暴走族レース『薬市薬座』
この日ほど、客人を迎え入れたことを後悔した日はない。頭を抱えて、ていうか全身を抱え込んでどこかへ逃げてしまいたいほど後悔している。
「ああ、そんなカオしないでよ~そんなに難しい仕事じゃあないだろう?」
「あなたはこんなインドアガリ勉男子高校生にそんなこと出来ると思っているんですか?」
「いや~、でも暴走族って言ったって女暴走族だし、まだ話せばわかる人たちだから君でも大丈夫だって」
「駄目ですよそんなのむりムリ無理むリムり無りむ理無リム理ですよ!」
ていうか、こんなきな臭い依頼をするなんて絶対堅気ではないだろう、この人。
「あなたは一体……何者なんですか?」
「じゃあ、改めましてじこしょうか~い!」
コップのお茶を再び飲み干して、口を開く。
「俺の名前は堤谷幸太郎――日輪組の構成員です」
「日輪組……? ということはあなた!」
「ヤクザ、なんだけど僕らそんな野蛮なことはしないさ。筋がとおっていない奴には容赦ないけどね」
ニヘラ、と笑う堤谷さん。その笑顔にはわずかながら気迫がある。どうやら冗談を言っているわけではないようだ。
「それに、日輪組は案外君の近くにある存在なんだ。組長は言ってたよ『ここの探偵事務所のオーナーは俺の学生時代からの親友だ』って」
「ということは……父さんは日輪組の組長さんと親しいってことですか?」
「そうだね。だからここに依頼するように言ったんじゃないかな。とても信頼しているようだったし」
毎年僕は年賀状の整頓をやる(やらされる)。そのときに『日輪』という苗字を結構な確率で目にするのだ。見た当時は「珍しい苗字だな」というぐらいにしか思わなかったが、まさかそんな人からの年賀状だったとは。
「でも、そんなこと言ったってなおさら依頼を引き受けることが出来ません!」
父さんの親友といえどヤクザの依頼だなんて。僕は堅気なのですよ。
「えー! まあ話だけでも聞いてさ、ね、もう一度考え直そ? ね?」
それからしばらく僕らの押し問答は続いた。あまりにも堤谷さんがしつこいので先に折れたのは僕だった。話したいこと話せば帰ってくれるでしょう、たぶん。
「まずは、その暴走族に会って君に何をしてきてほしいのか話そうか」
スタンガンを手の平でもてあそびながらサッパリとした口調で説明する。
「実は今夜、暴走族がレースをするんだ。二つのチームのそれぞれの総長が代表選手として走り、チームのメンバーが相手のチームの総長の邪魔をするっていう、まあ普通の奴だね。ただね、そのレースはあいつらが『やろうぜ』って言ったわけじゃないんだ」
「だとしたら、もしかして全く関係のない人がレースを呼びかけたんですか?」
半分当てずっぽうで言ってみる。
「それが全くその通り! 外部の人間――もっと言えばただの一般人が二人の総長にレースをするようにけしかけたのさ」
「そんなことして何になるんですか? レースをわざと起こさせるだなんて」
しかも、そっち側の人間ではなくただの一般人が。
「うん。それが今回の件のミソかな。その一般人の何は目的かというと、とある暴走族の逮捕、らしい。だから俺らはその一般人を警察の人間だと思っている」
暴走族を捕まえるために暴走族をけしかけたって……しかも警察官が。
「ますますわけがわからないですよ」
「だろうね。だから、その人が何をしようとしているのか具体的に話すよ」
手に持っていたスタンガンを机に静かに置く。どうやらここからが本題のようだ。
「まずその一般人――仮にノブナガと呼ぶことにしよう――は暴走族の総長たちにこんな呼びかけをしたんだ『名古屋で最強のチームを決めようじゃないか。景品は用意してある。それはここだけの良い麻薬の取引先と名古屋最強の名誉だ』とね」
「名古屋最強って……なんか微妙な称号ですね」
「だよね~ ノブナガもなーに考えてんだか。でも麻薬の輸入先の情報が魅力的だったんだろうね。二つの暴走族が名乗りを上げたんだ。麻薬の売買で得る金は彼らの大事な活動資金だからね」
こんな胡散臭い話によく乗っかってきたなあ、と呆れに近い感心を抱く。やはりそういう人たちはおつむがよろしくないのでしょうか。
「なんだか真実味に欠ける内容でそそのかしましたね、そのノブナガさんという人は。麻薬の取引先なんか本当は知らないんじゃないですか」
「ビンゴ! 奴は麻薬の取引先なんか知らないし、知っていても教えないだろうね。だって奴は警察官だし」
暴走族が有利になる情報なんか与えませんもんね。
「レースを企画したノブナガはその二つの暴走族に開催日時と場所を伝えた。そうすることでその暴走族がその時間に、その場所にいることが約束されたわけだ。意味わかる?」
僕は首を縦に振った。
「だとしたら警察のやることは一つ」
「待ち伏せして逮捕する……ですか」
「勘が鋭いね~君は。まあ、正確にはレースが始まったのを見計らってその場所へ行き、ゴールした瞬間に逮捕するんだって。始まる前のレース会場にパトカーがうろついていたら罠だってバレて逃げられちゃうからね」
単純なようで罠だと悟られる境界を歩く緻密な作戦。よっぽど肝の据わった人物でないとこなすことは出来ないだろう。
