18.魔法少女の服は何歳まで許されるかと言う非常に重要な問題について
──夜。
灯りを落とした部屋でベットに寝ころんだままぼんやりと天井を見ながら時間を過ごす。
ここ数日悩みの種だったいじめ問題が解決したことで少し気分が楽になっている。
あとは小波の行動に注意をして、出来るだけ二股をかけないでこのまま陽山とくっついて仲良くハッピーエンドを迎えてくれれば何も言うことはない。
小波の二股以外の心配事と言えば、まずは転校生としてやってくる物部琴美だが。物部は転校してきていないのでどうしようもない。つまり考えてもしょうがないので考えないに限る。
そしてもう一つの心配事。遠藤火凛の好感度についてだが、これがわからない。
遠藤の好感度はまるでバグってしまったように表示されなくなっているし、遠藤が小波に向ける興味もまるで壊れて溶けたように消え去ってしまったように見える。
高感度の数字が見える訳ではないが、遠藤がこれ以上小波に惹かれていくことも、遠藤のルートに入ることも無くなったと言うような感じだ。
目を閉じて精神集中して、頭に浮かぶ遠藤のステータスを見る。
遠.チ凛"……ュケ/Y0?
うん。相変わらずと言うか、より酷く文字化けしているように思える。不思議と先ほど感じたような頭痛や耳鳴りはしないが、文字がぼやけた様にぶれていてうまく追うことが出来ない。
いったいなんなんだこれは。
可能性として考えられるのが、小波ではなく俺と関わることによってめきメモ2の展開から大きく外れることにより、小波の攻略対象から外れ好感度が意味をなさなくなった。
そしてそれにより遠藤にかけられていた強制力のようなものが消え去り、素の彼女へと戻った、と言ったところか。
それならもう遠藤ルートに入ることはなくなったと言うことになるし、もしそうなったら非常に僥倖なのだが。
何しろ遠藤ルートと物部ルートは二股ルート以上に危険が危ないのだ。主に俺たちサブキャラの扱い的な意味で。
だからもしこのようにゲームの展開から逸れることによってヒロインたちをこの世界の強制から外してヒロインじゃなくすることが出来るのだとしたらそれを狙ってみるのも良いかもしれないが。
いや、だがそれはまだ早計かもしれない。ゲームの展開から外れると俺が知っている展開からも外れることになる。そうなると何が起こるかもわからないし。
とにかく今は小波が陽山に対して一途になってもらうように願って、最悪の場合はそのような手段をとる可能性も考えてみよう。
そんなことを考えていたら急に、理由もわからないがアイスが食べたくなってきた。
む、こんな時間に。どうしたって言うんだ。甘い物なら今日はもう大量に食べたのに。何だろう。この欲求は。
ええぃ。こんな時に迷っていてもしょうがない。確か冷蔵庫にはアイスが無かった気がするからちょっくらコンビニまで買いに行こう。
そう思いながら部屋を抜け出し既に寝ているであろう母さんを起こさないように家を出た。
コンビニでバニラメジャーホームランバーと漫画雑誌を買って夜の街をぶらつく。
定期的に立つ青白い街灯の光を受けて歩く夜の住宅地は静かで美しい。
この季節、まだまだ昼間は暑さを感じる日もあるが夜ともなると熱をいくぶんか失った気持ちの良い風が吹いていて気持ちが良い。
夏も終わり、もう秋が近づいている。秋は美しいが短い。その短く美しい秋が終わればすぐに冬が来る。季節は巡り廻るのだから。
ならば今は、この美しい秋にしか聞くことのできない秋の虫の声でも聞きながらのんびりと家に帰ろう。
そう、虫の声でも、声でも……。
声でも?
