17.帰り道
今回は短め
帰り道。
「ねぇ山田。純粋にパフェとして考えたらかなり美味しいパフェだったよね」
「だな。ちょっと量は多すぎた感もあるけど」
そう言いながら胸元をさする。
まあまあ美味しかったけど、量があったのとクリームの油がちょっと重たかった。
ただコーヒーがあったおかげて最後まで美味しく食べることはできたのだが。今になって胃がもたれて来た気がする。
今はパティスリーカワゴエからの帰り道。時間は夕方になっているだろうか。
赤い夕日が人通りの多い無機質な大通りに注いで、家路を急ぐ人たちの背中に長い影を生やしている。
夕日を直視すれば眩しく感じるものの、角度が付いた夕日に街は段々と暗闇に沈みつつあって、そんななかで街灯がポツポツと灯りを付け始める。
そんな夕暮れの街の大通りを遠藤と樋渡と一緒に歩く。
そうして樋渡とパフェの感想を話しながら歩いていたのだが、ふと樋渡と逆の方を見ると、遠藤も満足そうな表情で歩いている。
「そう言えば遠藤は優雅にちょうどいい量を食べてたよな。あのレアチーズタルトどうだった?」
「中々美味しかったわよ。少し解り易すぎる味ではあったけど悪くない味ね。ただ紅茶の方がちょっとね」
「ちょっと、どうだったの? 美味しかったじゃん」
そう言いながら不思議そうな顔をして遠藤に尋ねる樋渡。あ、そう言えば樋渡も紅茶頼んでたな。俺はコーヒーだったが。
「うん。まあ悪くはないんだけどね。あの値段取るんだったらもうちょっと気を使うべきね。葉は悪くないと思うんだけど、淹れ方が無神経というか」
「へーそうなんだ。俺はコーヒーしか飲んでないから解らないし、紅茶の味とか解らないんだけど。葉っぱだけじゃなくて淹れ方でもそんなに味変わるんだ」
「当たり前じゃない! どれだけ良い葉を使ったって淹れ方が適当だと美味しくなることなんて絶対ないのよ? そんなの常識じゃない!」
「そういうものなんだ。うーん……」
前世では育ちが悪かったこととコーヒーの方が好きだったせいで、紅茶なんて喫茶店で飲むか、家で飲むにしてもティーバッグしか使ったことがなかったが。
考えてみれば母さんは紅茶を淹れるのが好きでよく淹れているのだが。その味は確かにティーバッグとは比べ物にならないほど美味しい気がする。
あの節約好きの母さんが高い紅茶の葉っぱを買うということもあまり考えられないから、あれは淹れ方が上手いのか。
「そうか、紅茶かぁ」
「ん、何? 山田くんは紅茶に興味があるの?」
「別にそういう訳でもないんだけど。ただ淹れ方によって味が大きく変わるって言うのは面白いよなぁって思って」
「へぇ。そうなんだ」
そう言うと遠藤は少し俺の前に回り込んで意味ありげに微笑んで俺の顔を見上げた。
う、美人に下から見上げられるというのは中々に破壊力がある。
「な、なんだよ」
「うん、顔はまあギリギリ合格かな。気になることもあるし、悪くないかも」
「なにがさ」
「別に。山田くんがどうしても私に紅茶を淹れる役がしたいって言うなら、まあ必死に練習してそれなりの味になったら給仕として雇ってあげてもいいわよ」
「なっ、なんでさ。それに雇うっていくら払えるんだよ」
「お金取る気なの! 上手くなればこの私に紅茶を淹れさせてあげる権利をあげようというのに」
「何様だよ!」
「仕方ないわね。そこまで言うなら、まあ五十円くらいなら出してもいいわよ」
「えっ、それって時給?」
「そ。時給五十円」
「安すぎィ!」
「ふふふ、冗談よ」
そんな、他愛もない会話を遠藤と樋渡としながら歩く。
ここしばらく、いじめだとか小波の好感度の問題だとか色々と心を重くする出来事が多くあっただけに、それが今こんなふうに気楽に、普通の会話が出来ていることがとてつもないほどに幸せなことに感じる。
思えば、前世では恋人はいたことは何度もあったけれど。
近い年齢の友人と、こんな風に一緒に遊びに行ったり、他愛もない会話を楽しめることなんてなかった気がする。それは生い立ちも、人間関係も真っ当なもので無かったのだから仕方が無いことだと思うのだが。
きっとこれこそが一般的な日常。そしてそんな日常の幸せなのだ。
きっかけこそ女に殺害されるという最悪この上ないものだったのだが。
記憶の中の俺が知ることが決して知ることの出来なかった、日常の幸せを知ることが出来たのは本当に僥倖だし、幸せだと思っている。
紅く暮れる街並みを歩きながら隣ではわいわいと樋渡と遠藤が楽しそうに話してる。
願わくば小波が大人しく陽山とかとくっついて、俺たちはこんな幸せな日々をいつまでも過ごすことが出来ればと。
そう、強く思った。