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01


 菅野和輝(かんのかずき)は、もともと福島市出身だった。

 東京の調理師専門学校卒業後、都内でさまざまなバイトをしながら暮らしていた。特にやりたいこともなく、せっかく東京に来たのだからもう少し何か自分に合ったものがないか、色々とやってみるつもりだったらしい。


 居酒屋で働くことになったのも、偶然だった。


 いつも通る路地に『赤べこ』という看板があった。大きな赤い牛の張り子が入り口にぶら下がっている。地元福島の特産品であるその牛を毎回眺めながら通り過ぎていたのだが、たまたま仕事がなくて困っていた時、店先のアルバイト募集の張り紙が目に入ったのがきっかけだった。


 働いてみると、意外な展開となった。


 彼が担当したテーブルで、高い酒にばんばん注文が入り出した。酒だけではない、料理もふだん出ないような高級なものに注文がくるようになってきた。

「やっぱ、大七(だいしち)でしょうね」テーブルから、明るいカズキの声が響く。

「純米大吟醸、これがまった、いいのぉ、やめらんねぐなんの」

「えええ」テーブルに笑い声がはじける。

若いOLが笑いながら

「ボク、未成年じゃないの? 酒飲んでんなよ!」

 とヤジを飛ばすと

「ミセイネンじゃ、ないのね」

 と茶目っけたっぷりに返す。

「だからさ、味のことならなんでも聞いてこのオニイサンに」

 中年の課長や係長にも

「ジャクハイモノではございますが」

 と頭を下げたり、とにかくリップサービスがうまい。

 予算内で収めるつもりで来ても、結局課長が笑いながら

「……もういいや、じゃ、カズっちゃん(すでに飲み会一時間経過後はだいたいそう呼ばれる)、シャモ串大皿でお願いね」

 ときて、

「やったぁ、課長、フトッパラ!」

 という流れになる。

 店長も大喜びで

「カズキを見習ってよ」

 とまで言うようになった。


 その割に、従業員の中でも恨まれたりうとまれたり、ということはあまりなかったらしい。


 メニューにも「店長おすすめ!」というものに混じって「カズっちゃんおすすめ」という表記も混ざり始めた頃、たまたまMIROC本部の連中がここにやってきた。

 カズっちゃんにさんざんおだてられ、ほいほいと飲み進むうちにかなりいってしまったらしい。元々酒豪連中が揃ってもいたのだが、ただの居酒屋なのに四人で五万以上も飲んできた。


 翌日、その連中が

「ありゃあ、ぼったくりバーよりすげえよな」

「あの店員、でも笑えたよなあ」

 と盛り上がっていた所を、ちょうど出張してきた東日本支部長が小耳にはさんだ。

 面白がって話をきくうちに、わずかな興味を覚えたということでその晩、一人で行ってみた。

 翌晩も、行ってみて、実際に彼と話してみた。


 そして次の晩、今度は忙しい開発部の水城さとみも連れて行った。


「ええ? ホントに支部長おごってくれるんですか?」

 残した仕事に後ろ髪引かれながら、それでもお酒大好き水城さとみ、とことこと着いて来て、カズっちゃんのリップサービスに大喜び。

 まずは生ビールで乾杯、という前に、支部長が水城にさりげなく言った。

「あれ、しかけてくるかもだから……ちょっと注意して」

 え? という顔になった水城

「なに、しかけてくるって?」

 支部長はにこやかな顔のまま

「シェイクだよ、悪気はないが、かなり強い」


 結論から言うと、分かっていながら、水城さとみは簡単に『押され』てしまった。

「カズっちゃあん、さっきのもう一本お願いっっ」

「はぁいダイギンはいりましたぁ」


 もう、飲んだ飲んだ。ザルで有名な水城さとみ、人生での新記録を出した。しかしそれはカズっちゃんのせいばかりとも言えまい。 


 翌朝、支部に帰った支部長の所に低い低い声で電話が入った。

「……すみませんでした。何か……担いでタクシーに乗せていただいたとか……」

 水城はきっと、頭に氷枕を当てながら話しているのだろう。

「ワタシとしたことが……酔いつぶれたのは初めてです、多分」

「あれじゃあ、仕方がないよ」

 支部長はにこやかに、そしてあまり彼女の頭に響かないようにソフトに言った。

「週明けに会って話がしたい、いいかな?」

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