貴方のお仕事、何ですか?
過去に戻ったけど、不思議な出来事で変わった世界
とても平和で平穏そのもの
だけど自分は異常事態
自分の「仕事」に振り回される日々を過ごすことに・・・・
なぜこうなったのか。
自分に起きた変化、それに纏わる周囲の変化に戸惑う。
そう現状を振り返り思うことがある。
始まりは、前世の終わり。
そう、自分は一度死んだ、すごく残念な理由で。
当時、仕事先を会社都合での退職となった。
そう告げた上司の申し訳なさそうな顔は今でも覚えている、本当にできた人だった。
そして仕事を探している最中、雨の日に横断橋を渡っていた。
その時くしゃみをして転落した。
そして死んだらしい。
死因がこれである。
恥ずかしい。
なぜ自分が死んだと判断出来たかというと、ありきたりというべきか、あり得ないことが自分に起きていたからだ。
というのも、目を覚ました時になぜか中学時代まで若返っていた。
実家の布団の上で目を覚ました時は混乱したが、過去に、学生時代に戻った?
と思っていたが、少し世界が変わっていた。
この世界では前世の時にはなかった不思議な出来事が起きていた。
1989年の1月1日、世界中で鐘が鳴った。
国や人種、年齢に関係なく全ての人々へ、それは告げられた。
「ジョブが与えられました」
美しいが無機質な声。
この一言が世界を変えた。
最初は何のことかわからず、国を上げて調査をしようとなった時に、とある国のとある人物がこの出来事を解明、公開した。
名は伏せるが、某ゲーム会社の開発者の某氏である。
彼はこの鐘の音を「福音」と呼び、そして自らのジョブを自身が作っている某ゲームのように確認することに成功した。
「ステータス画面」である。
そこには、自身の名前、年齢、そして「ジョブ」が記されていた。
そしてステータス画面を開いた後ステータス画面は小さなカードになった。
彼はこれをステータスカードと呼び、国のみならずマスコミにもリークした。
彼は「これは世界の福音だ、皆が平等に知らなければならない」と言った。
この情報は、1989年の1月4日、福音の鐘から僅か3日後、世間に瞬く間に広まった。
翌年、彼は世界中で称賛されノーベル平和賞を受賞した。
その時の言葉は「私はゲームが好きな只の人だ、楽しいを作り、伝え、共有したいと考えただけだ。国だけに伝えれば秘匿されるかもしれないと思い、皆さんにも伝えれるように各種マスメディアに情報を渡した、なぜなら私は皆さんと「楽しい」を共有したかっただけなのだから」
世界中の人々はこの言葉に歓喜し熱狂した。
我が国もこの言葉を支持し、そして世界中の国々もこれに応えた。
彼が発見し伝えた「ジョブ」の確認によって、世界は大きな躍進を遂げた。
当初は混乱もあったが、彼の言葉はスローガンとなり「楽しいを共有する」ために多くの人々が手を取り合って研究を進めた。
その結果「ジョブ」によっては既存の物理、科学、そして常識を塗り替えるような現象を起こすものもあることがわかった。
その超常現象を人は「魔法」と呼んだ。
これを発見したのも某氏である。
某氏は自身の「ジョブ」を公開し、そして実演した。
彼のジョブは「クリエイター」
ゲームを作る彼だからこそ、クリエイターによって「物の作成」ではなく、「現象の発生」という飛躍した考えを思いつき、某ゲームを再現するつもりで実行してみたらしい。
結果、物理法則を無視して、火や水などを生み出すことができた。
取材の際に「人に向けたりしては危険ではないのか?」と質問がされ、それに対し某氏は「此方から人に向けては発動しない、但し自衛の際は例外であると思われる」と答えた。
なぜ?と問われ、彼は「実験の際に完全防備の部下に向かって能力を使おうとしたが発動せず、それを見た部下がこれ幸いに日頃の無茶振りの鬱憤を晴らすように物を投げつけてきたがそれに対しては発動した。
