表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/40

13.マジカルカリン

 いや、なんだよ魔法少女って。やっぱりおかしいだろ。

 どう考えても現実世界でヒロインが一人だけ魔法少女だなんて無理がある話なのだが。だが……。

 しかし「めきメモ2」はそう言うゲームになっているのだからしょうがない。


 他のルートでは血を見る展開になったとしても、せいぜい監禁されて謎の注射打たれるとか、鉈で頭割られるとか、包丁で首切られてカバンに入れられるとかその程度なのに。

 この遠藤が関係する話になると突然文体が、謎の造語とルビの振られた謎漢字の、独特すぎる体言止め連発の文章に代わってしまい。

 そのうえこれまでの現実路線がぶっ飛んで、いきなり魑魅魍魎が跋扈する魔法少女の熱血バトルファンタジーゲームになるのだ。

 それはこの遠藤が関係するルートがライターが違うかららしいのだが、それにしても今までのことはなんだったんだと言いたくなるこの超展開に初プレイの時は度肝を抜かれたのを覚えている。


 ちなみにヒロインとしての遠藤火凛は非常に人気のあるキャラだったのだが、ルートとしての遠藤ルートは賛否両論があった。

 しかしそれも当然だろう。それまで育成型の、一応現実的な恋愛シミュレーションゲームをやっていたと思ったら。

 遠藤ルート確定した途端にいつのまにか、街で起こる謎の事件を追いながら、謎の敵と魔法で戦いながら世界の秘密を探る魔法バトルファンタジーになっているんだもの。

 驚かない方がどうかしている。


 なおゲームでは話の出来が良かったこともあり遠藤ルートが最も好きという人もいたのだが、やはり世界観がぶち壊しになっているということで嫌だというプレイヤーも多くいた。

