16.甘い時間
───パティスリー・カワゴエ
それは今メディアでも大々的に取り上げられて人気パティシエのカワコエさんがオーナーの人気のスイーツ店である。
この街ではかなり人通りの多いおしゃれな通りに立つ、まあ何とも今風のその店に俺は今いる。
店内は仕事帰りなのかサボりなのか解らないような感じのOLや女子大生っぽい、まあ何ともお洒落な女性で占められているのだが。
そんな中、俺は唯一の学生服である。
以前であれば、この空気に飲まれてしまっていたところだろうが今ではそんなことはない。
俺の向かいには樋渡が、そしてその隣には遠藤がという感じで。
この店の他のどの女性よりも美人な二人と一緒にいるのだ。
同行者にこれだけのスペックがあれば、多少俺が場違いだろうとそんなことは些細な問題だろう。
そんなことを考えながら向かいを見ると、樋渡と遠藤が談笑していた。
「しかし遠藤。前は小波のことを随分気にしてたのに今日は何だか随分辛辣だったね」
「そ、そうかしら」
「そうだね。まあ今日の遠藤の方が私としては遠藤らしくて良いと思うけどね」
いつもの様に少し意地が悪そうに笑う樋渡。
「うん。自分でも不思議なんだけど何だか急に小波くんに興味がなくなって。さっき話しかけられた時は少し鬱陶しく感じたくらいだし」
そこまで言うと少し疲れたような表情でハァとひとつため息をついて頭を抑える遠藤。
「今日だって会話の内容は平凡極まりないものだったし話の持って行き方は独りよがりだし。どこにも魅力感じなかったわ」
まあ理由に関しては心当たりがあるのだが、ここはひとつ遠藤をからかってみるか。
「今日はってことは何? 前は遠藤は小波のこと好きだったの?」
「違うわよ! ただ、今日さっき話すまではなんていうか、少し気になってたっていうか、なんていうか。別に、その、意識してたとかそんなんじゃ全然ないんだからね!」
「そうかい」
はいはいツンデレツンデレ。
「でも冷静になったって訳でもないけど、前はなんであんな人のことちょっと気になっちゃってたんだろ。人生の汚点だわ……」
やっぱ意識してたんじゃねーか。
しかし人生の汚点とまで言うかね普通。小波はイケメンだし、最近はなんかゲスいしアホだけど根は悪い奴じゃないし。
そうだよな、多分。うん。そのはず。自信ないけど……。
「あのー、ご注文よろしいでしょうか?」
そんな風に会話をしていたら、いつの間にか隣にウェイトレスが立っていた。
うわぁ、話に花が咲いていたからメニュー良く見てない。
だが、俺はすでに注文する物が決まっているのだ。だから問題ない!
「俺は大丈夫だけど、あのさ。本当に樋渡もビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェ付き合ってくれるの? 他の物がよければ二人分だけど俺ひとりで食って樋渡は追加で別のもの頼んでもいいけど?」
「いや、そのやたらと名前の長いパフェは二人分なんでしょ? じゃあ私もそれで良いから」
「そうか、ありがと。それで遠藤はどうするの?」
「んー、私はこのレアチーズタルトで。飲み物はそうね。私は紅茶かな。そうね。キーマンで」
そう言いながらメニューを見て迷うこともなくすいすいと注文を決める遠藤。キーマンってなんや。鍵の男ってことかな。意味わからん。それとも紅茶の葉っぱの名前か。
しかし決定するの早いなコイツ。俺なんかいつも一人だと注文一つ決めるのもうじうじ迷っちゃうんだけど。
「美鶴は飲み物どうするの?」
「うーん、私は紅茶が良いけど、あんまり詳しくないから。ミルクティーがいいなぁ」
「だったらアッサムなんか良いわね」
アッサムってなんだ。アッザムなら知ってるが。灼熱のアッザムリーダー。
「それで山田くんは何にするの?」
「俺はコーヒーで。この一番安いブレンドってのでいいや」
「ふぅん。そうなんだ。じゃあ注文はそんな感じで」
「はい。それではご注文はビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェとレアチーズタルト。それからお飲み物は紅茶のキーマンとアッサム。そしてブレンドコーヒーでよろしいでしょうか?」
「オッケーです」
「かしこまりました」
