忘れちゃいけないモノ
短編です
どこからともなく「パチパチパチ」と拍手のような、手を叩く音が聞こえてきた。次第にその音に笑い声も混ざってきた。心底面白いと思っているときの豪快な笑い声だと判断できるくらい、俺の意識がはっきりしてきた。
どこかの美術館のような場所で、見知らぬスーツ姿の男が、ガラスの向こうを見ながら大笑いして手を叩いている。
「あはっあはっあははっははっはっ!!」
今にも咳込んでしまいそうなほど笑ったスーツ姿の男は、俺の視線に気が付いて、涙を拭きながら話しかけてきた。
「あぁ~・・・ははは・・・あぁ、気が付かれましたか。いやぁあなた、忘れ物の才能が有りますね」
なんだいきなり。確かに俺は忘れ物多いけど、そんな笑われると少々ムカっとはする。
「まずこちら、小学生の頃。学校への忘れ物・・・ププ・・・ランキング一位が筆箱って言うのも笑えますが、小学六年生の時、アナタ・・・ふふっ・・・あははっ・・・ランドセルって!!6年間通い続けた小学校に・・・・ふふふっ!!ランドセルを!!忘れていきますか!?」
男の指さした方を見ると、俺の名前と共に、歴代忘れ物ランキングと書かれた表、そして俺が忘れたことのある物が、綺麗に並べられていた。
「な、なんだよコレ!」
「アナタ相当忘れっぽいんですねぇ・・・・ふふふ・・・中学生でも相変わらずランキング一位は筆箱って!!アナタ、学校に何しに行ってたんですか!!」
「違うっそれは別に・・・忘れたわけじゃ・・・」
「好きな子に借りていたんですよね!!プププ~!!可愛らしい!!クラスが離れてしまっても、借りに行っていましたよね!彼女も根気よく貸してくれてよかったですねぇ!!」
「うるせぇな!」
確かにあの頃、好きだった彼女の気を引きたくて、忘れ物をしたら彼女に借りていた。さすがに体操着は、友達に貸してもらったけど。
「おやぁ、仕事を始めても忘れ物をする癖は抜けなかったんですねぇ」
「あぁ、そうだよ。俺は使えない愚図なポンコツダメ人間だよ。悪かったな」
「そこまで自分を卑下しなくても良いんですよ?これだけ忘れ物が多くたって、死ぬわけじゃありません」
「いや、死ぬよ。俺死んだんだろ?だからこんな変な場所にいる」
そうだ。こんな非現実的な場所、死ぬ以外で来るわけがない。それにこんな、美術館のような場所で、俺の忘れ物を展示するなんて悪趣味な。死後の世界がこんなに悪趣味だなんて思いもしなかった。ま、使う書類を忘れて、でかい商談をパァにしちまった俺が悪かったんだよな。あの後上司にしこたま怒られて、翌日には俺を擁護してくれる人なんて誰もいなかった。それだけ大きな案件だったんだよな・・・。
「ま、もう思い残すこともないよ。会社にも取引相手にも俺は“忘れ物”のせいで迷惑かけたんだ。俺なんか、死んでも誰も悲しまないよ」
「おや、そうですか。ちなみに、今、あなたの忘れ物、更新されましたよ」
なんだよ、忘れ物の更新って。と訝しんでいると、男が俺にタブレットの画面を向けた。
「忘れてはいけませんよ。大切な人の事を」
「は?何の事・・・」
気が付くと、病院のベッドの上だった。俺の顔を覗き込んでいた彼女が、涙をいっぱいに溜めていた。その一粒が、俺の頬に落ちてきた。
「よかった・・・よかったよぉぉ」
「なんで・・・」
「なんで?じゃないわよ!私がずっと筆記用具貸してあげてた分、お返しに私を幸せにするって言ったくせに!直後に自殺図る奴があるか!ばか!私を置いていくな!ボケ!!」
——ご、ごめん・・・——
そう言えば、さっきまで誰かと話してたような・・・