 ちなみに俺はというと、実は遠藤ルート自体はかなり好きだったりする。


 だがあくまでそれはゲームとして楽しいからだけで。

 現実にあんなことが日常になると考えるとそれは冗談じゃない。死んでも御免だ。


 と、そんなことを考えているあいだにも遠藤は俺の口に指を入れたまま、今度は何か聞いたことのない言語で呪文のようなものを唱え続けている。

 これは、ドイツ語だろうか。

 そう言えば設定では本気の時にはちゃんと魔法少女のマジカルカリンに変身して戦うのだが。

 そうでなくても僅かに戦闘力が落ちる意外問題がないらしく、服装が恥ずかしすぎることから着替えることもなくほとんど私服で魔法を使っていたような。


 そんなことを考えているうちに段々と意識がぼんやりしてくる。

 確かゲーム内では様々な魔法に混じって暗示の魔法みたいなのも使っていたから、これもその類の物だろうか。

 目の前の遠藤の顔も霞がかかったようにボキャけてきて、音も耳に水が詰まったかのように聞こえづらくなってくる。



「む、山田くん暗示の掛かりが悪いわね。もう少し魔力を流してみようかしら」



 そう言うと同時に口の中の指先から何か電気の様な物が流れる感覚がして、胡乱げになった意識が更にボヤけた物になる。

 もはや自分が何を考えているかも、良く解らなくなってきた。

 まるで、夢の中で、地面のない道を歩いているかのような、そんな感覚。


「ようやく掛かったかしら。魔力に対する抵抗力が高い? いや、抵抗は感じなかったけど妙に魔力を食うわね。なんだったのかしら」


 水中から水上を見上げているような視界の中で、遠藤に似てる少女が何かを言っている。


「まあいいわ。取り敢えずさっさと必要なことを聞きましょ。取り敢えずこれであなたは私と従属関係になった。私が言うことには全て素直に答えること。いいわね?」

「はい……」


 自分で何を言っているかもわからないうちに唇が動いて言葉を紡ぐ。


「ふふふ、いい子よ山田くん。素直だったら中々悪くないじゃない。可愛いわよ。それじゃあ取り敢えず、あなたの四日前のアリバイを聞くから。素直に答えること」

「はい……」

「それじゃあ、まずあなたは四日前授業が終わった後。つまり放課後になってから、どこで何をしてました?」

「俺は、四日前の放課後には、教室で……」



 そこまで話したところで、俺の意識はまるでテレビの電源が切れるかのように、深い何かの奥に落ちていった。








 急激に汚泥の底からサルベージされるような感覚がする。

 目を開くと青い空。いわし雲がたなびいていて、気持ちのいい秋の風が俺の頬をなでていく。

 あれ、ここは、屋上? 何で俺が地面に寝てるのか。


 少し前のことを考えようとすると、まるで霧の中で突如謎の壁が出てきたかのように前に進めない感覚がして思い出せない。

 そもそも俺は屋上で何をしてたのか。そして何故か俺の鳩尾がズキズキと痛いのだが。


 とりあえず上半身を起こしてあたりを見回すと、すぐ目の前にで綺麗な黒髪をツインテールにした美少女がハンカチで指を拭いている。

 あれは……。


「あれ、え、遠藤火凛! なんで!」

「ん? ああ、山田くんもう目が覚めたんだ。やっぱり掛かりが弱いわね……」

「な、何を……」

「あれ、覚えてない? さっきまで私と話してたじゃない」

「ああ、そう言えば」


 なんかそう言えば遠藤と話して、いきなり押し倒されて鳩尾に膝蹴りくらったような。ああそうか、だからこんなに鳩尾が痛いのか。

 で、たしかその後にいい加減色々と罵倒されて、そしてなんか俺が間違ってるって話をされた気がする。

 それで、なんか遠藤が俺の無実を証明するためにアリバイを聞くとか言って。で、俺がそれを拒否して、そしたら、あれ、あれれ、あれれれれ?


 そこから先がまるで霧の中に入ってしまったかのように記憶が思い出せない。


「なぁ遠藤。俺、お前と話したのは覚えてるんだけど、途中から記憶がなんか、ぼんやりしてるって言うか思い出せないっていうか……」

「ふふふ、そうなの? ボケちゃったんじゃない? 若年性アルツハイマーとか言うやつなのかな山田くんは?」


 そう言いながら機嫌良さそうに指をハンカチで吹き続ける遠藤。


「いや、特にそう言うのはないと思うんだけど。なあ、お前俺に何かしたのか?」

「何かするって何を? 私があなたに何かするわけないじゃない」

「いや、お前に膝蹴り入れられたのは覚えてるんだけど」

「む、そう言えばそこらへんは覚えてるか。そこも消しちゃえば良かったかしら」

「消しちゃう?」

「あ、ふふふ。何でもないのよ何でも」


 そう言うと遠藤はハンカチをポケットに仕舞って笑顔のまま倒れてる俺の方に歩いてきて、倒れてる俺に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 笑顔の遠藤は、右手の指先を伸ばして、俺の鼻をつんつんと突つく。


「ほら山田くん。そんなところで寝てると風邪ひいちゃうわよ」

「あっ、そ、そうだな」

「ふふふ、それじゃあ私は少しやることが出来たからもう行くけど。昼休みも終わるし山田くんもそろそろ起きたほうがいいわよ」

「お、おう……」

「それじゃあまたね」


 そう言うと遠藤は俺の鼻から指先を離して立ち上がって、屋上から立ち去っていった。

 しかし今、遠藤の指先に小さな傷があったような気が。あと遠藤の指から微妙な、何か唾が渇いた時のような変な匂いがした気がするんだけど。

 

 何が何だか。どうしたっていうのか。

 考えようにも頭がボーっとしてうまく思考が纏まらない。

 取り敢えず立ち上がってパンパンと服を叩いて埃を落として、俺も教室に戻ることにした。



 



 なんだかんだで、そのまま教室へ。

 相変わらず俺の椅子の方に低レベルな落書きがされていた。俺は家から持ってきた除光液でそれを軽く消して、椅子に座る。


 そう言えば樋渡はどうしてるかなと思って探したのだが、不思議なことに午前中はいたはずなのだが今は樋渡の姿が教室に見当たらない。

 そろそろ授業も始まるのだが。どうしたんだろう。


 そんなことを考えてるうちに授業が始まってしまう。

 樋渡が授業をバックれるとは珍しい。何かあったかな。

 そう思いボーっとしたまま授業を何となく受ける。


 結局授業の最後まで樋渡が戻ってくることはなかった。



 そんなこんなで。午後の授業も全て終わり、後は里見先生が来て帰りのホームルームを待つだけになったのだが。

 先生が中々来ない。どうしたんだろ。

 そんな風にそわそわするしていると後ろから肩を叩かれた。



「なぁ、山田?」

「ん? あぁ、ひ、樋渡か」


 振り向くとそこには、ここ三日の間、口をきいてなかった樋渡が何だか申し訳なさそうな顔をして立っている。

 午後の授業中はいなかったのに。どこにいたんだろ。早退ってわけでも無かったらしいが。


「あのさ、山田今ちょっといいかな」

「あ、ああ。別に構わないけど。でももうすぐ里見先生来るんじゃない?」

「いや、多分もうちょっとかかるから大丈夫。それでちょっと廊下の方で話したいんだけど、良いかな?」

「別に構わないけど……」

「じゃあちょっとお願い」


 そう言って廊下の方へ行く樋渡。そして追う俺。

 別に樋渡が俺に何かをしたって訳ではないのだが、三日も話していなかったのだ。何となく気まずい。

 そうして樋渡に連れ立って廊下に行くと、樋渡は俺に向き直って。


「山田……」


 うつむいたまま俺の名前を呼んで、俺の手を握った。


「お、な、何だよ」


 そして、何故手を握る。細い指に、男より小さくて柔らかい手の平の感触。

 樋渡でもやっぱり手は男より小さいのか。くそう、樋渡の癖に無駄にドキドキするじゃねーか。




「山田、あのさ……」

「だからなんだよ」

「山田。そ、その、その……」


 そこまで言うと、手を握ったまま樋渡は唐突に凄い勢いで頭を下げて。


「ごめんなさい山田! 私が本当にどうかしてた! 謝って許されることではないと思うけど……でも良かったら謝らせて欲しい! ごめんなさい!」


 猛烈な勢いで俺に謝り始めた。


「な、ななな何をさ!」

「その、山田が私の為に罪をかぶってくれるただなんて、全然思い至らなくって。少し考えれば解ったはずなのに……」

「え、な、何で!」


 何で知ってるのさ!


