23.遠藤襲来
「んっぷわはぁ~~~ッハ!」
「何それ。せっかくの昼休みだって言うのに随分なあくびだね。昨日眠れなかったのかい?」
久々に馬鹿共の嫌がらせやらが何にも起きずに平和に昼を迎えられた次の日。
昼休みになり教室を出ていく小波と陽山を横目で見ながらも、久しぶりに嫌がらせなどない平和を感じ緊張感が抜けた間抜け極まりないあくびと伸びをしていたら前の席に座りながら変な物をみる様な顔で話しかける女子が一人。
「ああ樋渡か。ちょっと色々夜更かししちゃって。あと久々になんか平和な日を迎えられてちょっと気が抜けちゃったかも」
「それって昨日までが……ごめん。気づけなくて」
「だからそれは良いって。しかし確かに気が抜けすぎてたかもなぁ」
「うん。ちょっとあまりにも脱力するような声だったからビックリしてしまった」
「ちょっと気をつけるかな。よし、取りあえず飯にしよっと」
カバンから弁当を出して机に置く。
ふふふふ、昨日までの面倒がすんだから今日からまた母さんに弁当を作ってもらうことにしたのだ。
くそ不味い飯を食わないで済むと言う日常はやはり素晴らしい。
「随分嬉しそうだね山田」
「ああ。やっぱ菓子パンより弁当だよなー。ぐふふ」
「へぇ。お弁当はお母様が作ってくださってるんだっけ?」
「おうよ。母さんは料理がうまいからな。さてっと、今日のご飯は何だろな~」
などと昼飯に思いを馳せていると……。
「おい、あれ遠藤さんじゃない?」
ご機嫌に弁当袋から弁当を出しているとどこかの男子Aだろうかが発したそんな声が聞こえた。
声に誘われるように廊下を見ると確かに遠藤の姿がある。腕を組んで立ち止まって入り口からクラスの中を見ている。
「本当だ遠藤さんじゃんうちのクラス来るなんて珍しくな~い?」
「ほんとー! 誰かに用事があるのかなぁ」
クラスの前に来ただけでざわざわと賑やかになる。有名人は大変だなこれだから。
まあ俺には関係のない話か。
「ねぇねぇ山田? 遠藤がうちに来るのなんて珍しいよね。誰かに用事があるのかな。でも廊下に立ってるだけで入ってこないところをみると相手が気づくのを待っているってところかな」
「んー? どーなんだろなー」
樋渡に問われて目の前の弁当に集中しながらも少しだけ廊下に立つ遠藤の方を見ると偶然だろうか、ニコリと笑って小さく手を振った。
「おい! 遠藤さん今手を振ったぜ! 俺に向かってじゃない?」
「違うに決まってるだろこのタコスが! 俺だよ俺。にしてもやっぱ美人だよなー遠藤さん!」
珍しい行動にざわつく男ども。それにしても本当に誰に向かって手を振ってるんだ。
心なしか俺の方向を見てる気がしたので何となく自分の後ろに誰かいるのかと思って後ろを見てみる。
だが誰もいない。なので再度遠藤の方に振り返ると手を振ったままの笑顔で固まっていた。あ……。
「やっべー。遠藤さんやっぱ可愛いわ」
「確かに。でもなんか今一瞬固まってめっちゃ怖い顔しなかった? 何か解らんけど背筋が冷たくなったんだけど」
騒ぐ男共の言葉に同意する。確かに遠藤のやつ、笑顔が引きつってると言うかこめかみに浮き上がった血管で出来たムカついてるマーク(♯←こんなの)が見えた気がする。
具体的には何しらばっくれてるのかさっさと出てきなさいと言う感じの。怖い。怖すぎる。
さて、こんな時はどうすればい良いか。
腕を組んでふむと一息ついて考える。難しい問題だがこういう時はいくつかの選択肢を考えてその中から最善のものを選ぶと言うのが良い。
人生と言うのは常に選択の連続なのだ。と言う訳で……。
1、遠藤がうちのクラスに来た理由はもしかして俺に会うため? ここは廊下に出て行って声をかけてみよう。
2、遠藤は怖い。その点樋渡は癒されるし最高。樋渡をおかずにご飯を食べる樋渡まつり開幕。
3、おかあさんのおべんとうおいしそう。
の三択だな。
うん。ここは3で。人間食欲には勝てん。
「何をぶちぶち言ってるのさ」
「少し待ってくれ樋渡。あとは選択肢にカーソルを合わせて×ボタン押すだけだから」
「×ボタン? それは新しいネットスラングか何かの話かな。そんなことよりも身の安全のために今すぐ右を見たほうがいいよ」
「ん?」
くくくと人が悪そうに笑う樋渡に促されて右を向けばそこには。
「おおぅ!」