たぶん自身に危害を加えるものには発動するのではないかと結論付けた、ちなみに部下は全力で誤魔化そうとしていたが問い詰めたところ、「合法的に普段の無茶振りの仕返しができると思った、反省する気はない」と言って開き直っていた」とお茶の間に笑いを届けた。
これに伴い、ジョブの能力の解明も大きく前進し、様々な分野で花開く事となった。
例えば警察、軍隊等の銃などの火器を扱う人々は使用に対するセーフティが自動でかかるようになった。
これにより罪のない一般人には物理的に攻撃が出来なくなり、安全となる一方、「攻撃出来ないということは危険ではないのか?」という議論もされた。
だがジョブの能力はその欠点を完全に克服していた。
警察や治安維持部隊が盾を持てばあり得ない範囲をガード、市民を守る際には高速で移動し不足の事態をカバーすることもできた。
軍隊では、銃の発砲が制限されたが、普通の銃の性能をジョブが補正し、超長距離の射撃でもピンポイントでのロックオン攻撃を可能にした。
これらにより、犯罪者やテロリスト、反社会的な勢力は次々に鎮圧されていった。
そして政治家たちは過去の失策が嘘のように、良策を打ち出すようになった。
というのも、一部のジョブは他者からの評価がジョブ名にそのまま反映されていたことがわかった。
只の政治家や「敏腕」政治家などは問題無かったが、頭に「反骨」「不良」等のマイナスの名称がついている者たちは、ジョブの恩恵を受けることが出来なかったのである。
これ幸いに、まともな政治家達が台頭し、国家運営を行った結果、治安問題、経済問題は次々に解決していった。
これにより、まともな同僚達に監視、監督され、問題を起こしていた政治家達は矯正、もしくは政治の舞台から消えていった。
某国の代表は、早々に自身が普通の「大統領」であることを打ち明け、「敏腕なものやベテランと名称がついている者に変わった方が良いのではないか?」と政権交代を自ら打診した。
その後、大統領は早々に交代。
穏便かつ迅速に新しい体制へと代わっていった。
後に元大統領は政治家も引退し、元々好きだった職に就き反響を呼んだ。
彼は「ペットブリーダー」になった。
元々愛犬家で愛猫家、動物大好きだった彼は、「この職に就けて幸せだ。無責任と言われるかもしれないが、前職では国の為人の為、環境や経済、そして動物達の為にと、様々なことに頭を悩ませて苦労してきたが、ペット達と触れ合える時間が少なかった。今は頼れる後進達に任せる事が出来たから、動物達の為に全力を注げるようになった。
その旨を先日嬉々として連絡したら少し説教されてしまったが「前々からペットともっと触れ合いたいと仰っていましたからね」と笑って受け入れてくれて助かった」と語った。
この話は人々に笑いを届けると共に疑問を抱かせた。
「政治家」が「ペットブリーダー」に変わったことに、である。
福音直後はジョブの関係で一時的に離職、転職率は前年と比べてかなり少ないものだった、というのも離職、転職したら「ジョブの恩恵を受けられないのではないか?」という思いが皆の中にあったからである。そんな中での、「大統領からペットブリーダー」へのジョブチェンジである。
ジョブは固定されているものでは無いことが判明し、様々な検証がなされた。
元々転職を考えていた人々へ依頼し、次はどのような職に就き、働きたいかアンケートをとり調べた。
結果として、元々その仕事をしたかった人々は前職より熱心に職務に打ち込み、早期にジョブが変わり、次の職が決まらなかったり、とりあえず就職した者たちは前職のジョブを引き継いだままだったが、時間を掛けてジョブは変化した。
これにより、気持ち次第、取り組み方次第でジョブが変わる事が判明し、逆に職を変えても、ジョブが変わっていない人々はその前職が自身にあっていたり、現職に慣れていないことが分かりやすくなった。
