25.遠藤先生の世界講座
ふとよぎった危ない想像をぶんぶんと頭を振って払う。
そんなこと言った日には色々と危ない。笑顔でねじ切られたりしそう。何とは言わないがナニが。
とにかく聞くべきことを聞かねば。そうだな……。
「俺が聴きたいことをまとめると遠藤の正体。いったいどういう存在で何をしているのか。それから今街で起きていると言う奇妙な出来事。あの黒い穴は何なのか。それから遠藤が戦っていた黒い影の正体とかだ」
遠藤の正体については知識としては知っているが、今や俺の身の回りではその知識と違うことが起き過ぎている。出来る限り情報を確実にしていくべきだ。
「うーん。それについて何だけど、全部答えられるかなぁ……」
「だってさっき何でも答えると言っただろ?」
「ええ言ったわ。でも解らないことは答えられない。つまり私にも何が起きているかを完全に把握できている訳じゃないのよ」
「む……」
知らないとなれば仕方ないが……。
「まあいいわ。答えられることから話しましょ」
「そうか。あ、それから弁当なんだけど食べながら話していいか?」
「え?」
「いや、だって楽しみにしてたのだ今日の弁当を。久々に母さんが作ってくれたし」
「私自ら神秘の秘匿を破る重要なことなのに、こんな時にそんな……」
そう言うと遠藤はハァと大きくため息をついてコメカミを押さえて目をつぶりながら頭をぶんぶんと振る。
「う、すまん……」
「はぁー……まぁ良いわ。なんか気が抜けちゃったけど、この重要時にここまでフザけたことを平然と言えてしまう山田君だからこそ外部の組織とのつながりが無いと確信が持てて信頼できる所もあるし」
「おっ、そうか悪いな? じゃあ食いながら聞くから」
「どうでも良いわよ。確かにお弁当おいしそうだし、昼休みあんま残ってないし……」
「おう。ありがとうな。じゃあはじめてくれいただきます」
俺は遠藤の方を向きながら弁当のふたを開けて飯を食い始める。
ふふふ、この間は俺と樋渡をおかずにケーキを食ってくれたよな。今日はお前をオカズにして飯を食ってやるぜ!
「ハァ。まあいいわ。それじゃあ話し始めるけど私の正体はね、まあ見ての通りの魔法少女よ」
「ああ。そりゃ見たとおりだったな。しかし魔法少女と言うには少しばかり年がギリギリでキワどくないか?」
「仕方ないじゃない。基本的に慣例として18歳を超えるまでは魔女を名乗れないのよ。私まだ17歳だし」
確かに俺たちは高校二年生の17歳。まだ不純異性交遊は避けるべき年齢だ。めきメモ2に××××のシーンはありません。
「しかしそれにしてもあの服はなんだよ。あの服を着るのは17歳じゃちょっとキビしいぞ。いかに遠藤が美人でもキツいものがある」
「う……解ってるわよ自分でもそんなの。でもしょうがないじゃない。あれを着ないと瞬間魔力放出量がゲート破壊に達しないんだもん」
「え、意味あったのかあの服?」
趣味だと思っていた。そして卵焼きうめぇ。弁当で先陣を切るのは卵焼きって言うのがマイルール。
「当たり前でしょ! 私だって自分でもしんどいなーそろそろやめたいと思ってるわよ! その理由もあって厳重に結界を貼っていたのに誰かさんがぶち破ってくるから……」
「む」
旗色が悪いな。話を変えよう。それにしてもこのキンピラごぼううまいな。手間がかかる物なのにちゃんと手作りでおいしくて本当に頭が下がるぜ。ピリ辛だからごはんのおかずとしても行ける万能だ。
「それにしてもあの服のデザインは何なんだよ。もうちょっとなんかないのか?」
「仕方ないでしょ。一応あんなんでも遠藤家に伝わる魔装具なのよ? 百年以上前から伝わる家宝レベルの品な上にデザインにも魔力均衡の術式が埋め込まれてるからいじる訳にもいかないのよ」
「それは難儀だな。制作者のセンスを疑う」
「同感ね。遠藤家最大の天才と伝えられているご先祖様なんだけど、これでデザインのセンスだけでもあれば完璧な人だったのにね。現実はうまくいかないわ。しかも製作者のご先祖様は男性だし、と言うか高祖父だし」
「オゥ……」
何故か同情を覚える話であった。そして今日はハンバーグ弁当である。母さんの手作りハンバーグうまいんだよなぁ。
それにハンバーグは切り分けて食えばごはんを食べるペースに合わせやすいから助かる。
