第62話:始まりの
「えっ、ちょ、何っ!?」
パニックになる私。
「お前さ、もうちょっと発言気を付けたほうがいいぞ?」
ぐいっ、と決闘のときと同じように腕を上に持ち上げて固定される。
私は漣に触られている都合上霊力が全く使えず抵抗できない。
「──ひゃうっ!」
頬から首元へなぞるように撫でられて変な声が出る。
心臓がドクドクと早鐘を打つ。
そしてゆっくりと漣の顔が近づいてくるのが見えた。
「っ!?」
反射的に目を瞑る私。
ドクドクと心臓の音が大きく聞こえる。
ギュッ、さらに強く瞼を閉じる。
...............
...............?
しばらくたっても何も起こらない。
恐る恐る目を開ける。
そこに映ったのは「はぁ~」と大きくため息を吐く漣だった。
「いいか?お前が言ったのはこういうことだ。
俺はさすがにやらんがやるやるはこの先もやるからな?」
聞き分けの悪い子どもを諭すように優しく、でも真剣な表情で言い、私から離れる漣。
「......」
放心状態の私は漣に押し倒された時の姿のままぐるぐると思考を巡らせていた。
何で、どうして私は何もしなかったのか。
「あ〜...やり過ぎだよな。
悪かった。でも、これくらいしないと分かってもらえないって思って...」
抵抗しても無駄だから?......違う。
少なくともジタバタと暴れることくらいはできたはずだ。
それすらしなかったのは、あまつさえそれを受け入れて少し期待していたのはなぜか...。
あぁ、そっか。そういうことか。
「頼むからその格好のまま固まらないでくれ...。いや、ください...。後生だから...」
そう両手を合わせて懇願する漣をよそにゆっくりと起き上がる。
「......帰る」
「えっと、わかってくれたならいいんだが...。送ろうか?」
「...いい。1人で帰るよ」
淡々と言い放つ。
「そうか。気をつけろよ」
制服の入った袋を乱雑に取ったあと急ぐようにして漣の寮から出ていく。
幸いなことに部屋の大きさは違うが構造自体は同じのようでスムーズに外に出れた。
正直、気づいてはいた。
......でも、気付かないふりをし続けた。
だってそう、それを認めてしまえば、それを口にしてしまえば漣が不幸になってしまうから。
ぐっ、と自身の胸を押さえる。
だからこそ私は気づきかけたその感情に
──ガチャン
と堅く、堅く鍵をかける。
さっきまでの熱が冷めていく。
ふと空を見上げると眩しいほどに光る満月が見えた。
寮までゆっくりと歩く私を太陽よりも淡い、でも確かな光で照らす。
「これで、いいよね?」
──ズキン
「これが正しいよね?」
──ズキン
「何も......間違ってないよね?」
自分自身に嘘をつく。
1番合理的な方法。
──私が、最も得意な方法。
...そうでしょ?
だからそう、何も問題はないはずだ。ないはず......なのに─
「──なのに、何でこんなにも苦しいの......かなぁ」
──ぎゅっ
ズキズキと痛む胸を握りしめる。
目に小さな雫を浮かべた私は振り払うようにして帰路を急いだ。
───春、それは始まりの季節。
漣という小石が私の物語に波紋を浮かべていくのはまだ先の話し。




