19.ゲート
「え、嘘。何で、山田君が。人払いの結界を貼っていたはずだし」
「人払いの結界? 何のことだ。それに、今の黒い影みたいなものは……」
そう、あんな物知らない。「俺」の知識の中にもない。
確かに遠藤火凛ルートでは様々な怪異が出現する。
あらすじとしては偶然魔力もちであった主人公の小波誠が火凛の秘密を知って、そこから協力関係になって日々怪異と戦うのだ。
つまりこのように彼女の秘密を知ることになるのは小波のはずだが、問題はそれだけではない。
彼女が魔法を駆使して闘う怪異は、外道へと堕ちた敵の魔法使いや、他にも日本に攻めて来た吸血鬼の王であったりするのだが。
その中にはあんな怪しげな黒い影みたいなモノはない。文字通り初見の存在だ。
だがそんな俺の驚きを前にふぅと息を吐くと、俺に向かってまっすぐに歩いてくる。
「山田君。貴方、どうやってここに入ったの?」
「いや、俺は普通にアイスを買って帰り道になんか変な感じがしたから来ただけで、何でなんて理由なんてないって」
「それはあり得ないの。どうやったのかは知らないけど、ここには普通の人は誰も入れないはずなの。私がそうしたから。つまりここに入って着た貴方は普通じゃないってこと」
「そんなこと言われても、俺は特別なことなんて何もないはずだし、魔力持ちでもないし……」
その俺の言葉を聞いた遠藤は一瞬にして顔色が変わり、視認できないほどの速さで一瞬で俺の前まで近づいてくると俺に足払いを掛けてきた。
「ぬわっ! なっ、何を!」
「黙りなさい!」
ドサリと地面に倒れこんだ俺に向けてその場でジャンプして、そしてそのまま重力を使い俺の鳩尾に膝蹴りを入れてくる。
「ぐぇっ! な、何を!」
痛みと衝撃で肺の空気を全て吐き出してしまう。
そしてこの動きは知っているぞ。またこれか。コンボかなんかで登録されてるんか!
「ねぇ山田君。貴方、なんで魔力の存在を知っているの?」
「なっ、なんでって、そりゃ……」
失言であったか!
「そりゃあもう、遠藤があんな変な魔法みたいなことして戦ってるし恰好は魔法少女みたいだし。それだけだよ!」
「ふぅん。それだけねぇ……」
そう言いながらも遠藤は不審げな瞳で鳩尾に膝をぐりぐりしながら見下してくる。
「ぐえぇっ、痛ぇな放せよ! それに流石に遠藤が美人でもその服装は年齢的にギリギリでアウトだと思うぞ!」
「む、うるさいわね。私だって着たくて着てるんじゃないわよ! この服が一番魔力強化の効率が良いからで……ってそれはどうでもいいの!」
膝をどけて跨るように座り瞳を見下ろす遠藤。目の前に遠藤の綺麗な顔が近づく。そのまま瞳を覗かれる。
「山田君。やっぱり不思議な瞳。何かが混ざってるような。私も知らない何かが」
「知らない何かがって。いったい何のこと……」
「うん! 決めた。私にここまで立ち入った罰よ。今度は手加減はしないわ。記憶を消しついでに貴方の秘密。きっと私が知らない何かまで教えてもらうことにするから」
そう言うなりポケットから小さなナイフを取り出す遠藤。
「ナイフ……俺を殺すつもりか!」
「んー、神秘は秘匿されねばならない。それを見られてしまった以上そうするのが正しんでしょうけど。さすがに後味が悪いし……ねっ!」
言葉に合わせて自分の人差し指を軽く切る遠藤。細く、白い指先にぷくりと血の珠が浮かぶ。
「一体何を!」
「いいから!」
そのまま口に血の付いた指を突っ込んでくる遠藤。
「んぐっ、ちょっ、遠藤!」
「喋らないで! 良いから、私の血を舐めて。大丈夫だから」
まるで暗示に掛ったかのように言葉に逆らえない。
「そう。そのまま舐め続けるの。ふふふ、この状態の山田君、嫌いじゃないわよ」
「ぬ。ぬぬぬ……」
「んふ、いい子ね。それじゃあ続けるわ。我が血の契約によって命ず。このモノを我が下僕にし、絶対服従の楔を打ち込み、身体の自由を全て我が血に委ねよ……」
胡乱気になった頭に聞き覚えのある言葉が流れる。あ、これは、知ってる。これは、今日の昼間にやられた奴。
そうだ! 今日の昼間にこれと同じことをされて俺は記憶を探られたのだ。何故今の今まで忘れてた。
つまりそういうこと。忘れるように暗示をかけられてたからだ。いったい誰に。
そう。この。目の前の。遠藤火凛コイツに!
「さああああせええええるううかああああ!」
身体に心地のいい命令が侵食していくような奇妙な感覚に抗うように全身に力を漲らせて、そして叫ぶ。同時にパリンと、ガラスが割れる様な音と感触がした。
「なっ! 嘘!私の暗示をはじいた!?」
「記憶を消されてたまるか。俺は俺だ。お前に決められて良い訳ないだろ!」
そこまで言い切ると暴れて遠藤を弾き飛ばす。
「きゃっ!」
意外と軽かった遠藤は呆然と尻もちをついて、立ち上がった俺を驚愕の表情で見上げている。
「俺は、俺はなぁ。こんな風になったらこれは、もうアレするしかないと思うんだよ!」
「なっ、なんのことよ! 何するって」
「こういう時はつまり」
「つまり?」
「逃げるんだよおおおおおお!」
そう言うなり振り返ること無く遠藤に背を向けて一心不乱に走り出した。
「……って! 逃がすわけないでしょ!」
後ろから猛烈な勢いで追いかけてくる音が聴こえる。
「待ちなさい山田君!」
「待つわけないだろ。いい年して魔法少女の格好してる奴なんかに捕まるもんか!」
「くっ、人が気にしてることを! それならこれよ!」
嫌な予感がして振り返った、その瞬間!