これにより「なりたい職業」「向いている職業」「現状の職務の習熟状況」が以前より分かりやすくなり、尚且つ「自分のなりたい職業に就いてもいい」事が分かり、それぞれに合わせたサポートも容易になった。
警察や軍人、政治家だけでなく、様々な分野の職業も試行錯誤しながらジョブによる変化に対応し、適応していった。
人を守る職業も、食べ物を作る職業も、物を作る職業も、生き物を治療する職業も、人に物事を教え導く職業も、劇的な成長を遂げていった。
こうして世界は「なりたい自分」を目指しやすくなり、世界に広まったスローガン「楽しいを共有」する人々や国々は穏やかに進歩していった。
この様に世界は平和に変化し、前世にあった戦争や紛争、テロは抑止され、自然災害等は迅速に対応することで被害が最小限ですむようになっていた。
ここで自分の話に戻らせてもらう。
世界は平和で良いが問題は自身の現状だ。
自分は現在頭を抱えて悩んでいる。
自分の「ジョブ」が明らかにおかしい。
理由は思い当たる事が有りすぎる、転生したから。
親に聞けば元々自分のジョブは「農家」だったらしい、田舎暮らしだったので畑仕事を手伝うことが多かったから「農家」になっていたのだろう。
だが現在、自分のジョブは以前とは異なっていた。
「歌姫」
男なのに「歌姫」
なぜか「姫」である。大事なことなので強調させていただきます。
しかも頭に「神秘の」とついている。
「神秘の歌姫」
この「神秘の」という名称が付いたジョブ
は自分が調べた限りでは見当たらなかった。
厄ネタの気配を感じて、人に相談する前にまずは人気の無い所で能力を試すことにした。
元々歌を聴くことは好きで様々なジャンルを聞いていた。
特にヒップホップやジャズ、レゲエに演歌、そしてアニソン。
その他色々と。
歌うことは得意では無かったがとある洋画がきっかけで洋楽も聴く事が多くなった。
歌おうとしたがキーが合わせられず断念した。
この「神秘の歌姫」の効果でそういった歌が歌えるようになるのかと思うとドキドキしてきた。
田舎なので周囲は、山に川に、30分も車に乗れば海に行くこともできる。
そのレベルの田舎だ、海を見に行くのとコンビニに行くのに時間がそこまで変わらない程である。
今回は山側にある貯水地へ向かった。
一応ダムらしいがほぼ使われることもなくなった場所だ、近くに民家は少なく、地元の人もあまり此処には入ってこない場所だ。
だが、とても景色がいいので自分は景色を見にきたり、数少ない友人たちと釣りをしに来たりしていた。
そこで人知れず歌うことにした。
歌うのはアニソン、某アニメ映画の雪の女王の曲だ。
前世では自分がまだ20代くらいの時の曲なので、今はまだ存在しない映画の曲だ。
下手に人に聞かせる訳にもいかない。
そして歌おうとした時、変化は起きた。
イメージした通りの曲調、声、動きが再現出来ることが把握できた。
自身の思い浮かべた「雪の女王」のイメージを、再現出来る。
水面を見ると髪の長い女性らしきシルエットが揺れていたが気にせず、気持ちを込めて、自分は貯水地の浅瀬から水面に向かって「水面を氷らせながら氷上を歩いた」
数メートル程進み、囁くように歌い出す。
語りかける様に歌い続け、そしてサビに入り力が爆発的に広がった。
水面をは全て氷り、季節外れの雪が降りだした、凍える寒さはなく、涼やかな雪が木々に吹き付ける。
舞うように踊るように「雪の女王」の解放感や決意、万感の思いを伝えるように、歌った。
そしてラストまで歌いきり、周囲を見渡し、驚愕した。
雪の世界が出来上がっていた。
目を凝らし見ると民家がある方向までは雪は広がっていなかったのでホッとしたが、さすがにこれはバレたら不味いと思い、慌てた。
