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人それぞれの秘密


翌朝、私は意外にもすんなりと起きることができた。


こんな目覚めのいい朝が来る日は初めてだった。



「ほら!起きろ!!」


未だ眠るお凛を強引に起こすと、さっさと仕事に取り組んだ。


「何で朝っぱらからそう元気なの?」


不機嫌なお凛に私は笑顔で返す。


「そういう朝もあるでしょ?」


「ない。あったら不気味だって」


はぁ、と欠伸をするお凛は全く使い物にならなかった。


朝餉の支度も終えお侍さん達が朝の稽古をしている間は私たちの朝礼が始まる時間だった。


「来週近藤さんは江戸へ出て将軍との会合があるらしいの。それに向けて舞子とお凛は彼の着物を見繕って」


「明日から新撰組は夜警をするそうよ。それまでに提灯と蝋燭、それに半纏の用意も忘れずに」


テキパキと千葉さんと母が報連相をしているのをお凛は面倒だと言わんばかりに聞いていた。


朝礼を終えると私たちは居間に出来たての朝餉を用意していると何故か今日は沖田さんが1番乗りだった。しかしお凛を見ては不機嫌になり無言で席に着いていた。


「沖田さんおはようございます!」


そんなことに気がつかずに声を掛けた私に沖田さんはいつも通りの笑顔で迎えてくれた。


「おはよう舞子ちゃん!今日も美味しそうな朝餉ですね」


「またぁ〜沖田さんって褒め上手なんですから」


「総司はいつも口だけだから」


フンと鼻を鳴らしながら話すお凛に沖田さんは舌を出していた。


「相変わらず仲がいいな!」


大声を張る原田さんと大笑いする永倉さんが居間に入ってくると急に明るくなるのがわかる。


「舞子、俺たちこれ食ったら湯浴みにするから宜しくな!」


「畏まりました!」


頭を下げる私を見てお凛は顔を引き攣らせていた。


「ほら!お凛行くよ!」


朝餉を整えると私はお凛を連れて風呂場へと向かった。


「アンタ、まるで家臣みたい」


呆れるお凛に構わずお風呂を沸かす私に続けて愚痴をこぼし始めた。


「もう辞めたい、何であんな男たちの世話をしなきゃならないの。世話してやってるのにお礼のひと言もないし」


「だってそれが私たちの仕事だもん」


「それでもあんな男たちに媚を売らないといけないなんて。彼奴らの態度ったらまるで自分は神だと言わんばかり」


「そりゃお侍さんだもん」


「アンタ本気で言ってんの?」


「私も初めは思ったよ、あんなに偉そうな態度を取られて腹が立ったし。でもね、1度彼らの仕事を見たことがあってね。そりゃ格好良かったの。私たち平民を守ってくれる彼らの世話が出来るのは誇りだよ」