そう言うとウェイトレスはお辞儀をして去っていく。
ふぅ、注文をするのも一苦労だ。カタカナばっかりで疲れるぜ。
しかし、一息ついて店内を見回してみたのだが。
本当に女ばっかりだな。しかもお洒落な大人の女性が多い。
そんななかに学生服の冴えない男子高生がいるのだから浮いている。と言うか違和感が凄い。
こんな時に俺のルックスが小波くらいよければもう少し馴染むんだろうけどな。などと少し自虐的な考えに走っています。
そんなことを考えながら視線を遠藤の方へと移すと、遠藤は頬杖を付きながらこっちをじっと見てる。
ん? なんだろ。
「どうしたのさ遠藤。なんか俺の顔についてる?」
「いや、そう言う訳じゃないのだけれど。なんか山田くんの目って不思議よね」
「目が?」
「うん。目がなんか少し。あなたの目を見てると何かが混ざってるような気がして、なんだか不思議な気持ちになるの。ねぇ、解剖して調べていい?」
「そんなのダメに決まってるだろ!」
「なに本気になってるのよ。冗談に決まってるじゃない。ねぇ、美鶴」
「そうだね。確かにあまり趣味のいい冗談だとは思わないけど。こんな冗談になにも怒ることもないと思うけど」
「いや、でも……」
遠藤ルートでなんか魔法で指を身体に突っ込んで検査したり手術っぽいことするところあるし。遠藤から聞くと冗談に聞こえないんだが。
「まあ遠藤みたいに目が不思議かどうかまでは解らないけど、確かに最近の山田は何だか少し不思議……と言うか変わったよね」
「へぇ、そうなんだ。変わったって、山田くんがねぇ。それっていつごろから?」
「んー……っと、私はここ数ヶ月くらいだと思うけど。なんか数ヶ月で山田本当に性格も、あと少し顔も変わったと思うのだけど。本当に何もないの?」
「何言ってるんだよ。何かって何だよ。何もあるわけないだろ何言ってんだか」
本当に樋渡は勘が鋭くて困る。そして今俺は誤魔化すために何回なにという言葉を発しただろうか。
そんなことを考えていると、遠藤が何か意味ありげにニヤニヤと微笑んでこちらを見ている。
「なっ、なんだよ遠藤。変な顔でこっち見て!」
「べーつにー。それに山田くんよりは変な顔じゃないと思うわよ」
「ぐっ!」
正論すぎて言い返せない。そりゃお前は綺麗な顔してるよ。
「お待たせしました。ビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェとレアチーズタルトです」
そんなこんなで談笑していたら、パフェとタルトが来た。
パフェは大げさな名前だけあってかなりでかい。
樋渡はかなり驚いた顔をしてる。
「それでビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェはカップルの方のメニューなのですが。こちらのお二人でよろしいですか?」
そう言いながら樋渡と遠藤の方に持っていくウェイトレス。いや、おかしいだろなんで女二人の方なんだよ!
「いえ、私とこちらの彼です」
「え、そうですか。えー…」
樋渡がそう答えると不満そうにしながら俺と樋渡の間にパフェを置く。
クソが。そりゃ樋渡と遠藤だったら美形同士で俺が混ざるよりよっぽど絵になるだろうけど、そんな露骨に不満そうにしなくてもいいじゃないか!
「それでは奥のお客様がレアチーズタルトでよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
遠藤のその答えを聞いて、遠藤の前にタルトの皿を置く。
さて、あとは飲み物の紅茶とコーヒーを……と思っていたのだが。
「あのー、お二人がビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェを注文されたと言うことは、お二人はカップルということでよろしいのですね?」
「あっ、それは……」
「はい。大丈夫です」
俺が答えに逡巡してたのだが、樋渡は別に何でもないことのようにあっさりと返事をする。
「解りました。ではこちらを。カワコエスペシャルラブラブフォーエバージュースでございます」
そう言いながら注文してない、謎のトロピカルな色をした、ストローの二本刺さってるジュースをパフェの隣に置いた。
って、なんだよそのセンスの欠片もない名前は!
