12.人の名前平凡って言うけど、遠藤の火凛って名前、かりんとうみたい
何故だ。何故遠藤が俺に関わろうとする!
この女だけは深く関わっていはいけない人間なのだ。こんなのと付き合ってたら命が幾つあっても足りない!
とりあえず。
「あー、俺の名前は清原健太郎ですから。人違いじゃないですかね。それじゃあ俺は用があるんでこれで」
そうとだけ言ってさっさとこの場を去ろうとしたのだが。
「嘘おっしゃい。あなたの特徴はよく聞いているわ。そんなに似てる人が二人といるものですか!」
遠藤はそう言うと同時に俺の胸元を掴んでそのまま脚を掛けて俺のバランスを崩し、そしてそのまま俺の身体を押して地面に押し倒した。
なんて言うスムーズな動き。そう言えばコイツ、お嬢ぶってるけど実は樋渡を越える武闘派で、確か截拳道の達人みたいな謎設定があった気がする。
あまりの早業に理解が追いつく前に地面に倒れた俺は、そのまま遠藤を見上げて悪態をつく。
「何をしやがるこの野郎!」
「うるさいわね。せめて野郎じゃなくてお嬢と呼んでください……なっ!」
そう言うと同時に遠藤は軽く跳んで、そしてそのまま倒れている俺の鳩尾に膝蹴りを入れてきた。
「おべっ!」
思わず肺の空気が全て抜けて、間抜けな声が漏れる。
だが遠藤はと言うとそんな俺を特に気にした様子もなく俺の鳩尾に膝を入れたまま胸元をまさぐり始め、そして胸ポケットから俺の生徒手帳を勝手に取り出して読み始める。
「2年B組 山田三郎……とあるわね。やっぱりあなたが山田三郎じゃない。平凡な名前の癖に随分と舐めた嘘をついてくれたものね」
「うるせぇ! これでも親から貰った大事な名前なんだから。人の名前を馬鹿にするんじゃねぇ!」
「む、なにその正論。まあそう言うことならことなら今のは謝罪するわ。ごめんなさい」
お、以外と素直。
「はい謝罪終わり。それで改めて聞くけど、何で嘘ついたのかしら?」
そうでもなかった!
「それは……顔見たときにいきなり人に暴力振るいそうなそんな予感がしたからで。そんな女とは関わりたくないなーって」
「何よその後付けの理由。そう言うのいいからさっさと本当の理由を言いなさいよ。こう見えて私。男子に避けられるのとか初めてなんだから結構理由気になるし」
何だよ。もうお嬢様の仮面が剥がれて口調が素になってるじゃねーかこの女!
「おい良いのかよ。こんなところでお嬢様の皮をかぶるのやめて男の上に乗かってよ。誰かに見られて噂広がっても知らねーぞ」
「ふふん、大丈夫よ。人払いをしているから誰にも見られる恐れはないわ」
「何だよ人払いって。そんなことできるわけ……」
「ん? 信じられない? まぁ、出来るか出来ないか、信じるかどうかはご自由に。でもきっと、誰も来ることなんかないから早く本当のことを言ったほうがいいわよ」
そう言いながら俺の鳩尾の上に載ったままの膝をぐりぐりと動かす遠藤。
ぐぬぬ、微妙に痛い……。
しかし人払いか。
遠藤が人払いをしたということは、恐らく本当に人がこの近くに来ることはないのだろう。
コイツはそう言うことが出来る奴なのだ。
何と言うか、こいつはそう言った、一般人とは違った理不尽な存在なのだから。
つまりコイツが出来たと言うなら恐らく本当に出来たんだろうし。
あまり歯向かわない方が良いのかもしれない。
「解った。取り敢えず信じるし。話すから。俺が山田三郎だ。俺だよ俺。それで遠藤。俺に何の用だよ?」
「む、また呼び捨て」
