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11.心と身体

 やったのは俺。

 そう言った瞬間、周りの空気が変わる。 

 全員が驚愕の表情で俺の方を見ているが、特に驚いた様子なのは陽山、小波、そして樋渡の三人だった。


 そんな中、陽山が震える声で俺に話しかけてくる。


「うそ、嘘よ、山田君がやったなんて嘘でしょ……」

「なんで嘘をつく必要なんてある。陽山、お前が言う証拠って言うのが必要だって言うなら、本人がやったって言うんだからこれ以上の証拠はないだろ?」

「そ、それはそうだけど……じゃあこれはっ! この筆箱はなんでよ!」

「あーそれか。それは俺が入れたんだよ」

「なんで、なんでそんなことを、言うのよ……」


 酷く悔しそうな顔で俺を睨んで来る陽山。


「なんで言う、ってそんなこと言われても。自分のしたことを言ってるだけだし」

「そっ、それに理由がないじゃない! 山田君が誠君にこんな嫌がらせをする理由が!」

「理由ならあるさ。それこそ陽山が言った、小波が樋渡にしつこく話しかけてたことが原因さ」

「なっ!」


 俺のその発言に陽山だけでなく、樋渡も酷く驚いた顔をする。


「どういうことよ……」

「いや俺、樋渡のことは友達としてすっごい気に入ってるし、親友だと思ってたからさ。そんな樋渡に小波がしつこく声をかけてるの見て、何か取られるみたいで嫌だったんだ。つまり嫉妬したって訳」

「おまっ! そんなことで!」


 そう言いながら俺の襟首を掴んで来る小波。


「お前! 俺だってお前のことを親友だと思っていたんだぞ! なのにこんなことをするだなんて! 本気かお前!」

「うるせぇっ! そもそもムカつくんだよ小波。美人に囲まれて女に不自由してないくせに、更に樋渡まで口説こうとするとか!」


 完全に俺の方へと疑いを向ける為にかなり過激な罵詈雑言を選び。

 そして半分位は本音であった気がするような、そんな謗りを小波へとぶつけた。


「そんなことで! そんなことでか! 歯ぁ食いしばれこの野郎っ!」


 そう言いながら俺を殴ろうと小波が俺を引き寄せた所で、突如横から何者かに引っ張られて、バチンと言うかなりいい音がしたあとに頬に鋭い痛みが走り、視界が真っ暗になった。

 思わず足から力が抜けて、地面に倒れこむ。

 これは……ビンタされたのか?