「あのー、これは一体?」
「はい。これはビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェをご注文のカップル様にお出ししている、パティシエ特製ジュースでして」
「はぁ」
「このジュースを、二本のストローで同時に飲まれたカップルさんは、末永くうまくいくという伝説が、このお店にはあるんです!」
「いや伝説もなにも、お宅のお店最近オープンしたばっかりじゃないですか!」
「いいんです!」
いや、良くないだろ。何がいいんだか。サッカーの実況者かよ。
「ハァ、まあそれはともかく。そちらから出して来るってことは、サービスなんですよね?」
「ええ。サービスですけど八百円です」
「金取るのかよ!」
おかしいだろ。知らんうちに金取られるとか! あと高いし!
「アハハハハ! 面白いじゃない。それくらいの金額なら私が払うから良いわ。置いていって!」
「かしこまりました」
何がおかしいのか遠藤がそう言いながら喜んでいる。
「おい、何勝手なことしてるんだよ遠藤! やだよこんなの恥ずかしい!」
「いいじゃない。面白いわこれ! 美鶴もいい加減男っ気なかったから練習にやっときなさいよ!」
「えっ、でも流石にこれはちょっと恥ずかしいし。高いし……」
「別に大したことでもないでしょ。そんくらい」
そう言いながら既に一人だけレアチーズタルトを上品に食べ始める遠藤。
「ふふふ、その分のお金は払うんだから。大人しく私のタルトのアテになりなさい」
なんと! コイツ俺たちの行動をおかずにタルト食べるつもりだ! 恐ろしい奴!
「なんでさ! おかしいだろ!」
「どこもおかしくないわよ。美鶴みたいな美人とこんなキャッキャウフフなことできる機会なかなかないわよ。それとも何? ひょっとしてその程度のことでビビっちゃってるの山田くん?」
「クソが! 別にこれくらい何でもないぞコラ! やってやろうじゃねえか! なあ樋渡!」
「えっ! ええっ? えー、っと、その。まあ、うん。まあ、そうだね。いいよ、その、不退転の覚悟ってやつだな」
何か大げさなことを言いながら微妙な表情ながらもそう頷いてくれる樋渡。ここで拒否されたら微妙に傷ついていたかもしれない。
しかし遠藤の奴舐めやがって。
俺はお前らとは違って一応異性のパートナーがいた事はあるんだからな。まあ、前の記憶ではだけど。
それに、まあチンピラだったからそれなりに女性経験だって豊富だった訳だし。前の人生でだけど。
当然こんなレベルじゃないスキンシップを重ねてきた経験も、まあ俺ではない俺でならある訳で。
だからこの程度のことなんか何でもないんだぜ! そう。多分……。
「じゃ、じゃあやってみようか。山田」
「あ、ああ」
そう言いながら、そのカワコエスペシャルラブラブフォーエバージュースというおぞましいまでにセンスの無い名前のジュースに刺さったストローの片方に口をつける。
向かいを見ると樋渡が微妙に頬を赤く染めて、もう片方のストローに口を近づける。
店を見れば、お洒落なOLや女子大生が溢れている中で。
学生服の冴えない男と、不釣合なほどの美少女がいて。二人の間に置かれた二本のストローの刺さったジュース。そしてそれを見物するもうひとりの美少女。
ある種異様な光景である。
前を見れば樋渡の顔がすぐそこにあって。
頭がぶつかりそうな程に近い距離で見る樋渡の顔はとても綺麗で、その整った顔も、下を向いているせいで少し伏せられた長いまつげも、いつもの男前な空気と違って、女性らしい少し恥ずかしげな表情も。
余りに魅力的で頭がクラクラする。その魅力に耐えられなくて思わず視線をそらすと遠藤がニヤニヤしながらこっちを見ていて微妙にムカつく。
「うん、覚悟は決まった。じゃ、じゃあ行くぞ山田!」
「お、おうよ!」
そう言って二人で同時に飲み始めた。
こ、これは!
中々に強烈だ。ジュースの味なんて全く頭に入ってこない!
顔を赤くして、口を窄めてストローを咥えいている樋渡の顔が目と鼻の先にあることがこれほど破壊力があるとは思わなかった。
前の人生で何人かの女性と付き合ったことはあったとは言え、樋渡ほどの美人と関係を持ったことは無かったし。
そんな樋渡が目の前で伏し目がちに恥ずかしそうにストローを咥えている姿は、何だか色っぽいと言うか。
イケナイものを想像させるというか。
そんなことを考えていると、席の隣から何やらパシャリと言う音が聞こえた。
慌ててストローから口を離して音がした方を見ると、そこにはポラロイドカメラを構えてシャッターを切っている先ほどのウェイトレスの姿があった。
って、まさか写真を撮られたのか! 流石にそれは駄目だろ!
