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福島に来て更に二週間経ったが、聴力はほとんど戻っていなかった。
右は少しだけよくなってきた、と言われたが、あまり実感がない。
医者の話では、もうしばらく様子を見なければ何とも言えないとのことだが、いったん退院して、訓練を兼ねた通院に切り替えたいという旨を伝える。とにかく帰りたい。しかし医者がこう聞いた。
「仕事はどうします?」
たしかに困る。
聞こえない状態で、一人で通勤や通院ができるだろうか。
妻に付き添ってもらうのは無理だ。子どもたちがいる。
自分で車を運転するのも危険すぎる。電車やバスにも、不安が多い。
それに仕事。ハルさんみたいに病気のせいでデスクワークになった例もあるにはあるが、自分には総務とかできるのだろうか? 電話すらとれないのに。
ひしひしと身にしみた。
このままだと、特務にも二度と戻れないのだ。今まで毎日のように、あんな仕事すぐにでも辞めてやる、と愚痴ばかりたれていた罰だろうか。
でもそれだったら、ローズマリーもゾディアックも、ボビーなんかも同じな罰が当たらなければ変だ。
とりあえず、休職届はすでに受理されてしまった。
アオキカズハルの名はここではまだ有効だが、どうしても治る見込みがなかったら、ここから追い出されて名前もはがされ、ただの一般人、耳の聴こえないシイナタカオさんとして、一生を終えることになるのだろうか。
ここに入っても、全く意味がなかったのかもしれない。
暗澹たる気分に押しつぶされそうになりながら、彼はのろのろと着替えて、ベッドに横たわった。
療養所といっても、最初のうちは中身は今までいた病院とあまり変わらなかった。点滴も相変わらずあるし、ブロック麻酔注射、さまざまな検査、とせわしないのも相変わらずだ。
二週間ほど過ぎて、少し治療内容が減ってきた。
聴力は右だけわずかに戻った状態から変わらず、補聴器も試してみたがほとんど変わりがなかった。
業務用の携帯電話はずっと持っていたが、連絡はほとんどない。
たまにトノマツや他の総務、一度はバークレーからシヴァとボビーがまとめてメールをよこしたが、そのくらいだ。
ここでも、見捨てられた感があった。
もうあきらめて帰してもらおうか、と布団の中で丸まっていたた矢先、中尊寺支部長が訪ねてきた。
消灯時間も近い九時少し過ぎだった。
「仕事をお願いしたい」単刀直入に、手話でこうきた。
(仕事?)
「パソコンも持ってきた」
書類整理か? 録り溜めた写真や動画の整理だろうか?
キミにしかできない仕事だ、と言うので首をかしげると
「とにかく一緒に来てくれ」と立ち上がった。
「待って下さい」ヒマなので、手話をかなり覚えた。
「どこに行きますか? 外ならば着替えないと」
「いや、」
支部長はにっこり笑って言った。
「別の部屋で、一人待ってるから。会ってやってほしい。今夜はアイサツだけでいい」
「面会ですか?」
「違う」支部長の手話は、いったん止まってからまた動き出した。
「若いシェイカーだ、まだ駆け出しの。ほとんど自分では力を制御できない」
まだいたのか。力を持つ人間が。
しかし、駆け出し? 制御不能?
「彼の教育係を、お願いしたい」
ここに呼ばれたわけが、ようやく分かった。