長ったらしい私の演説を聞くお凛の顔が少し変わったのがわかる。


「全く、アンタって本当変な女」そう言いながら火を起こすお凛に私は笑った。




それから昼間になると私たちは刀の手入れをしていた。刀となれば侍の命そのものだ。決して怠ってはならない業務である。


丁寧に扱う中、お凛はすぐに指を切っていた。


「あぁ、もうこれで3本目だ」


切れた指を見ながらため息を吐くお凛はすぐに私に仕事を押し付け姿を消した。


それでも私は唯一やりがいのある仕事に没頭する。




仕事をサボるお凛はふと稽古場へと向かった。


1人で稽古する斎藤さんの姿を見つめながら床に腰を下ろすと斎藤さんは動きを止めた。


「…そんなに見つめられるとやりにくい」


ボソリと呟く斎藤さんはお凛の指を見て目を丸くさせた。


「怪我をしているな」


そういうと髪を留めていた手拭いを取り、そっと彼女の指に巻いてやった。


長い髪が風に靡く様子をお凛は見つめると思わず笑ってしまう。


「これが初めての会話だね」


「…」


思わぬ言葉に斎藤さんは顔を赤らめた。


「済まない、女子おなごと話す機会がなかったもので」


「それなら私がその機会になる」


まじまじと見つめる彼女に斎藤さんは目を閉ざしながら俯いた。


「俺にその手は使えんぞ」


そしてゆっくりと立ち上がると彼女から離れる。


「別にそんな気はなかった」


ふて腐れるお凛に背中を向け稽古を続けた。




漸く刀を磨き終えた私は箱に納めるとひと息吐いた。


「お疲れ様!一緒に食べましょう」


様子を見に来た沖田さんが団子を差し入れに持ってきてくれた。


「ありがとうございます!」


縁側に腰を掛けながら団子を頬張る中、私は落ち着かなかった。


憧れの彼と隣りに座りながら団子を頬張る。


これは女子が夢見る行いだ。


「凛ったら全部舞子ちゃんに仕事を落ち着けたんでしょう?後で叱って置きますね」


「そんな!これは1人で出来る業務ですから!」


「それでも仕事をサボるなんて良くないですよね」


「沖田さんは優しいんですね」


思わず笑みが零れる私に対し沖田さんもつられて笑っていた。


「だって凛を叱れるのは僕しか居ないだろうし」


「羨ましいです」


「もしかして舞子ちゃんも僕に怒られたい?」


「そういう意味じゃないです!」


焦る私を見てクスリと笑う沖田さんに思わず心が跳ね上がる。


「お2人は本当に仲が良いんだなってつくづく感じますもん」


「そんなんじゃないよ」


すると無表情になる沖田さんの横顔を見て私は声を失った。どう声を掛ければいいのかわからなかった。


「それより僕も仕事しなきゃ、舞子ちゃんもサボってないで仕事してくださいね」


「私は…!」


そう言いかけたが沖田さんの微笑みに何も言い返せずに笑みがこぼれた。




「全く何処ほっつき歩いてたの?お陰で私は沖田さんと2人きりになれた」


夕餉の買い物に出かけながらお凛と話す中、お凛は呆れたように息を吐く。


「他に仕事があったの忘れた?アンタがサボっている間に私は巡回の準備を終わらせたんだから」


「スッカリ忘れてた…」


沖田さんと2人きりになれたことに浮かれていた自分を恥じる様子をお凛は微笑んだ。


「総司に本気なら私から話そうか?」


「え?」


「だってその様子じゃ2人の進展はなさそうだし」


肩を竦めるお凛に私は体を拗らせた。


「いいの?」


「総司に貸しがあるし」


「恩に着る!」


私たちの関係は驚くほど上手くいっていた。


仕事も順調で恋も進展しそうで浮かれていた私に追い打ちを掛けたのは彼だった。




「刀が全部錆びてやがる!」


土方さんの怒鳴り声が私の脳天を襲った。


「御免なさい…」


涙ぐむ私を見て土方さんは頭を抱えた。


「刀は俺たちにとっちゃ命そのものだ!それを錆びらせるとは何を考えてんだ」


「申し訳…ございません」


震える声の私を沖田さんが庇うも土方さんの怒りは頂点を達していた。


すると思わぬ助け舟を出したのはお凛だった。


「刀のことなら父に頼みます。明日までには人数分揃うはずです」


「だが…」


そう言いかけた土方さんだったが成す術がなく押し黙った。


