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28.ヤンデレの目覚め

「遠藤……」

「遠藤先輩?」


 思わぬ登場人物に戸惑いの声をあげる二人。だが当の遠藤はそんなものも、野次馬たちの驚きの声も気にした様子もなく話を続ける。


「小波君。今随分と面白そうなお話をしていたところでしたけど。私にも教えていただいていいかしら?」

「あ、ああ。その明後日に多仲さんと一緒にぶどう狩りにでも行こうかと思って。郊外に良い果樹園知ってるんだよ」

「へぇ、それは素敵ですね。ぶどう、私も好きですよ」

「そうなんだ」

「ええ、とても大好きですわ。だから……」


 すぅ、と息を吐いて覚悟を決めたような顔をする。


「小波君。そのぶどう狩り。私と行きません?」

「は?」

「え?」


 は?

 遠藤の奴、今なんて言って……。


「遠藤、何を……」

「だから言葉通りの意味ですの。そのぶどう狩りに、多仲さんではなくて、私と行きませんかと言ってるんです」


 二人とも何を言われたのかが理解出来なかったのだろう。

 言葉を聞いて固まってしまったのだが、そこから先に回復したのは多仲ちゃんの方であった。


「遠藤先輩、何でそんなことを……」


 縋るような声で遠藤へと問いかける多仲ちゃん。

 その声を聞いて多少は思考が戻ったのか、小波も続いて遠藤へと問いかけた。


「そうだよ。そもそも遠藤は今まで何度俺が誘っても一度も応えてくれてなかったじゃないか。それが今になって何で……」

「あら、こういうことに理由が必要ですか? 私がぶどうを好きで、ぶどう狩りなら行っても良いと思っただけのこと。それで、答えは?」

「そ、それは……」


 放課後のクラスの喧騒の中で多くの者がその答えと成り行きに注視をしている。

 興味、疑問、戸惑い、羨望、嫉妬。その多くの感情を含んだ視線を受けながら小波も多仲さんも狼狽えている中で、遠藤だけがただ堂々としていた。

 その堂々とした遠藤に引き戻されたのか、ハッとなにかに気付いたかのように小波が遠藤に訊ねた。


「なぁ、疑問なんだけど。例えば俺と多仲さんと遠藤の三人で行くとかダメか?」

「それが許されると思うのならば随分おめでたい頭をしているのね。それに仮に私が大丈夫でも多仲さんに確認を取らないでそんなこと決めていいの?」

「い、いや。解ってる。ちょっと思いついただけだ本気じゃない」

「そう。ならいいわ。それで小波君はどっちと果樹園に行くつもり? 今すぐ決めてちょうだい」

「そ、それは……」

「さあ早く!」


 迷う小波に訊ねる遠藤。その二人に押されて多仲さんは口を開かずにいたのだが。


「……先輩。何で迷っているんですか」


 どこか暗い声で小波にそう訊ねる。


「何でって……」

「先輩は私とぶどう狩りに行きたいと思って誘ってくれたんですよね」

「それはそうだけど、でも遠藤がぶどう狩りなら一緒に行ってくれるなんて知らなかったから……」

「何ですかそれは。それじゃあ遠藤先輩と一緒に行くつもりなんですか?」

「そうとは言ってないさ! でも、でも、多仲さんとは何度も遊びに行けてるけど遠藤とはまだ行けたことないから、その、今回は……」

「くっ、そもそもあなたが……!」


 そう言うと睨みつけるように遠藤を見る多仲さん。


「あら、そんな目も出来たのね」

「どういうつもりなんですかあなたは! せっかく先輩が私を誘ってくれるって時に邪魔をして!」

「ごめんなさいね。でもこう言ったことでは残念ながら選ばれるのは一人なの。それに好きならば止めるつもりはないけど、でもこんな人と付き合う意味があるかと言うことをもう一度あなた自身も考えてみるべきだと思うわ」

「何を言って! 許さないんですからっ!」


 そう言うなり多仲さんはさっきまでのふわふわとした雰囲気も消え去り、殺気を感じそうなほどの眼差しを遠藤に向ける。


「……へぇ。許さないって言うならどうするつもりかしら」

「遠藤先輩、後悔しても知りませんよ……」

「あら面白い。あながち口だけって訳でもなさそうね。良いわ。受けて立つわよ」

「おい遠藤! 多仲さん! いったい何の話を……」


 慌てて間に入ろうとする小波ももはや眼中に無いように睨みつける多仲さんと、それを笑顔で平然と受け止めている遠藤。

 いかん。これでは血みどろヤンデレルートに入ってしまいそうではないか!

 遠藤は勿論、多仲さんもまだ恋愛状態にまでは好感度はあがっていないが、それでも素養を持っている彼女のことだ。不測のことが起きないとも限らない!


