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後輩には気をつけろ


幼い頃から夢見ていた職場に就けたのは半年前。


女子が憧れる仕事の頂点に君臨する有難いものだった。


そう、それはお侍さんのお世話をする女中である。


近藤局長というお偉いお侍さんの古い友人であった母のひと言によって私の人生は変わり始めた。


女中の朝は早い。


日が昇る前に起きて、先ずは井戸から水を汲んでくる。


それから朝餉の用意をしながら、朝一に入った新聞に目を通して幕府関係の記事に下線を引く。


そしてお茶を沸かしてから稽古場のお掃除…


まだまだあるけれど、女中たちは皆慣れた手つきで終えていく。これが私たちの朝の仕事だ。


毎日が大変だけど、この仕事に就けた嬉しさと誇りを思えば辛くはない。そう思っていたのも束の間、私は半年が経った今でも叱られる羽目になる。あの鬼の副長に、だ。


「旨い茶も淹られねぇのか…」


機嫌のいい土方さんを見た試しがない。


お茶に美味いも不味いもあるもんか。


お侍の癖に文句が多いとは世も末だ。


厳しい鬼から逃れるために私は台所に避難するといつもの顔ぶれが揃っていた。


「貴女今日も土方さんに怒られていたわね」


母のおたつに責められると胸にグサリと刺さる。


「もう半年になるし慣れた頃かと思ったけど、貴女はやっぱり要領が悪いわね」


「そんな事言われなくてもわかってるよ、どうせ私なんか兄様のように賢くないし」


ブーブーと不貞腐れている私を母は更に呆れていた。


「そんな様子だとこの先不安よ、もうじき後輩が出来るのに」


「後輩?」


「そうよ、舞子まいこに後輩が出来るの」


ニヤニヤと笑う母の隣りで答えるのは千葉さんだ。母とは同い年らしくウマが合うようでいっつもこの台所で食っちゃべっている。でも、物凄く手際がいいって噂だった。


「その後輩っていつ入ってくるの?」


「あら行けない!もう来ている頃だわ!急がなきゃ!」


慌てる母の後を追うように玄関へと向かうと私は思わず息を呑んだ。


漆黒な長い髪を纏めた少女の顔は憎いほど整っていて、まるで絵に描いた美人とはこのことだと言わんばかりだった。


無愛想な顔をしていたがそれですら完璧に見えた。


「貴女がおりんさんよね?」


ニコリと笑いながら尋ねる母にお凛という少女は鼻を鳴らした。


「私以外に誰かいるの?」


「まぁ憎たらしい子ね。叩き直しようがあるわ」


「それより上がっても?長旅で疲れたの」


美しく整った顔立ちから考えられないような口調に私は思わず唖然としていたが、母は何も感じないのか普通に接していた。


「休んでいる間なんてないわよ?すぐ身支度を整えなさい!」


「え〜」


肩を落としながらも屋敷に上がりこむお凛の姿を見て私は自分と何も変わらない少女なのだ、と感じ取った。


「ほら舞子!貴女が先輩なんだから教えてあげなさい!」


急に任された後輩の育成に戸惑いつつもあるが、何故か後輩が出来たことにより自信が持てた。


「お凛ちゃんだよね?私はあのガミガミと煩い人の娘の舞子」


手を差し伸べるとお凛は意外にも素直に手を受け取ってくれた。


「何となく気が付いてた。だって顔付きが似てるもん」


「本当?嫌だな〜将来はあんな顔になるのか…」


「それよりさ、アンタは何をしてこんな事をさせられてるの?」


「え?私はただこの仕事に就きたくて」


「嘘、マジ?あり得ない」


口をあんぐりと開けているお凛に私は戸惑っていたが笑みを浮かべた。


「だってあのお侍さんのお世話が出来るなんて中々出来ないんだよ?」


そう答える私を信じられなそうに見つめるお凛は呆れながら顔を横に振っていた。


「それよりも仕事の話をしなきゃね。まず私たちの仕事はさっきも言ったけどお侍さんのお世話をするの。ご飯を作ったり掃除をしたり、色々することがあるから…何か書き留めなくていいの?」


覚える気があるのか、ただ呆然と立っているお凛の様子に私は思わず目を細める。


「私、頭はいい方だから」


肩を竦めるお凛を疑いながらも私は説明をしていった。


「大まかな流れは水を汲んで朝餉を作り朝刊に目を通して屋敷の掃除。それから洗濯したり刀を磨いたりお八つを作り夕餉の買い物に出かけるの。それからお湯を沸かし夕餉を作る」