そして自身の身体にも違和感を感じた。
胸がある。
元々は細身の体型で胸板は薄かったが、筋肉がついたとかの膨らみではない。
そして肌は透き通る白さ、腕も指も細くなり、なぜか服装も換わっていた。
白く雪の意匠が鏤められたドレスに換わっていた。
少し混乱したが自身の能力である、と本能的に把握できた。
そして元の姿にも戻れた。
把握はできたが、それはそれ。
大問題である。
服装どころか、体型も性別も変化、そして「イメージした人物の能力」を使うことができた。
しかも「仮想の人物」である。
規模によってはとんでもないことになる。
できる限りは秘匿したいが、もう少し検証してから、親に相談し、然るべき場所へ相談しようと考えた。
すぐバレた。
それはそうだ、一部だけとはいえ突然の雪景色、周囲が気づかない訳がない。
何より決定的だったのが、写真と動画を撮られていたこと。
自分の中学時代、まだスマホは無かったが、丁度カメラ付きケータイで撮影時間は短いが動画撮影も出来るようになり始めた頃だった。
その機能を持ったケータイを買った老若男女は手始めに手近の景色やペットを写真や動画におさめてみるのは定番だった。
丁度買ったばかりのケータイのカメラを試していた年上のお姉さんが山間に雪が舞っているのをカメラ越しに発見。
そのまま現場まで自転車で乗り付け、驚愕。
そして自分の姿を見つけさらに仰天、勢いに任せ写真、動画を当時の少ないケータイ容量がいっぱいになるまで撮影した。
そこには「雪の女王」から自分の姿に戻る所もバッチリ写っていた。
なにより自分には二人姉がいるが、撮影をしたのが上の姉の友人だった。
結果、姉経由で親にも即座にバレ、説教+しこたまネタにされた。
少しショックだったのは、上の姉には指を指しながら爆笑され、下の姉にそっとスカートを渡されサムズアップされたことだった。
能力で性別が変わるのであって女装するわけではないと伝えるとしょんぼりしていた。解せぬ。
その映像は地元のみならず、直ぐに国も知ることとなった。
奇抜で特異な能力の詳細を把握するのは、確かに国にとっても大事だ。
特に環境に影響を与える能力など、下手をすれば災害が起きるかもしれないのだ。
国の動きはすこぶる早かった。
地元のテレビ局や新聞社が動くよりも、国の調査員が先にこちらに接触してきた。
「此方の写真に写っている方ですね?お話を聞かせて頂く為に伺いました」と丁寧に名刺を差し出してきた。
名刺には「国家異能力調査員」と書かれていた、聞けば特殊な能力を調査、把握するために作られた国家機関らしい。
その能力が危険ではないか検査検証を行いたいので協力をしてほしいとのこと。
もちろん検査の費用は掛からないし、むしろ報酬を出すので協力して下さいと懇願された。
過去に色々あったらしい。
報酬も出るなら喜んで、と前世の最後は無職だったので飛び付いた。
親は心配していたが、連絡は小まめにし、尚且つ泊まりの検査の場合は連絡、帰りが遅くなる場合は送迎、周囲に問題が起これば護衛も用意すると相手から提案され、許可をもらい協力することになった。
調査員にジョブを伝えてまず驚かれたのが、ジョブの「神秘」の部分である。
やはり過去のデータにもこの名称が付いたものは存在せず、自身の性別が変わるようなものも同じく確認できなかった。
更に調べていくと自身の能力のとんでも性能が浮き彫りになっていった。
まずイメージした人物本人になる訳ではなく「イメージした人物や能力を模倣した自身」に変化することがわかった。
最初にイメージしたのが仮想の人物だったのでピンとこなかったが、実在する人物の歌を歌った時にそれが発覚した。
姿はイメージした人物と異なり、そして能力はその歌に纏わる季節の現象を起こすことが分かった。
