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14.文字化け

「パティスリーカワゴエのビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェって、そんなのでいいのか?」


 不審そうな顔で俺の方を見る樋渡。


「そんなんでいいって言うけどな! お前パティスリーカワゴエのビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェは結構ハードル高いんだぞ!」

「なんでさ。たかがビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフぎゅっ!」


 あっ、樋渡が舌噛んだ。

 少し恨めしそうな表情でこちらを睨む樋渡。ふふふ、いい顔だぜ。


「……で、山田は何でそのパフェを食べることがなんでそんなにハードル高いの?」

「ああ、まずそのパティスリーカワゴエ。美味しい話題のお店らしいんだが。まず高い。トンでもなく高い、しかもビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェは二人からでしか注文できない。これがまずハードル高い」

「そ、そうなんだ……」

「まあ金は割り勘でいいから。でも、その二人からでしか注文できないってので更に規約があって。女性同士か男女のカップルでしか注文できないらしい。つまり、お前は俺とカップルのフリをしながら注文しなくてはならないのだー!」

「カップル? ま、まあそのくらいは良いけど」

「え、良いの?」


 もうちょっとこう、俺とカップルに見られるのが嫌だなー。「一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし」的な葛藤があるかと思ったのだが。


「勿論構わない。別に山田とそういうふうに見られることに何の問題もないし、山田が許してくれるって言うのが無くてもその程度なら喜んで付き合うんだけど」

「え、そうなの?」


 そんな風に思い切って言われると、それはそれでちょっと照れる。


「うん。だから山田には今回大きな迷惑を掛けちゃってる訳だし、もっと凄いことだって……」

「だ、だがな、実はもうひとつ、一人では行きづらい理由があるのだ!」

「ハァ、まだあるんだ」

「そうなの。実はこれが一番男だけで行くにはハードルが高い理由なのだが。実はそこのパティスリーカワゴエはパティシエ・カワコエって人がオーナーの店なんだけど」

「まあ名前から言ってそりゃそうだろうさ。って、カワゴエじゃなくてカワコエなの?」

「うん。らしいよ。で、実はこのカワコエさん。茶髪で無駄に笑顔が爽やかなイケメン風のパティシエっぽい人なんだけど。実はその人、最近ではイケメン風パティシエ風タレントとして、テレビとかで人気なんだよ!」

「へー」


 心底どうでも良さそうに返事する樋渡。

 この反応はコイツ、あの有名なパティシエ・カワコエを知らんのか。


「しかも、そのパティシエはなんか無駄にサービス精神が旺盛らしくて。手が空いてるとお客さんの席を廻って挨拶をしていくんだそうな」

「ふーん。随分暇なんだね」

「それは知らないけど。でさ、その関係でお店は行列のできる人気店になったらしいんだけど。その殆どがそのイケメン風パティシエ目当ての女性客ばっかりなんだって」

「へぇ。でも別に良いんじゃない。それくらい?」

「いや、良くないだろ! そんなんお前。ほら。あれだよ。あれあれ……」

「あれって何さ」

「いや、なんて言うか。その、イケメン風のタレントがやってる店に女性客がいっぱい行くんだから。そりゃあもう、扱いとしてはイケメンアイドルのコンサートみたいなもので」

「そんなものか?」

「そんなものなの! で、そんなところに男一人で行くなんて、あのさ、そのさ……」

「その?」

「……はっずかしいじゃないかああ!」


 そう。恥ずかしい。


 いや、だってただのケーキショップやら喫茶店ならまだ恥ずかしくない。

 でも、あんな男性アイドル握手会と化してる店に男一人でいってパフェを食うなんて。

 そんなんする男は罰ゲームでやってるか、あるいはホモかのどっちかだ。

 だが、それでもおれはあのパティスリーカワゴエのビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェが気になるんだからしょうがない!