「おいコラ姉ちゃんよぉ! いきなり許可も得ないで写真撮るとはどういうことだよ! ここの店は客に嫌がらせをするように教育されてんのかアぁン?」
思わずチンピラの口調になってウェイトレスの方へと立ち寄る。
「ちょ、ちょっと、山田! ガラ悪いから! てかそんなキャラじゃないだろ!」
「だがな樋渡! 流石にこれは許せんぞ俺は。オイどう言うことなんだよ説明してもらおうじゃねぇかおいコラタココラ!」
「いっ、いや、これには深い理由があるんです!」
「理由? おう言ってみろや!」
「このジュースを飲んだカップルを写真にとって、そしてお店に飾るとそのカップルは末永く幸せになれるっていう言い伝えがありまして……」
「なっ、飾るとか! 困るから! それにさっきも言ったけどこの店は言い伝えができるほど古い店じゃないだろ!」
「でもこれは決まっていることですし……」
「その決まりを銘記しとけって言ってるんだよ! なぁ、樋渡も流石にこれは困るだろ?」
「えっ、う、うん。流石に飾られるのはちょっと……」
と、そんな俺たちの言い争いを聞いていた遠藤が急に立ち上がった。
「ねぇ美鶴? 美鶴はこの写真を飾られるのは嫌なのね?」
「あっ、ああ。流石にそれは恥ずかしすぎる」
「そうなの。解った。じゃあ私に任せといて。ねぇウェイトレスさん。ちょっと良いかしら?」
「え、ええ。ハイ」
「じゃあちょっと個人的に話したいので、そうね、少し裏の方へ来てくださいます?」
「わ、解りました」
そう言うと遠藤はウェイトレスを連れ立って何処かへ行ってしまう。
「ま、まあ遠藤に任せとけば大丈夫かな。ねぇ山田?」
「そうだな。アイツは信頼できるやつだし。しかし樋渡、なんかゴメンな?」
「え? 何が?」
「そのさ、こんな凄いことしてくる店だとは思わなかったから。樋渡には迷惑かけちゃったから」
「まあ確かに驚いたけど別に嫌だったってわけでも無いから。これくらいのことは全然気にしないでいいよ」
「そうか。でもその、なんか晒し者みたいになっちゃったし。その、本当にごめん」
「あ、アハハ。そりゃ恥ずかしかったけど、そもそも本当はお詫びのつもりだったんだし。この程度のことだったら全然平気だから」
「いや。でもさ」
「大丈夫だって。山田は気にしないで」
「……うん。そう言ってもらえると助かる」
そんなことを話していると、遠藤がニヤニヤしながらポケットに何かをしまいながら戻ってきた。
「お待たせ二人とも。写真は飾られることはないし。ちゃんと処分しとくってさ」
「そうか。助かった。で、どう処分しとくのさ」
「それはもう、ポラロイドで一枚しか写真が無いからちゃんと目の前でハサミで切って処分してもらったわよ」
「そうか。それならいいのだが。それより遠藤。なんか今ポケットに写真みたいなものをしまいながらこっちに戻ってこなかったか?」
「うふふふ。気のせいじゃない?」
いや、気のせいじゃなくて。明らかにポラロイドカメラの写真のような物をポケットにしまうような仕草をしていた気が。
店に飾られるよりはいいけど。でもなぁ……。
「出来れば返して欲しいんだけど……」
「ふふふ。だから何のことかしら山田くん。それとも、私のスカートのポケットに手を突っ込んで探してみる?」
「ぐっ……」
ぐぬぬ。流石にそんなことはできない。
「ハァ、もういいから」
「そう? それじゃあパフェとタルト食べましょう」
そう言いながら何事もなかったかのように席についてタルトを食べ始める遠藤。
もう、やれやれだ。
自分で言い出しておいて何だけど、こんな変な店だとは思わなかった。
こんなことなら別の店にしておけばよかった。
そう思いながら三人で談笑をしながらパフェを食べる。
そう言えば。
肝心のパフェの味はと言うと。
今までに食べたことがない程に、甘く感じた気がした。