春なら暖かく柔らかな風に変わり、日差しや気温も過ごし易いものに変化した。
夏なら、照りつける暑い日差しを感じ、爽やかな汗を流す空間に変わった。
秋なら、少し肌寒さを感じるが、風の中に実りを感じさせる薫風が流れていた。
そして冬は、雪や風が舞い冷たい空気が周囲を包み、それぞれの季節の空気が感じられた。
季節の歌の効果は民謡や童謡では緩やかに、歌に激しさがある曲調のものは大きく現れた。
これに伴い、自分は季節や天候に纏わる歌を歌う際には細心の注意が必要であることがわかった。
というのも、嵐に纏わる曲を歌った際には周囲が自身を中心に暴風に包まれ、周りの機材を吹き飛ばすという事態を引き起こした。
その時は即座に調査を終了し、被害は最小限で済んだ。
そして音響などの機材を使って歌うと効果範囲はかなり広がり、アカペラで歌った際の数倍から十数倍の範囲に影響を及ぼした。
元々、ジョブで歌手や歌姫は存在していたが、環境に影響を及ぼすような能力を発現した人物は過去におらず、手探りでの調査は進んでいった。
さらに厄介な出来事があった。
感情に語りかけるような曲を歌うと、目に見える効果以上の反応があった。
特に問題だったジャンルがある。
ラブソングだ。
静かな曲調ならまだよかったが、アップテンポなものや、描写が露骨なものは効果はより大きかった。
このジャンルは、恋人や家族がいる人にはその人たちに感情が向けられていたのでよかったが、一部の独身の男女が、一時暴徒化して大変だった。
男性は見事な○パンダイブをかまし、別のスタッフにフルスイングのビンタをもらい、女性は「しゅき」としか言わなくなり、少しずつゾンビの如くにじり寄り、影響の少なかった人たちに取り抑えられる事態となった。
とても怖かった。
しばらくして沈静化し、事情聴取をしたところ「感情が揺さぶられ、抑えが効かなかった」と答えていた。
これにより、自身の能力の縛りは更に厳しくなった。
だが、効果を抑える方法もある程度見つかった。
カメラなどの映像越しなら感情への影響はほぼなかった。
「ほぼ」というのも、先の実験で生歌を聞き暴徒化してしまった人たちにその映像をみせたところ、前回程ではないが、それでも暴走寸前の状態になっていた。
代わらず実験スタッフとして勤めているが、能力を使っていない男の状態でも、此方を見る目がギラついているように思える。むしろたまに舌舐めずりしたり生唾を飲んでいる。
とても怖い。
スタッフのお偉いさんに相談したら「行動を起こそうとした瞬間にしばき倒して拘束する、中身は優秀な奴らなので少し我慢してほしい」とのこと。
・・・・まぁここの検査スタッフに選ばれている辺り、優秀ではあるのだろう。
不安しかないが。
ともあれ、日常と実験を繰り返し数ヶ月。
自身の能力の御披露目が決まった。
まさかのテレビ出演である。
最初に政府側が接触して実験協力していたとはいえ、画像と動画はかなりの範囲、下手をすれば国外まで情報は拡散していた。
よくここまで押さえ込めていたと思ったほうがいい。
そして某錯乱スタッフ達は御披露目に歓喜していた。
彼ら彼女ら曰く「自分たちのアイドルがメジャーデビューする!」と鼻息荒く喜んでいるとのこと。
元おじさんの現一般学生だ、アイドルではない。
撮影時は現場の人数は極少数で、検査スタッフ、カメラクルー、政府関係者に警備スタッフなどはモニター越しの合わせて十数名で行うこととなった。
「神秘の歌姫」の能力を十全に発揮するため、撮影は屋外の開けた場所、動画で流れたような人気の少ない場所、環境の変化が分かりやすい水場が選ばれた。
当日日中、絶好の撮影日和、気温は穏やかで過ごしやすい空気の中、撮影は始まった。
まだ存在しない曲をあまり歌いたくはなかったが動画の関係で最初に「雪の女王」の曲を歌うことになった。