 と……。


「ぷっ、くくくくく。そっ、そんなことが恥ずかしいんだ山田は!」


 何故かおかしそうに腹を抱えて笑いを咬み殺している樋渡。


「何がおかしいんだよ!」

「いや、だって。私を庇ってあんなに大胆なことをしてくれる度胸があるのに、そんなくだらないことが恥ずかしいって。そのアンバランスさが何だか山田っぽくて」


 そう言いながら心底おかしそうな表情で笑いを我慢していたあと。何か吹っ切ったような表情でこちらを向く樋渡。


「くくくくっ、じゃあ解った。山田がそれで良いって言うなら私が付き合うから。今日の放課後で良い?」


 目に僅かに浮かんだ涙を指で拭いながらそんなことを言う樋渡。

 くそっ、泣くほど笑うこともないだろうに。失礼なやつだ。


「ああ。それでいい。楽しみだわ」

「それはなにより。あっ」



 樋渡が声を上げて俺の後ろの方を見る。

 と、そこには閻魔帳を持って立ってるスーツ姿の笑顔の里見先生がいた。


「あっ、にじゅうきゅっ……じゃなくて里見先生。どうも」

「ふ、ふふふふ。こんな状況になってまでそんなことを。逆にいっそ感心するわ。それで山田くんは今、何を言おうとしてたのかな?」


 笑顔のままだがこめかみに青筋を立てて震えながらそう言ってくる里見先生。

 またこめかみだよ皮膚薄いのかな本当に。


「いや、特になにも。今日も先生はお綺麗ですねってだけですよ!」

「……ハァ。またそんな適当なことを。もう良いわ。教室に入りなさい。今回のことについてみんなと話し合いをするから」

「話し合い……ですか?」

「ええ、詳しい話は遠藤さんと樋渡さんからさっき聞いたのだけど」

「はぁ……」

「担任として三日間もこんなひどい状況になってたっていうのを知らなかったのは正直、本当に山田くんに申し訳ないし。我ながら情けないのだけど……」

「俺が言わなかったのが仕方ないですし、言われずに気づかれるほどのいじめでもないですから。先生は気にしないでいいですから」

「そう言ってくれると救われる思いだわ。でも、とにかく今の山田くんの冤罪を晴らして、嫌がらせをした人たちについても今日の話し合いで何とかするつもりだから!」

「そう、ですか……」


 なんとかできる問題なのだろうか。それは。


 まあ、何とも言えないな。

 何しろゲームではこんなイベントは無かった。

 これで俺へのいじめが収まるにしろ収まらないにしろ、ゲームで無かった出来事でこれだけ重大なことが起こるのは初めてだ。

 どうなるかは解らないが。うまく乗り切れればいいが……。


「さぁ、兎に角ホームルームを始めるから。二人共、教室に入って!」

「あ、はい」


 そう言いながら教室に入る俺。そして樋渡と先生。

 先生が入ってるくると、それに気づいた立っていて好き勝手に談笑してた皆が各々自分の席に着席していく。

 そしてそれが一段落すると、里見先生は口を開く。


「今日は遅くなってごめんなさい。ホームルームを始めたいのだけど、今日はそこで大切な話があります」


 先生のそんな言葉を聞いて、微妙にざわつくクラス。


「はい静かに! 今日話したいのは今このクラスで起こってることについてです。まず全ての始まりは、三日前の朝に小波くんの机に酷いいたずらがされていたと聞いたのだけど間違いないかしら。小波くん?」



 唐突にそのようなことを言い出した先生にまた微妙にクラスはざわつき、話を振られた小波も少し慌てる。


「あっ、はい。間違いないです」

「間違いないのね。解りました。まずその悪戯もとても卑劣で許せないことだと思います。そして状況確認なのだけど」


 そこまで言うと先生はふぅと一つ息をつく。


「その悪戯を誰がやったのかと言う話になった時に、何故か些細な証拠にもならないような根拠で、まずは樋渡さんが疑われた。そしてそこでそれを庇うように山田くんが自分がやったと言った。それも良いわね、山田くん?」

「あっ、はい」

「そう。とりあえずこれで状況は確認できました。そして更に嘆かわしいことに、その後に山田くんに対して執拗に嫌がらせをしている人がいるということ。これも間違いないわね?」