「あのなー、いきなり初対面の相手地面に押し倒して膝蹴りかます奴なんかに誰がさんづけなんか使えるかよ! それにお前だってもう完全に敬語じゃなくなってるじゃねーか!」
「そう言われればそうね。じゃあ私もあなたみたいなのに敬語使うのとか面倒だし、別に呼び捨てでいいわ」
「あのなー……まあいいや。それで何の用なんだよ」
「そうそう、本題忘れるところだったわ。ちょっとB組で聞いてきたんだけど、あなた今いじめられてるんだって?」
「随分とハッキリと言う。まあそうだな。俺がいじめられっこの山田三郎だよ。それがどうだって言うんだよ」
「まああなたがいじめられてること自体はどうでもいいんだけどね。何で私がそんなことを気にするかっていうと、最近なんか美鶴が元気ないからなのよね」
「美鶴? ああ、樋渡のことか」
そう言えば樋渡と遠藤は確か親友同士みたいだったな。
「そうそう。樋渡美鶴。で、あの美鶴が元気がないなんて珍しいから原因を聞いたら、何でも自分の親友だと思ってた友人がとんでもなく愚かなことをしたからって言うじゃない」
「あー、そんな感じだな」
「でも美鶴はどうしてもそれが信じられないらしくって、でも本人がやったって言ってるから否定することも出来ないし。って泣きながら話してきて」
「泣きながら? あの樋渡が?」
いつもの男前な樋渡しか知らない為にあまりその情景が想像つかないのだが。
「それで事情を聴きにB組に調べに言ったんだけど。なんでも小波くんの机に陰湿ないたずらされてて」
「おう」
「それで美鶴に罪を着せさせられそうになってるところであなたが名乗り出て。で、その結果あなたが犯人ということでいじめられてるって聞いたんだけど、合ってる?」
「ああ、まあ大体そんな感じだな」
「ふぅーん。そうなんだ」
そう言うと遠藤は俺の上に乗ったままでふむふむと顎に手を置いて頷きながら考えるようなポーズをとった。
「話聞いてて思ったんだけど」
ん?
「あなた馬鹿でしょ!」
なっ!
「何でだよ!」
「だって馬鹿じゃない。やってもいないことをやったとか嘘ついて、わざわざ自分がいじめられるように仕向けて。マゾかなんかなの?」
「ちげーよ! お、俺は自分でやったことを認めただけで……」
「ふーん、まだそんなつまらない言い訳するんだ。じゃあマゾじゃなくてただの馬鹿って訳ね。ホントもう、呆れちゃう」
「なっ、なにもそこまで言わなくても!」
「いーえ言うわ。ホント信じられないくらい馬鹿。そしてそれはあなただけじゃない。美鶴もいつもと比べて考えられないほど鈍いし、何よりクラスに四十人もいるのに誰もこの流れに疑問を抱かないとか。ひょっとしてB組って馬鹿のクラスなの?」
「あっ、それは割と言い得て妙かも……じゃなくてっ! 馬鹿って何だよ! 失礼だな!」
「馬鹿に馬鹿って言って何か問題が? 普通あまりの不自然さに小学生でもこれくらいのことには疑問を持つわよ! つまりあなたたちB組の知能は小学生以下ってこと!」
「何もそこまで言わなくても。いくら何でも小学生よりは……」
「いいえ間違いなく小学生以下ね。何より最近の小学生は推理漫画とか読んでるからこれくらい不自然なことあったら誰か気づくわ」
「ぐぬぬ……」
正論過ぎて言い返せない。
と、俺のそんな悔しそうな表情を見て遠藤はハァと一つため息をついたあと。俺の方へビシッっと指差してきた。
……俺に乗ったままで。そろそろ降りてくれないだろうか。
「とりあえずお馬鹿さんなB組の山田くんの為に、貴方たちの行動の不自然な点を一つずつ説明してあげるわ」
何だよこれ。女教師プレイかなんか?
