3.人生
「ふぅ……」
一息つきながら自分で書いたメモを見てみる。
人格と記憶が混ざり合って何をすればいいか解らないままに混乱してしまっていた時期が長く続いていたのだが。
それが馴染んで落ち着いてきた今。自分のすべき行動。行くべき方向性を決めるために自分の中にある情報を整理して書いてみたのだ。
しかし酷い情報。酷いゲームだ。なんだよ各ヒロインに付いてる安っぽい二つ名は。フシギバナて……。
少なくとも今この俺。三郎が生きるこの世界ではフリーゲームでももうちょっとマシなキャラクターメイキングがされている気がする。
そんなフリーゲームよりも出来が悪いのが俺の生きる現実だなんて頭が痛くなる話だ。
まあ、小波の奴が何かを始めると一週間はやり続けたりするって言うあの奇妙な性格もゲームの仕様だったと言われれば納得できなくもないのだが。
そして里見先生。処女だったのか。ひでぇ話だ。そんなそぶりなかったんだけどな。よく自分の経験から恋愛アドバイスとかしてるの見たことあるし。
まあ、耳年増ってやつか。全く、29年も使わないと蜘蛛の巣でもはりそうなモンだけど大丈夫なのかね。
ちなみに29歳処女は公式設定ではっきりしてるそうだ。なんだよ公式設定って。
しかしあれだけ美人なんだからその気になれば相手は引く手あまただろうし、生徒に告白されてるって噂も聞くからその生徒を食っちまえばいいのに。
うん、あれだけ美人だったら俺だって食われても悪い気はしない。
と、ここまで考えてひとつのことに気づく。
俺は前まではもっと年相応の考え方をしている人間だったはずだ。それがなんだか最近はゲスい、屑らしい考え方になっている気がする。
俺の記憶にもう一つの記憶が混ざり合った頃にはこれほど新しい人格に引っ張られていなかった気がする。と、いうことは……。
───悪化してる?
自分が自分でなくなっていくような感覚。それがさらに強くなっていく。
今ではもともとの「山田三郎」としての人格より記憶の中の、と言うか新しく入ってきた人格の方が強くなっている気さえする。
だが、不思議とそれに対する恐怖は意外なほどない。
まるで、風薬をアルコールで飲んだ時のような。睡眠薬を大量に飲んだ時のような。そんなふわふわとした気持ちよささえ感じるのだ。
ラリってるのか? これではヤク中みたいじゃないか。
「三郎? ご飯できたよ。おいでー」
母親の俺を呼ぶ声で我に返った俺は頭を降って今よぎった考えを追い出してリビングへと向かう。
リビングでは母親が鼻歌を歌いながら二人分の食事を並べてくれている。
俺の母親。山田冬花さんは素晴らしい女性だ。
当たり前に感じていたのだが、記憶が混ざり合って改めてかあさんと対面して、その年齢を感じさせぬと言うかもはや年齢不詳な美しい容姿にも改めて驚きを感じたが。
そんなことは彼女の素晴らしさのほんの一部分でしかない。
いつも微笑んでいるその心の暖かさ。子供のことを第一に考えるその心の強さ。
人生経験からくる判断力の正確さ。強さの中に優しさを秘めたその精神性には尊敬の念を強く覚えずにはいられない。
今日だって食卓には俺の知らなかったような暖かい世界が広がっている。
子供のことを考えた、愛情あふれるバランスの取れた美味しい食事。
ああ、ダメだ。見ているだけで涙が溢れそうになる。
前の俺は、母親を知らなかっただけに、どうしてもこう強く母を感じる女性に会って。
そんな人が自分の母親だと言う暖かさに潰されてしまいそうになる。
涙を抑えるようにして今日もご飯を食べる。
「かあさん。いただきます」
「うん。いただきます」
そう言って二人で食事を取る。
ああ、なんだかんだいって俺は今が楽しいんだ。