俺は自称配分王。どんなにオカズの少ない安い弁当でも、逆にごはんちょびっとでおかず大量の松花堂弁当みたいなのでも、綺麗に均一なペースでご飯とおかずを食べ続ける。
そして最後の一口のおかずと一口のご飯で食事を終えることが出来るスキル持ちである。故に配分王。飯オカズの配分王。
でもこのように配分が容易な弁当はこれはこれで好きなのである。どうでもいいが。
「ねぇ山田君。話聞いてる? 確かにおいしそうなお弁当ではあるけどちょっと気が逸れてない?」
「んなことない聞いてるぞ。それで遠藤は魔法少女だってのが解るけど、でも何で遠藤が戦いをしてるんだ? 別の魔法使いとか戦士とかそう言うのはいないのか?」
「うーん。勿論いることはいるわよ。でも遠藤家がこの辺り一帯を治める管理者なのよ。だから基本的に外部の物は我が家の申請が無ければ助けることもないし、それ以前に無許可で入ることも出来ないわよ」
「へぇ。そんなルールがあるのか」
と言うか管理者って。そんな立場だったのか遠藤は。知らなかったぞ。
あれ、しかし変じゃないか? 遠藤家って……。
「でも遠藤家が管理者なんだろ? だったら戦うのは遠藤じゃなくて当主がやるべきじゃないのか?」
弁当に同封されてたデミグラスソースをハンバーグにかけて切り分けて口に運ぶ。うまし!
「ええだからこそ私が戦ってるのよ。私が当主だし」
「その若さで当主? だってご両親とかは?」
「いないわよ。十年前に死んだわ」
「え……」
知らない。そんなことは知らない。確かに知識の中では遠藤のご両親は出てこなかったが……。
それにしても死んでたとは。クソ、これだから不完全な知識に頼っているとこんなことになる。
「すまん。その、何て言ったらいいか……」
「あら? 山田君気にしてくれたの? 意外」
「そりゃそうだろ! ほんとに、その、ごめん」
「ありがと。でも全然いいのよ。悪気が無いのは解るし、私自身もう気にしていないし」
「そうか」
本当にこの若さで親がいなくて気にしないなんて出来るのだろうか。
どうだろうか。俺の記憶の中の奴は無理であったように思う。勿論、口では気にしないと言っていた気もするが、それが本心であったかも解らない。
だがここで無関係の俺がその言葉が本心ではないと断言するのは傲慢にすぎない。こういう時は遠藤の気遣いに甘えて話題を変えるしかないだろう。
「それで遠藤が戦っているあの影。そして遠藤が言う常異空間とかいう物。そしてそれに繋がっているあの穴は何なんだ?」
「うーん。言葉で説明するのは非常に難しいわ。とにかく必要な知識から説明するわね。まず常異空間とは何なのかだけど」
遠藤は机に座りなおして足を組む。おお、見えそうで見えないあぶないあぶない……。
「何て言ったものかしら。世界の真実への道。そこにはすべてがあって過去現在未来全てが記録されていると言われてるわ。私たちの世界のすべてはそこにありそこで決められ、私たちはその通りに生きている」
「何だよそれ。イデア論みたいな物か?」
「それはプラトンの? 似ているけど違うわ。それに観念や哲学の話ではなくて私たちは魔法でも魔術でもそこへとたどり着くべく研究を重ねていて、観測は出来なくても存在の確証は取れつつあるのよ」
「で、その存在が常異空間と?」
「いいえ。常異空間はそこへ辿りつく為の道筋に過ぎない。過ぎなくとも私たちの力はなおそこから漏れ出た物に過ぎなくて、そして私たちでは外からその存在を見ることしかできない。中に入っての観測は不可能な巨大すぎる存在よ」
「じゃあその向こうには何があるのかなんてどうやって解るのさ」
「それは複雑な計算と推理に寄ってね。ただ常異空間ですら外からしか観測できない現状、その向こう側の事象の地平面を観測することは不可能なのよ。でも不可能でもなお私たちはそこを目指し続ける。そう言う生き物なのよ。そこにはすべてがあるから」
「何を言っているか解らない部分もないが、因果な物だな」
「ええ、本当にね。でも私自身がこういう今の生き方を嫌いじゃないから、こればっかりはどうしようもないのよね」
「そうか」
良くは解らないのだが、遠藤がとても難しい生き方をしていてもそれを受け入れて生きているのならば僥倖だ。
