第13話 谷を揺らす報せ――聖女の失墜
朝。
井戸の水面は澄み、雲ひとつない空を映していた。
畑には芽吹いたばかりの野菜が並び、子どもたちは卵殻を砕いて土に撒いている。昨日の境界会合は穏やかに終わり、谷には短い平和が訪れていた。
――その平和を破ったのは、一通の書状だった。
トマが息を切らせて持ってきた封筒。王都の紋はなく、代わりに地方紙の印が押されている。
広げた紙面には、大きな見出しが踊っていた。
「『聖女、奇跡に偽りあり』……?」
イザベルの予感が現実になった。
王都で人々に光を与えていた聖女。その力が演出であったとする告発が公に出たのだ。
昼。
集会所に人々が集まり、紙面を囲んだ。
ゲオルグは眉をひそめ、トマは「こういう時こそ商売が荒れる」とぼやく。
ロイでさえ不安げに「聖女さまが嘘つきなら、祈っても意味ないの?」と聞いてきた。
わたくしは静かに首を振った。
「祈りは嘘ではありません。祈りを使って何をするか、それだけが問われるのです」
人々のざわめきは収まらない。
そのとき、王都からの使者が現れた。灰色の外套――監察院ではなく、今度は近衛の紋。
「エレナ・グランディール殿。王都は混乱している。聖女の失墜により、均衡が崩れた。
あなたに“再び都へ”との声が上がっている」
広場にざわめきが走る。
わたくしは答えを急がず、庭の畑へ歩いた。
芽吹いた双葉に水を注ぎ、土の感触を確かめる。
この谷で積み重ねてきた“どうぞ”と“ありがとう”。それを置いて都へ戻れば、再び“悪役”として扱われるかもしれない。
しかし――子どもたちの目が、不安を映して揺れている。
谷を守るためにも、都の混乱を放置できぬのではないか。
背後からライナーの声。
「先生……俺も行きます。都が戦場になるなら、守る剣が必要です」
カイも短く頷いた。「谷と王都は地続きだ。切り離せない」
夜。
焚き火の火を囲み、村の有志が集まった。
谷を離れるべきかどうか。議論は長く続いた。
ゲオルグは「谷を捨てることは許さねえ」と拳を握り、
トマは「都と繋がっておけば交易の芽が増える」と笑った。
わたくしは帳面を開き、新しい行を記す。
十五、祈りの崩れをどうぞ受ける。怒りではなく、繋ぎに。
焚き火がぱちりと音を立てた。
炎の向こう、子どもたちが肩を寄せ合い、不安げにこちらを見ている。
「行きましょう。谷の名を“悪役”にしないために。……でも、家主は谷です。私は客として都へ行きます」
決意を告げると、焚き火の炎が風に揺れ、大きく立ち上った。
(※次回:第14話「都への旅立ち――再び悪役の仮面?」へ続く)