「ここは凛に任せましょう」


ニッコリと笑う沖田さんに土方さんは目を閉ざし頷いた。


「だが次ヘマをしたらお前の首を切り落としてやる」


蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。


土方さんに怒られることは多々あったが、あれほどまで怒られることはなかった。


それほど刀は武士にとって大切なものだと感じさせられたのと同時に土方さんの信用を失ったと思うと涙が溢れた。


「私…ヘマしちゃった」


泣きじゃくる私の肩を抱いてくれる沖田さんに甘え彼に寄りかかる。


すると沖田さんとお凛は顔を見合って微笑んだ。


「そう落ち込むこともないですよ。ああ見えて土方さんは舞子ちゃんを頼っているんですから」


「でも次ヘマしたら私首を撥ねられちゃう…」


その言葉に2人はクスリと笑い始めると腹を抱えて大笑いした。


「笑うなんて2人とも酷い!」


「御免御免」


笑いながら謝る沖田さんを見ていたら私までも吹き出し笑った。元気になった私の体の何処かがカチリと音を立て動き始めたのがわかる。


「何かやる気が出て来ました」


今までにない感情に身を任せ私は仕事に取り組み始めた。


その日の夜、私は日記に没頭した。


ヘマした理由や、怒らせると危険な土方さんについて。


意外と仕事ができるお凛に、沖田さんとの会話。


心が折れることは何度もあるこの仕事だけど、やっぱりやりがいはある。次は褒められるように明日は今日よりもっと頑張ればいい。


不思議とそう思えた。



私が眠りに就いた頃、お凛は自室を忍び出て再びあの部屋へと向かおうとしたが思わぬ人物に足止めを食らう。


「土方さんなら外出だよ」


不敵に笑う沖田さんにお凛はバツが悪そうに頭を掻いた。


「別にそういうわけじゃ…」


「凛には失望したよ。あれほど傷ついたのに懲りてないなんて。愚かだよ」


腕を組みながら静かな声音で話す沖田さんにお凛は目を伏せた。そして爪を噛みながら廊下に腰をおろすとため息を零す。


「そうだよね、わかってたのに」


お凛の震える声に沖田さんも目を閉ざし彼女の隣りに座った。


「どうして自分を傷付ける真似を?」


「わからない、ただ…寂しかった」


そう話す彼女に沖田さんは優しく包み込む。


「可哀想な妹よ。ここに居たらそんな想いをさせない」


「本当心強い兄貴ね」


寄り添い合う2人の背中を偶々通りかかった近藤さんは微笑みながら見守っていた。




翌朝、私とお凛で呉服屋へと向かった。


「近藤様のお着物、出来上がっております」


店主の案内でどんどんと中へ入っていく。そんな中お凛は誘惑と戦っていた。


「絹の手触りが最高」


「お目が高い」


店主とお凛は意気投合している間、私は近藤さんの着物に目を向けた。


「うわぁ…綺麗」


土色に統一された着物に目を通していると店主は和かに説明を施した。


「少し赤みを加えたものですが正真正銘の土色です。土付かずのお色味ですからきっとお気に召されるかと存じ上げます」


土付かず、きっと近藤さんの好きな言葉だ。


「ありがとうございます!さっそく包んで頂けますか?」


「畏まりました」


店主が着物を包んでいる頃、お凛は只管に緑色の着物に目を向けていた。


「その着物気に入ったの?」


「ねぇ、この色私に似合うと思う?」


「少し派手じゃない?」


「そう?でも偶には羽目を外してもいいよね。私もこの着物買おう!」




大荷物を抱えながら私たちは屋敷へ向かった。


「仕事の合間に自分の買い物もするなんて何を考えてんのか」呆れる私にお凛は大事そうに着物を抱きしめた。


「仕事疲れが溜まって最悪だよ、少しは自分にご褒美あげてもいいじゃん」


「ご褒美って、貴女まだ働いて3日じゃん!」


薄々気がついていたがお凛の家柄は裕福なのだろう。


羨ましい人生を送って生きてきたに違いない。全く腹が立つ。


そんな事を思っているとふとお凛の足が止まった。


不思議に思った私は振り返りお凛の顔を見るとまるで幽霊でも見たような表情で目の前を見つめていた。彼女の視線を追うとそこに居たのは綺麗に結い上げられた髷が印象的な青年だった。


