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30.口説き文句

 そんな訳で1-Eの教室の前の廊下に再びやってきた。

 教室を覗くと既に小波の姿は無く、多仲ちゃんは自分の席の近くでショートカットの女子とかなり華奢で背の低い、やや女性的ながらもとても顔の整った少年と三人で話していた。


「まだ帰ってないわね。山田君、本当に行けるの?」


 興味深そうな顔で俺の隣で教室の中を覗きながら遠藤が訪ねる。


「ああ、男に二言は無いぜ。俺の勇姿を見とけよ見とけよ!」

「そうね。私が入ると話がややこしくなりそうだから今回は廊下で待ってるけど。とりあえず外から見てれば面白いし結果は見えてるけど骨は拾ってあげるから行ってらっしゃい!」

「おうよ!」


 遠藤の言葉には納得は行かないが、その言葉の後押しを受けて教室に入っていく。


 教室に入ると、遠藤が入った時ほどではないが視線が集まるのを感じる。

 そう言えばそうだったな。それが特別な人ではなくとも、自分の教室に普段あまり来ることのない他の学年の人間が入ってくると大なり小なり注目を集めるもんだ。

 しかもそれが怪しげに野球帽を目深くかぶっている男だと言うのだ。こんな変なの、そりゃ注目を集めるのも無理はないだろう。

 だがここで引くわけにはいかない。このまま多仲ちゃんを俺が落とさなければならないのだ。そして俺にはそれが出来る切り札がある。

 あの、とびっきりカッコよくてスペシャルなメジャーリーガーのカッコいいセリフが……!


「柚江ちゃん。それじゃあ結局日曜日は小波先輩と行かないのね。本当にいいの?」

「うん。さすがにあんなこと見せられたら少し時間を置いて考えたくなっちゃうし」

「じゃあさ、私と綴で少し遊びに行こうかって話してたんだけど、柚江ちゃんも一緒に行かない?」

「なっ! 俺はそんな話聞いて……」

「良いから! ね、柚江ちゃん。一緒にいこ?」

「祐ちゃんと綴君と一緒に……?」


 多仲ちゃんの席の隣まで行くと、隣にいたショートカットの女子が多仲ちゃんを日曜日に遊ぶのに誘うと言う話をしていた。

 あれ、この子と隣の男子、どこかで見た記憶が……。

 まあ今はそんなことはどうでも良い。ここまで来たら後にも引けない。男は度胸。なんでも試してみるもんだぜ!


「お話し中失礼する。多仲柚江さん。少しお話を良いかな?」


 話に分け入るようにして多仲ちゃんに声をかける。


「えっ、ええ。あの、どなたですか?」

「俺の名前は山田三郎。クラスは2-B。覚えておいてくれ」


 帽子のつばをくいっと深く被りなおしてそうカッコよく自己紹介をする。


「えっ、この人が山田三郎……?」


 不思議なことに、自己紹介をした多仲ちゃんではなくその隣にいたショートカットの女子が怪訝そうな顔をして俺の方を見てきた。


「山田先輩……2-Bと言うと小波先輩と同じクラスですね」


 続いて多仲ちゃんも返事をしてくれる。


「そうだ。小波とは一応友人? って言うか、その、うーん。友人的な知り合い? みたいな? そういう関係だ」

「そうなんですか? それはで今日はどんな御用ですか。小波先輩から私に何か伝えることがあるとか?」

「いや、そうじゃない。今日は俺の用事で来たんだ」

「用事って……私にですか?」

「ああ。多仲さん。良く聞いてくれ」

「はぁ」


 そう言うと座ったままの多仲ちゃんの前に立ち、しっかりと彼女の目を見つめる。

 突然の乱入者に、多仲ちゃんと話していた男子と女子。そしてそれ以外の野次馬の視線も集中しているのを感じる。


「多仲さん」

「はい」


 挫けそうになる心に発破をかけるように彼女の名前をもう一度呼ぶと、それに不思議そうな顔をしながらも多仲ちゃんは返事をしてくれる。

 その緊張に一瞬押しつぶされそうにもなるが、改めて覚悟を決めて……。



「───小さなことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道だと思う───」



 そしてその言葉を言った。

 決まった!



「え?」



 だと言うのに当の彼女は、呆然としてこちらを見ていて。


「は? 何この人は?」

「何なのこの人は……私が聞いてた山田三郎と全然違う」


 多仲ちゃんと会話をしていた男子と女子も呆れたような、そして女子の方は微妙に軽蔑も混じった顔でこちらを見ている。


「あの、山田先輩? その、今のはいったいどういう意味で……」


 恐る恐ると言った感じか、どこかひきつった笑顔を浮かべてこちらに聞いてくる多仲ちゃん。


「あれ? 聞こえなかった。そのな、だからもう一度言うと小さなことを積み重ねるって言うことがね、結果的にとんでもなく大きな……」

「違います! 聞こえてます! そうじゃなくて、何で突然そんなことを私に言ったんですか?」

「え? 何でって、そりゃあ。その、この言葉カッコよくない?」

「え、カッコいいって、何がですか?」

「何がって……え?」

「ん?」

「あれ?」


 何だろうこの奇妙な空気。微妙に、いや完璧に会話が噛みあってないような微妙な空気は。


「あれ、この人……あっ!」


 その空気に戸惑うようにしていたら多仲ちゃんと話していた華奢で低身長ながらも、凄く顔の整ったその男子が俺の顔を見て何かに気が付いたかのような声を上げて、そして立ち上がった。