スタッフも息をのむ中、撮影は始まった。
まずは姿、衣装が変わり、歌い始めれば周囲の環境も変化し始めた。
音響は最小限で、歌を強調する様にセットされていたので、自身の声がより強調されていく。
そして歌い進み、様々な変化を周囲にもたらしながら、1曲目を歌いきった。
しんと静まり返る周囲に戸惑い、スタッフに話しかけた。
「如何だったでしょうか?」
こちらからの問いかけに慌てたスタッフは一言「最高です!」と答えた。
そして周囲の少ないスタッフ達の拍手が鳴り響いた。
その反応に素直に嬉しくなり、頭を下げて笑顔と言葉でその称賛に答えた。
「ありがとうございます」
その言葉の後カメラの後方を見ると例の錯乱スタッフ達が数名に猿轡をされたり羽交い締めにされたりしながら取り抑えられているのを目撃し苦笑いが出そうになった。
2曲目以降はこちらの判断に任せるとのことで、5曲ほど歌うことにした。
2曲目は周りのテンションも落ち着かせたかったので、のんびりとした曲調の童謡を歌った。
皆が聞き入り、中には涙を流す者もいた。
3曲目はアップテンポな曲を。
見る間に周りは笑顔に、そして自然と体でリズムをとる者達が現れ、誰ともなく小さく手拍子を打ちながら聞き惚れていた。
4曲は、個人的には不安なあのジャンルを歌うことにした。
ある意味定番ラブソングを。
さすがに奴ら(錯乱スタッフ)が暴走しても嫌なので、少しテイストを変えて静かなもので。
歌い終わり、奴ら(以下略)を見ると、拘束された状態で滂沱の涙を流していた。
ドン引きである。
気を取り直し、最後の曲へ。
某洋画のアレンジ讃美歌を歌うことにした。
歌はこちらに任せてもらっている。
ならば歌いかたも少し変えて、新しいイメージにチャレンジすることにした。
歌う前にスタッフへ伝える。
「音響を止めて下さい、新しいイメージをチャレンジします。もしかしたら音響までこれで再現できるかもしれません」
この一言にスタッフは目を丸くした。
そしてスタッフ達は興味津々、お偉いさんをうるうると子犬のような目で見つめ、お偉いさんはため息混じりにゴーサインを出してくれた。
感謝の言葉を述べて、目を閉じてイメージを練り上げる。
このチャレンジは、歌い手と曲を切り離し、別々にイメージして混ぜて繋げる。
「この曲をもしあのキャラクターが歌ったら?」という、オリジナルカバー。
イメージするキャラクターはまだ存在しない「漫画の音楽の妖精」
そう「漫画の」さらに「妖精」である。
前世で死ぬ前に読んでいた漫画の中に出てきたキャラクターで、翼を持ち、その翼の羽のはためきは天上の音をもたらす、と漫画では描写されていた。
アニメ化は決まっていたが、そのキャラクターが登場する前で、まだキャラクターの声が分からない状態だった。
なので、自身でキャラクターのイメージの声を作り上げ、そして既存の曲へ、その声をおとしこむ。
出来るかは分からなかったが、イメージを練り上げる、そして可能であると、本能が伝えてきた。
少し深呼吸し、スタッフへ開始を告げる。
イメージした姿を再現した瞬間、周囲は驚愕し、言葉をなくした。
目の前に、翼を生やした人物が現れたのである。無理もない。
そして小さなはためきと共に、厳かな音が響き渡る。
その音だけで現場にいた人たちは涙を堪えられなくなっていた。
そして静かに歌い始め、そっとカメラに視線を向け、そのカメラ奥で奴ら(以下)が拘束から抜け出し、涙を流しながら祈りを捧げるように手を組んでいた。
少し引いたが、大人しくしているので、よしと微笑み、サビから曲調を変えていく。
そのタイミングで少し飛び上がり、空中で音楽を奏でながら残りを歌いきった。
そして、地面に降り立ち、お辞儀をした。
が、周りが全く反応がない。
目元に涙の跡を残しながら、放心していた。
・・・・やりすぎたかな?