 痛む頬を手で押えながら目を開けて上を見上げると、そこには顔を真っ赤にしながら、ふーっ、ふーっと息を荒くして悲しそうな顔でこっちを睨んでいる樋渡の顔があった。

 あぁ、成程。今のビンタは樋渡にされたのか。痛いわけだ。何しろ樋渡は武道の達人。ビンタだって並みの女子とは威力が違うだろう。


 などと訥々とした考えが頭によぎる。

 こんな時に、こんな風に冷静に、くだらないことを考えてしまう自分がどこか可笑しくて、そして悲しかった。


「ふ、ふふふ。樋渡。お前のビンタ、痛いな」


 思わず自嘲的に笑いながら、そんなどうでもいいことを口にしてしまう。


「うるさいっ! そんなことより山田! 今言ったことは本当!」

「ああ。本当だぜ。俺が、やった」

「な、なんでそんなことを。そんな酷いことを……」


 なんでって、本当はやってないけど、今回罪をひっ被るのは、それはお前の為にやったことで……。

 などと、口に出せる筈もない内心を、樋渡から目を逸して飲み込む。

 だが樋渡はと言うと、俺が目を逸したことが気に食わなかったらしく烈火のような勢いで俺に問い詰めてくる。


「なんとか言ってよ山田! 私はお前のことを信頼してたし、こんな卑怯なことをする奴だなんて信じられないんだから!」

「それは……だからさっきも言っただろ! お前が取られそうで嫉妬したんだって!」

「そんなことで、こんな酷いことを。わ、私は、山田がそんなことしなくても小波とどうこうなるつもりなんて無かったし、山田のことだって親友だって思ってて……」

「うるせぇ! そんなの関係ねぇよ! これは俺がやりたくてやったことなんだからそれで終わりで良いだろ! 樋渡が口出すことじゃない!」


 信頼してた樋渡に強く言われることで思わず心にもない、そんな言葉を口にしてしまう。


「そんな、そんなこと……」


 そう言うと樋渡は顔を隠すように右手で目元を覆って、ふらつくように二、三歩後ろに下がり。


「……山田、見損なったよ」


 と言うと同時に、教室から走って出て行ってしまった。

 まさか樋渡があんなに怒るとは、予想外だった。



「俺もだよ、親友だと思ってたのに、見損なったぜ山田」


 そう言うなり汚いゴミでも見るようにこちらを見下ろしてくる小波。


「好きにしろ。別にお前にどうこう思われようとは思ってないから」

「ふん、クソ野郎が……」


 そう言うなり興味を無くしたように俺から離れていく小波。

 そして軽蔑の目で俺を見るクラスメート達。

 そんな注目を集めながらも、俺はこれからのことを考えて心を決める。


 さて、本番はここからだ。こんだけ派手にやったんだ。

 間違いなくいじめのターゲットが樋渡に向くことはなくなった。

 だがその代わりに、馬鹿どもの俺へのいじめの日々が始まるのだろう。


 なぁに前世のチンピラだった時に並大抵の不条理には打ち勝ってきたし。

 そこらの不良共よりは何十倍も喧嘩慣れしている。

 直接何かやってくる奴には力でねじ伏せればいいし、便乗していじめをしてくるような馬鹿な高校生の嫌がらせくらいなら耐えられるだろう。


 と、この時はそう考えていたのだが。

 俺はすぐに、この考えが甘かったことを悟るのであった。










 ───三日後。昼休み。


 俺は屋上で一人、購買で買った焼きそばパンを齧って街を見下ろしながら先のことを考えていた。

 三日前の朝にはあんな風に威勢良くどうにかなると、決心してたのだが……。


 実際のところ。

 現状、正直かなりきつい。


 この三日で受けたいじめは、想像以上に俺の心にダメージを与えていたのだ。


 まず身近な人間の変化についてなのだが、小波は完全に俺のことを無視するようになった。まるで最初から見えてなかったかの様に。

 陽山は、たまに俺に睨みつけるような視線を向けていることがあるが、特別に何かを言ってきたりやってきたりすることはない。

 そして樋渡はと言うと、何だか随分と沈んだ表情をするようになってしまい、すっかりと元気がない。

 たまに何かを考えるように俺の方を見て来ることもあるのだが、目が合うと慌てて目を逸らすような、そんな感じだ。

 勿論一度も樋渡と話すことは無かった。


 そして行われたいじめなのだが、これが中々に面倒だった。

 やはりいじめに便乗するような奴は度胸も無いくそ馬鹿どもだったらしく、直接なんだかんだと言ってくるような奴は居なかったのだが。

 間接的に中々いやらしいことをしてくる奴がいるのだ。


 まずはいじめの種類としては、小さなものでは教科書を隠されたり机に落書きをされたり、靴の中に画鋲を仕込むなどのベタなもの。

 これはその都度教科書を探したり落書きを消したり、画鋲を捨てていたので特に問題はなかった。


 次に少し面倒なものでは、移動教室から帰ってきたら文房具が折られていたり教科書が破かれていたり、体操服が破かれていたりと、俺の持ち物を壊しにかかってくる奴。

 これは結構困った。


 教科書はテープで貼れば使えるレベルだったが、折れたシャーペンは流石に使えなかったし、体操服は引っ掛けて破いてしまったと言い訳して母さんに縫ってもらう羽目になった。

 文房具を買いなおすのにも金はかかるし、今後も体操服が破れるようなことが頻発すれば母さんに、あの心優しい冬花さんに心配をかけることになってしまう恐れもある。

 それは出来るだけ避けたいと思っている。

 前世で母親の愛を知らずに育った俺は、無償の愛を注いでくれる母親と言う存在について、やはり特別に思えてしまうのだから。


 そして、そんな俺が何よりも堪えたいじめは、その母さんが、冬花さんが作ってくれた弁当にいたずらをされた時だった。

 虫の死骸を入れられた上に満遍なくチョークの粉をかけられては流石に食うこともできない。


 母親が、母さんが作ってくれたその特別な弁当を捨てざるを得なくなった時は、本当に断腸の思いだった。

 それからはしばらくちょっと気分転換にと言って弁当を作るのを控えてもらって、購買でまずいパンを買う日々を過ごしている。

 正直、昼間の食事が母さんの弁当でなく、この味気ないパンになってしまったことが元気が出ないひとつの原因になってると思うし。

 何より弁当を作らなくて良いと言ったときの、あの微妙に寂しそうな冬花さんの顔が忘れられない。



「ハァ」


 そうひとつため息をついて、屋上からのフェンス越しの街を見下ろす。

 俺が落ち込んでも、世界は何も変わらず、平然と動いている。


 九月も半ばをすぎ、夏の暑さが少し和らいだ気持ちのいい初秋の風が吹いてくる。

 見上げれば空はいわし雲がたなびいて、夏の空よりも爽やかに淡く、高く見える。


「ハァ……」


 もう一つため息をついて、そしてまた考える。

 天気はこんに良いのに、俺の心は全く晴れない。


 正直、こんなに酷く堪えるとは思っていなかった。

 そう言う意味では見通しが甘かったとしか言ようが無い。

 だが、それも致し方ないと言うものだろう。


 何せ、前の人生では理不尽なことで責められることなんて日常茶飯事だったわけだし。

 それに比べればアホな高校生のいじめなんて屁でも無いと思っていたんだが……。

 特に、あの弁当の一件からかなり堪えているのが自分でも解る。


 やはり肉体に引きずられているのだろうか。

 思うに、恐らく精神が肉体に影響を及ぼすように、肉体もまた精神に大きな影響を与えているのだろう。

 記憶の中の俺は大人だったが、現在の俺はまだ十七歳。しかも心だって半分はその十七歳の俺の、山田三郎の心なのだ。

 前の俺が大丈夫だったからといって甘く見ていたのは失敗だった。


 さて、それを踏まえてこれからどうするべきか。

 今さら俺は本当はやっていないと主張したところで、恐らく信じてもらえることは無いだろうし。


 ならばどうする。真犯人を挙げるか?