失いたくない。この時間を。この世界を。この人生を。
記憶で知る前の人生とは違ってこの満ち足りた青春を。素晴らしい友人や家族と過ごすこの穏やかな日常を。
だからこそ避けなければいけない。あんな結末だけは。恐ろしい事件が起きてしまったり、皆が悲劇に襲われるあんな結末は。
そう。俺の記憶の中にあるめきめきメモリーズ2は、ただのギャルゲーではない。とんでもない「地雷ゲー」なのである。
先ほど書いた主な登場人物。あのヒロインたち。一見、どの子も美少女のうえに個性的なな特徴を持っていて素晴らしく魅力的な少女たちだと言える。
それを否定するつもりは無いのだが。彼女たちにはその魅力を補って余りある欠点があるのだ。
それは「ヤンデレ」だということ。
ヤンデレについてはご存知だろうか? 俺はよく知らなかったが。
細かく言うと面倒になってしまうので大雑把に説明してしまうが。
まあ簡単に言えば人を好きになる時に好きになりすぎて病んでしまって。
結果周りが見えなくなって恋愛の対象を、周囲を、そして自分自身さえ傷つけてしまったりする人のことだ。
一人に絞って攻略していればいくつかのルート意外は問題は起きないのだが。
小波のポテンシャルの高さからか攻略難易度が低く、二股、三股、四股までは割と簡単に出来る上に五股、六股も一応可能だというのだから恐れ入る。
そして、二股以上で話を進めた場合にはまず間違いなく血を見る惨事が起こる。
どうやらめきメモシリーズ自体がそう言ったヤンデレ好きを狙って作られたシリーズで、少女たちの病んだ愛を受けて心がメキメキと軋むゲームらしい。
物騒すぎるゲームだ。需要があるというのが信じられなくなる。
そんな仕様上ヒロインの攻略難度自体は低いのだが、一旦複数攻略からのヤンデレルートに入ると少しでも小波が選択を間違えれば血を見る大惨事に発展。
しかもその大惨事は小波とヒロイン達のみならず、俺たちサブキャラにまで被害を出すというのだから酷い。なんと迷惑な!
更に恐ろしいのはこの「めきメモ2」は、二股掛けずとも一部のヒロインのルートに入ると突然トンデモルートに入り。
これまた血を見る、と言うか急に作風が変わり登場人物が次々と傷つき、或いは命を落とすという物騒すぎる血なまぐさいルートが複数あるということだ。
そしてその物騒な事件は主要人物だけではなく俺たちサブキャラにまで影響があり、俺も例外ではなく中には当たり前に命を落とす展開もある。
それだけは避けたいのだが、その展開になるには一部ヒロイン達の誠への好感度が大きくかかわっているのだ。つまり彼女達の好感度だけはあげないように気をつけないと。
つまりDLCを除く俺の知るめきメモ2には大雑把にいうと五つの方向性がある。
一途な俺のアマキス純愛ルート。
血みどろヤンデレルート。
オカルト大決戦ルート。
陰謀巻き込まれルート。
俺たちズッ友だよなルート。あ、ちなみにこれは誠が誰の好感度も上げずにボッチで終えると俺との友情を確かめ合うと言う結末になる。
これはこれで平和でいいのだが、もう誠はあかりへの好感度を上げ過ぎてしまったのでこのルートに入ることはできない。
つまり四つの未来が俺たちには残されていると言うことになる。この四つ全てがライターが違うので作風が違うというトンでもクソゲーなのだが。
俺としては唯一の平和な展開を迎えることが出来る「一途な俺のアマキス純愛ルート」に入ってもらわないと非常に困ると言うことになる。
全く、面倒な話だ。
だが、そもそも失った命。終わってしまった俺の人生。
そんな亡霊のような俺がこの平凡で善良な俺。つまり山田三郎である俺の力になれるのならばそんなにいい話はないだろう。
だからその為には、なんだってするつもりだ。