表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/46

02

 横浜にある某郵便局本局郵便課に勤務していた頃、年度変わりの異動発表直前、椎名貴生は突然の解雇を申し渡された。

 二十二から勤めて五年目、当時二十七歳、しかも、二年前に結婚したばかりだった。


 理由がよく、分からなかった。

 人員整理だと上は言っていたが。人事異動はあったものの他に辞めされられた者はいない。


「タカさん、課長に何か睨まれたんじゃねえの?」

 同僚の三田村がそっと囁いた。


 覚えがない。ただ、ここ数週間前から、課長がほかの上司と何か話しながら、ちらちらとこちらを見ていたような記憶はあった。課長はインケンな男だったが、自分だけ特に目をつけられている記憶もなかった。


 それがなぜ急に?


 スリッパにゴキブリを仕込んだのだって、オレじゃない。三田村たちがやったのは知っていたが、告げ口しなかっただけだ。椎名も何とか、って聞こえてきたような気もしたが、取るに足らぬ話だと完全に無視してしまった。まさか本当にあの件で疑われていたのか?


 しかし今さら言い訳はきかないだろう。上とまた話をするのもイヤだ。


 妻の由利香に何て言おう。

 公務員は安定してるから、が口癖の由利香。


―― 別に公務員だから結婚したってワケじゃあないけど、やっぱりダンナの仕事は、安定してるに限るわ。


 とんだ安定だった。豪華客船から、自分だけ転がり落ちたヤツもこんな気分だろうか。


 妻に対する言い訳を考えかんがえ、とぼとぼと家まで帰る途中、

「シイナくん」

 声をかけたのが、彼だった。

 貴生は力なくふり向いて、立ち止まった。


 全然見たことがない人物だ。

……いや、ちらりとどこかで会ったな、どこだろう?


「どちらさん?」

「覚えてますか?」


 頭の中に過去映像がいくつかよぎる。間に何かテーブルか、狭い机があった? 紙類も。がやがやしていて、気がせいていた。相手はのんびりして、財布を。

「切手をセットで買った……」

 いつのことだったか、記念切手をあるだけ下さい、と一万円札を三枚出した人だ。

「ああ」

 つい愛想よく挨拶しようとしたが、自分が今日、解雇予告を受けたのを思い出し急に冷たくなる。

「何か用ですか」

 今さら切手を返す、と言われても困る。

「って……何で名前まで?」

「名札、ついてましたから」

 相手は温和な感じの紳士だった。歳の頃は五十台半ばくらい、背は彼より少し高く、横幅もある。身のこなしがスマートで、身軽な感じをうけた。

 そして終始、笑顔を浮かべている。

 しかし、油断は禁物だ。消費者金融のお勧めかもしれない。

「すみません、急いでますから」

 冷たく言い捨て、家路につこうとしたところを

「奥さまに、解雇のことを話すんですか」

 完全に歩みがとまった。眉間に力が入る。

 ゆるゆるとふり向いて聞いた声もとがる。

「どうしてそれを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