 だがそうすると、折角自分を加害者にしてまで保った隠しパラメータの、小波から犯人への好感度が下がってしまう恐れがある。

 それを犠牲にするのなら最初から犯人をハッキリさせるべきだったし、今となっては悪手以外の何物でもない。


「ハァ、結局、八方塞がりと言う訳か」


 ため息を吐きながら、そんなひとり言を口にする。

 結局はそう言う事。覚悟を決めてこの道を選んだのだから。

 しんどいからと言って今さら投げ出すわけにはいかないのだ。


 取り敢えず現状では、俺は不登校になっり、ましてや自殺したくなるほどには追い詰められていない。

 ならばこれが最善だったのだと自分に言い聞かせて、これからもやっていくしかない。

 やっていくしかないのだが……。


「でも、辛すぎるよなぁ……」


 何でこの俺がこんな目に合わなければならないと言う思いは常にある。

 自分で選んだ道だからといって、必ずしも納得できているというわけでもないのだ。

 何より誰も認めてくれない現実が心を重くしている。

 特に樋渡との関係がうまくいかなくなって、友人としての関係も壊れてしまったのではと思うと悲しい。

 勿論別に樋渡に感謝される為にやったことじゃない。当然嫌われることだって覚悟の上だったが。

 実際にそうなって何日も話せなくなると、これはこれで辛い。


 と、そんなことを考えていたら。



「そこのあなた。ちょっとよろしいかしら?」


 後ろから高い、でもどこか落ち着いた感じのある綺麗な女性の声が聞こえてきた。


「ん? なんすか……って、ゲッ!」


 声に釣られるように振り返って、思わず変な声を上げてしまう。

 そこに立っていたのは、俺がある意味、今もっとも考えたくない人物で。


 上品に微笑みながらどこか笑ってない僅かに緑がかった理知的な瞳の、綺麗な長い黒髪をツインテールにしているとんでもない美少女。

 つまり、コイツは、間違いなく!


「遠藤火凛!」


 思わずその名前を大声で叫んでしまっていた。


「ムッ、呼び捨て……っと。まぁいいですわ。私のことをご存知なのですね。奇遇ですわね」

「あ、ああ、ごめん。その、さ。遠藤さんは有名だから。色々」


 嘘は言っていない。何しろ学校内でも飛びぬけた美人で、「学年のマドンナ」と言う安っぽい二つ名までついてるくらいだ。

 知っているのは不自然なことではない筈……なのだが。

 それよりも重要なのは、何故に遠藤火凛がここにいるかだ。


 俺が遠藤を、他の充分危険なヤンデレヒロインと比べても特別に恐れている理由。

 それはコイツが、トンでもなく危険な女だからなのだ。出来れば一生関わりたくないほどに。

 普段はお嬢様然としているくせに、所謂地はテンプレ化されたツンデレで。

 素が出ると暴力的になると言う理由もあるのだが、そんなのはゲームを離れ現実世界に存在してしまっているこの女の危険性の一割にも満たない、些細な問題だ。


 コイツは、コイツの存在自身が一般人の俺たちみたいな人間にとっては、危険極まりない存在なのだ。

 その危険な「遠藤火凛」が、どうして俺の目の前に。

 だが、遠藤はそんな俺の焦燥を気に留めた様子もなく、優雅に話し続ける。


「そうね。私も自分がある程度知られているという自覚くらいはありますから。あなたの第一声がゲッと言う品がないものだったことは気になりますが、取り敢えず保留にしますわ」

「ハァ、そりゃどうも」


 しかしなんで遠藤が俺の目の前に来たのだろうか。

 ゲームの「めきメモ2」の中では、俺こと山田三郎と遠藤火凛の絡むイベントなんか無かった筈なのに。


「それで、私は今ちょっと探している人がいてこんなところへ来たのですけれど」

「へぇー探し人ね」

「ええ」


 成程。探し人ね。と、なるとこれはサブキャラである俺。つまり「山田三郎」と言う存在とは関係のない話か。

 ならば、これは偶然の、人を探している遠藤とエンカウントしてしまっただけのイベントなんだろう。

 そうなると話は変わってくる。俺と関わろうとする目的でなければ大丈夫だ。

 深く関わらなければ遠藤はただの、凄い美人なお嬢様風女子ってだけだからな。


 などと楽観的に考えていたのだが。



「私は今、山田三郎って言う男子を探しているんですけど。それ、あなたですよね?」



 遠藤は俺の期待を裏切るように、そんなとんでもないことを言いやがってくださったのだった。

 





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