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明日またこの公園で会いましょう

「これが雑誌で読んだスガキヤラーメン……!」

調理器具が奏でる金属音とラーメン屋特有の熱気。お腹をすかせた女の子を僕はとりあえずスガキヤへ連れて行った。この年代の女子をラーメン屋へ連れて行くのはどうなんだろうと思ったけど、なにを隠そうこのラーメン屋はとっても財布に優しい。お金のない学生にはもってこいの店である。

 「麺は少し固ゆでで、スープはあっさりしていて……なんだかフツーのラーメンとは違うね」

「麺が固ゆでなのは名古屋特有だそうですよ。若鯱屋のカレーうどんも、味噌煮込みうどんも固ゆでが多いです」

「そうなんだ! なんでなんだろう? 不思議だね」

「名古屋人は麺のコシや食べごたえを大事にするからとかなんとか書いてある本がありましたが……定かではないですね」

平ぺったい『きしめん』なんてのもできたのも食べごたえを追及した結果だったりして。

 「あっそうだ、麺と言えば台湾ラーメンっていうのも名古屋にありましたっけ」

「? 名古屋市なのに台湾ラーメンがあるの?」

先割れスプーンを使う手が止まった。

「はい。本国の担仔麺タンツーメンをベースに辛くアレンジしたのが始まりだったそうです。もともとは従業員用のまかない料理だったんですけど、これを常連さんに出したら好評で、メニューに加えることになったんです」

できた当時は『激辛ブーム』の真っ最中だったので名古屋のラーメンとして全国に知れ渡るのも時間がかからなかったといいます。

 「すごい! あなたとっても物知りだね! わたしももっと知りたい!」

「そもそも、どうしてそんなにこの街のことを知りたがるんですか? 他県から観光しに来たんですか?」

女の子の表情が固まる。何気なく訊いた質問だったが、返ってきた答えは予想を大きく上回るものだった。

 「実はね、わたし、今年の七月以前の記憶がないの……」

「記憶がない……?」

「そう」

女の子は少し笑ってみせるけど、どこか悲しげだ。

「ただ、わかっていることが一つある。それはわたしがこの街に生まれたときからずっと住んでいること。だからこの街のことを知れば、何か思い出せることがあるかもしれない」

「だからこの街のことを知ろうとしたんですね」

「うん……信じてくれないよね、記憶が無いなんてさ。お父さんも始めは信じてくれなかったし」

徐々に視線が落ちていく。僕はこういうとき気の利いたことを言うのが下手くそだ。

「別にそんなことはないですよ。相手の言葉を受け入れなければ物事は始まらない。あなたの言葉が嘘だとしても、あなたの身に起こったこと、感じていること、考えていることは本当ですから。それは誰かにわかってもらえる気持ちだと僕は思います」

こ、こんなんでいいで――「君本当にイイ人だねっ!」

 店内で突然感激してしまう女の子さん。

「熱中症で倒れたとき、助けてくれたのがあなたでほんっとうによかった……!」

「そこまで言ってもらえると逆にこちらが感謝したくなります……」

僕は照れると耳が赤くなってしまうらしい。今まさにそうなっているのかもしれない。

 「ラーメン食べ終わったのでそろそろ次の場所へ行きませんか?」

「うん!」

「どういうところがいいでしょうか」

「うーん……よくわかんないからあなたの行きたいところでいいよ」

こういうことを言われるのが一番困るんですよね……。

 少し考え込んで提案する。

「ではこういうところはどうでしょう」



 「クレープおいしいー! 君も買ったら?」

僕らは今、日本有数の電脳街・大須に来ている。ここには海外の料理が楽しめる飲食店、女性向けの服屋、古着屋、メイド喫茶などワールドワイドで日本のポップカルチャーが詰まった商店街だ。お盆休みなので名古屋駅(メイエキ)に負けず劣らず人が多い。