「間違いありません」


 俺がそう即答するとクラスはまた大きくざわつき、そして何人かの奴らからお前チクったのかとでも言いたげな恨めしげな視線が向けられる。

 ばーか。チクられて困るようなことなら最初からするんじゃねーよ。


「そう。やっぱり間違いないのね。全く、なんてくだらないことを……」


 そう言いながら困ったようにこめかみを押さえる先生。


「とりあえずまず最初に一つ! 山田くんへの嫌がらせをしている人。もし今この中にいるのだったとしたらすぐにやめなさい! 何考えてるのよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください先生!」


 珍しく声を荒らげる里見先生の様子に驚いたように、バスケ部の斉藤君が声をあげる。


「何、斎藤君。今は大切の話の途中だから。なにか発言があれば挙手をしてから言ってください」

「そ、それじゃあはい!」

「……斉藤君。何か?」

「あ、はい。そりゃ嫌がらせはいけないことだと思いますけど。そもそも最初に悪いのは小波にあんな陰湿なことをした山田が悪いんだから。それを注意しないで山田への嫌がらせだけを諌めるのは公平じゃないと思います!」

「ハァ。どうしてそんな発想になるのよ。もし仮に山田くんがそれをしてたとして。山田くんの行いが気に入らないなら直接山田くんに言えば良いじゃない。なのに隠れてコソコソコソコソ嫌がらせをするとか。それこそ陰湿きわまり無いじゃない!」

「ぐっ……そう、ですけど」

「そして私が今回最も問題としたいことは。そもそも何で皆そんなに思い込みですぐに決め付けて行動しているのかということ! まず最初にクラス全体で樋渡さんを犯人と決めつけた流れに誰も疑問を持たなかったそうだけど。それこそ問題よ! 筆箱が入ってたって。そんなの誰だって入れれるものじゃない! むしろ仮に樋渡さんがやってたとしたら、自分でそんな不利になる証拠を残していくわけ無いでしょ!」


 先生の正論に誰も反論が出来ないらしく、静まり返っていくクラス。


「そして何より重要なのは、山田くんは小波くんへの嫌がらせをしていません! 友達としてそんな濡れ衣を着せられそうになっていて、思わず庇うために自分がやったと言ってしまっただけなのですから!」

「ちょ、ちょっと待ってください先生!」


 今度はバトミントン部の女子部員の河野さんが慌てたように手を挙げる。


「はい、何ですか河野さん」

「そんなの、嘘ですよね。そもそも山田くんがそこまで友達想いとも思えませんし。自分に被害が行くと解ってて樋渡さんを庇うなんて……そんなの信じられません! そもそもそれは山田くんが言ったことですか? だとしたら私には小波くんの机に嫌がらせを本当にしてて、罪を逃れようとそんな風に言ったとしか思えません。山田くんなんか信用できませんから!」


 うわっ、なんだコイツうぜーな。


「そう、信用できないって言うのね河野さんは」

「ハッキリ言ってそうです。山田くんみたいなのが、友達の為に身を挺して庇うって言うのより、本当は小波くんの机にいたずらしてて、今それを誤魔化すために嘘を言ってるってほうが納得できますから」

「へぇ。そうなんだ。そう思うのは勝手だけれど。で、そこまで言うからには河野さんには何らかの根拠があるのよね?」

「根拠、根拠は。その、ないですけれど。その、何となくです……」

「そう。なんとなくなんだ……」


 そう言うと先生は心底ガッカリしたようにうつむいて、一つため息をついて……。


「だから私は今回、そう言う何となくとかで人のやったことを決め付けてるのが問題だと言ってるんですっ!」


 教卓をバン! と強く叩きながら今まで聞いたこともない程に大きな声でそう言った。


「何となくだから、そうだと思うから! そんな下らない根拠で樋渡さんも山田くんも傷つけて侮辱して。もうちょっと頭を使って考えなさい! もう貴方たち高校生でしょ! なんでこんな簡単なことができないのよ!」

「うっ、ううぅ……」


 普段優しくて穏やかな里見先生のそんな激高ぶりに河野さんは怯んでしまっていて、クラスも静まり返る。


「ちなみに私は山田くんがやっていないって信じる根拠がハッキリあるります! まず最初の小波くんの机への悪戯! それがされたのは三日前の朝で間違いないわね! 小波くん!」