「まず第一! 最初に美鶴の筆箱が入ってたってところで美鶴が犯人だと決めつけたこと!」
「うっ」
「そんなの誰でもちょっと盗めば用意できるんだから証拠にもならないわ。そもそも犯人が自分がやったって証拠を残していくわけ無いじゃない! 却って不自然だわ。それってもうあれよ。例えば食い逃げされたお店があったとして、そこのテーブルにある人の名前が書いた名刺が残ってたとして。それを証拠に書かれた連絡先に行って逮捕しようとしてるようなものよ? それがもし可能ならムカつく相手の名刺を置いて食い逃げしたらそいつが困るんだから最高じゃない。みんなするし、私だってするわ!」
「んな無茶苦茶な……」
てかお前もするんかい!
「そう、無茶苦茶で理不尽な話よね。でもあなたのクラスの人たちは誰もその無茶苦茶な話に疑問を持たなかった。そんなのありえないことよ! むしろそう言う証拠があるなら、誰かが美鶴に罪を着せようとしてワザと置いたって考える方が自然に決まってるじゃない!」
「それは、それはそうなんだけれど……」
なんだこの正論女。言い返せない。
「そして二つ目に不自然な点。あなたが美鶴の罪を被る理由が滅茶苦茶。そもそもあなたは美鶴が取られそうで嫉妬しちゃって小波くんに嫌がらせをしたって言ったみたいね」
「そうだよ。それが何か?」
「何か、じゃないわよ馬鹿。その動機が動機として成立していないのよ。そもそも美鶴のことで小波くんに嫉妬するってことは。あなたは美鶴のことが好きだってことになるわよね」
「おお、まあ、その友達としてな」
「へぇー、友達としてねぇ。まあねー。あなたが美鶴のことを友達として好きか、異性として好きかなんてことは私には欠片ほども興味のない、どーでもいいことなのだけど」
おい。
「つまりあなたは美鶴のことが好き。仮にそれが本当だとすると、あなたは美鶴に好かれたいと思ってるはず。なのにわざわざ嫌われるようなことするなんて。小学生でもない限りありえないわ」
「で、でも、俺はその、樋渡の件で小波に嫉妬したんだから、小波に嫌がらせをするのは自然なことじゃ」
「そうね。そこまでだったらありえなくはない。でも、仮に小波くんに嫉妬して嫌がらせをしたのだったら、それを自分がやったとバラす意味がないじゃない。むしろ絶対にその嫌がらせを隠し通さなければいけないわ。美鶴の性格を知ってたら、そんなことしたのがバレたら美鶴には嫌われるって、解りきってることなのだから」
「う、た、確かに……」
「だから、あなたの今の行動には矛盾が生じてしまってる。と、なると何か他の理由があると考えなければならないわ。そしてそれは結構単純なことで。つまりあなたは美鶴のことが好き。惚れちゃってるのね。だから美鶴が無実の罪で犯人と扱われることを避けるために、身代わりになったってこと。どう?」
「べ、別に、俺は樋渡のことなんか……」
「あーはいはい。そう言うの良いから。で、どうなのよ。何か反論はある?」
「む、むむむむ」
こうも理詰めで来られると言葉に詰まってしまう。しかも全部当たってるし……。
そう言えば遠藤には頭が良いって言う設定があった気がするが、ここまで嫌らしい女だとは思わなかった。
そのままむうむうと唸りながら反論を考えていると、そんな俺をみて遠藤は何か呆れたようにハァと一つため息をついて。そして言った。
「しかしB組のみんなも本当に頭悪いわよね。私が言ったことは別に高度な推理でもなんでもなくて、論理的に考えれば自然に解ることばっかりなのに。こんなことなのに一人も気づく人がいないとか。いくらなんでもちょっと変よ」
「う、まあ。それはそうなんだけど」
「あと山田くん。パニックになってた美鶴が濡れ衣を着せられそうになってた時に助けたのだけは、まあ他のB組の連中よりは評価できるけど。それにしてもあなたやっぱりちょっと馬鹿よね!」
「何でだよ!」
「だってそうじゃない。こんな単純なこと。時間を掛けて説明すれば解ってもらえることだろうし」
「そうかな……」
あのみんなが一瞬で樋渡を犯人と思い込んでしまった異常な空間を見れば、そうとも言ってられなかった気もするが。
「そうよ。それにもし解って貰えなかったしても、すぐに真犯人を捕まえれば良いだけなんだし。そりゃ濡れ衣を着せられて、あなたと同じように短期間は何か美鶴にされるかもしれないけど、そんな短期間のことでどうこうなっちゃう程に美鶴が弱い女の子じゃないってことくらい、知ってるでしょ?」
「それは、そうなんだけどさ。でもやっぱり放っておけなかったし」
「何それ? それでナルシスティックな自己犠牲精神を発揮して自分が犯人になっちゃったって訳? それって「俺が~、俺が犯人になって~いじめられてれば~、樋渡は~、平気なんだから~」ってこと? 何それ? 悲劇のヒロイン……ではないわね。悲劇のヒーロー気取り? バッカじゃないの?」
「何もそこまで言うことないだろ!」
滅茶苦茶口悪いなこの女!
