど、でもその方向は正しい方を見ているの。いつも誰かのためなのよ。そしてその目は私が知らないような目をしてるのに、やっぱり私の知ってる山田君なの」

「少し抽象的ですね。何かそう思うことが?」

「山田君が二人目の男を絞め落とした時に聞いたの。何であなたはこんなことを出来てしまうのと。それは実際にできると言う意味と、ためらうことなく出来ると言う心の方の意味の、両方の意味で」

「そしたら彼は何て?」

「……あなたが俺の何を知っていると言うんですかって」

「なるほど」

 

 確かに、先生は、いや私ですら彼の全部を知っているとは思わない。彼には私にですら知らない、何か大きな秘密があるように思える。

 あの自分を極端に卑下して軽く見る、他者を助けるためには自分を差し出すことも厭わない悪くすれば行き過ぎた自己犠牲の心。

 それでありながら先生が見たって言う凶暴な、彼のように善良に育ってきた高校生が持ち合わせるには不釣り合いな暴力をふるう時に躊躇わない壊れた心。

 その二面性。そして私も先生も、美鶴も感じている彼の変化。あのとても綺麗で、私でさえ解らない何かが混ざっているような不思議な目。

 私たちは、きっと彼のほんの一部だけしか知らないのだろうと思う。この人は私よりも少ない情報でも、そこに気付くことが出来たんだ……。


「あの時の目は、やっぱり私の知ってる山田君で、でもどこか暗くて、そして悲しそうに見えた」

「悲しそうに?」

「ええ。だから、私は、私の出来る範囲で彼のことを知ってやろうと思って、そしてその為に私の知らない彼を見せてくれるように気づいてない振りをしたのよ。そして、私が、出来ることなら、彼の力に。彼に気付かれないとしても……」

「なるほど」


 恐怖を感じたと言うのも本当だが、でもこの先生の言葉も本当だろう。そもそも今は暗示の魔法をかけている。

 今語っているのは、もしかしたら先生自身でも自覚していないかもしれない先生の深層心理なのだ。

 ならば彼の力になりたいと言うのは本音だろう。そう思えば、これは利用に足る人物なのかもしれない。


「さて先生。告白をありがとうございました。私、美鶴の時に相談した時の解決についても満足してますし、さっき言った通り先生のことは結構買ってるんです。だから、特別に先生には二つの選択肢をあげます」

「ふたつの?」


 暗示が効いたまま呆けた少女のようにそう問い返す先生。

 強制はしない。これは先生の心が望む形を本人に問いかけるのだから。


「そうです。一つ目は今日あったことをすべてなかったことにしてしまうこと。そうすれば先生は元通りの生活に戻れます。いつも通り、誠実で良い先生を続けながら、山田君と言う善良でどこか抜けた生徒とも今まで通り、何も考えず楽しく生活するんです」

「それは、それはとても楽しそうね。そんなことが出来るのなら……」

「でしょ? 安心してください私は言ったことは守りますし、これはとてもお勧めできます。もう一つは全く別の道です」

「別の?」

「ええ。先生は山田君のこの二面性、彼の危険な部分も知ったまま、でもそれを彼にさえ知られずにこれから生活するんです。彼のことを怖がったり、心配するそぶりをしてもいけません。忘れてると思われながら、それでも彼を見守るんです」

「そんなことが……」

「できます。ただこの道はお勧めしません。彼の辛さに先生が気づいていることを、彼に気付かれてはいけないんです。それに、まだ先生は知らないと思いますが彼と一緒にいればきっとこれからもっといろいろなことに巻き込まれます。先生自身が危ない目に合うことも沢山あると思います。ただそれでも弱音を吐かず彼を見守って、何かあった時に力になれる存在になる。それが出来るならこちらの道を歩むことも認めます」

「それは、本当に苦しそう……」

「そうですね。なので私は強制しません。さて、これから先生に選んでいただきます。先生は、どっちの道を歩いていきますか?」

「私は……」


 そうして、先生は答えを口にした。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