「何だ、余裕じゃん」


腕を組むお凛に私はため息を吐く。


「まぁ日によるけど大体の流れはこんな感じ。あとはここに勤めているお侍さんの名顔一致ね」


「そんな必要ないって」


「ちょっと!私は先輩だよ?ちゃんと言うこと聞いてよ」


「はぁ…」


生意気な後輩にウンザリし始めると私たちの元に向かってくる足音が聞こえてきた。


私は思わず頭を下げるがその人物はニコリと笑って手を振った。


「そんな畏まらないでくださいよ」


「で、でも…」


恐らく知っていると思うけどお侍さんの中でも人気がある方、沖田総司さんが今私たちの目の前にいる。


綺麗な長い髪を結い上げた沖田さんは美しい人だった。桜に例える人さえいるくらいだ。


勿論私も心を奪われている乙女のひとりだ。


1人でドギマギしている間、沖田さんはお凛の顔を見て子犬のように尻尾を振る。


「凛!何でここにいるの?」


「わかってる癖に…ムカつく」


「その様子だとまた水野さんを怒らせた様だね」嬉しそうに話す沖田さんと苛立っているお凛の様子を見て1人置いていかれている私はまるで蚊帳の外だった。


「御免御免舞子ちゃん、僕たち昔からの仲なんです」


ニコっと笑う沖田さんに一回一回ドキッとする私に気が付いてかお凛は呆れていた。


「こんなとこで寛いでないで、どっかで休憩しよ?」


「何言ってるの?これから夕餉の買い物に出かけるんだよ?」


「いいね!早くここから出よう!」


お凛は私の袖を掴むとさっさと屋敷を出て行こうとした。


「沖田さん!今晩の料理は何がいいですか!?」


遠ざかる彼に尋ねるも沖田さんはニコニコと笑いながら手を振っていた。




「沖田さんとせっかく話していたのに何で逃げるの?」


京都の街を歩きながら団子を頬張るお凛に尋ねるが彼女は不機嫌そうに顔を顰めさせた。


「それより沖田さんとはどんな関係なの?昔馴染み?」


「そんな所かな」


「いいなぁー、沖田さんと幼なじみとか。皆が憧れる話だよ」


「総司の何処がいいの?」


すると不意に尋ねられ私は固まった。


「だって皆の憧れの的だよ?お凛は違うの?」


「ふーん、アンタも所詮はそこらの女と同じなんだ」


「どういう意味?」


少しムッとする私を見てお凛は得意げに笑っていた。


「まぁ、昔から総司は人気があったし不思議じゃない」


「やっぱり沖田さんは昔からモテてたんだ〜」


色々と想像する私の隣りでお凛はただため息を零し続けた。それから夕餉の買い物を終えた私たちはすぐに屋敷へ戻ると母は私たちを見て満足そうだった。


「仲良くやっているようね。安心したわ」


「ちょっと後輩の癖に生意気なところがあるけど」


お凛を睨みつける私に千葉さんは笑っていた。


「同い年なんだからそう言ってあげないで」


「へぇアンタ私と同い年なんだ」意外そうに目を丸くさせるお凛だったが、もう怒る元気はなかった。


「もう駄弁ってないで夕餉の支度しよ!」


率先して動く私を母は驚いたように見守っていた。




居間へ料理を運ぶ中、すでに正座して待っていた斎藤さんに目が留まる。


「いつも斎藤さんは早いんですね」


そう声を掛けながら料理を並べていたが、いつも無口な斎藤さんは目を閉ざしたまま頷いた。


あまり話したことはないがきっといい人だと感じている。ちょっと恥ずかしがり屋さんなのかもしれないけれど。


「湯呑みはここに置いておけばいい?」


ふとお凛の声が聞こえ我に返った私は頷いた。


「あと御新香を持ってきて!」そう声を掛けるとお凛はすぐに居間を出て行こうとした瞬間に顔付きが変わった。


「…」


目の前に立つ土方さんは相変わらず不機嫌そうだったが何もなかったかのように席に着く。


「…」


そしてお凛もすぐに台所へと向かっていった。


お侍さん達が居間に集まった所、私たちの仕事はひとまず落ち着いた。


「あぁ…疲れた」


肩をほぐしながら母は千葉さんと話している中、私は夕餉を採るお凛の横顔を見つめた。


「何?」不機嫌そうに尋ねるお凛に私は疑問に思っていたことを尋ねた。


「沖田さんが言ってたけど、ここに来たわけって?」


「ちょっと父と喧嘩して。お仕置きだよ、無期懲役ってやつ」


「一体何をしたの?」


「気になる?」


謎めいた眼差しで聞き返す彼女に私は思わず顔を背けた。


「今度聞くことにするよ」


「私だって話す気ないし」


肩を竦めるお凛の横顔は何処か寂しげだった。



ようやく1日の仕事が終わった私はすぐに自室へ向かうと毎日綴っている日記に筆を走らせた。


勿論沖田さんのことだったり、土方さんとお凛の悪口などいっぱい書き留めた。


だけど半年経った中で1番濃い思い出になったと日記に書きながら感じていた。


中々苦労しそうだが仕事が楽しく思え始めたのだ。




部屋の灯りが消えた頃、土方さんは部屋で残る仕事を片付けていた。


するとゆっくりと開かれる襖の音に目を閉ざした。



「こんな夜更けに何の用だ」


彼の問いかけにお凛は何も答えずに足を進める。


不思議に思った彼は目を開けるとお凛は彼の頬に手を置いた。


「…」


見つめ合う男女は唇を重ね合わせるとゆっくりと倒れ、徐々に燃え上がっていった。


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