《500文字小説》追想の香り
時計の針が午後4時を指した。休日はこの時間になると、私は金木犀の香りのする桂花茶を飲む。
今日は私の誕生日なので、彼はプレゼントを買って来る、と約束してくれた。優しくて、珍しいくらい誠実な人だ。不満なんてある訳がない。
けれど。
この香りは兄を連想させる。
子供の頃、親同士の再婚で出来た、血の繋がらない一つ年上の兄。でも一人っ子だった私には、兄弟が出来たことが単純に嬉しくて、いつも後を付いていった。兄も私を追い返したりしなかった。何となく、私たちはこうして一緒にいるのだろう、と思っていた。
それなのに、兄は大学に入学して間もなく、突然中退して、海外で暮らすと一人で勝手に決めてしまった。
兄が日本を発つ前、二人で散歩に出かけた。季節は秋。これと言って話すこともなく、子供の頃のように私は後を付いていった。人気のない公園に来た時、甘い香りが鼻先をくすぐった。オレンジ色の金木犀が芳香を放っていた。誘われるように近づいた時、その樹の影で突然、兄に強く抱きしめられた。
ただ、それだけの記憶。けれど桂花茶の甘い香りは、その時の兄の手と息遣いを思い出させる。今でも鮮やかに。
私はそっと腕を抱く。兄の体温を感じながら。
季節が外れてしまいました。春で香りのする花、と考えたのですが、梅や辛夷ではイメ-ジが違う気がしたので、お茶という道具でごまかすことにしました。次はきちんと春の話を書きたいと思います。