そしてなんでそんなに俺の口調を真似するのが上手い!
「あるわよ。やっぱり山田くんって馬鹿よね。多分だけどね。ここ数日、それこそあなたがいじめられてることにも気づけてない程に美鶴が塞ぎこんでしまっているのは。全部あなたのせいなのよ?」
「俺のせい?」
「そう。自分が信じていた友人がそんなことする筈ないって思いたいのに。でも本人が認めてしまってる。嘘だって言いたいけど、何で嘘をついたかの理由もわからなくて、それでどう声をかけていいかも解らない。美鶴は昨日私に相談してきたのだけど。美鶴が相談ごとって言うのも相当に珍しいけれど。あんなに憔悴してる表情の美鶴を見るのは私も初めてだったわ」
「樋渡が、そんなに……?」
「ええ。恐らく自分が濡れ衣を着させられることなんかより。ずっと辛かったみたい」
「そうなのか」
あの樋渡が、それほど……。
「と、そんな風に私の親友が……」
そこまで言ったところで、遠藤の目つきが鋭く、怒りを持った物に変わる。あ、これヤバイかも。
そう思うと同時に再度、俺の鳩尾に乗ったままだった遠藤の膝に体重がかけられる。
「ぐげ!」
ああっ、みぞおちを押されたことによってまた変な声が出た!
「私の大事な親友があなたみたいな平凡な名前の人間のことをずっと考えているっていうの……にっ!」
「ぐげげっ!」
「当の考えられてる本人はそれに気づいた様子もなく、自分のことばっかり考えて、悲劇のヒロインごっこやって不幸ぶってるんだもん……ねっ!」
「くきょっ!」
「これはちょっと、ムカついちゃうわよ……ねぇっ!」
「けろっぴっ!」
断続的に鳩尾を押されて痛みと肺の空気と共に、奇声が出続ける。
「とっ、まぁこんなもんかな。なんか結構気も済んだし。今回はこの辺で勘弁してあげる」
そう言いながら俺の鳩尾から膝をどける遠藤。
「ハァ、ハァ、そりゃどうも」
なんかホントにもう。遠藤って理不尽!