俺の記憶の中の人生はそんなものではなかった。押し付けられた環境に流されるように生きて最後は殺されて終わりと。
彼女の人生がそうでないというのならば、それは希望に満ちた輝いたものにきっとなることであろう。
「それにしてもあの穴は何なんだよ」
「穴はゲート。常異空間へと繋がる穴ね」
「そんな物、遠藤たちみたいな存在にとってはこの上なく貴重な物なんじゃないか? 真実へと繋がる道なんだろ?」
「それがそうでもないのよ。確かにゲートは珍しい物だけど昔から極々稀にゲートの存在が確認されることはあったのよ。今回が初めてじゃないわ」
「そうだったのか。でも珍しいものなんだろ?」
「珍しくはあるけど内部を観測する手段は今のところない。最初の頃こそ外部の魔術師やら魔法使い魔女魔法少女と観測の許可を求めて押しかけてきたけど皆諦めて帰っていったわ」
「そんなことが……ん? 押しかけてきたけど諦めたってことは遠藤は何度もゲートにあってるのか?」
「ええ。そうよ。今年の四月くらいからかしらね。何故か私が管理してるこの街に定期的にゲートが出来るのよ。最初のうちは月一回くらいだったけど、最近はもっと増えてるわね」
「今年の四月……だと?」
それは俺に前世のような、そんな知識と記憶と情報が入ってきた時期と一致する。
「どうしたの山田君。何か気になることでもあって?」
「いや。なんでもない。続けてくれ」
偶然かもしれないし不確定な情報を話すべきではない。そう思いながらハンバーグとご飯を食べ進めながらも彩りのプチトマトとブロッコリーを食べる。うまい。
「それであのゲートは問題もあるのよ。何故できるのかは解らないけれど一度できてしまうと破壊するまではあり続けて、そしてあの黒い影を出し続けるのよ」
「黒い影が出るとまずいのか?」
「まずいわ。理由は解らないのだけど、あの黒い影は魔力で存在していて人の形をとっていて、実態は無いのに攻撃性が強くて無差別に近づくものを襲うのよ」
「なんだと! それは大問題じゃないか」
「ええ。だからゲートが発生しそうになったらそこに結界を貼って待ち構えて、出てきた影を殲滅してゲートを破壊する必要があるの」
「発生しそうになったらってことは予測何出来るのか?」
「出来るわ。兆候として魔力濃度に揺らぎが出るから魔法具を使えば予測は可能よ。天気予報より正確に予測できるわ」
「それは大したものだ。凄いな」
「ありがと。それで出てくる影についてだけどそれ程強力ではない。常異空間から出てくるものだから価値があると思いきやただの平凡な魔力で構成されている上に倒すと霧散するのよ。だから価値はなくひたすら倒し続けなくてはならない」
「へぇ」
弁当の残りが少なくなってきた。
「それより厄介なのはゲートなのよ。放置するわけにもいかないし」
「でも破壊は出来るんだろ?」
「ええ。可能よ。でもかなり難しいのよ。ゲートの穴に魔法や魔術をぶつければ破壊できると言うことが解った。でもそれにはかなりの魔力量が必要になるのよ。私の最大瞬間放出魔力量でも無理なくらいなのよ」
「じゃあどうやって破壊してるんだよ」
「そこで使うのがあの魔法少女の服と言う魔装具よ。あれには瞬間魔力放出量拡大機能と魔力貯蔵機能があって。あそこに毎日魔力を注ぎ込めば一週間もすればゲート破壊に必要な魔力に達するわ」
「へぇ。それは凄い」
「でもその代りに毎日魔力を込めるから体調も落ちるし、魔力を多く使う魔法の研究は出来なくなる。正直キツい状況ね」
「なるほどなぁ」
そこまで言うと弁当の最後の一かけらのハンバーグと最後の一口を同時に口に運ぶ。うむ、配分王の名に違わぬ完璧な配分だ。ごはんとおかずの完璧な黄金比率を口にして今日の朝食は幕を閉じることが出来た。パーフェクト。
パカリと弁当箱の蓋をして話の続きを聞く。
「ごちそうさま。うまかった」
「良かったわね。それで話は戻るのだけど、山田君にお願いがあるのよ」
「ん? 俺に?」
「ええ。山田君の腕の再構成と腕そのものを魔力弾として発射すると言う強力過ぎる攻撃手段。普通の魔術師や魔法少女ならば自身の魔力であるオドで攻撃しなくてはならないから難しいレベルの魔力と破壊力をマナを収縮することによって代償無しに使うことができる。しかもそれが山田君も知ってるとおりゲート破壊してなお余りあるほどの威力を持つと言うんだから本当に反則よね」
