10.犯人
「私がこれをやったって? 本気で言ってるのか陽山」
樋渡が剣呑な目つきで、まるで威嚇するかの様に陽山を睨む。
「美鶴ちゃんこそ。まだシラを切る気?」
「どう言う意味だよ陽山。そもそも何で私がやったなんて。何か根拠があって言ってるんだよね?」
「勿論よ。これが誠君の机の中から出てきたんだから!」
そう言って桜木は何かを樋渡の方へと突き出す。
あれは、筆箱?
「あ、それは……」
「私知ってるよ。これ、美鶴ちゃんの筆箱でしょ!」
「そうだけど。そう言えば昨日の昼過ぎから何故か私の筆箱が無くなってたんだ。移動教室の途中で落としたのかとでも思ったのだけど……」
「嘘っ! どうせ誠君の机に嫌がらせしたあとに忘れちゃったんでしょ!」
「いや、そんなことは……」
いつもはふんわりとした陽山の酷くキツい言葉に流石の樋渡もかなり狼狽えている。
友人の豹変振りと思わぬ濡れ衣を着せられたショックで頭が回らないのだろう。仕方がないと思う。
しかしまぁ、どんな超理論だよそれ。
そもそも犯人がそんな自分でやりましたって感じに証拠を残して行く筈が無いって、少し考えれば解りそうな物なのだが……。
残念なことにゲームの中での小林の時も、これくらいにくだらない確証で犯人との決め付けが行われたのだ。だから恐らく今回も……。
「なぁ樋渡。俺お前がやったなんて信じたくないんだけど、やっぱりお前なのか?」
案の定小波のやつは信じてしまってる様子で樋渡に話しかけている。
クソが、アホかこいつら!
「おい待てよ小波! 冷静になれよ! そもそも樋渡がお前に嫌がらせをする理由が無いだろ!」
「山田くん! 部外者は黙っておいてよ!」
「ハァ? 部外者って何だよ陽山!」
「言葉の通りの意味よ。それに理由ならあるわよ」
「理由? 何だって言うんだよ!」
「昨日美鶴ちゃんは誠君に何度か話しかけられてたでしょ? 何かその時嫌そうな顔してたじゃん。きっとそれが嫌で腹いせにでもやったのよ!」
「馬鹿か、そんなくだらない理由で樋渡はこんな陰湿なことをする奴じゃないだろ!」
「何よ、そんなの山田君の主観じゃない。主観と証拠。どっちが信頼できると思ってるの?」
「ぐっ……」
何が証拠だ。くだらない。こんなものが証拠だなんて、捏造し放題じゃないか。
だが小波も、クラスの連中も今の俺と陽山のやり取りでますます樋渡に疑いの目を強く向けている。
「ねぇ、本当に樋渡さんがやったのかしら?」
「そうなんじゃない? 私も美鶴ちゃんはそんなことする人だとは思ってなかったけど」
「何だか幻滅だよねー」
「そうだよねー。樋渡さんもっと真っ直ぐな人だと思ってたから何だかねー」
「俺もさ、樋渡は美人だしちょっと憧れてただけにガッカリだわ」
「あっ、それすっげーわかる」
クラスの連中が遠巻きに見ながら適当なことばっかり口にしてやがる。
ゲーム内で見れば不自然で無かったことでも、現実で起きると異常な程の違和感と不気味さがある。
なんなんだこれは。どいつもこいつも思考能力の欠片もない。アホのクラスなのか。
こんなくだらないことに同調出来るような奴らしかこのクラスにはいないのかよ!
「なぁ樋渡。やっぱりこれは樋渡が……」
「ちっ、違う小波! 私はこんなことしてない! 私は知らないっ!」
「でもさ、なら何で樋渡の筆箱が俺の机から出てきたんだよ!」
「そ、それは、解らないけど……」
ああ、解る訳ないだろう。
樋渡としたら勿論筆箱をそんな所に入れた覚えはないだろうし、そんなふうに誰かに陥れられる程に恨まれるような覚えもないだろうから。
真っ直ぐに生きてきた樋渡にはまったく見当がつかないことなのだろう。
だが、俺の方としては一つ解ったこともある。
何故今回、小波と小林さんが仲良くなるという条件を満たしていないのにイベントに当たる出来事が起きたのかということだ。
それは、恐らく小波が樋渡に惹かれてしまったことが原因にあるのだろう。
そもそも「めきメモ2」ではこのイベントは、小波がヒロインに指定されていない「可愛い女の子」と仲良くしたことにより、あるヒロインが嫉妬したことが原因で起こるのだ。
ゲームの中ではその「可愛い女の子」がイベント数や容量の関係から専用の「小林」と言う女子に限定されていたのだが。
現実となった今、その条件が小林という限定を外れ「可愛い女の子」であれば誰でも起こるようになってしまったのだろう。
我ながら軽率だった。もうここはゲームではない。少し考えれば解る筈だったのに。
ゲームで知っているからと油断があったのだ。何て迂闊な!