「あっ、はい。間違いないです」

「そして発見されたのは三日前の朝早く、日直で最初に鍵を持ってクラスにきた小林さんが発見。これも間違いないわね!」

「は、はい。間違いないですぅ!」


 慌てたようにそう言う小林さん。


「ということは、悪戯は前日、つまり四日前の放課後以降にされたって言うことになるわ。そして更に、今は少し前に学校に入った不審者のせいで、下校時刻後の見回りや警備がとても厳重になっていることを知っているわよね」


 何となくクラスでザワザワと相談しながらも、誰も特に疑問を言うことは無いようだ。


「つまりそんな警備の中、わざわざくだらない悪戯の為に忍び込むなんてことはリスクが高すぎだし、何より鍵の置いてある職員室には防犯カメラもあるからそんなことは不可能だって解るわよね。当然ビデオに不審な人物は写ってませんでした。そう考えると、つまり悪戯は放課後の時間、下校時刻までの間に行われたことになる。ここまでは、そうね。河野さんも納得できる?」

「あっ、はい。大丈夫です」

「そしてその間の山田くんの行動なのだけど。はっきりとした確認が取れてるの。一緒に行動していた人がいるの」

「そ、それは、誰なんです?」


 微妙に不安そうな表情で先生に尋ねる河野。


「それは私です」


 先生がそう即答すると、どういうことかとまたざわざわと騒がしくなる教室。

 そうなのだ。四日前の放課後といえば、俺のとある失言から先生に下校時間までみっちりと説教されていた。ちょうどその日なのだ。


「はい、静かに! 一緒に居たって言うの本当に偶然なんだけど。まず私が少し気になることがあって教室の方へ行ったのだけど。そしたらそこで山田くんが本を読んでいたの。ちなみに勿論。その段階では小波くんの机には特別変わった様子は無かったわよ!」


 そうだったな。確かにあの時は小波の机は綺麗なものだったし。先生も確かにそれを確認している筈だ。


「そしてちょうど急ぎでやらなくてはならない雑務があったから。暇なのでぜひ手伝わせてください! って言ってきた山田くんに下校時刻まで手伝ってもらったのよ」


 え?

 そんなことあったっけ。

 そもそも放課後まで一緒にいる理由になったのは、俺が二十九歳しょ……まあいいか。


「それで下校時刻まで手伝ってもらった後に、ふたりで閉まる直前の校門のところまで行って、そこからは二人バラバラに帰ったけれど。もう門も閉められてたし、再度入るには警備もいるし難しい状況だったわ」


 まあ、門が閉まる直前まで一緒にいたのは本当だな。


「小波君の机に悪戯がされたのは私たちが教室を出てから下校時刻までの間ってことになるわね。でもその間私たちは一緒にいたから山田君には不可能だったってこと。そしてさっき何となくで山田くんがやったと言い切っていた河野さん。あなたは私が言うこと以上にハッキリとした山田くんがやったと疑うだけの根拠があって?」

「う、な、無いです」

「つまりはそう言うことよ。本当は山田くんはやっていないけど。そもそも最初にあなたたちがこれほどまでに短絡的で樋渡さんを犯人だと決めつけようとしたことから、友達を庇って自分がやったって言った訳。何か反論はあるかしら?」


 特に何もないらしく。全く静かなものである。


「そりゃ山田くんが取った行動は浅はかだったと思うし、ベストな物ではなかったと思うわ。でも、友達の為に自分の身を挺してまで庇おうとするなんて、誰にでも出来ることじゃないし、私は尊敬する。でも、そんな山田くんが嫌がらせを受けてるだなんて……」


 そう言いながら怒りを堪えるような表情をする先生。


「もしこの中に山田くんへの嫌がらせをしている人がいたら! あなたは、陰湿な行動が気に入らないからっていう理由で、友達想いのクラスメートに、それ以上に陰湿なことをしていたんですよ! 恥を知りなさい!」


