02
「どう思う、水城くん」
「明らかに、あの力が原因だと」
水城はあごに指を当てて立っている。眉間のしわが深くなった。
「彼の元々の能力は、視覚と聴覚とが関係しているんだったな」
支部長も、珍しく難しい顔だった。
「聴覚がだめなら、スキャニングはおろか、シェイクも無理だろうな」
「脳に、急激な負荷がかかったんでしょうか」
水城は唇をかみしめて、天井をみる。
もともと、サンライズには特殊能力があった。
それは、ここMIROCでは『スキャニング』そして『シェイク』と呼ばれていた。
スキャニングとは、他人の思念を引きつけてその内容を読みとること、シェイクは逆に、相手の心から『キー』になる言葉を拾い上げてそのまま言葉で投げ返し、その行動を思い通りに制御するという力だった。
サンライズが思い出せる限りでは、『力』は物ごころついた時からあったような気がするが、それが俗に言う『超能力』だとは、この仕事につくまでは考えたことすらなかった。
人より少し変わったことができる、たとえば耳が動くとか、という程度だった(それでもさすがに、人前では「オレ、オマエの心に働きかけて今から逆立ちさせてみせるぜ」などとは吹聴できない内容だということはずっとわきまえてはいたが)。
しかしMIROC内部でさえも、そのような能力者を雇ってしかも任務で特殊能力を利用させていることについては、ごく一部の人間しか知らない極秘事項だった。
元々MIROCは個人から組織までが起こす犯罪行為を抑止、または摘発し更生させる国際組織であり、日本でも一部は警察機構の協力も仰ぎながら国内の治安を裏から支えている重要な機関だった。
警察と大きく違うのはまず、起こった犯罪ばかりではなく起こりうる犯罪さえも、情報がある限りは未然に防ぐために行動を起こすという点、もう一つは、原則非武装という点、ゆえに政府や他の機関にすら内緒で作戦を遂行するということも、ざらだった。
秘密裡の行動が多い故に、社会一般からは案外知名度が低い。それでも、彼らは与えられた任務を黙々とこなし、社会の屋台骨を支えているという自負があった。
その組織の中でも実働部隊と言える技術部特務課のメンバーは、知力体力が優れているだけでなく、かなり高度な交渉技術や応用力が問われることとなる。
また、柔軟な発想力も必要になる。
丸腰で危険な敵の中に飛び込むには、どうしても使える技が多い方がいい。もちろん、最低限での護身術ややむを得ない場合の自己防衛は許容範囲だが、それとて明確なラインが引かれているわけではない。
特務員のある者は手八丁口八丁で、ある者は結局腕力に物を言わせ、またある者は実際に現金を支払って(名だたる犯罪機関にカードでリボ払いという手を使った変わり種もいた)、それぞれの窮地を切り抜けなければならない。
そんな中、元もと腕力にはからっきし自信のないサンライズがリーダーとして活躍できた裏には、この『特殊技能』のお陰が大きかったかも知れない。
彼の場合は、『シェイク』能力がずば抜けて優れていた。
目的の相手の思念キーを一瞬に捕えそれを投げ返す技を、彼の訓練中に度々見ていた水城でさえ、毎度信じられないという顔になってしまった。
「相手が合わせてるだけじゃ、ないの?」
最初の頃は面と向かって彼に尋ねてしまったくらいだ。
シェイカーの担当者としてつき合えばつき合うほど、謎が増した。
しかし逆にはっきりしてきたこともあった。
まず彼の場合は、『シェイク』を行うたびに頭痛や吐き気が起き、体力の消耗が激しくなること。これは開発や医局などで様々な対応をしたのだが、結局余計に彼を苦しめるだけだった。
最終的に、医局担当から
「シェイクと頭痛はアナタの場合、一組みということでお考え下さい」
と告げられた時、MIROCに入って初めてサンライズは反抗的な言葉を発した。
「大便でもお召し上がりください」。
同行していた水城は目をまん丸にして何もコメントを挟めずに突っ立っていた。
今回の件については、水城には思い当たる節があり過ぎた。
近頃続けていたスキャニングの強化訓練が、直接の原因なのでは?
そうなると能力開発チーム主任の水城に大きな責任があることになる。
彼女はため息をついて、病室のほうをふり返った。
単なる頭痛とか精神的消耗とかいうのでも身を切られるような思いを抱きつつあったのだ。それなのに、耳が聴こえなくなるとは。
責任の所在よりも、今は純粋に、彼のことが心配だった。
あの途方にくれた表情の彼が。
沈黙の世界に突然置き去りにされた子どものような顔。どうしたらいいんだろう?