──その時に気付いたのだ。
虫の声が聞こえないと。
いや、虫の声だけじゃない。そりゃもう夜も遅くはなっているけど人の多い住宅街だ。人通りだってゼロじゃないし、生活音だって多少は聞こえるはずだ。
なのに静かなのだ。何の音もしない。
聞こえるのは自分の足音と、ビニールが擦れる手に持ったコンビニ袋の音だけ。
静寂が辺りを包んでいる。
その夜は、まるで生き物の気配がなく、まるで誰もいない劇場の舞台に一人立つようで。
街灯と言うスポットライトがあることで世界はますます作り物めいていて、まるで影絵のようで。
何故かは解らないのだが、俺には、その静寂の方向性が見えて、その中心が解る気がした。
ふらふらと、何かに呼び寄せられるようにそちらへ向かって歩いていく。
自分でも何でそんなことをしているのかは解らない。だが、まるで誘蛾灯に引き寄せられる虫のように。その方向の中心にある、「力」に引き寄せられるように歩いていた。
そこは、公園だった。
菊城高校からほど近い、菊城第二緑地公園。広場のほかにも管理された森にトイレまでが完備してあるこの辺りでも特に大きい公園だ。
普段だったら虫の声に、こんな時間にもかかわらずベンチでいちゃいちゃするカップルに、帰る場所の無さそうな中学生に、何の目的で来ているのかからない中年男性など。
深夜でも多少の人がいて話声が聞こえてくるこの公園は、本当に不思議なほど誰もいなくて閑寂な、でもどこか張りつめた空気をしていた。
そんな人っ子一人いない公園をふらふらと覚束ない足取りで歩く。
だんだんと中心に近づくのを感じると同時に、何やら多くの物が動く気配と、まるで花火が燃える時のようなシュバシュバと言う音とが聴こえる。
それは、あまりにも非現実的な光景だった。
公園の中心の広場。足音も立てずに動き回る不気味な、立体的で人のような形をした大量の黒い影。
そしてその大量の影に次から次へと襲われている異様な格好をした一人の女性。
だがその女性は臆した様子も見せず、影の攻撃をひらりと避けると右手を赤く、まるで炎を纏ったように輝かせて殴りつける。
そして殴られた影はまるで霧が晴れるように空気の中へと溶けて行く。
その動きはまるで時代劇の殺陣のように洗練されていて、そしてもっと素早く、美しかった。
美しいのだが、一つ問題があるとすればその服装だ。ヒラヒラとしたフリルのついた赤白黄色の極彩色の、まるで少女漫画の中に出てくるお姫様が来ているようなドレス。
そしてそのドレスを小さい子供が着ていればまだ可愛らしいかもしれないが、着ているのがもう大人に近いいい年の女性。というか具体的に言えば一七歳。高校二年生の女子高生であるということ。
流石に高校でこのふりふりドレスはキツイ物がある。というかいやに年齢などが具体的なのは着ている人物が知人だからなのだが。
そう。残念ながら知人なのだ。
つまり彼女は、今日昼間に話した我が菊城高校「学年のマドンナ」の異名を持つ麗人。遠藤火凛その人だった。
さらに言えば俺はこの格好を知っている。そう。これは……。
「マジカルカリン……」
そう。ゲーム(めきメモ2)の中で数回目撃した魔法少女遠藤としての服装。マジカルカリンコスチュームそのものである。
二次元の絵で見た時でもインパクト合ったその服装だが、いかに完璧な程に整った美貌を持つ遠藤でも、高校二年と言う年になってこの魔法少女の格好をしているのを見ると違和感があって。
と言うか出来の悪いコスプレのようで、あまりにも現実感が無さ過ぎて口があんぐりと開いてしまって閉じることができない。
そんな俺の驚愕を傍目に俺に気付いた様子もないマジカルカリンは達人ともいえる動きと炎のように輝く拳で影を次々と撃退していき、結局無傷のまま最後の一体をも消し去った。
「ハァー、これで終い……と。あとはゲートを潰せば一段落だけど。んもー最近のこれはいったいなんなのよ。協会の方には連絡してるけど暖簾に腕押しだし。でもこのままじゃ寝不足になりそう」
そんなひとりごとを言いながらんーっ!っと声を小さく出して軽くストレッチをするように背伸びをする遠藤。
うん。間違いなく遠藤だ。服装はとんでもなくファンシーと言うか無茶苦茶だけどやっぱりあの口調にあの声。すべで遠藤火凛そのものだ。
ガサリと。
驚愕のあまり固まっていた身体からアイスと漫画雑誌が入ったコンビニ袋が落ちる。あ、やば。
「あ」
思わず声が漏れる。
その声に反応するように伸びをしていた遠藤、いやマジカルカリンがこっちをみて。
「ん……? え、嘘」
そう言ってその体制のまま固まった。
二人とも驚愕のあまり吃驚の表情をしたまま。
……絡み合う視線と視線。
ああ、きっと俺と遠藤は同じ表情をしていることだろう。
つまり何が言いたいかって言うと。
鳩が豆鉄砲を食ったような表情と言うのはきっとこんな表情なんだろうなと。
何故かそんなどうでも良いことを考えていた。