───撥!
と言う弾けるような音と共に後ろから何か紅い炎の弾のようなものが飛んでくる。
ギリギリのところで身体を投げ出して避けて遠藤の方を見ると、立ち止まって右手の人差し指をこちらに向けていた。
今のは、遠藤がやったのか!
「チィ! めんどくさいから避けるのやめなさい!」
そう言うなりまた遠藤の指先に紅い光が集中して、そしてそれが撥と音を立ててこちらに飛んでくる。
急いで立ち上がり避けてまた逃げ出す。
「くぅっ! ちょこまかと! ただの魔力弾よ。当たっても気絶するだけだら避けないで当たりなさい!」
「誰が気絶すると知って当たるかぁ! 何なんだよお前は」
「それを山田君が知る必要はないわよどうせ忘れるんだから! だから待ちなさい!」
「そんなこと言われて待つ奴がいる訳ないだろおおおお!」
必死に走って公園の森の方に入って木の隙間を縫うようにして逃げる。
「あっ、ダメ。そっちに行ったら。待ちなさい!」
「だから待てと言われて待つことはない! 俺は逃げるぞ!」
「くっ! だからそっちだけはダメなの。待って。待ちなさいよおおおお!」
後ろからばきゅばきゅばきゅと打ち出される魔力弾を避けながらさらに森の奥へと逃げる。
すると目の前に、突如黒い穴が開いていた。……ってなんだこれ!
「ハァ、ハァ、何だこれ、こんな穴。俺も知らないぞ」
穴。そう。それはまさに穴だった。空間に黒い平面の太陽が浮いているように、森の中のそこに穴が開いているのだ。
穴の中はひたすらに深く、奥を除こうにもただの黒さと違って延々とした奥行きを感じる。
こんな存在、現実の生活どころかゲームの、めきメモ2の世界でも見たこともない。いったいなんなんだこれは!
「ハァ、ハァ、山田君。追いついた。そこまでよ……って、ゲートが。やっぱりこっちの方向だったのね!」
「ゲート? 何を言ってるんだ遠藤。なんだよこれは?」
「山田君が知る必要はないの。ねぇ、お願いだから、そこから離れて!」
「お願いだからって、俺がさっきまで俺を気絶させようとしてた奴のお願いを聞くと思うか?」
「ち、違うの! いや、違わないけど、でもそれだけは。危険だからすぐに離れなさい山田君!」
「危険って。それをお前が言うか」
「ええ。言うわよ。本当にそれは危険なの。お願いだからそれにだけは触れないで。触れたら本当にどうなっても知らないわよ」
「む、遠藤がそう言うならもしかしたら……」
そう。遠藤は裏表は激しいが外道ではない。彼女がそう言うのならばきっとこれは本当に危険な物なのだろう。
「ええ。こんな風に追いかけておいて信じろって言うのも無理かもしれないけど。本当に今、この瞬間だけは貴方に何もしないから。それが安定してるうちにそこから離れて」
「う、仕方ない。解った。遠藤がそこまで言うなら本当にヤバいモノなんだろうこれは。解ったから何もするなよ」
と、そう言うと遠藤は意外な物を見る様な表情で俺の顔を見る。
「えっ、まさか、信じてくれたの?」
「まあそこまで言うなら本当に取りあえずココから離れる」
「……うん。まさか本当に信じてくれるとは思わなかったけど。言ってみる物ね。しかし山田君。貴方ここまでされて私を信じるとは、ずいぶんとお人好しなのね」
「いや、まあその。記憶が戻って遠藤が俺の例のいじめ問題を解決してくれたのも思い出したしな。確かに遠藤は怪しげな存在ではあるが悪人ではないと言うことは知っているつもりだ」
「うっ、そ、そうね。解ったわ。私が悪人であるかはどうでも良いけど」
照れたように顔を赤くしてそんなことをぶちぶちと言う遠藤。
「しかし遠藤がそこまで言うと言うことは本当に危険な存在なんだなこの穴は」
「ええ。そうよ。だからすぐに離れなさい」
「そうだな。うん」
その場を離れようと一歩踏み出したのだが。
緊張してしまったのか、その場から離れようと歩みを進めた足元がぬかるみにはまってしまいズルっと音を立てて滑ってしまった
「ぬぁっ!」
思わず転ばないようにバランスを取るようにして手をぶんぶんと動かして、そしてその手の先が穴に触れてしまった。
───その瞬間!
「あ、ああああああああああああああ!」
何かに引っ張られるような感触と共に、穴に触れた部分から身体が猛烈な勢いで穴の中に吸い込まれていく。いや、これは、吸い込まれると言うよりは落ちる様な、或いは登って行くような奇妙な浮遊感。
「山田君!」
まるで見上げるようにしに視線を向けた穴の入り口の方。
最後に視界に入ったのは、驚愕に溢れた現界からこちらを見下ろしている遠藤の顔であった。