 姉さんが学生だったころ、ここで服を買うことがあり(荷物持ちとして)一緒に買い物に来たときがある。女の子が楽しめるところはここしか思い浮かばなかった。

 僕もクレープを買おうと財布を取り出す。クレープといえばやっぱりチョコバナナだと僕は思います。

「あのさ、そろそろ君の名前を教えてくれない?」

ほっぺにクリームをつけたまま女の子は尋ねる。

「名前は円満井善行です」

「ママイヨシユキ? すごい苗字だね! 漢字どうやって書くの?」

「夫婦円満の円満に井戸の井で『円満井』です」

「難しい読み方だね」

「はい。小学生のころ先生にちゃんと読んでもらえたことないです」

「そういう名前ってあるよね」

女の子はすでにクレープの最後のひとかけらをモグモグしていた。

 「あの、あなたのことは何て呼べばいいですか」

恐る恐る尋ねてみる。記憶が無いっていうことはもしかしたら自分の名前さえも思い出せないでいるかもしれない。そんな人に名前を尋ねることは少し勇気のいることだった。

 「名前は……やっぱり思い出せないの。だけどお父さんはわたしのこと『ヒマワリ』ってよんでた」

「じゃあ僕もヒマワリって呼んでいいですか」

「うん! わたし、ヒマワリの花大好きなんだ! ヒマワリって呼んで」

僕もクレープの最後のひとかけらを食べる。

「はい。ではそうさせていただきます」

 

 それから僕たちは日が暮れるまでいろいろな場所を歩き回った。金のしゃちほこが有名な名古屋城、活気あふれる名古屋の中心地・栄、地下街の喫茶店や雑貨店……それは思っていた以上に疲れたけど有意義な時間だった。

 そして、今はだいだい色に染まった鶴舞公園をのんびりと散策していた。名古屋最初の大公園だけあって面積も広く、池や噴水、同じ敷地には大きな図書館もある。

 「ここ大昔には動物園もあったんですよね」

「そうなの?」

「今でも動物園の門だけ残っているんですよ。その動物園がなくなるとき、動物たちは東山動物園へ移されたそうです」

「やっぱりヨシくんは物知りだね!」

「ヨシくん?」

「うん! 善行くんは長いからヨシくん! いいでしょ?」

ヨシくんだなんて今では身内でも呼ばないのに。

「いや……だった?」

「いえ! そうじゃなくて……そう呼ばれたのは久しぶりだったのでちょっと驚いてしまっただけです」

「じゃあヨシくんって呼んでもいい?」

「……はい」

「やったぁ!」

バンザイして喜ぶヒマワリさん。そんな大仰な。

 こうなってくると別れを切り出すのが難しくなります。そろそろ暴走族の件も何とかしなければならないのに。

 ――もう少しだけなら……いいですかね

少しだけこの時間に甘えるとしよう。滅多にない休みだ。楽しまなくては。


 時刻が六時を指そうとしているときだった。

「そろそろ帰らないとまずいんじゃないんですか……お互い」

「そう、だね」

空を見ると東の空は藍色がにじんでいた。このまま空を覆い尽くす前に、帰らなくてはならないと思った。

「なんかさみしいね……せっかく仲良くなれたのにもうお別れなんて」

そう言ってもらえるとなんかうれしい。けど

「あなたの安全のためにも、もう帰った方がいいですよ」

「うん。わかっているよ……でも」

泣くのをこらえるような、今にも泣きだしそうな笑顔。な、なんとかしないと……

「あの! また明日、この公園で会いましょう! この噴水の前で会いましょう」

今日会ったばかりの人にこんなこと言うだなんて思いもしていなかった。これでいいのかと不安にもなった。でも

「うん! 約束だよっ!」

はじけるような、ヒマワリの花のような笑顔。それが、僕が最後に見た、ヒマワリさんの表情だった。



〈ヨシユキMEMO〉 - - - - - - - - - - - - - - - - -

スガキヤの先割れスプーン ラーメンチェーン店・スガキヤで使うことのできるフォークとスプーンが合体した画期的なアイテム。その機能性はMoMA(ニューヨーク近代美術館 The Museum of Modern Art, New York)も認めた。東急ハンズやAmazonで購入できる。


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