 うわー。声でかい。この人こんなに熱い人だったんだな。普段はできる大人の女性風ではあって、あまりこう言うことは言わないから少しびっくりした。


「もしこの中に山田くんへの嫌がらせをしている人がいたら。そしてそれを黙認したりしている人がいたら。恥って言葉を知っているんだったら、私のところまで言いに来なさい! 良いわね!」


 そう決然と言う先生。だが。

 こう言ったところで、実際俺に嫌がらせをしていた奴らが出てくるとも思えないが……。 

 まあ、先生としては強く出るにしてもそのへんが限界だよな。


 と……。


「あれ、でもそれだと誰が誠の机への嫌がらせを……やっぱり樋渡さん?」


 突然そんな風に、何でもない疑問を浮かべるかのように口にする陽山。コイツ、また余計なことを……っ!


「だからそう言う決めつけをいい加減にしなさいって言ってるの! 今本当に話を聞いていたの陽山さん!」

「ふぁ、ひゃいっ! でも誠の机に悪戯されたことも酷いことですし、それで疑問に思っちゃったからつい……」

「つい、で誰かを陥れるようなことを口にするのはやめなさい! それに樋渡さんがやるということも同じく不可能だから」

「え?」


 疑問の声をあげる陽山。って、え? そうなの?


「樋渡さんは四日前、弓道部の活動で北区の青羽根高校と練習試合をしていて。下校時刻直前までそこにいた事が何人もの人間から確認を取れています。北区からここまで、近い距離でもないしどう考えても無理でしょ。解った、陽山さん?」

「は、はい……」


 そうだったのか。知らなかった。

 そう言えば三日前の朝、樋渡が何か嬉しいことがあったとか言ってたな。あれはそうか。練習試合でいい結果でも出たのだろう。聞いておけば良かった。


 しかし、となると。

 こんなに簡単に樋渡の無実が証明されるのだとしたら、俺が無理して庇ったりする必要って無かったんじゃ……。

 何やってたんだ俺。


「勿論小波くんの机にされた悪戯だって酷いことですし。許される物ではありません。それについて何か知ってる人。それから自分がやったという人がいたらすぐに口に出さないで。まず私のところへ来てください。良いわね!」


 ざわついている教室。だが特に先生への疑問の言葉などは無さそうだ。


「なにも無いようだったら今日は以上。それでは皆さん。また」


 それだけ言って、まだ怒りが収まらないのか足早に教室を出て行く里見先生。

 いやー、驚いたな。あそこまでハッキリ物を言う人だとは知らなかった。


 クラスの連中もチラチラとこちらを伺ってはいるものの、ザワザワと騒がしく周りのやつらと今のことについて話しているらしく、帰る様子はない。

 と……。


「いやー、驚いたね山田。里見先生ってちょっとイメージと違う人だったんだね」


 そんな風に、ややご機嫌な感じで俺に話しかけてくる樋渡がいた。


「ああ。そうだな。あんなにハッキリ喋る人だとは思わなかった。普段と違ったよね。あ、そう言えば。樋渡……」

「ん、なに?」

「その、さ。俺がお前を庇ったってのはその通りなんだけど。でも、それでお前を随分悩ませちゃったそうだし、お前の無実を証明するのは簡単に出来たみたいだし。俺、なんか却ってお前に迷惑をかけたような気が……」

