第18話 貴族派の逆襲――再び仮面を
王都の空気は、一夜にして変わった。
監察院が「どうぞ市場」を秩序の模範として認めた翌朝、広場には再び人が集まっていた。
子どもが札を配り、老人が歌を口ずさみ、商人が「ありがとう」と声を張る。
短い時間で、街角の習慣になり始めていた。
――だが、その明るさの陰に、冷たい視線が潜んでいた。
昼下がり。
石畳を歩いていると、絹の外套を纏った数人の男たちに囲まれた。
金と宝石で飾られた指、油を塗った髭。聖女を後援していた貴族派の顔ぶれだ。
「グランディール嬢。まことに愚かな芝居をなさったものだ」
「監察院を味方につけたとて、都の権威は我らが握っている」
「聖女の“再演”こそ人々を導く光。お前はそのための悪役に戻れ」
男たちの一人が、布に包まれたものを差し出した。
――白磁の仮面。イザベルが見せてくれたものと同じ、目元を黒く縁取った舞踏仮面。
「この仮面をつけよ。舞台で罪を認め、聖女を立てる。
そうすれば谷も守ってやろう。拒めば……谷にまで監視の目が届くぞ」
息が詰まるほどの沈黙が落ちた。
ライナーが剣に手をかけるが、わたくしは首を振る。
「谷を脅しに使うのですか」
「秩序のためだ。お前が悪役を務めるのは宿命だ」
仮面が、わたくしの目の前に突きつけられる。
――再び仮面を被るか、それとも拒むか。
わたくしは深く息を吸い、手を伸ばした。
仮面を受け取り――そして、静かに両手で割った。
白磁の破片が石畳に散り、乾いた音を響かせる。
「顔は一つで足ります。谷も都も、仮面ではなく声で繋がるのです」
周囲にどよめきが走る。
男たちの顔が怒りで赤く染まる。
「貴様……!」
その瞬間、広場の方から子どもたちの歌声が届いた。
「どうぞ」「ありがとう」を交互に重ねる声。
人々が集まり始め、貴族派を取り囲むように視線を注いだ。
トマが人垣の中から現れ、にやりと笑った。
「仮面を被るのは劇場の役者だけだ。市場に仮面はいらない」
ゲオルグが腕を組み、低く告げる。
「谷の掟は、ここでも守られる。火も刃も、順番で渡す」
追い詰められた貴族派の男たちは、怒声を残して去っていった。
だがその背は、決して退いたわけではない。
必ず別の形で報復を仕掛けてくる――それを予感させる影だった。
夜。
宿の机に帳面を開き、新しい行を記す。
二十、仮面を割る勇気は“どうぞ”の隣にある。
窓の外では王都の灯が揺れ、遠くに馬車の轍の音が響いていた。
貴族派の逆襲は、これから本格的に始まる。
(※次回:第19話「炎上する都――谷からの風」へ続く)