「やめろ遠藤! そこまでだ」

「山田?」

「えっ! 山田君?」


 小波は勿論、平然としていた遠藤も驚いた様子で俺の方を見る。


「これでは結果的に目的が果たせない」

「何を言って。だってさっきは……」

「良いから! 説明するからちょっと来い!」

「……解ったわ。教えてちょうだい」


 そう言うと遠藤は小波と多仲さんの方に振り返る。


「と言う訳でごめんなさい小波君。さっきの話はやっぱりなしで。それから多仲さんも、本当にごめんなさいね」

「えっ、ちょ、どういう意味だよ! それに山田が出てきて、何で山田が出てくるんだよ!」

「俺はそのちょっとな。そのうち説明するから悪い。今はちょっと遠藤を借りてくぞ」


 まあ本当に説明するつもりなどさらさらないのだが。


「おいちょっと待てよ! こんだけかき回しておいてそれはないだろう。話は終わってないって!」

「悪い今は余裕ないからな。すまんな。ほら、行くぞ遠藤」

「ええ。ごめんなさいね小波君。またね」

「ふざけんなよ無茶苦茶になっちゃったじゃないか。どうしてくれるんだよ遠藤も、山田もっ!」

「いやいや本当にすまないって。ちょっと時間が無いんだ。後で埋め合わせするからさ。」


 そう言いながらも文句を背中へとぶつけてくる小波を置いて教室を出ていく。

 騒ぎ続ける小波や野次馬根性丸出しの視線を向けるクラスの連中に混じって、何も言わずにこちらを、いや遠藤を睨みつけている多仲ちゃんの視線だけが気になった。

 遠藤は注目など浴び慣れてるからか平然としているが正直俺は落ち着かないことこの上ない。

 そのまま教室を出て逃げ出すように廊下を歩く。


「それにしても何であんなことしたんだよ!」

「だって多仲さんとのデートをぶち壊せばよかったんでしょ? だったら彼にとって彼女と並べるくらいの魅力を持った人間が同じ日に誘ってそっちを選ばせちゃえばよかったのよ」

「彼女に並べるほどの魅力と言い切るか。大した自信だな」

「あら、私の魅力が多仲さんに劣るとも?」

「別にそうは言っていないけど……」

「ふふふ、冗談よ。ただ山田君が言ってる対象の女性に私も昨日までは入ってたんでしょ。だったら私だって勝負になると思ったのよ。だから無謀でもないとおもうのだけど」

「別に遠藤の魅力が多仲ちゃんに劣っているとは言っていない。ただ単にやりようってものが他にもあるだろ。せめて何をするつもりなのか相談してからやってくれ」

「……ねぇ、山田君。怒ってる?」

「別に! 怒ってねーよ!」

「怒ってるじゃない。まあいいわ。とりあえず人目のつかないところで話の続きを聞きたいのだけど」


 人目のつかない場所か……。


「それじゃあさっきの物置部屋でいいか」

「ええ、あそこならまだ結界が効いてるわ。そこでお話を聞かせてね」

「解った」


 と、言いながら人目を避けるように急いで歩き、そんなこんなで物置部屋。 

 到着するなり遠藤は指定席かのように部屋の奥の机へと歩いて行き、そこに腰かけて腕を組んだ。


「さて、それでは教えて貰いましょうか。私の行動の何がダメだったのか」

「何もかも、全部だ。そもそも彼女たちのうちの二人が恋愛感情を持ったら惨劇が起こるから駄目だと言ったのは、彼女たちが嫉妬に狂ってそう言う犯罪を犯すからなんだよ」

「ええ。あのぽややんとした多仲さんまでもがあんな表情を見せるなんてね、正直驚いたけど山田君の夢の信憑性と言うのも中々に高いようね」

「だからこそそう言う嫉妬を抱かないようにするのが目的だって言うのに、なんで遠藤はそんな彼女の嫉妬を煽るようなことをするんだよ!」

「ん? 別にいいんじゃないの。その感情が向けられる相手が誰彼かまわずだったら大変だけど、感情を向けられる相手が私だけならばなんとかできるわよ。こう見えても私結構強いし」

「そういう問題じゃない! それに仮にそうだとしても大きな、それこそ命に係わる危害を加えられる可能性がある場所に自ら入っていくことはないだろう!」

「あらら、山田君。私を心配してくれてるの?」

「そんな訳じゃねーよ。でも本当に起こる事件はヤバいんだって。それにいくら遠藤が強くても常に気を張ってる訳じゃないだろうし、うっかりしてしまうことだってあるだろ!」

「む、確かにたまにうっかりしちゃうことはあるけど、でも自分自身の強さについては客観的には解ってるつもりよ。多仲さんじゃ私を害することは不可能よ」

「それでもダメって言ったらダメ。まだ猶予があるんだから、自分から彼女を爆発させてしまうよりは他の手段を取るべきだと思う」

「でも他の手段って言ったって何をすれば……」


 そう。その手段が思いつかないからこそ手をこまねいているのだ。

 他の手段。他の手段……。


「そうだな。例えば多仲ちゃんに自主的に小波のことを好きじゃなくなって貰うか、他の人を好きになってもらうか。そうすれば多仲ちゃんが嫉妬でどうこうすることは無くなるはずだけど。うーん、でもどちらも難しいか……」


 むむむ、どうしたものかと思っていたのだが。


「あ、その手があったじゃない。そっちの方が簡単だわ。何で気づかなかったのかしら」


 何かをひらめいたとでも言いたげな表情で指なんぞをパチンと鳴らしながらそんなことを言った。


「何がだよ」

「だからそのままの意味よ。今自分で言ったじゃない察しが悪いわね山田君は」

「いや、意味が解らんのだが……」

「だからそのままの意味。多仲さんに小波君以外の人を好きになってもらえばいいのよ!」

「それが出来たら苦労しないだろ。それにそもそも好きって感情なんてそんなに簡単に変えられる物じゃないだろ。どうすればいいんだよ!」

「だからそれをしなさいって言うの。山田君が!」

「ん?」


 遠藤が何を言いたいのか、イマイチ要領を得ない。


「ハァ、ここまで行ってもわからないか。察しが悪いってレベルじゃないわね」

「何を言って……」


 それを聞くと遠藤は大きく一つため息をついて、腰かけた机から降りて立ち上がり、こちらに指を差しながら。


「だから山田君。あなたが多仲さんを口説き落としちゃえば良いのよ!」


 そんなとんでもないことを言ってくれやがった。


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