「そんなことない! そんなことないから! そりゃ山田が自分がやったって聞いた時は随分悩んだけどさ。私を庇ってくれたってことはやっぱり嬉しいから……」

「そっか」


 我ながら酷い方法を選んでしまったとは思うし。馬鹿だったとも思うが。

 樋渡がそう思ってくれてるなら良いかな。

 そうして二人で今日これからの予定なんかを話し合いながら談笑してたのだが。



「なぁ、山田……」



 後ろから声をかけられる。

 振り向くと、そこには陽山さんと。小波の姿があった。



「……小波か」


 小波も陽山も申し訳なさそうな表情をしている。

 こいつには三日前に酷く罵られてその後無視され続けた訳だし。陽山さんも原因を作った張本人なのだが。

 そもそもは俺がやったと自分で言ったことが原因とは言え、その流れを作ったこいつらに対しては。どうしても怒りの感情が先に来てしまう。

 だが、そんな俺のそんな様子に気づいたふうでもなく、小波は訥々と話し始めた。



「山田、その。俺さ、お前が樋渡を庇ってたなんて思いもよらなかったし、その、なんて言ったら良いか解らないんだけど……」

「ああ」

「その、さ。そもそも樋渡がやったんじゃって言い始めたのも陽山なんだけど。コイツも反省してるからさ、許して、さ。その、前までみたいにまた仲良くやっていかないか?」

「ん?」


 なんだこの流れ。


「その、悪かったよ俺も。浅はかだった! あと樋渡にも悪かったって! だから今までみたいに付き合いを続けさせて欲しいんだ。な! あ、おい、お前も謝れって」


 そう言いながら陽山の頭を押さえる小波。


「う、うん。その、美鶴ちゃんも、山田くんも。ごめんね」


 そう言いながら謝罪する小波と陽山。

 どうしたものかなっという感じで樋渡に視線を向けたのだが。


「……私が許すかどうか決めることじゃない。私はむしろ、小波と同じく山田に謝らくてはならない立場だから。これは山田が決めるべき」


 そう言いながら俺を見つめる樋渡。

 俺が決めるべきって言われてもなぁ……。


 小波も陽山も許して、今まで通りにやる。と言うのが大人の考え方なのだろうが。

 だが、俺はそこまで人間が出来ていない。


 だって、コイツらには一生解ることはないのだろう。理不尽に自分に対する嫌がらせをされる気分というものが。

 教科書が破られてたり、体操服が破られてた時の気持ちなんか。

 母親が作ってくれた弁当を食べることもなく、捨てなくてはならない気分なんて。きっと一生解らないのだろう。


 勿論俺が犯人だなんてことを言ったからこうなったというのは理解している。だが、心は許したくないと言っている。


 今回のこのいざこざを作り出した張本人の迷惑この上ない小波と。

 そしてそもそも犯人でありながら、嫌がらせをでっち上げて樋渡を陥れようとした陽山を。

 そう。犯人は陽山あかり。俺の知るめきメモ2の世界ではそうだった。

 今回もそうであると断言できるわけではないが、彼女の発言をたどればほぼ間違いないだろう。

 そんなこの二人を心底許したくはないと思う。




 だが。


「ああ。まあ今回のことは俺が自分がやったって言ったのが原因だから。今回はなかったことにする」


 なんとか俺はそう口にすることが出来た。


「ほ、本当か!」


 驚いたようにそう言う小波。


「うん。まあ仕方ないさ」


 そう。本当に仕方ない。

 嘆いたところで、この世界は小波を中心に回っているのには変わりなく。

 俺が目を離した隙にヤンデレルートに入られると、こちらとしては手の打ちようもなくなるのだから。

 ならば、やはり周りの皆のためにも、そして何より俺自身の為にも。

 俺は今後とも小波とかりそめの友人関係を続けて、そして監視して行かなくてはならないのだ。



「ああっ、やっぱりお前は良い奴だよ山田! 俺の周りで男の友達って呼べるのはお前くらいだよ!」

「そうかい」


 全く、調子ばっかり良い奴だ。

 喜ぶ小波に、俺も調子を合わせて適当に相槌をうつ。


 だが、俺は忘れることは無い。この三日間に受けた理不尽な仕打ちを。

 俺にくだらないいじめを仕掛けてきたやつを許すことは一生ないだろうし。

 そして、今後何があっても。小波のことを心から信用することもないだろうと。


 全ては、かりそめの関係で。

 こいつはもはや。二度と俺の本当の友人になることはない。



「ありがとう小波! じゃ、じゃあさ。俺たちちょっとこれから行くとこあるから。また明日な!」