「遠藤と先生から聞いたんだ。山田には物理的に、絶対に小波への嫌がらせは出来ないって。だからあんなことを言う理由って、きっと私を庇う為くらいしか無い筈だって。私、そんなこと、思いもよらなかったから」

「いや、別に樋渡が謝ることじゃ」

「でもっ!」


 そう言うと顔を起こしてこっちを見てくる樋渡。

 いつも飄々としている樋渡からは想像がつかないほどに、必死な顔をしている。

 そんな瞳が、まっすぐと俺を見る。


「少し考えれば解ることだったのに、なのに私は自分しか見えてなくて、山田をあんなに強く叩いたうえに、酷いことまで言って。本当に、本当にどうかしてる……」

「いや、樋渡は俺が話したことを信じただけで、樋渡が言ったことは正論だし。別に気にすることじゃないだろ」

「気にすることだって! そもそも私を庇っていたのに、謂わば恩がある友達に対して私は何て酷いことを……」

「そんな風に堅苦しく考えなくても……」


 そういや樋渡ってそういうところあったよな。微妙に古風っていうか男道っていうか武士道っていうか葉隠っていうか。

 と、そんなことを考えていると樋渡はハッとした表情になって俺の方を見つめ直す。


「そう言えば山田。私を庇ったせいでクラスの連中に嫌がらせされてるんだって! 私、自分のことしか見えてなかったせいで全然気づけなかったから」

「ああ。まあそうなんだけど、大したことじゃなないから」


 割と大したことだったけどそう言う訳にもいかない。


「でも、同じクラスにいながら自分のことばっかり考えていて気づくことも出来ないなんてありえない。薄情なんてものじゃない。許してくれなんて言えないけど。でも、謝らせて欲しいんだ!」

「別に樋渡のことを薄情だなんて思わないし。別に謝らないで良いからさ」


 それにこうなるのは覚悟の上での行動だったわけで。樋渡に対して許すもクソもないんだが。

 と、こう言ってもなんとなく樋渡は納得しなそうなんだよなぁ。


 俺としてはこの件が解決するとしたら。

 小波たちは兎も角として樋渡はいい奴だし、もし可能なのらこれまでと同じように付き合い続けていきたいと思ってる。

 だからあまり深く考えずに気楽になって欲しいのだが。だが樋渡はそう言っても気楽になるような奴じゃないし。

 もし謝ることで樋渡が納得行くのなら、思い切って謝らせたほうがいいのかなぁ。


「でも、お願いだから謝らせて欲しいんだ。面倒な奴だって思ってるだろうし、謝ったことで許されることでもないって解ってる。でも、私が出来ることだったら何でもするから、その謝らせて欲しいんだ!」

「ん? 何でもするって。そうか……」


 何でも良いって言うなら少し考えてみるのも良いかも。


 思い切ってこちらから条件を出してそれをやらせた上でお互い前の関係にもどる方が早いかもしれない。

 そう思い直して、樋渡が掴んでいた手を俺も強く握って、そして樋渡の目を見つめ直す。


「あのさ、樋渡。今何でもするって言ったじゃん。じゃあ今日帰りに俺が言うことをやってもらうってことで良いかな」

「勿論。私が出来ることならなんでもするから!」


 そう言いながら嬉しそうにする樋渡。何故に何でもやってもらうって言って嬉しそうなんだコイツは。


「実はさ、俺としては別に樋渡に対して怒ってるとかそういうのなんにもないんだよな。だけど樋渡はそれじゃあ気がすまないみたいだし、これから俺が言うことをやってもらって、全部許したことにする。いいな!」

「ああ、勿論!」

「それじゃあ……」


 そうして前々からやりたいと思っていたことで、思い切って樋渡に付き合って貰うことにする。


「今日放課後にさ。俺と一緒に……」

「一緒に?」



 前から気になってたんだ。あそこが。すっごい。

 でも、一人でだとなかなか、恥ずかしくてイけないし。

 ここは樋渡と一緒に行くしかない。うん。ちょうどいい!


 と、言う訳で……。




「俺と一緒に、駅前のにできたパティスリーカワゴエの、ビッグシェフスイートパラダイスクッキーパフェを食ってくれ!」


 


 いや、だってさ。

 俺って実は甘いものすっごい好きなんだけど。

 男一人でスイーツとか恥ずかしいし。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