「コイツ、帽子を深く被ってたから気づかなかったけど、さっき教室に来て遠藤火凛と一緒に出て行ったあの男じゃねーか!」


 そう俺に指を指しながらも言う。む、下級生の癖にコイツ呼びか……。


「さっきも柚江と遠藤火凛の会話に乱入してきたし、今回も柚江にちょっかいをかけてきて、一体アンタは何の目的があるんだよ!」


 かなりの怒りを含んだ表情で俺の方へと詰め寄るその男子生徒。

 滅茶苦茶に怒っていると言うことは解るのだが、華奢で低身長で、その上女子と見まがうほどに可愛らしい顔の作りをしているので残念ながら全く怖くない。

 しかしこの顔。何処かで見たことがあるような、そんな気がするのだが。


 って、あれ……?

 この男子。多仲ちゃんの友達で、多仲ちゃんにちょっかいをかける俺に怒り、それで持ってこの美少年っぷり。そう言えばさっき綴と呼ばれていた気がする。ってもしかしてコイツ……!



「なあなあ、もしかして君、坂下綴 (さかしたつづり)君?」

「げっ、何で俺の名前を!」

「やっぱりそうか! いやーこんな美少年そうそういないと思ってたんだよ!」

「ななっ!」


 俺の言葉を聞くと何処か怒りを含んだような、そして微妙に引いたような表情で顔を赤くして仰け反る坂下綴。

 あれ、待てよ。彼が坂下綴だとすると、もう一人のこのショートカットの女子はもしかして……。


「とするともしかして君は藍崎祐あいさきゆうさん?」

「ええ、そうです山田先輩。お噂はかねがね。まあこんな変な人だとは思っていませんでしたけど」

「あれ?」


 俺のことを知っていると。誰から聞いたのだろうか。

 だがまて、そんなことより重要なことがある。何故俺は忘れていたのだ。こんなにうってつけの存在がいたのに!


 そもそも思い返せば俺の目的はヤンデレ地獄による惨劇を回避すること。

 ヤンデレは愛の重さも大きな問題ではあるが、何よりもその愛を不実に扱うことで爆発をすることが最大の問題を引き起こすように思う。

 なので移り気な小波に惚れてしまうと言うのは最悪な選択で、それを回避するために俺が引き離す役を引き受けた訳だが。

 もしも彼女に対して一途な想いを持てる別の男性を用意することが出来れば、それほど好都合なことはない。

 そして、たしかこの坂下綴は多仲ちゃんのことが好きだと言う設定があった気がする。なにせめきメモ2では小波に対するライバルキャラになるのだから。

 坂下綴はライバルらしく何度となく主人公の前に立ちはだかる展開があったと記憶している。つまり彼の想いは真剣なものと考えていいだろう。

 ならば! ならば彼と多仲ちゃんをくっつけてしまえばいいのではないか! 何故そのことに気が付かなかったし!

 

 本編の中ではどういうわけか、主人公が失敗した選択肢を取った結果、多仲ちゃんが主人公とは結ばれなくはなっても、この坂下綴と多仲柚江が結ばれるという結末は無かった。

 つまりこのまま放っておけばきっと彼と多仲ちゃんは結ばれることはない。きっとなにか結ばれることの出来ない理由があるのだろう。

 だがそこに俺が外からの手助けをすればどうだろうか。もしかしたら別の結末を迎えることが出来るかもしれない。


 すでに俺と関わることによってその強制力の輪から外れた遠藤と言う存在もある。ならばこれは多仲ちゃんと坂下綴に於いても、きっと不可能ではないはずだ!

 そうだ。そうするべきなのだ。ならば何をするべきか、俺は何が出来るのか……。


「なあアンタ。急に黙りこくって、どうしたって言うんだよ」


 不審そうな顔をして俺に訊ねてくる坂下綴。


「ちょっと待ってくれ。ちょっと考える時間が必要なんだよ」

「は? いったい何を言って……」

「そうだな……」


 よし、決めた!


「ちょっと相談して考えるから後で来る! えーっと、坂下君? すぐ戻ってくるから少し待っててくれない?」

「え?」


 驚いた表情でこちらを見る坂下綴。


「良いから! すぐに戻ってくるからな。ちょっとそこで待っててくれよ。じゃすとあもーめんとぷりーずだ!」

「は? いや何を勝手なことを言って……」

「待っててくれよ! ちょっと作戦会議するだけだから。すぐ戻るからな! 後でな!」


 そう念を押すと、遠藤と作戦を練るべく俺は廊下へと飛び出していったのだった。



坂下綴と藍崎祐に関しては主な登場人物を参照のこと。

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