なんだか中途半端にゲームとリンクしている今のこの世界が何とも面倒で、そして気持ちが悪かった。
ええぃ、今さら後悔してもしょうがない。
今はまずこの先どうすればいいかを考えるべきだ
現在の状況を整理して考えると、これはかなりまずい状況だ。
愚かにも小波とクラスの連中がこのでっち上げを信じてしまった以上、犯人の目的は達成されたと言える。
その結果起こるのは、クラスによる樋渡へのいじめだろう。
樋渡はクラスの中でかなり人望がある奴だし、いじめなんて起きっこ無いと思いたいところだ。
だが、現実としてこのクラスのアホ共は、ゲームの流れと同じようにくだらない証拠のみで信じてしまっている。
これは、もしかしたらゲームのストーリーがある程度この世界の人間の精神に影響を与えているという可能性だって考えるべきなのかもしれない。
勿論小林さんと違って、俺の知っている樋渡はいじめなんかに屈するほど弱い奴じゃないし、登校拒否も自殺もしないかもしれない。
しかし今の樋渡を見ると酷くショックを受けているみたいだし、今は最悪の事態を考えて行動するべきだ。
もし最悪の事態、つまり樋渡がいじめに遭い登校拒否から自殺への道を辿ったとすれば、樋渡の親友の遠藤火凛は間違いなく出しゃばってくるだろう。
それは何としても避けなければならない。遠藤が関わると話がややこしくなって、血なまぐさい方向へ行くから嫌なのだ。
それに、そもそも俺は樋渡がやってもない無実の罪を着せられていじめられたり、心に傷を負ってしまうようなところを見たくはない。
ならばするべきことは一つ。樋渡の無実の罪を晴らせばいいのだ。
だが、これが中々に簡単ではない。
繰り返すようだが俺は犯人を知っている。
ゲームと現実に僅かなズレが生じているが、された嫌がらせの方法が一致していることを考えれば、犯人も一緒だと考えるべきだろう。
だが俺がここで犯人の名前を言ったところで、それを立証出来るだけの証拠が無いことには今の樋渡の無実を立証することは出来ないだろう。
それにもう一つ、俺には犯人の名前を言えない理由がある。
それは以前話した隠しパラメータである小波から各ヒロインへの好感度が理由なのだが。
もしここで俺が犯人の名前を上げてそれが立証できたとしよう。するとどうなるか。恐らく小波からそのヒロインへの好感度が下がってしまう。
そうなると小波はそのヒロインのルートに入ることがなくなり、必然的に二股以上のヤンデレルートに入ってしまうのだ。
これも出来るだけ避けなければならない。
つまり俺は今、真犯人の名前をあげることなく、尚且つ樋渡への容疑を晴らさなくてはならないのだ。
どうすれば、どうすればそんなことが出来るか……。
「ねぇ美鶴ちゃん。認めてよ! やったの美鶴ちゃんなんでしょ!」
「ち、違う。私は、こんな、こんな酷いことしてない!」
「だったらそれを証明してよ! 口で言うだけじゃ誰も信じることなんて出来ないよ!」
「でも、本当に。筆箱だって昨日なくして困ってて、何でそんな所にあるかなんて、想像もつかないし……」
「嘘ばっかり! そうやって嘘を重ねて行くつもりなんだ。誠君にこんな酷いことをするのは美鶴ちゃんでも許せないから。見損なったよ美鶴ちゃん」
「そんな、そんなこと……」
机の前では陽山と樋渡が言い争ってる。
樋渡がかなり押されてるみたいだし、現状はかなり良くないと考えるべきだろう。
この現状を打破するにはどうするべきか……。
真犯人の名前をあげずに樋渡への容疑を晴らす。
どうすればそんなことが出来る?
まず思いつく方法としては樋渡の絶対的な無実の証拠を探す。
ゲームの内容から小林さんの無実の証拠なら知っているのだが、樋渡の無実の証拠となるとすぐには見つかりそうにない。
ならばこの方法は却下で。
他の取れる方法としては……例えば犯人と同じように別の犯人をでっち上げると言うのはどうだろう。
出来るだけ遠藤とは関係なさそうな、そしてこの状況に耐えれそうな奴を犯人としてでっち上げるのだ。
すると疑いはそっちに向いて、樋渡は解放されると言う訳なのだが。
しかしこれは最低の手段だし、また現状樋渡を犯人と決め付けるような流れと証拠がある以上、それよりも強い確証が要るだろう。
それこそ犯人の自白、と言うかやったと認めてくれるような、そんな人物で無いとこの方法は成り立たない。
誰か、誰か居ないだろうか。そんな奴が何処かに。
と考えた所で、そんな都合の良い人物が居るはずも無いと、別の方法を考えようと思ったのだが。
あっ……。
一人だけいた。その条件にあてはまるピッタリな人間が。
遠藤と関係なく、そして今回の罪を被ることが出来て、そして尚且つ多分この後に起こるいじめにも耐える覚悟が出来ている人間が。
一人だけいるじゃないか!
「おい陽山! その辺にしとけよコラ!」
「何よ山田くん、だから部外者は黙っててって言ったでしょ!」
ヒステリックに叫ぶ陽山。これがあのいつもの元気な陽山と同一人物だって言うんだから女は解らない。
「俺は部外者じゃないんだなこれが。ハッキリ言うが俺は犯人を知ってるし、それは樋渡じゃない!」
「なっ、それはどう言う意味よ!」
「言葉通りの意味だ。犯人は別にいる。樋渡を責めるのは筋違いだ」
「嘘、そんなことがある訳……」
酷く狼狽した様子の陽山。まあ、当然だろう。こんな展開は予想してなかっただろうからな。
「だ、誰が犯人だって言うのよ! 証拠はあるの?」
「証拠か。あるって言うかなんて言うか……」
そう言って一つ大きく深呼吸をする。
この先の道は、元の生活へとは帰って来れない一方通行の道かもしれない。
それでも、これが最善だと思うから。俺はこの道を行くべきなのだ。
ならばあとはやるだけ、実行するだけ。
そう、覚悟を決めて、言葉にする。
「これを、この嫌がらせをやったのは俺だ」