それにノブナガは結局どちら側にも敵を作ってしまっている。麻薬の取引先が嘘であることがわかれば暴走族から潰される。暴走族にレースをやるようにそそのかしたことがわかれば警察側から何らかの罰がくだるだろう。
どこにも味方がいない。自分の策が他人に一切触れてはならない孤独な作戦。なんて細すぎる綱渡りだろう。しかもどちらに落ちても待っているのは地獄だ。
「って、僕結局何のために暴走族の総長に会いに行くんですか?」
「ああ、それなんだけどねえ。君にやってもらいたいのは総長さんを説得して欲しいんだ――レースに参加しないようにね」
口に含んでいたお茶が噴き出すのを何とかこらえる。
「どうしてそんなことをッ? せっかくに捕まえようとしているのに! あなたは暴走族の味方なんですか?」
「そうじゃないよ。俺らは、日輪組の組長は自分たちの住む街を守りたいだけなんだよ。一般人が起こしたレースなんてこっちから見れば望まない闘い、イレギュラーな闘いなわけ。そのうえレース会場は一般の道路ときた。市民を巻き込む危険もあるし怪我人も出る。だから防ぎたいんだ」
「でもいいんですか? このままうまくいけば二つの暴走族が一気に逮捕できるかもしれないんですよ?」
「君はそいつらが警察ごときに逮捕されていいと本当に思っているのかい?」
「それってどういう……」
「あいつらが犯してきた悪事は計り知れない。あんたたちの世界の生温い法律では裁ききれないだろうね。だから俺ら側の掟で裁いた方があいつらにはお似合いだ。海底の奥深くで魚のえさにでもなっている方がね」
その瞬間だけ堤谷さんの表情から笑顔が消えた。日輪組の構成員としての一面が垣間見た気がした。
「でも、僕、暴走族の総長を説得することなんか出来ないですよ!」
「そんなことはないさ~ 君が総長に『このレースは罠だ』って言えばアラ不思議! あいつらは参加したくなくなるって~」
「そんなこと言ったら怒らせるかもしれないじゃないですか! もし殴りかかられたら勝ち目ないですよ!」
「そのときのためのスタンガンでしょ! このスタンガンは女子高生が痴漢撃退のために持っているものとはわけが違う。電気が少し強めだから当たったらしばらくは動けないでしょ」
「でも……そんなものを僕が持っていたって猫に小判ですよ。上手に扱えるわけないじゃないですか」
それになぜ僕なんかに任せるのだろう?
「あなたたち日輪組の誰かが行けばいいじゃないですか!」
「まあそれが一番いいんだろうけどさ、今そこに人数を割けないわけ。組長から下っ端まである女の子を血眼になって探してるからね」
「俺も早く探しに行かないとなー」とぼやく堤谷さん。
「あーもー引き受けてくれたっていいじゃないか! 君に行ってほしいのは片方のチームだけだし、しかも女暴走族の愚乱破栖だよ?」
僕の体に細い電流が走ったような衝撃が駆け抜ける。
「あの今なんていいました?」
「え、だから片方のチームだけだって……」
「そのあとです!」
「女暴走族の愚乱破栖……」
愚乱破栖。とても聞き覚えのある――そしてどこか因縁深い響き。
「その依頼、引き受けます」
「えッ? どうしちゃったの? 急にやる気のになって」
笑ったような目がパッと見開かれて真ん丸になる。
「……引き受けてくれるのならいいんだけどさ」
「やります。少し気になることがあるので」
僕は机の上のスタンガンを静かに手に取った。父さんのメールのことも今朝の全力疾走の疲れも忘れたかのように、意識にスイッチが入った。
「じゃあ愚乱破栖のアジトの場所を教えるから今日中に訪ねてみてくれない?」
カバンの中から地図が印刷されたコピー用紙を取り出す。矢印が描いてあるところがアジトの場所だろう。
「ありがとうございます。さっそく午後に行こうと思います」
「うん。よろしくね、小さな探偵さん。暴走族レース『薬市薬座』はあってはならない抗争だ。止められるきっかけを作ってくれることを祈るよ。また明日くるからね」
ふんわり笑ってから堤谷さんはその場を後にした。パタン、とドアを閉める音が再び静寂をもたらす。
はぁー、と長い溜息をつく。避けては通れない面倒を抱えてしまった、とじわじわと実感してきた。
「暴走族『愚乱破栖』を捕まえようとする警察官か……」
実は、僕はそのノブナガという人物に心当たりがある――ていうか僕のとても身近な人物である。
堤谷さんがこの計画のことを僕に話せるということは、ノブナガが遂行しようとしている計画がヤクザにも知れ渡っているということを示す。もし、僕の思い当たる人物がノブナガだとしたら
「まずいんじゃないんですか――――姉さん」
〈ヨシユキMEMO〉 - - - - - - - - - - - - - - - - - -
猫に小判 猫に小判をあげても「小判の価値なんか知ったこっちゃないし扱うことも出来ないですよ!」ということ。ある人物に対して与えられたものが高価だったり手に余るものだったりするとそういわれる。類義語は豚に真珠、馬の耳に念仏、犬に論語、兎に祭文、一休さんにシャンプーハット。