「しかしまあ、あなたにはそんな訳で恨みもあるけど。あなたがこのままだと美鶴の気分も晴れないみたいだし、ちゃちゃっとあなたの無実を証明しようと思うんだけど」
「はぁ、はぁ。ふぅ。無実を、証明するって?」
「ええ。とりあえず、真犯人を引っ張り出しちゃいましょう。そうすれば自ずとあなたの疑いは晴れて、いじめも止むって訳。どう。いい案でしょ?」
「それは……」
真犯人が明らかになるということは、つまりは隠しパラメータの小波からそのヒロインへの好感度が下がってしまうわけで。
「それは、さ。やめてもらいたいんだけど」
俺はそう言うしかなかった。
そんな俺の言葉を聞いて遠藤は訝しげな顔で倒れたままの俺を見下ろす。
「何でよ。あ、もしかして出来ないと思ってる? こう見えて私、結構有能だから犯人を特定することなんてそんなに難しくないと思うわよ」
「いや、そのことに関しては疑ってない。遠藤が頭いいってことは知ってるし。遠藤が出来るって言うなら、それはきっと本当に出来るんだろう」
「ふぅん。解ってるみたいじゃない。じゃあ、何でやめろっていうの?」
「そ、それは……」
遠藤に目をみて問い詰められて、思わず目を逸らして、そして閉じてしまう。
まさかめきメモ2の隠しパラメータのことや、小波に二股をかけずにいてもらうため。とも言えないし。
「その、さ。俺にも色々と事情があるんだよ。色々と」
「ふーん、事情ねぇ。自分が酷い目に遭い続けて、好きな美鶴に誤解されたままでいてでも、隠さなくてはいけない事情が?」
「そう……だな。そう。真犯人は解らないほうがいいと言うか。解ってはいけないっていうか」
「へぇ。自分がこんな辛い目に合ってるのに。自分が犯人のままの方が都合がいいことがあるって言うんだ」
「ああ。そーなの……って。わっ!」
息を整えるように、寝たままで話していたのだが。閉じていた目を開けたら目と鼻の先に遠藤の顔があって思わず大声を上げてしまう。
どうやら俺が目を逸して閉じていたあいだに、遠藤は倒れてる俺に身体に跨るようにして、静かに覆いかぶさるようにしていたらしい。
目の前に遠藤の、学年のマドンナと言われるほどの美少女の顔があることに思わずどぎまぎする。
その、造形の整った顔も、長いまつげも、理知的な、僅かに緑がかった瞳も、顔の横に垂れてるサラサラとしたツインテールの艶やかな黒髪も。
まるで人形の様に完璧で、そして美しい。
そんな美少女に覆い被さられて、お互いの吐息を感じることができるほどの距離にその顔があって、思わず自分が赤面してしまうのを感じた。
だが遠藤はというと、俺のそんな変化を特に気に留めた様子もなく、真っ直ぐに俺の顔を、そして目を見つめてくる。
「な、何だよ遠藤……」
思わず声がかすれる。
だがやはり遠藤はそんな俺の変化にも気を留めた様子もなく、俺の瞳を覗き込んでいる。
「うーん、別に。美鶴がこれだけ執着を示す男ってどんなのかなって思ったんだけど。顔とか普通で全然たいしたことなくて、すっごい平凡な男かなって最初は思ったんだけど」
「それで合ってる。俺はお前らとは違って、平凡なんだけど」
「うん。そう思ってたんだけど。実は、あなた、違う?」
「違うって、何が……」
「うん、多分、違う。もっと、何かが混ざってる、ような。私ですら知らない何かが、あなたには混ざってる気がして……」
「混ざるって、一体何が」
「それが私にも解らないんだけど。何だろう。その瞳の奥の、何かが違うような……」
そう言って、純粋に不思議そうな表情でまじまじと俺の顔を見てくる遠藤。
正直、こんな美少女にのしかかられて、そして顔を見つめられて。
緊張で口がカラカラに乾いて来るし、酷く動悸が早くなっているのを感じる。
だがそれでも遠藤は俺の顔を見つめ続けているし。俺も蛇に睨まれた蛙のように、目を逸らすことが出来ない。
「ねぇ。山田くん」
そんな俺の心を知ってか知らずか、遠藤はそのまま話し始める。
口を開くたびに、遠藤の吐息が顔に、鼻先にあたってくすぐったさを感じる。
「なん、だよ。遠藤」
「あのね。あなたは真犯人を引っ張り出して欲しくないと思ってるのよね」
「あ、ああ。まあな」
