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21.右腕

「うわああああああああああ!」


 痛みこそないもののあまりの衝撃に左手で右腕があったであろう場所を押さえて叫んでしまう。


「うで、腕が、うででえええええ。俺の腕がああああ!」

「落ち着きなさい山田君!」


 錯乱する俺を押さえるように両肩を押さえてくる遠藤。


「落ち着けるわけがないだろうが。腕が、腕が無いんだ。遠藤、どこに、どこにやった。俺の腕がないんだよおおお」

「ぐっ、それが、無いのよ。切断されたのか何なのかは解らないけど。ゲートに入って、そして戻ってきたあなたはその状態。右腕が無かったの」

「そ、そんな。だって痛くなくて血も出てないし。ほ、ほらこれ」


 慌てながらも震える左手で右肩を見ると、確かに血は出ていないのだが、付け根から何かわからない真っ黒な物で覆われていた。


「う、嘘だ。嘘だろ? 何なんだよこれ。こんな、こんなことって……」


 そう言いながらも思い出すイメージ。

 白い世界の中で俺は確かにそこに居た謎の少女に右腕で触れて、そして右腕が空間に溶けるように霧散して。あれが原因だったのか……?


「そんな、そんなことはどうでもいい。返せよ。俺の右手返せよ。なぁ遠藤。お前、魔法が使えるんだろ? だったら俺の右手を……」

「ぐっ、出来ないわ」


 悔しそうに唇を噛んでこちらを見る遠藤。


「出来ないって何で!」

「出来ないからよ。あのね、魔法や魔術って言っても万能な訳じゃないの。もし仮にあなたの右腕が切断されててそこにあるなら魔法や魔術で完全に元通りにできるかもしれない。でもない物を生やすなんて魔法は無いわ!」

「そ、そんな……」


 そう言いながらも左手で右手があった場所をまさぐる。ふと、ありもしない右腕の空間に痛みが走った気がした。


「あ、痛い。右手が、俺の右手が。ぐううううう」

「……幻肢痛ね。私にはどうしようもないわ」

「痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。ああああああ」


 痛みを押さえるように右肩を押さえて叫ぶ。


「痛い。腕を、腕を返せ、返せよ!」

「……ごめんなさい」

「クソ! クソクソクソクソ! 右腕、右腕、返せええええええ!」


 そう叫びながら強く右腕のことを念じていると周りから何かが右腕の場所に集まってくるのを感じる。


「ん、何これは。魔力が集まって……?」

「返せえええええ、うおおおおおおおお!」

「って、嘘! そんなことって」


 驚愕の表情でこちらを見る遠藤。だがそんなものにかまっている暇はない。


「クソが! 返せ返せ返せ返せ返せえええええええあああああああ!」

「そんな! 何が起きてるのこれは!」

「返せええええうおおおおおおおおおおお!」


 不確かだったものがどんどん確かになっていく感覚。そこにさらに力をつぎ込むように集中する。

 どこからきたのか、周りから光の粒が右腕のあった場所に集まってくる。


「何よこれ。こんな、こんなの知らない! こんな暴力的な勢いで周りの魔力をどんどん集めて何しようってのよ!」

「ぐうううううおおおお、戻れえええええええうおおおおおおおお!」


 となりで何かを言っている遠藤を無視して右腕があった場所へとさらに力をつぎ込む。


 ───撥撥撥撥!

 とまるで電気が走るような音がして右腕の付け根の黒く覆っていた物が伸びて、そしてぼんやりと腕の形をかたどる。


「これは魔力による再構成!? そんなこと出来る訳が!」

「返せえええええうおおおおおおおお!」


 周りの言葉や音を全て無視して返せと強く強く願い続けると、そのあやふやだった黒い腕の影は次第に確固とした腕を形作る。そして。


「おおおおおおお、おおおおお、おおおお、はぁ。はぁ……」

「そんな、信じられない……」


 無くなったはずのその場所には、真っ黒な右腕が存在していた。


「はぁ、ってなんじゃこりゃああああああああ!」


 右腕が戻ったのかと思いきやなんか真っ黒!


「なによそれ! ありえないわよ見せてみなさい!」


 そう言うや否や遠藤は飛びつくようにして俺の右腕を手に取る。


「そんな、これは……結晶化したエーテル? どうしてそんなもので右手を再生させてるのよあなたは!」

「はぁ。はぁ。何だよ……結晶? エーテル? はぁ。何のことかは解らんが俺は」


 息も絶え絶えとなりながらも、左手で右手を触るとすべすべとして固い感触がある。まるで巨大な宝石の結晶を触っているかのような感覚。


「な、何だぁこれは! 何で俺の右腕がこんな、こんな固い物質で出来てるんだよどうやったんだよ!」

「私が知る訳ないでしょ! どうやったらこんな、マナを収縮させて結晶体のエーテルを作るなんて常識はずれなこと出来るのよ!」

「何言ってるのか解らねーよ日本語話せよ! 俺はただただ右手がなくなったから戻せ、返せって強く願っただけで別にこんな訳の解らんものは……」


 そう言いながら左手の爪で右腕を軽く叩く。コツコツと、人間の身体を叩いたとは思えない硬質な音がする。触るとひんやりとして冷たい。どう考えても無機物だだこれは。


「何だよこれどうなってるんだよ!」

「だから私が聞きたいわよそれは。エーテルの結晶体を作るなんて。それも無くなった腕の形に合わせて作るなんて意味が解らない。何したのよ山田君は!」

「だからエーテルってなんだよ意味わからないし、それこそ俺が聞きた……ん?」


 遠藤と言い合いをしながらも右腕を触っていたら妙な違和感を覚える。

 何か、その黒い右腕がざわざわとするような、中から何かが溢れてくるような奇妙な違和感。


「な、な、なんだ、何だこれは!」

「ど、どうしたってのよ!」

「解らん!」


 解らんが非常にまずい気がする。非常にまずい。危険。危険だ。これは危険だ!


「解らんが離れろ遠藤。暴発する!」

「えっ、何が!」


 抑えようのない。黒い右腕が限界まで膨張するような、爆発するようなそんな衝動。


「良いから離れろ。危ない。こ、これは、これは、これはどっちに向ければ……」


 直感的に解る。これは何かが右腕のこの黒いのが形を維持できずに暴走してその方向に被害を与える。

 どっちに向けても危ないことが起こるのは間違いない。それならいっそのこと。


「こうなったらヤケだああああ。くっそおおおおおおこっちだああああ!」


 危機を感じて無意識にそう叫ぶや否や右腕が根元から黒い力の奔流となって、そして直前に腕を向けていた黒い穴の方へと堰が決壊するかのように吹き飛んで行く。

 その瞬間!


 ──轟──


 と大音響と地響きを立てて黒い力そのものとなった俺の腕が黒い穴とぶつかって爆発を起こす。

 地響きを起こすまでの衝撃と、ぱらぱらと落ちてくる木の葉。


「え……どういう」

「……ことなの」


 静寂が戻ってくると。


 そこに浮いていた穴も、俺の腕から放たれた黒い力も消えてなくなっていて。

 再び右腕が消えた俺と遠藤も、何も考えることが出来ずにその場で呆然と立ち尽くしていた。

初めての予約投稿失敗。何故だ。

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