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イチ

カラ、コロ、

あぁ甘い。


「起立、礼」

挨拶もそこそこに、がたがたと白と黒が動き出す。みんなが一斉に動くその光景は、公園の鳩が一斉に飛び上がるのを毎回連想させた。

「深風、お前今日提出の課題終わった?」

クラスの奴が俺の所に課題用のプリントをひらひらさせながらやって来た。

「あぁ…今から出しに行こうと思ってた」

「おっ、終わってるんじゃん!俺半分しかやってなくて。写さして!」

「…別に良いけど」

「やった、さんきゅ!」

プリントを渡していると、他の奴らもぞろぞろやって来て、俺のプリントを回し始めた。大体みんな写し終わったところで今度は各々のプリントを俺の分に重ね、俺に渡す。

「ついでに出しといてよ!」

俺らやることあるからさと言っているが、多分いつもの放課後のトランプ大会が始まるんだろう。拒否の言葉が喉まで出かかったが、いつものように飲み込んだ。

「…いいよ」

俺が言い終わるのを待つこともなく、テキトーに感謝を投げかけながら、俺の周りに集まってた奴らは一気にいなくなった。


どんよりとした気だるい空にチャイムの音を貼り付けて、学校は放課を告げる。校門を出ながら俺は顔をしかめた。

また、今日も、だ。

纏う雰囲気のせいか言動のせいか、俺のクラスでの扱いは、いつもさっきみたいな事が多い。クラスの奴は嫌いじゃない。口は悪いけど、それなりに楽しい時もある。

俺が嫌いなのは、「深風はこんな奴」とカテゴライズされてる俺だ。

だからって、そんなキャラじゃ無いと熱弁して妙な雰囲気にさせるのも嫌だし、でもこのまま甘んじて受け入れるのも嫌。そうして前後左右どこにも進めず、じっとしている今の状況にも、いい加減嫌気が差す。鬱憤が急に喉までせり上がってきた。

「ハァ………」

口の中に苦い何かが広がる気がして、口をゆすぎたくなった俺はつま先の方向をくるりと変えた。



小さな公園、そう言えば俺はここの名前も知らない。入り口を抜けると、ザァっと濁った風が頬を叩いた。水飲み場まで行って、蛇口をひねる。

俺の動作は、ここで止まった。

「コロ」

出てくる水の音と、もう一つ。

「カラ、カラ」

顔をあげて、公園の奥を見た。

「カラ、コロ」

また風が吹いた、もっと、もっと強く。

俺の髪をさらった風は、彼女のブルーブラックの髪も弄んだ。

ベンチに体操座りをしている女は、俺に気づいているのかいないのか、また棒のついた飴玉を、口の中で転がした。


「…何してんの」

「誰、アンタ」

彼女の傍らに立つと、黒まなこでちらりと俺をうかがった。

「…同じクラスだろ、俺とお前」

「へぇ…知らなかった」

なんだかやるせなくて肩を落とす。

前方に視線を戻した彼女の口元からは、またコロコロと音がした。

「いつも食ってんのな、それ」

「……」

「そんなに飴が好きなのか?」

彼女の隣に腰掛けて問いかけると、彼女は棒をつまんで飴を口から取り出した。くるりくるりと棒を回しながら、飴をじっと見つめて、彼女は何も言わない。


沈黙は、心のカセットテープを巻き戻したり、早回ししたり、一時停止させたりもする。

今の沈黙は、また一つ吹いた突風も手伝って、俺の心を早回しにした。話が飛んで、転がって、俺の口から出た言葉はこうだった。

「この天気も学校も嫌いだ」

空がまた曇った、灰色ってもんじゃないくらいに。でも、そう思ってたら、今度はぼんやりと元の曇天に戻ってしまった。

あぁ、これだ。

拒絶すれば、叩かれるのなんてほんの一時で、そこを過ぎれば俺が持っていた色は取り上げられて、白けたため息だけが残って、

最終的にはこの曇り空のどこかわずかな隙間にねじ込まれてしまうに決まってる。

俺はこれが怖いんだ。

「…悪い、気持ち悪いな俺」

何も言わない傍らに、俺は謝る。自嘲気味な笑いも、俺の口から一緒に漏れた。


「ミカゼくん」

「…え」

「人に何か言われる前に、自分で自分を馬鹿にするなんて賢くないよ」

フリスク数粒を勢い良く噛んだような、鼻から頭につんと響くような声で彼女は言う。

「……お前、俺の名前知らないって…」

「冗談だよ」

ふい、とそっぽを向いて、彼女は飴を口に入れた。


カラ、コロ


「これ、毎日舐めてるわけじゃないよ」

「……」

「食べない日もある。本当に、時々だけど」

「…飽きないか?」

「飽きないよ」

彼女は、器用に飴を歯と歯で挟んだ。

「食べない日は、これを食べなくても十分に甘いんだよ。だから、必要無い」

「………」

「…そんな日って、中々無いでしょ?」

なんとなく、本当になんとなくだけど、分かる気がする。

「苦いのを取り除こうとしたってそれは結構難しい」

「…そうだよな」

「うん、だから甘いので塗りつぶすしかないんだよ」

飴をまた取り出して、口付けるように唇に押し当てる。

その光景が彼女の着ているセーラーとそぐわなくて、俺は思わず視線をそらした。

風が髪を巻き上げて、上へ上へと吹く。つられて空を見上げて、ふぅと息をこぼした。

「…どうにも、なんないよなぁー」

呟くと、少し間があって、肩を小突かれた横を向くと、彼女と目が合う。目の色は、よくよく見ると彼女の髪と揃いで、薄桃の頬と唇が白い肌によく映えていて、いよいよ俺は戸惑った。

そんな俺に気づいているのかいないのか、右手の何かを差し出しながら、彼女はクスッと笑みをこぼした。俺の胸の辺りがきゅっとなるのと同時に、彼女は真顔に戻って言った。

「あげる」

俺が受け取ると、元の体操座りに戻って、彼女はもう大分小さくなった飴をまた舐めた。

「アンタ、公園に入ってきた時からヒドイ顔してるから」

「…どーも」

包みを剥いで、口に入れる。


曇りはこれから先一週間、だらだらと続くらしい。憂鬱だ、と思っていると、ブルーベリーの風味がある甘さが口中に広がって、頬がぴくりと動いた。

そんな俺を見て、彼女の口元がまた綻ぶ。満足げに二つ目の飴を取り出した。


風は吹いては止まり、吹いては止まる。

飛んで行く枯葉を見ながら、俺は口の中で飴を転がした。


カラ、コロ

「………甘い」



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