「あなたがそう言うなら、取り敢えず犯人探しは保留にするけど。でも、別にあなたの無実を証明するだけならいいんでしょ?」
「それは、構わないといえば構わないが。あ、でもダメだ。俺が犯人でなくなるとまた樋渡が疑われるかも」
「それは何とかするから。ねぇ、それで私。少し小波くんの机にされたいたずらについて調べて見たんだけど。そこからあなたの疑いを晴らせるかも」
「どういうことさ」
「いたずらはね、発見したのはその日の日直の小林さんで。朝一番に鍵を職員室で借りてドアを開けたら既にいたずらはされていたみたいなの」
「それで?」
「それでね、鍵は職員室で管理されてるでしょ。つまり、いたずらがされたのは前日の放課後から下校時刻の間ってことになるの」
「いや、でも夜中に誰かが忍び込んだのかも」
「それは無いわ。数ヶ月前に深夜の学校に不審者が入り込んでから学校の警備がかなり強化されたから、そんな中まで鍵を取りに行って教室の鍵を開けていたずらするってのは現実的じゃないでしょ」
「確かに……」
「つまりね。日直の小林さんが犯人でない限り、いたずらがされたのは前日の放課後から下校時間のあいだに絞られるのよ」
「それで?」
「いたずらの発見が三日前の朝。つまり犯行時間は、四日前の放課後から下校時刻のあいだの。その間のあなたのアリバイをハッキリと証明できればあなたの無罪は証明されるわ」
「四日前の放課後。そんなの特に……あっ」
そう言えば四日前の放課後。
俺は教室に下校時間の少し前までいて。そして会ったじゃないか。
例の「二十九歳歳処女」な人に。
そしてその後は二人で生徒指導室に行き、説教されたあとに下校時刻に校門が締まるところまで一緒に行ったのだ。
あの時はまだ、小波の机にはいたずらはされてなかったし、先生も特に異常がなかったのをハッキリと確認しているはずだ。
これは人物の信頼度から行っても、時間としても、完全な証明になっている。
「何か、あるのね?」
「あるって言えばあるけど。あっ、でも。俺のアリバイが証明されると樋渡がまた……」
「それは良いから」
「いや、良くないだろ」
「良いから」
「いや、ダメだ。ここまで耐えてきたのに無駄になるから」
「それじゃあ山田くんはあくまで私にそのアリバイを話すつもりがないの?」
「ああ、その。遠藤の気持ちは嬉しいけど」
「へーそうなんだ」
そう言うなりそうなんだ、そうなんだ。とブツブツと繰り返す遠藤。
正直ちょっと不気味なのだが。
そしてそのままブツブツと言ったあと、ハッと黙って。
そして何かを決心したかの様な顔で俺の方を見た。
「じゃあ、それじゃあ、仕方ないねよね」
「え?」
そう言うと同時に、遠藤はポケットから小さなカッターを取り出して、そして指先を小さく切った。
遠藤の指先に小さな血の玉がぷくりと浮いている。
「遠藤、一体何を……んぐっ!」
疑問を述べる暇もなく遠藤にその血がついた指を口に突っ込まれる。
口の中に僅かな血の味を、そして舌の上に遠藤の細い指を感じる。
「んぐっ、ちょっ、遠藤!」
「喋らないで! 良いから、私の血を舐めて。大丈夫だから」
「大丈夫って、そんな……」
「仕方ないのだもの。山田くんが素直じゃないから。話す気がないなら仕方ないわよね」
「く、こ、これは……」
「ふふふ、大丈夫だから。この血の量じゃ数分で戻るはずだから。安心して。あなたのアリバイを聞いたらすぐに戻してあげるから……」
これはもしや。ゲームの中でもあったイケナイやつじゃ!
そんな風に慌てる俺の気を知ってか知らずか遠藤は、俺の口の中に指を突っ込んだまま何やらブツブツと呟いている。
「我が血の契約によって命ず。このモノを我が下僕にし、絶対服従の楔を打ち込み、身体の自由を全て我が血に委ねよ……」
なんか滅茶苦茶物騒なことを言ってるー!
ヤバイ! これはヤバイやつだ。こう言うのが嫌だから遠藤には近づきたくなかったのだ!
ああ、もういいだろう。遠藤の正体を言ってしまっても
お気づきかもしれないが。
具体的に言ってしまえば。
ゲームの中で俺が知っているこの物騒この上ない遠藤火凛というこの少女は。
簡単に言うと。
魔法少女なのである。




