生命溢れる樹
命素…ヴィレ
命素術…ヴィラスタ
先ほどの木の下に戻ると、傷だらけの青年はまだ呻いていた。随分と深手を負ったらしく、苦しそうに腹の辺りを押さえている。ミネットは青年に駆け寄ると、手のひらから淡い茶色の光を放ち、治癒の術を発動する。苦しそうだった青年の顔は、わずかに安堵したように弛んだ。
「何があったんだ?」
「わからないの。傷だらけで魔物から逃げてて……とにかく助けなきゃって思って」
「そうか……とりあえず、今日はここで野宿だな。この人のこともあるし」
「野宿……それって、ここで寝るの?」
「ああ。まだ早いけど、この人の怪我を見る限り動けそうにないしな」
まだ昼間だったが、青年を放置する訳にもいかないので、ミネットは頷いた。とりあえず、できれば青年から話を聞きたかったので、青年の回復を待つことにした。未だに顔色は優れないが、少しずつ傷は癒えてきている。地の命素術には自然治癒を促進する効果があるので、結果的に傷が癒えるのだ。小さな傷くらいなら一瞬で治るが、ここまで酷いとそうもいかない。根気よく、術をかけるしかないようだ。
「ミネット。疲れたら休んだ方がいいぞ。命素術は使いすぎると凄まじい疲労状態に陥って、しばらくは上手く命素術が使えないようになるんだ」
「う、うん……でも、まだ大丈夫だよ」
ミネットは額に汗を溜めながら、少し苦しそうに微笑む。クロードはもう少ししたら止めようと決めて、その様子を見守っていた。しかしミネットは随分と粘っている。お陰で、青年の顔色は随分とよくなっていた。
そして遂に青年はゆっくりと目を開けた。緑色の瞳がクロードとミネットを順番に見る。そして驚いたように飛び起きた後で、自身の体のことを思い出して声にならない叫びをあげた。
「っつううううう……」
「無理しないでください。酷い怪我だったんですから」
「い、いや……それより嬢ちゃん、大丈夫だったのか? あの魔物……相当やばかったみたいだけど」
「え? う、うん……クロードが来てくれたから、何とか倒せたの」
「た、倒した?! マジでか……」
青年の視線はクロードに移る。驚いたような視線を向けてくる青年に対して、クロードは少し恥ずかしそうに眼を逸らすと、何と言っていいかわからずに俯いた。
「いや、彼女に完全に注意が向いていたので、その不意をつけただけです……たぶんまともにやりあったら、きつかったと思います」
「お、おう……とにかく、助かったぜ。ありがとうな、えーっと……」
名前を聞かれていることを直感的に悟り、クロードは顔をあげる。そして自分の胸に手をあてると、自分の名前を告げた。
「俺はクロード。彼女はミネット。ここから北に行く最中です」
「本当はわたし、一人で来たけど……クロードが心配して来てくれたの」
「クロードに、ミネットか。オレはアーロン。アーロン・コロナードだ。よろしくな」
青年はアーロンと名乗り、手を伸ばした。握手をしたい、ということらしい。クロードはやや遠慮がちにその手を握る。そしてミネットに代わると、ミネットはクロードに倣って同じように握手をした。アーロンはにかっと、怪我人とは思えないような快活な笑みを浮かべると、改めて二人を見た。
「こっから北……ってことは、首都の方か?」
「まあ、そうなります。とりあえず首都に立ち寄って、それから……ですね」
「なるほどな……まあとにもかくにも、あんたらはオレの命の恩人だ。できれば何か礼をしたいんだが……あいにく、今持ち合わせがなくてな」
「いえ、別にそんなものは……」
成り行き上助けることになったようなものなので、クロードにとっては礼を貰うなどということはとんでもなかった。自分はミネットを助けるために戦っただけなのだ。それなのに、礼を貰うのは何だか変な感覚がして、クロードはそれを遠慮した。アーロンはやや不満交じりに返事をして、腕を組んで考え出した。
「とりあえず……じゃあ、首都まで一緒に行こうぜ。それから考える」
「そうですね……そうしてくれた方が、俺としても安心です。そんな怪我で一人で歩き回るなんて、心配ですし」
「お、おう……あんた、ちっさい癖になかなか言うな。ああ、面倒くさいから敬語は抜きでいいぜ。できれば仲良く行こうぜ」
「……そうか。あとちっさいとか言うな。平均だ」
クロードは途端に目つきを変え、じろりとアーロンを見つめる。アーロンは少し背筋に冷たいものを感じて、すぐさま軽い謝罪をした。ミネットはそんな二人の様子をじーっと見守っており、クロードは首を傾げた。ミネットはそれに気づいて、ようやく声を発した。
「アーロン……もう、平気なの? どこか痛いとことかない?」
「あ、ああ。もう大丈夫だよ。しかしミネット……あんた、何したんだ? あんだけ痛かったのに、もうほとんど傷がないんだけど」
「地の命素術で治癒させただけだよ。でも、あんまり動かない方がいいかも」
「命素術……?! あんた、命素術が使えるのか?」
「え? うん。クロードも使えるよ」
あっけからんと答えるミネットに、クロードは頭を抱えた。アーロンは開いた口が塞がらないといった様子で、二人を交互に見比べている。そしてやや躊躇いがちに尋ねた。
「……もしかして二人とも貴族……とか?」
「残念ながら違うな。まあ、たぶん少なからず特殊な環境で育ってきたのは確かかもしれないけど、貴族ではない」
「貴族でもないのにその歳で命素術を使えるのか?! まったく、オレは何回驚けばいいんだよ……」
アーロンは脱力したように、しかし少しだけ嬉しそうに息を吐いた。ミネットは不思議そうに首を傾げている。おそらく、二人の会話の意味を理解できていないのだろう。クロードは慌ててミネットの方を向き、説明する。
「命素術ってさ、普通の人は使えないから。結構な修行を積んだ人じゃなきゃ、使えないんだ。で、だいたい俺たちの年齢くらいで使える人って言ったら、ほとんどが貴族なんだよ。命素術を学ぶには、お金が結構要るからな」
「そうなの? どうしてわたしは使えるんだろう……」
「んー……なんか訳ありみたいだな。悪いな、もう聞かねえわ。とりあえず、そろそろ日が暮れるな」
アーロンが空を見上げる。日はだんだんと落ち、もうそろそろ地平線の向こうに消えて行ってしまいそうだった。やがて薄らと闇が降りてきて、もう夜がやってこようとしていた。その時、後ろで激しい光が起きた。慌てて三人は振り返ると、そこには驚きの光景が広がっていた。後ろに立っていた木が発行し、神秘的な色を放っていたのだ。クロードはその幻想的な光景を見て、言葉を漏らす。
「光命樹だ……」
「へえ、この辺にあるとは聞いてたけど、まさかこの樹だったとは。オレたち、ついてるな!」
「クロード、光命樹って……何?」
「ああ……光命樹っていうのは、特殊な植物で、日中光の命素を吸収し続けて、夜になるとそれを使って発光するんだ。夜に活動する魔物は大抵光の命素が苦手だから、光命樹の近くには魔物が寄ってこないんだ。野宿をするには、最高の場所だよ」
クロードがミネットに光命樹の説明を終えると、ミネットは納得したように頷いた。そして、再びこの美しい樹を見上げて、声を漏らした。それは夜の闇をいとも簡単に引き裂いてしまうほど、神々しい光を秘めた樹だった。
光命樹は、"ヴィレ・バウム"と発音したりします。
RPGでありがちなセーブポイント的施設です。