再起動しないスタッフに、一方的に声をかけ、カメラに一言挨拶をし、一度ステージをあとにした。
数分後に、再起動したスタッフから
「各方面の方々や各局からアンコールの要請が来ています!お願いできないでしょうか!?」と懇願された。
快諾し、最後に一曲だけと伝えてから、キャラクターはそのままで、別の讃美歌を歌って撮影を終えた。
放送はとてつもない反響を呼んだ。
世界中のテレビ、ラジオ放送局は連日この話題を取り上げた。
そして宗教関係からは「天使が舞い降りた」と聖人認定された。
某掲示板は「神降臨」の文字が埋め付くし、当時脆弱だったサーバーは幾度となくダウンした。
そこからさらに数日後、自分宛に国内のみならず各国から公演やテレビ出演のオファーが殺到した。
田舎の実家にありとあらゆるテレビ局が詰めかけ、調査スタッフでは対応できず警察が出動する事態となった。
これに伴い、専属の護衛を用意することが決定した。
だが、護衛の人物を選ぶにあたり、どこからか聞きつけた者達から、ものすごい数の応募が殺到した。
さらに数日後に、決定した人選と挨拶をすることとなり、その2人の人物と会って驚きを隠せなかった。
奴ら(以)である。
元々優秀な人材とは聞いていたが、あの応募数の魑魅魍魎の群れを蹴散らし、勝ち取ってくるとは思わなかった。
今までがあれだったので不安を隠せず、大丈夫なのか問いかけた。
「御身守護のため、粉骨砕身で取り組みます、どのような要望にもお応え致します」と返答が返ってきた。
・・・変質者が信者みたいになってるぅ。
こわぁ。
対応を誤らなければ、大丈夫なはず。
たぶん、きっと、アバウト、メイビー。
んー、不安。
だが、流石は優秀な人材、護衛任務に事務対応、金銭やスケジュール管理は完璧だった。
空き時間に日頃の感謝を伝え、ボーナスとかでも用意したほうがいいかと伝えると。
「お給料は戴いております、ボーナスと言うのであれば、撫で撫でしてください!」
と頭を下げてきた。
2人揃ってである。
変質者から信者になっても変態だった。
ドン引きである。
世話にはなっているので
「・・たまになら」と答えたところ、泣いて喜んでいた。
うわぁ・・。
そんな忙しない日々を過ごし、早数年。
自分は成人式を迎えることとなった。
2度目の成人式なので個人的には違和感が半端ではない。
世界中からのオファーに応えながら、予定を空けてもらい、地元の成人式へ参加した。
参加したなかには、もう結婚しているものもちらほらいた。
忙殺されていたので、自分は相変わらず独身である。
一度友人の結婚式には参加し、曲を披露、新郎の友人として挨拶し、末長く爆発しろと伝えておいた。友人達は自分の現状を知っているので爆笑していた。
確かに有名になってモテるようにはなった。
ラブレターや縁談話はあとをたたない。
但し、男女関係無くアプローチがくるのだ。
たまったものではない。
「・・ずっと独身なのかなぁ・・」
ぽつりと呟くと即座に「じゃあ結婚しましょう!!」と揃って挙手して答えるバカ2人。
苦笑いを返しながら家路につく。
平和な世界だけど、どうしてこうなったのやら。
前世と違い、安定した仕事をしているが、仕事に忙殺され、かなりの高給取りとなったが、使う暇もなく。
「神秘の歌姫」
自分の仕事に振り回されながら、今日も世界のどこかで歌い踊る。
忙しない日常にため息しながら。
終
初投稿作品です。
拙い文章ですが読んで楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。