「おう」


 そう言って立ち去って行く小波と陽山。

 それを見送ってから、不安そうな顔で樋渡が俺に近づく。


「本当に良いのか山田。私はどっちかと言うと加害者の側だし、山田に謝らなくては行けない側で、どうこう言える立場ではないんだけど。でも……!」

「まぁ。俺が犯人だなんて馬鹿なこと言うからこうなったわけで」

「そう……かな? でも私はやっぱり私自身も、そしてあの二人もちょっと簡単には許せそうにないんだけど」

「今回みたいな状況じゃ、仕方ないことさ」

「まぁ山田がそう言うなら……」

「あとお前自身のことは本当にもう何とも思ってないから、気にするなよ!」 

「あっ、う、うん。ありがとう」


 ふぅ、全く樋渡は義理堅いというか何と言うか。

 しかし。とりあえず今回の騒ぎはひと段落したと見て良いだろう。

 全く、面倒この上ない話だったな。





 しかし、今回のこの事件はゲームには無い初めての大きな出来事だった。

 ゲームのイベントに無い出来事が起こることは今までもあったが。それは所詮はサブキャラである俺の日常の出来事で。

 ゲームで描かれないであろうことばっかりだったのであまり深くは気にしていなかったのだが。

 今回のできごとは違う。学校で、小波を中心とした出来事でありながら、あまりにもゲームとかけ離れた出来事が起きてしまった。

 この世界がどう言う成り立ちで出来上がっていて、どう動いていくのかは知る由も無いが。

 今回のゲームのイベントには無かった事件。それが今後の出来事にどう関わって行くかはまだわからないが。

 注意するべきことが増えたのは間違いないだろう。



 あ、そう言えばこの三日間。あまりにも自分の状況に必死過ぎて、各ヒロインの小波への好感度を調べるのを忘れていた。

 これは精神力を使うけどこまめにやらないと危ないのだ。忘れてた忘れてた。

 不確定要素を減らすためにも、今すぐにちょっと調べてみよう。

 そう思いながら前回調査したヒロイン達の好感度一覧表のメモを開く。


 えー……っと、前回の好感度は。


 陽山あかり 90/100

 多仲柚江  77/100

 土方のどか  63/100

 林原エリカ 69/100

 遠藤火凛  42/100


 か。やはり多仲ちゃんの好感度が危ないな。

 それでは今回も少し調べてみよう。


 まず陽山あかりは……え?


 頭に陽山あかりという文字と共に、92/100という数値が浮かぶ。


 って、なんで!

 今回の流れで何故好感度があがる!

 あれか、小波が謝る時に一緒にいてくれたとか、そんなことか!

 どんだけチョロいんだよ。面倒くさい。クソが。

 ま、まぁ。陽山はもう手遅れだから良いだろう。



 次は危ない多仲ちゃん。


 多仲柚江……77/100か。

 うん。変わってないな。良かった良かった。



 次は土方先輩。


 土方のどか……65/100って。


 おい、微妙に上がってるんだけどこれ。

 どういうことだよ! 何であいつちょっと目を離した隙に好感度上げてるんだよ!

 ありえねー! もうやだ。

 くそう。だが、まだ大丈夫。ギリギリ安全圏だな。


 そして次は林原先輩。


 ……は?

 いや、林原エリカ……75/100って。

 なんで6も上がってるのさ! おいアイツ俺が目を離してる隙に何やりやがった!

 6も上がるとか相当でかいイベント起こさないと無いことだぞ!

 クソが! こっちがいじめられて悩みに悩んで、周りを見る予定もない間に一体アイツどんだけ周りの女とイチャイチャしてるんだよ!

 信じられない!


 一瞬、やっぱりお前なんか友達じゃないと言い直してこようかと思うが。

 これは今後のためにもますますアイツに余計なことをしないようにと助言をしていく必要があるのだろう。つまり友人関係を続ける必要があると。

 ハァ……頭痛い。



 まぁ、いいや。最後に今回世話になった遠藤火凛の好感度を見てみよう。

 と、そう思っていたのだが。



 え、なにこれ。

 それが、頭の中に浮かんで来た瞬間に。一瞬頭が真っ白になって、酷い頭痛がした気がした。

 頭の中に浮かんだ物は奇妙なことになっていた。







 遠゛ケ??凛‡a…4ュ/1Y0! !





 え。

 何これ。

 文字化け……?








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