「お凛?」


青年に名を呼ばれるとお凛は気まずそうに顔を背け、青年から逃げるように去っていった。


思わずお凛の後を追おうと駆ける私の腕を青年は掴んだ。


「君はもしかしてお凛の女中か?」


「失礼ですね!私はそんなんじゃありません!」


「それは失礼なことを。ということはご友人で?」


「まぁそんな所です」


少しでも裕福な友人を演じてみたくなり、多少の嘘を吐いたところだった。


そんな私に青年は1通の文を手渡す。


「もしご迷惑でなければこの文をお凛に渡して貰えませんか?」


「まぁそれくらいなら」


「恩に着る」


青年の文を持ち帰った私はすぐにお凛に手渡そうとしたが、彼女は断固拒否した。


「そんな汚らわしい物受け取れない」


そっぽを向くお凛にわたしは興味がそそった。


「ねぇねぇ、彼とはどんな関係??」


「何で教えなきゃなんないの?」


「いいじゃん!それともこの文を読めばわかるかも!」


「わかった!」


お凛は文を奪い取り大声を上げると事を聞きつけた沖田さんがやって来た。


「何々?何の話?」


「さっきね、謎の青年からお凛への恋文を預かったところなんです」


「へぇ、その謎の青年って?」


企んだ笑みを浮かべる沖田さんにお凛は悔しそうに唇を噛み締めた。


「ここで罰を受けているのも彼が原因なの」


「一体何があったの?」


「逃げたの」


「何から?」


2人から質問攻めに合うとお凛は苛々からか唸った。そして意を決したように話し出す。


「彼は私の婚約者だったの」


「「え!?」」


思わず沖田さんと顔を見合わし顔が熱くなったがすぐにお凛に目を向けた。


「彼の家は裕福だし婚約者として申し分ない人だったの」


「それでも逃げたの?」私の問いにお凛は何度か頷いた。


「だって私にはそんな度胸はないし。まだ結婚なんて想像が付かないでしょ?普通は」


「そんな事ない」


そんな私の答えに2人の驚く顔が一斉に向かれた。


「へぇ、舞子ちゃんはもう結婚のことを考えているんだ」沖田さんの問いに心臓が跳ね上がる。どう答えれば正解か、それは謎だ。


「偶には」


曖昧な答えにお凛は複雑そうだった。


「普通の女子は皆結婚を考えてるのに、私ときたら逃げちゃうなんて…」


「きっと凛には相応しい男じゃなかったんだよ」


沖田さんに宥められるお凛は内心ホッとしているのが目に見えてわかった。


「だけど私が逃げたことにより2人の男性を傷付けたんだよ、罪悪感で死にそう」


「それより文には何て書いてあるの?」


沖田さんが文を奪い目を通すと同じようにお凛も文を読んだが、みるみる顔が変わっていく。


「何これ!」


「何て書いてあったの?」気になる私も文を覗き込むとそこには“君を許す”とだけ書いてあった。


「私が全部悪いみたいな言い草だよね?これって」


「でも結婚から逃げたのは凛だ」


「そうね、全部私のせい。責めなさいよ!私を慰めてくれるのはこの着物だけ」


買ったばかりの着物に身を包み込ませるお凛に少し同情してしまった。


確かに好きでもない相手と結婚をさせられてしまったら?もし自分の婚約者が土方さんみたいな人だったら?


私だって逃げ出していたかも。


全て彼女が悪いとは言い切れないものだ。





午後になると私は近藤さんに着物を届けた。


「見事な出来映えだ。あの店主にお礼を言わなければな」


「私からお伝えしましょうか?」


「いや偶には私も外へ出て人と触れ合わなければな」


頭を掻く近藤さんの様子を笑いながら部屋を出ようとした瞬間、彼に呼び止められた。


「お凛とは上手くやっているかな?」


「ええ、ああ見えて本当は良い子ですし」


「君がそう言うのならあの娘は成長したみたいだ」


「もしかして近藤さんもお凛と幼なじみ?」目が点となる私に近藤さんは大笑いしていた。


「幼なじみか。それは自分が若く聞こえる言葉だ。だが昔からの仲であることに違いはない。お凛の父親が総司の母親と一瞬だけ夫婦になったことがあってな、その時に」


「ちょっと待ってください!お凛と沖田さんって?」


物事が読み取れない私は混乱していたが近藤さんは優しく答えてくれた。


「あの2人は兄妹だったことが一瞬あるんだ」



2人はてっきり何かあるとは思ったけど、まさか兄妹だった時があるなんて普通考えられるものだろうか。


屋敷の廊下を歩きながら考えていると何だか疲れてしまった。


そんな中、土方さんとすれ違い急に昨日の気まずさが襲いかかった。


「あ…」


何度か頭の中で謝る練習はしていたものの、そういう時に限って中々声が出ないものだ。そんな私を見て鬼の副長は呆れているのだろう。直視できない。


しかし


「昨日は…言い過ぎたな」


思わぬ人物からの謝罪に私は更に困惑することとなる。


「え?」


「それだけだ」


不器用な彼なりの謝罪に私は思わず笑みが溢れた。


土方さんが、あの土方さんが私に謝ったのだ。


「私も!次からは気をつけますので!」


遠ざかる彼の背中に声を掛けると土方さんは一瞬だけ立ち止まったがすぐに歩き出した。


その姿を見届け私はすぐに仕事に取り組んだ。



その日の夜は心を込めて日記を綴った。


書くことが多かったが書き留めておく必要があるほど重要度が高い。


お凛と沖田さんは兄妹だったこと。今は違うらしいけど。それとお凛は意外と繊細で結婚恐怖症だってこと。


近藤さんは人を気にかける優しいお侍さんだってこと。


そして何よりもあの土方さんが謝罪を述べたこと。


色々と書き留めて来たけれど、これはまだまだほんの一部の出来事に過ぎない。


私の人生はこれからであるのだから。







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