01
「その日」にさかのぼること先週の月曜日、朝のこと。
仕事に行こうといつもの時間に起きて支度をして、
「行ってきます」
と椎名貴生は家を出た。
駅まで歩いて来て、思わず足をとめる。
まわりが、あまりにもうるさ過ぎる。
普段の駅もそれなりに賑やかだが、生活の音というのは慣れればあまり気にならないものだ。
しかし、その日に限っては音という音がすべて、彼に刃を向けてくるような凶暴さをむき出しにしていた。
何かがいつもと違う。
彼は構内に足を踏み入れながら、ぼんやりとあたりを見渡した。
人々の様子は普段と変わらない。しかし、観察していてようやく気づき、愕然となる。
彼らの心が聞こえる。ひとりひとりの心の声が。
気づいたとたん、映像までが目の前にフラッシュした。幾千、幾万もの切れ端。色んな人間の、さまざまな記憶映像、そして声、音、響き。
頭が割れそうだ。押し寄せる波のようなうねりに圧倒され、危うく構内の柱にしがみつく。
「だいじょうぶですか」
駅員が駆け寄ってきて、彼をゆさぶっていたのにも気づかなかった。
「ちょっと、どうされましたか?」野次馬がむらがる。
音と映像の洪水は、急激に止んだ。激しい動悸だけが残った。
「……だいじょうぶです」
立ちくらみのようで、とその場は何とか取り繕い、カイシャに向かったのだがそれから数日は、外に出るのが怖かった。
悩んで数日後、デスクにいた時、いつも訓練で世話になる開発の水城に相談しようと電話をかけた。
なかなかつながらない。なんとなくフロアを見渡す。
急にまた、始まった。
彼は叫んで受話器を放り投げた。
「やめろ、静かにしてくれ」
フロア中の人間が、びっくりして立ち上がる。
「どうしたんだ」
追いつめられた目をした男は、頭を抱えたままあたりを見回した。心配そうな顔が仮面のようにあちこちに白く浮かんでみえる。
「サンちゃん、だいじょうぶ?」
隣の島から駆けつけたローズマリー・リーダーが肩に触れようとしたとたん、サンライズは彼を激しく突き飛ばした。
「来るな」
ローズマリーは穏やかな表情を崩さず、彼の目の中をのぞくように両手を出して
「ちょっとさぁ……サンちゃん、まず、落ち着こう、息をね」
ゆっくり近づいてくる。
しかしその声すら聞こえてこないくらい周りがやかましい。
彼は更に周囲に目をやる。
みんな何故叫んでいるんだ。世界が回っている。ぐるぐる回っている、ものすごい速さで。
「わああああああ」
すべてを締めだそうと、腹の底から叫んで、デスクの下にもぐりこんだ。「誰も寄るなああああああ」
医局から白衣の人が二人走ってきた。一人が手際よく注射器を出した。
固い袖がこめかみに触れたときサンライズは消毒薬の匂いに気づいた。
「はいチクッとしますよ」
そう聞き終わらないうちに、本当に、チクッときた。体のどこかも分らなかった、しかしようやく、世界が静かになった。