「代償無しにって、あのなぁ。俺はその都度腕を失うんだぞ?」
「良いじゃない。山田君ならすぐに生えてくるから!」
「そうは言うけどなぁ」
確かに今となっては何の問題もなく俺にはそれが出来るが、だからと言って腕をいちいち失うのも正直良い気分ではない。
遠藤自身で破壊できるのに俺がそのために腕を失うって言うのもなぁ……。
そう答えを渋っていると、遠藤は下を向いてしまった。
「無理かな。無理強いはしないって約束だからもし無理ならしょうがないけど、でも無理なら困ったことになったわ……」
「何だよ」
「管理者として自分の街に他の魔法少女を入れるのは気が進まないのだけど、それでもさすがにこの状況がしんどすぎるから協会の方へと援護要請はしてるのよ。でも暖簾に腕押し。自分で対処しろとだけしか返事はこないわ。どこの世界でも組織ってのは対応が遅い物なのね」
「はぁ」
そういう物なんだろうか。
「それにね、正直限界が近いのよ……」
「どういうことだ?」
「魔装具にゲート破壊に必要なだけ魔力を注ぎ込むのに一週間。影との戦いと人払いの結界に必要な魔力が身体に溜まるのに必要なのが一日。となると一度ゲートが現れるたびに私の八日分の魔力が必要なの」
「それで?」
「最初のうちは月に一度くらいだったゲートの発生が何故かここにきて間隔が短くなって、二週間に一度くらいになってる。今後もっと間隔が短くなる可能性があるわ」
「なっ! そうなったらどうなるんだよ!」
「どうなるのかしらね。協会はあてにならないし。結界を維持しつつ最初のうちは遠藤家に伝わる魔法具を使って何とかすると思うけど、自転車操業状態じゃ限界がくるわ。そしたら……」
「そしたら……?」
「禁断魔法に手を出して、この身と引き換えにゲートを消して次の管理者を誰か呼ぶしかない。家と権限ごと明け渡せば強欲な協会も協力するでしょ」
「なっ、そんな……」
まさか遠藤は、死んででもその行為を続けると言うのか!
「何で遠藤がそんなことしなきゃいけないんだ逃げればいいだろっ!」
「そうできたらいいんだけどね。でも管理者としてそれだけは出来ないのよ。それに私自身今の自分の存在が好きだし。そうじゃなくなることは私のためにしたくないから」
「でも、そんな……」
「だからお願いなの山田君!」
そう言うなり駆け寄ってきて俺の両手を取る遠藤。
「なっ!」
「山田君が望むことだったらなんだってするし、私の全てをあげてもいい。だから力を貸して欲しいの!」
「何でもとか、全てとかそう言うことを簡単に言うんじゃない!」
「良いのよ別に。何よその突っ込み方。もしかして私の身体がお望み?」
「なっ!」
なんてことを言いやがるっ!
「山田君のえっち。でもまあ、それがお望みなら応えても良いわよ」
「おっ、お前、応えるって」
「別におかしなことじゃないわよ。私たちみたいな存在は必要な結果を得る為には手段は選ばないのよ。それに経験はないから詳しくは知らないけど、でも山田君の腕をその都度貰うんだから代償としては安いくらいでしょ」
僅かに頬を紅く染めながらも、なんでもないことのようにそう言いきった。何てことだ……。
「ハァ、そんなの、安いどころか高い。高すぎるに決まってるだろ。遠藤のそんな物貰ったら腕一本どころか四肢切断してもまだ釣り合わないくらいだ」
「そう? 随分買ってくれてるのね。ありがと」
「当たり前だろ」
「ふぅん。それで答えは?」
「……解った。引き受ける。別に身体を寄越せとか言わないから安心しろ」
「うふふふ。ありがとう山田君。山田君ならそう言ってくれると思ってたわ」
そう言って今まで見た中でも最高の笑顔で俺に微笑みかける遠藤。
ハァ、何て言うか。男として生まれたからには美人には勝てないと言うのが宿命なのかもしれないな。
だってほら、今だって完璧に遠藤の良いように丸め込まれたと言うのに。
この笑顔を見れたならもうそれだけで対価としては充分じゃないかとか思ってしまったのだから。
予約投稿失敗したので手動投稿です。シン・ゴジラ見てたら遅れました。すみません。
ゴジラがとても面白かったので続きます。