「うふふふ。これからお昼ご飯かしら山田君」
先ほどまで廊下に立っていたはずの遠藤が音もなく腕を組んですぐ横に立っていて今まさに弁当箱を開けようとしていた俺を見下ろしていた。
何か解らないけど怖い。いや、笑顔なんだけど。笑顔だからこそ怖い。美人の笑顔と言うのはいい意味の時も悪い意味の時も攻撃力が高い物なのだ。
そんな恐怖で固まったままの俺は、その次に話すべき言葉を言った。
「いただきます」
「いただきません!」
言葉と共に開けた弁当の蓋を遠藤に取り上げられカパリと音を立てて閉じられる。
「何をするだァー遠藤!」
「それはこっちのセリフよ。いただきますじゃないでしょ!」
「何でよ。ご飯食べる時はいただきますって言うましょうって子供の頃に習わなかったのか?」
「そう言うこと言ってるんじゃないわよ何で無視して普通にお弁当食べようとしてるのよ山田君は!」
「え、俺に用事だったのか?」
「だから来たんじゃない。何をしらばっくれてるのよ!」
「しらばっくれるも何も……」
そもそも別に俺は遠藤と今日の昼休みと時間を指定して約束なんてしてないし。
「へぇ、あくまでシラを切るんだ。山田君がそのつもりなら私も……」
「遠藤、山田。お二人とも仲がいいのは解ったけど少し自分の置かれた状況を考えた方が良いよ?」
ヒートアップするやり取りに割り込むように樋渡がからかうように楽しげにそんなことを言う。
俺たちの置かれた状況? そうだ。そもそも遠藤は有名人だ。その彼女が滅多にこないうちの教室に来て、そして小波みたいに特別にモテてる訳でもない一般生徒の俺と唐突な言い争いをしているのだ。
こんなもん注目を集めるに決まってる。もしも別の奴が同じことをしてたら俺だってそうする。これはマズい。
そう思い周りを見渡すと……。
先ほどまで喧騒に包まれていた教室が静まり返って皆が皆こちらの方に注目している。
こ、これはっ、恥ずかしい!
遠藤も状況に気付いたのだろう。恥ずかしげに頬を染めて所在無げに制服の乱れを直したりしている。
「いやですわ。私ったらはしたない」
そんなワザとらしい様子で普段のお嬢様な雰囲気を取り繕う。なんだその取ってつけたような言葉使いは。そして意外と似合ってるのがムカつく。
「山田君とのことはちょっとしたすれ違いからくる勘違いでしたの。お騒がせしてすみません」
そう言って軽く周りに挨拶をして、そして俺の耳元に口を近づけて周りに聞こえないように俺に耳打ちをする。
「昼休み中に三階の物置部屋に来なさない。まだ恍けたようなこと言ってると本当にもう……」
ねじきるわよ。
「なっ!」
ねじきるって何を! ナニをか!?
「あら、うふふふふ、それでは皆さん、失礼しました」
遠藤は俺の驚愕の表情を楽しげに見下ろし、そして皆の注目を軽く受け流し教室を出ていく。
全く、嵐のような奴だった。
しかしどうしたものか。流石にこれで行かないと色々と怖い。ねじきられるのはご勘弁願いたい。
とは言え昼飯も食いたいし。しゃーない、弁当を持って言って食いながら要件を聞くか。
ハァとため息をついて弁当を持って立ち上がる。
「あれ、どこ行くの?」
「ん? 違うってトイレトイレ」
別に深い理由もないが何となく遠藤と会うって知られるのが照れくさくて樋渡にそんな言い訳をする。
「あれ、山田はトイレでお弁当を食べるの? 便所飯の民だったのか山田は」
「あ……」
そうだった。普通はトイレ行く時に弁当は持っていかないよな。
「いや、その、まあ違うと言うか何と言うかその事情が」
「くくくく、解ってるって遠藤に呼ばれたんでしょ?」
人が悪そうに笑いながらもそう言う樋渡。
「なっ、何で! ちげーし!」
「そう。なら違うなら違うってことにしといてあげるから」
くそっ、否定したいがここで時間を食っては昼飯を食えなくなってしまう!
「いいか! 違うからな!」
「あーハイハイ。あ、面白いもの見れたし私のことはお構いなく。行ってらっしゃーい」
樋渡の言葉を背に教室を出る。くそっ、なんだこの負けたような気分は!
そんな敗北感を胸に、三階の物置部屋へと弁当片手に向かうのであった。
飛行機落ちなかったので続きます。
ただ明日夜からしばらく家に帰れないので明日中に書き上げれば適当な時間に予約投稿します。
無理なら数日あきます。




